今回は、里山保全活動に関わる市民をサポートし続けてこられた神奈川県内の研究者として、中川重年さん(ジュウネンさん)について書きましょう。
しばしば、日本の1990年代は「失われた10年」と言われ、経済が沈滞して実りの少ない時代だったとみなされています。
しかし、里山に世間の注目が集まり、市民による里山保全活動が全国的に盛り上がったという意味では、実りの多い10年という側面もありました。
この盛り上がりの中心にいた人物を誰か1人挙げよと問われれば、私はためらうことなく中川さんを挙げます。
私が中川さんと初めて出会ったのは1990年代の後半ですが、詳細については記憶が定かではありません。
今回取り上げた『再生の雑木林』を読んでからか、直接お会いしてから、この本を読んだのかも記憶していません。
それでも、フィールドで出会ったときに、中川さんのスケールの大きさに衝撃を受けたことは覚えています。
フィールド(現場)にいるときの中川さんは圧倒的です。
率先して体を動かし物事を成し遂げる実行力と、周りの人たちを巻き込んでいく吸引力には、創造的な台風という表現を使いたくなります。
私の経験から1つ例を挙げると、5年ほど前に中川さんが提案して茅ヶ崎里山公園で試みたヤエン(=重力による架線集材)による竹の搬出実験は、今でも思い出すたびに胸の高まりを覚えてしまうくらい強烈な興奮に満ちていました。
大げさに言うと、里山は中川さんの登場とともに、祭りになると言えばよいのでしょうか。小さいことにとらわれない豪放さは痛快ですらあります。
でも、こうした人並み外れたパワーの大きさに目を奪われると、中川さんのユニークさが見えにくくなります。
小さいなところを大切にする細やかさがあり、大胆な行動の中に繊細さが同居しています。
また、これも人並み外れた抜群のホスピタリティーによって、周りにいる人を自然と笑顔にする魅力があります。
だから、「スケールの大きい人」という言葉がぴったりだと思います。たしかに、体も大きいですが。
キャラクターの話はこれくらいにして、本の内容に触れましょう。
本書で中川さんは、手入れの行き届いた里山の雑木林が、さまざまな生き物との出会いを楽しめる場となるほか、おしゃれに食事をとる場となったり、やんちゃな子どもたちを育む場となったりなど、地域のワンダーランドになることを積極的に伝えてきました。
かつては薪や炭を得るためだった雑木林が経済性を失う一方で、そこに現代的な新しい価値を見出したり、逆に古くて忘れられそうな価値を掘り起こしたりする眼力は抜群で、この分野では右に出る者はいないと言ってよいでしょう。中川さん達を中心にしてできた「ばあぴ連(バウムクーヘン・アルプホルン・ピザ普及連盟)」は、里山にある潜在的な楽しさ面白さを象徴しています。
最近の中川さんは、里山の楽しさを伝えるよりも、大量に放置されている里山をどう整備していくのか、つまり、里山のマクロ的な問題に関心があるようです。
広大な里山を利用できるという点で、森林エネルギーに関する発言が増えています。もちろん、薪や炭の時代に戻ろうと主張するのではなく、ヨーロッパの森林バイオマス事情を紹介しながら、快適に森のエネルギーを利用することを勧めています。
5年ほど前、私は中川さんと机を並べて仕事をする機会に恵まれました。
当時、中川さんが勤めていた神奈川県の研究機関に森林バイオマスエネルギーを導入できるかどうか調査するため、半年間だけ臨時で雇用されたのです。私も、里山の問題から森林バイオマスエネルギーへと関心を広げており、そのことを知っていた中川さんから、声を掛けていただいたというわけです。
短い期間でしたが、仕事の合間に、里山やバイオマスのことはもちろん、広く人と森とのかかわりについて教えていただき、大いに刺激を受け、また勉強になりました。
中川さんの森林バイオマスに対する見方・考え方については、中川重年『森づくりテキストブック―市民による里山林・人工林管理マニュアル 』(山と渓谷社、2004年)に書かれています。ただし、この本は「森づくりのビギナーから中級者に対して、体得しておいたほうがよいと思われる視点や技術」が述べられた便利なマニュアルという側面の方が強いので、読み物としては物足りないかもしれません。
読み物としてならば、中川重年『木ごころを知る―樹木と人間の新たな関係を求めて』(はる書房、1988年)が面白いと思います。中川さんには多くの著書がありますが、私がどれか1冊を選ぶとすれば、この本です。植物民俗学に造詣が深く、世界的な視野で人と森の関係を考えている中川さんの志向性がよく現れている本です。
また、全国雑木林会議編『現代雑木林事典』(百水社、2001年)もお勧めです。1992年に中川さん達が始めた全国雑木林会議による編集です。柴づけ漁、バリアフリー、バウムクーヘン、埋薪など、あちこちに中川ワールドが溢れています。