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人工林の多様性を高める森づくり事例報告(道志水源林)

NPO法人森づくりフォーラムによる「人工林の多様性を高める森づくり事例ガイド」の仕事で取材した道志水源林の事例をレポートにまとめた。


横浜市有道志水源林の取り組み―水源涵養機能を高めるための針広混交林化

基本情報

  • 取り組み事例:横浜市有道志水源林
  • 住所:山梨県道志村
  • 標高:750~1,680m
  • 面積:2,873ha(天然林62.7%、人工林26.5%、そのほか10.8%)
  • 取材日:2020年12月18日(金)
  • 取材先:横浜市水道局浄水部水源林管理所 温井浩徳所長
  • 取材者:松村正治

横浜市が道志村に水源林を購入した経緯

横浜市が山梨県道志村内に保有する水源林の面積は2,873haで、村の総面積7,957haの36.1%を占める。道志水源林の歴史は古く、100年以上にわたり管理経営を続けてきた。

横浜市の水道は、日本初の近代水道として1887(明治20)年に給水を開始した。1897(明治30)年に取水口を相模川の上流の道志川に求めるようになり、道志村の森林は横浜市の水源として重要視されるようになった。しかし、道志村は峡谷状の地形で田畑が少ないために、森林は住民の木炭生産や燃料供給等のために乱伐気味であった。横浜市は道志川の水質を守るために、1916(大正5)年に山梨県から恩賜県有林を有償で譲り受け、横浜市有道志水源林として管理経営を始めた。

水源林管理計画の変遷

横浜市は水源林を計画的に整備するため、1919(大正8)年から、まず荒廃した山林を回復させるために治山事業を積極的に進めた。また、1925(大正14)~1951(昭和26)年度に数次にわたり全面積の97%に及ぶ水源涵養保安林と土砂流出防備保安林の指定を受け、水源涵養機能の向上に努めた。

一方、水源林を購入した際の条件から、1957(昭和32)年まで未立木地や伐採跡地約850haにスギ・ヒノキ等を植栽し、計画的な伐採により木材を地元へ払い下げて地域産業の振興にも努めた。1991(平成3)年以降は、人工林の育成による生産目的から、長伐期・大径木施業の森林管理に移行した。

森林の公益的機能を一層増大させ、水源涵養機能を最重視する管理方針に転換したのは第9期経営計画(1996~2005年度)からである。2009(平成21)年度からは、より効率的かつ経済的に水源涵養機能を高めるために、間伐率を上げて林内の照度を調整し、林床植生を豊かにしつつ優良広葉樹の侵入を促し、針広混交林化を目ざすことにした。

目標林型は環境林

横浜市の第11期道志水源林プラン(2016~2025年度)によれば、目標林型は環境林と明確に記されている。森林の機能は、木材などを生みだす生産機能と、水源涵養・土砂被害防止・生物多様性保全などの環境保全機能に大きく2つに分けることができる。この計画における環境林とは、環境保全機能を重視した森林を意味する。

かつては、木材生産のために森林整備を進めれば、生産機能と環境保全機能を同時に高められるという予定調和的な考えがあった。しかし、森林管理の理論を裏付ける科学的知見が蓄積されるようになり、1つの林分で生産機能と環境保全機能を同時に最大化できないことが明らかになっている。このため、水源涵養機能を高度に発揮すべき水源林については、環境林(老齢段階の天然林)という目標林型を定め、それに向けて効率的に誘導していく管理が必要となる。道志水源林の場合は、針葉樹の人工林を間伐して広葉樹を増やすことにより、針広混交林もしくは広葉樹林の育成を図る計画となっている。

林型別の管理方法

天然林においては、人工的な管理を必要最小限にとどめ、基本的に自然の推移に委ね、安定して天然更新される森林を目ざす。一方、人工林においては、植林後の手入れが不十分だと保水能力が低下するため、下草刈り、枝打ち、間伐等を計画的におこなう。そして、針葉樹林の大木の間に保水機能の高い広葉樹が混生する針広混交林化を進め、徐々に天然林に誘導し安定した森林に移行させて、その土地に適した森林を目ざす。

道志水源林では、藤森隆郎氏など有識者の提言にもとづき、次のような間伐計画が立てられている。すなわち、植栽後15~105年まで10年ごとに間伐を実施する(長伐期施業)。間伐量は材積間伐率35%以内とする。広葉樹の侵入度合いなど林地の状況に応じて、間伐実施時期を早めることなどを検討する。なお、道志水源林のほぼ全域が森林法に基づく保安林に指定されており、伐採についても規制されているが、保安林指定施業要件が2016年度に20%以内から35%以内に緩和されたことから、それに則して計画的な間伐を実施する。間伐等による整備面積は毎年70~100ha、費用は毎年5,000~7,000万円を予定している。

針広混交林に誘導するための間伐方法には、通常の間伐のほかに、一定の範囲をまとめて伐採し、空いたところに広葉樹を植栽する群状間伐や帯状間伐などもある。道志水源林には、斜面の向きや斜度などの条件が悪く、強い光を必要とする広葉樹の侵入が進まないところがある。そのような場所に、新たな間伐方法として群状間伐や帯状間伐を採用し、広葉樹を植栽して生育状況を検証していく。

新たな間伐や作業路開設後の状況

生物のモニタリング調査は実施していない。2016~2018年度の3か年で試行的に群状間伐や帯状間伐を実施したところについては、森林総研が生物多様性の観点から興味を持っていたが、予算が取れずに調査を実施できなかった。

新しい間伐方法に伴い広葉樹を植栽したときに危惧されるのは食害である。予算が充分にあれば1本ずつにヘキサチューブで苗木を保護したりするが、道志水源林では予算制約のために防獣ネットで対応している。今のところ順調に生育しているが、まだ植栽後あまり時間が経っていないので、現在は効果を検証中という段階である。

群状間伐や帯状間伐は、小規模とはいえ皆伐するので水源涵養機能の面で不安が残る。広葉樹を植栽しても、その成果が明らかになるまでには長い時間がかかるし、失敗するとはげ山になるおそれもある。庁内でも意見は分かれたが、3年間での中止を決めた。

通常の間伐と比べると、保安林に指定されているために植栽する必要があるなど、効率的でも経済的でもない。道志水源林では、間伐した木をその場に崩れないように伐り置きしているが、環境林においては土砂流亡を防ぎ、生物多様性の向上につながると考えられる。

作業効率を促進するために、1992(平成4)年度から3か年で約3,000mの作業路を開設したが、凍結融解や風雨等により法面および路肩の崩壊が進んだ。このため、2010(平成12)年度から法面および路肩の保護工事を実施せざるをえなかった。地形が急峻で地質的にも風化しやすい花崗岩質の多い立地条件では、樹木を伐採して山を削ってしまうと、土砂崩壊の危険性が高くなると考えられる。

群状間伐と帯状間伐
横浜市(2016: 6)

市民団体との連携

道志村の面積の6割を示す民有林では、高齢化や人手不足等の理由から管理が行き届かない森林が増加している。このため、森林所有者や道志村などと連携を図りながら、市民ボランティアと協働で水源涵養機能の高い森林への再生を目的に道志水源林ボランティア事業を実施している。

2004(平成16)年度、横浜市水道局が市民を募って水源林ボランティア事業を開始したことがきっかけとなり、2005年に道志水源林ボランティアの会(2008年NPO法人化)が設立された。この会と横浜市は2006年に協働事業協定書を交わし、道志水源林ボランティア事業がスタートした。同会は毎年4~11月に15回程度、間伐等のボランティア活動を実施してきた。2004~2017年度までの14か年で、道志水源林(民有林)整備活動の実績は、参加人数がのべ16,000人以上、整備面積は66haに及ぶ。このほかに、道志間伐材活用横浜サポート隊(道っ木~ず)、新治市民の森愛護会、道志村・山仕事人の会といった団体も、道志村の民有林で森林ボランティア活動をおこなっている。

さらに、こうした市民ボランティアの水源保全活動を支援するために、2006(平成18)年度に「水のふるさと道志の森基金」を設置し、市民・企業からの寄付金やペットボトル水「はまっ子どうし The Water」の売上の一部を受け入れ、財政基盤の安定化を図っている。

取材を終えて

道志水源林では、水源涵養機能を高めるという目的から、1990年代半ばに目標林型を環境林(老齢段階の天然林)と明確に定め、その林型に向けて森林管理を進めていくという方針が一貫している。基本的には、横浜市が所有する森林について考えればよいので、多様な地権者を含む場合と異なり合意形成を図りやすいのだろう。藤森隆郎氏の考え方をもとに体系的な計画を立て、限られた公金を節約的に用い、自然の仕組みを生かしながら効率的に森林管理をおこなっているという印象を抱いた。

帯状間伐や群状間伐については3年間の試行にとどまっているが、道志水源林の場合、通常の間伐がもっとも効率的かつ経済的と考えられているので、新しい間伐方法を採用する動機づけが弱いのだろう。とはいえ、この3年間実施した後のモニタリング調査は有益であるはずなので、何らかのかたちで実施していただきたい。

参考文献・ウェブサイト

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