日本には、北海道・本州・四国・九州・沖縄本島の5島を除くと、周囲が100m以上ある離島が6,852ある。このうち国境近くに位置し、領海線や排他的経済水域の根拠となる国境離島は525を数える。国土面積38万km2に対して、国の管轄海域が447万km2と約12倍にも昇るのは、これら国境離島の存在が大きく寄与している。
国境離島については、隣国との玄関口と捉えてボーダーツーリズムに期待を寄せる向き(岩下編,2017)と、海洋国家の防衛と海域の資源保護の砦として地域社会を維持しようとする動きがある。2017年、後者の動きから、人口減少が進む国境離島の無人化を防ぐために有人国境離島法が施行され、船舶・航空運賃の補助、輸送コストの支援、滞在型観光の促進、雇用機会の拡充などが講じられている。この法制化には、東アジアの海洋権益をめぐる対立の先鋭化など安全保障環境の変化に対応するという側面もあった。国境離島は、潜在的に地政学的な観点から注目されやすいのである。
近年、国境離島を安全保障上の要所として軍事化を進める動きが、九州南方から台湾北東に連なる琉球弧において顕著である。これら島嶼群は南西諸島とも呼ばれるが、旧日本海軍の命名とされるこの呼称には、東京を中心とした版図認識がうかがえる。2010年の防衛大綱以後、かつては旧ソ連を仮想敵として北海道に多くの部隊が置かれていた自衛隊を、中国の海洋進出に備えて南西方面へと移す姿勢が明確になっている(「標的の島」編集委員会編, 2017)。この南西シフトは米国の安全保障政策にも呼応しており、中国の軍事力が高まるなかで米国は自国の軍事力を増強するのではなく、日本と連携してパワーバランスを図ろうとしていると解釈できる(遠藤編,2015)。
国の南西重視戦略にもとづき、琉球弧に位置する馬毛島、奄美大島、宮古島、石垣島、与那国島などで自衛隊の基地が着実に建造されている。自衛隊の活動に理解を示す地域の防衛協会などは、こうした一連の動きについて、島嶼防衛力が強化されるとともに地域防災やコミュニティ活動も支援されると歓迎している。一方、琉球弧の軍事化に抵抗する住民運動も各島で見られる。たとえば、宮古島では生活用水の多くを地下水に頼っていることから、自衛隊配備によって命を支える水に影響が及ぶのではないかと憂慮されている。石垣島では、自衛隊配備は島の将来を左右する重要な問題だと考える人びとが住民投票の実施を求め、有権者の約4割に及ぶ署名を集めたが、安全保障は国の専権事項だからと首長や議会の多数派が認めなかった(松村,2018)。
このような島内対立がみられるものの、各島では形式的な住民説明会が開催され、国家予算が計上され、計画的に軍事基地は建設されている。今日、自衛隊と米軍の一体化が進んでいるにもかかわらず、米軍基地とは異なり自衛隊配備の問題は国民的な関心を呼んでいない。圧倒的な国家の力に抗う人びとの声はかき消され、自分たちの島の環境を自治する基本的な自由や権利が奪われていることから、これは社会的公正と環境保全をめざす環境正義の観点からアプローチすべき問題であろう。
[松村正治]
引用参照文献一覧
- 遠藤誠治編 2015.『シリーズ日本の安全保障2 日米安保と自衛隊』岩波書店.
- 「標的の島」編集委員会 2017.『標的の島:自衛隊配備を拒む先島・奄美の島人』社会批評社.
- 岩下明裕編 2017.『ボーダーツーリズム:観光で地域をつくる』北海道大学出版会.
- 松村正治 2018.自衛隊配備問題から考える島の未来の選び方:地政学的思考よりも深い島人の経験的世界をもとに.関礼子・高木恒一編『多層性とダイナミズム:沖縄・石垣社会の社会学』東信堂.
※現在制作中の『環境社会学事典』(丸善)のために書いたコラム「国境離島と軍事基地」の初稿