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認知症の母が生きる世界

コロナの影響で、母の内視鏡検査が2ヶ月先に延期された。検査前日から1泊するつもりで予定を空けていたので、母の様子を見に身延へ出かけた。

最近、野良猫を家に招いて餌をやっていると近所の人から聞いていたが、その猫がベッドの布団ですっかり寛いでいた。あたりには餌が散らばっている。そればかりか、2か所に糞も発見。乾燥しているが、臭い。なかば予想していたとは言え、家の中が糞尿まみれになるのは困るから、猫を驚かせ家から追いやった。

母の餌を求めに来ている野良猫が薄茶とキジ白と2匹いるが、家に入るのを許されているのは薄茶の猫。キジ白の方が強く、餌を独り占めしてしまうので、いつも食べ損ねる薄茶を不憫に思い、家に入れて玄関で安心して餌を食べられるようにした。それが次第に慣れてきて、今ではベッドで休むようになり、ときどき、一緒に寝ているという。
たしかに、近所の人から経緯を聞くと、弱き者を思う心優しき母である。目くじら立てて、猫を追い出した私の大人げないこと。

母はコロナのことを、まるで理解していない。初恋の彼がどうしたという昔話は、細かい点まで飽きるほど聞かされるが、最近のことはほんんど蓄積されない。母にもしものことがあるといけないからとマスクを持参したが、渡しても使わないことが確実なので、持って帰ってきた。「マスクなんてしたら、せっかくの美人が台無しだわ」と、いつもの調子だ。

玄関付近には、カラスノエンドウがはびこっていた。みっともないから刈ろうと思っていたら、近所の人が「キッコちゃん、この花が可愛いから残しておいてって言われたんよ」と。数日前に雑草を刈り取ってくださったときに、母にそう言われて、わざわざ残してくださったという。なるほど、雑草と思って見るから排除したくなるが、小さなピンクの花は可愛い。

世界は未曾有の事態にあるが、母が生きる世界は変わらない。5分前にあった銀行の通帳が消えて1時間も捜索したり、照明のリモコンが見当たらないので家中の電気が点けっぱなしになって1週間になるとか。緊急事態宣言が発令されるなか、母は探しものに明け暮れながら、自分らしく過ごしていた。

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