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『里山・遊休農地を生かす』

本書は、2ヶ月前に取り上げた内山節『共同体の基礎理論』と同様に、農文協のシリーズ「地域の再生」全21巻のうちの1冊です。1~3章で里山・草原・遊休農地がそれぞれ扱われ、その前段となる序章では、各章に共通する問いとポイントが解説されています。
里山の定義づけによっては、草原も遊休農地も里山に含められ、実際、1章「里山の歴史的利用と新しい入会制」(守山弘)では、雑木林、秣場、田んぼ、休耕地などもすべて里山に含められています。
このため、本書のタイトルや目次には違和感があるのですが、ここでは深入りしないようにしましょう。

今回のコラムでは、この本のうち、高橋佳孝さんが書かれた第2章「草原利用の歴史・文化とその再構築」を取り上げます(なお、共著者の守山弘さんに関しては、以前このコラムで守山弘『自然を守るとはどういうことか』を取り上げました)。
取り上げると言っても、きちんと書評するのではなく、この章の内容に触れながら、先日、著者の高橋さんにお話をうかがったことや、集落における草刈り、人と草の関係について考えたことなどを書いていきます。

1週間ほど前、高橋さんにお話をうかがうため、出雲空港から車で約1時間半のところにある(独)農業・食品産業技術総合研究機構近畿中国四国農業研究センター大田研究拠点を訪問しました。私の教え子で、地域おこし協力隊として島根県美郷町で働いているOG(愛称:スミス)がいるので、彼女を訪ねに行く旅の途中で立ち寄ったのです。
高橋さんとは、5年前に一度、対馬で開かれた草原再生に関するシンポジウムでお目にかかったことがあり、その縁を便りに訪ねたのでした。高橋さんは、現在、国内最大規模の阿蘇草原の維持・再生のために設置された阿蘇草原再生協議会の会長を務められ、さらに、全国草原再生ネットワークの会長でもいらっしゃいます。
高橋さんを訪ねる前に質問したいことを整理するために読んだのが本書です。

まず本書では、草地が急減している現状とその背景について説明されています。
近年、日本では湿地とともに急速に減少しているのが草地・草原です。
日本列島では、縄文時代から狩猟のために火入れによって草原を維持してきたこと、古墳時代には牛馬の放牧が広がっていたと考えられています。
近世以降は、採草による資源利用が増加し、安定的に利用をはかるために共同体により管理されるようになりました。
草地は、絶えず人手が加えられることで、植生の遷移をとどめ、草本主体の環境が保たれます。
かつては、農業や生活のために草地を管理・利用することで、つまり、季節に合わせて、火入れ、放牧、草刈りをすることで、草地を維持するとともに、地域ごとの文化も継承してきました。
明治・大正期までは国土の約1割が草地だったという統計もあり、当時は水田よりも草地が広いという地域も多かったようです。

しかし、肥料、飼料、敷料として重要だった草は、特に戦後になってから暮らしと生業が変化したことにより、その重要性を一気に失っていきました。農耕機械の普及により役畜の牛馬は役目を終え、採草地が不要となりました。化学肥料の普及により緑肥を得るための草刈りも必要なくなりました。
「みるみるうちに草原から牛の姿が消え、春の火入れの風景が消え、刈取りをする人の姿が消えていった」のです。手入れがされなくなった草地は荒れ地や低木林へと移っていったり、あるいは、人工林、宅地、ゴルフ場へと変わっていったりしました。
現在では、国土に占める草地面積は1~2%に過ぎません。

草地の減少は、そこに生息・生育する生物の減少にも繋がります。
実際、絶滅危惧植物の生育環境を調べてみると、面積の大きな森林に生育する種がもっとも多かったものの、単位面積当たりで重み付けしてみると、草地や湿地において希少な種の数が多いことが明らかになっています。
すなわち、小さな面積の草地を維持することで多くの絶滅危惧種が守れるので、相対的に少ない労力とコストでそれが実現できることを意味します。

このようなロジックで、草原の保全・再生の重要性を説かれるのですが、高橋さんはそれを学術的な知見として示すだけではなく、現場で草原再生の実践に深く関わっていらっしゃいます。
近年は、研究と実践の両輪で活躍する現場型の研究者も増えていますが、高橋さんの世代で、かつ草地の分野では珍しいので、中央環境審議会の委員のような重要なポジションも務められています。
普段は、島根県大田市にある研究機関にお勤めですが、毎週、阿蘇に通っているとのことで、現場重視のスタンスは相変わらずです。

阿蘇の草原は、高齢化が進み、放牧の担い手が不足しているところに、阿蘇グリーンストック(1995年設立)が野焼き・輪地切りボランティアを集め、保全をはかってきた事例として有名です。2005年には自然再生推進法に基づく阿蘇草原再生協議会を設立し、多くの人や組織を巻き込みながら事業を推進しています。
今年は、11月22日(土)~24日(月)に第10回全国草原サミット・シンポジウムが阿蘇で開催されます。

阿蘇の草原再生の取り組みは先進事例としてしばしば紹介されますが、さまざまな困難・課題に直面し、その解決策を考え抜いてきた現場でもあります。その一例として、草原への入れに際して、毎年のように死亡事故が発生していることから、今回のサミットでは、ヒヤリハット集が公表されるようですし、万一に備えて掛けておくべき保険についても議論されることになりそうです。
また、牧野組合の高齢化に加えて、ボランティアの高齢化も進行していることから、「草原環境学習基本事例集」を5年かけて作成し、草原の担い手を育てるための息の長い取り組みについても議論されるようです。
さらに、資金的にバックアップするために「阿蘇草原再生募金」を創設し、約2年半の第一期で約7,000万円の募金を集めましたが、自然再生に取り組んでいる他の地域から注目されているので話題になりそうです。
このように草原再生に関わる多様なテーマについて話し合われるので、今年の全国草原サミット・シンポジウム in 阿蘇は行く価値が高そうです。

もし、このイベントに行かれるならば、本書を読んでおかれると良いでしょう。
おそらく、本の中には書ききれていない現場の困難と、それを乗り越えようとしている人びとの力強さ、さらに、現場にあふれる喜びも感じられることでしょう。なぜなら、本書を読んでから高橋さんのお話をうかがって、私自身がそのような気持ちになったからです。

高橋さんから2時間近くお話をうかがってから、さらに、敷地内にある実験地をご案内いただきました。そこは、約4haの草原となっていて、4頭の牛が放たれていました。
小雨が降るあいにくの天気でしたが、その草原景観は安らぎを与えてくれました。
見通しが良くて、気分的に気持ち良く、長く見ていても飽きないのです。
そこに牛がのんびりとしていることも、景観に落ち着きを与えているのでしょう。
こういう場所が、近くにあったらいいと思いました。

この実験地は、元はひどい藪の状態だったようですが、5年ほど強めに草を刈りながら放牧していると、その後は管理の必要もなくなり、牛と草の関係が調和して、ずっと草原が維持されるという説明でした。
実際、その草原は20年以上にわたって実験されてきた場所なので、強烈な説得力がありました。
現在、藪に覆われている土地が、こんな風に草原へと変えていくことができたらと、つい夢想してしまいます。

もちろん、そうした草原化を一気に展開することは困難です。
しかし、草原再生とは異なる文脈では、近年、牛に草を食ませて、環境を守るという取り組みは注目されています。
その1つは、耕作放棄地対策です。耕作されなくなった土地は、雑草に覆われて荒れてしまい、周辺農地に悪影響を及ぼすとともに、ごみの不法投棄を招くなど問題になっています。
そこで、耕作放棄地に牛を貸し出して(「レンタカウ」)、放牧するという取り組みがあり、山口県では、これを「山口型放牧」と名づけて、積極的に進めています。
(→山口型放牧研究会
都市域の場合は、法面の草地管理のために、牛ではなくてヤギを放す取り組みが注目されています。
私の勤務校の最寄り駅である多摩センター駅の近くでも、今年7月から、ヤギに草を食ませて法面の環境を維持する実験が実施されています。

草の管理は労力や費用がかかることから、どこでも頭を悩ませる問題です。
都会では、草が生えないようにコンクリートで土を固めているところが多いですが、農山村の場合、個人の居住地や農地のほか、集落の道路や河川などで、草を維持管理しなければなりません。
特に高齢化が進む農山村では、耕作放棄地のみならず、こうした日常の草地管理が大きな負担になっています。

高橋さんのいらっしゃる大田市から車で30分ほど行くと島根県美郷町に着きます。
先に述べたように、スミスが地域おこし協力隊として赴任しているのですが、美郷町は彼女も含めて20名ほどの協力隊を抱えている町として、あるいは、獣害対策の先進事例として一部の人には知られています。
(→おおち山くじら:おおち=邑智(郡)-美郷町、山くじら=イノシシ)

美郷町では、2009年から地域おこし協力隊を受け入れていますが、当初は、おもに草刈りに従事していたようです。
人びとの生活や農業を守るには、草刈りの担い手不足を補うために、外部から人手を導入したのです。
これほど草刈りは地域にとって大きな問題なのですが、最長で3年間、よそから人に来てもらって草刈りを続けても、草は毎年伸びますので、問題が解消されないことは目に見えています。当然、地域おこし協力隊として草を刈ってばかりいることに対して、疑問を感じて意見する人や、やめていった人もいたようです。
草刈りは、地域の人びととともに働く機会となるので、コミュニケーションの道具として必須であり、その重要性は否定しませんが、それで問題の構造を解決できるわけではありません。
そこで美郷町では、こうした経験から学び、今では草刈りの重要性を説きつつも、地域おこし、仕事づくり、新しい価値の創造が求められるようになっているようです。
実際、スミスは草刈りに動員されることなく、美郷町の都賀・長藤地区で産直を盛り上げるべく働いています。
(→島根県美郷町 都賀・長藤地域協議会
それでも、この地区を代表するイベントの竹灯籠祭りの前は、ひたすら竹にドリルで穴を空ける日々が続くようですが。

話を戻しましょう。
このように、多くの地域において、毎年成長する草は地域の環境や社会にとって脅威となっています。草とうまく付き合うこと、新たな関係性を作り直すことが課題になっています。
そこで、再び草を利用することに挑戦することが求められます。
バイオマス燃料は、大量に利用できるので期待されていますが、まだまだ実験レベルであり、実用化は難しいらしいです。
草から堆肥を作っている農家は意外に多いようなので、肥料化は燃料化よりも期待できそうです。
一方、草地管理の場面では、家畜をうまく生かすことが再考されるべきでしょう。
何しろ過去にそうしてきた経験がありますし、ロボットを開発するよりも柔軟に対応できるように思います。
そうすると、耕種と畜産を組み合わせた有畜複合農業と飼料の大半を草地で生産する草地酪農という方向性が見えてきます。

しかし、こうした取り組みだけでは、草地を保全するのに限界があるでしょうから、公的な支援を適切におこなっていく必要があると思います。
たとえば、草から堆肥を作り、それで野菜・果樹等を栽培している場合、政府が生物多様性の保全を理由にそれを支援するという制度も検討すべきでしょう。EUでは、そうした制度が導入されているようです。

こうした制度について考える下地を作るには、草地保全の重要性を社会の課題として共有していくことが求められます。
そこで、最後にもう少し人・社会の側に引きつけて、草のことを考えてみます。

高橋さんの論考を読んで、もっとも興味深く感じたのが盆花についてです。
お盆のときに、野原から花を採って供える風習が各地にあり、たとえば、阿蘇地方では多様な草原の草花が盆花として用いられていました。
しかし今日、盆花の代表格ヒゴタイやヤツシロソウは絶滅危惧種に指定され、採取が禁止されています。
この盆花は、草地環境の指標種としても重要であるそうです。
草地の生態系は、近年まで調査が進んでいなかったようですが、最近の調査結果によれば、多くの盆花が残っているところは、その地域の生物多様性も高いことが明らかになっています。

草原再生の事業を評価するためにはモニタリング調査が必要です。
きちんと事業の効果を社会に示すことによって、必要な資金や手当を社会から引き出すことができるからです。
その際、草地の生態系をモニタリングするには、指標種である盆花を見ていくと良いということになります。
そうして、盆花への注目がふたたび高まることになれば、それは草地再生を促すとともに、盆花の風習を見つめ直すことにも繋がり、ひいては、地域に伝わる草地文化の再評価にも結びつくのでは、と妄想が広がります。
このように、盆花を草地の生態系と文化の接点として捉えると、とても注目に値することがわかるでしょう。

近年の里山再評価の気運によって、雑木林や棚田への関心は高まったようですが、草地への関心はまだまだ低いように感じられます。
人と草の関係性を結び直せるかどうかは、これからの社会の環境のあり方を決める鍵になるでしょう。
隣国との領土問題に情熱を燃やすならば、その一部でも、すでに確定している国土を豊かにすることに傾け、地域の草地、地域の環境が守られると良いと思います。

野田公夫・守山弘・高橋佳孝・九鬼康彰(2011)『里山・遊休農地を生かす―新しい共同=コモンズの形成(シリーズ地域の再生17)』農文協.

よこはま里山研究所のコラム

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