森を開発から守ろう
1970年代、首都圏近郊では都市化の進行に伴い緑地が減少し、各地で開発から森を守る運動が活発化しました。開発行為への法規制は地権者の同意が得にくく、行政による土地買収には膨大な資金を要することから、1971年、横浜市は独自の「市民の森」制度を始めました。これは、2ha以上の森林の地権者と10年以上の契約を結び、開発を禁止して一般市民が利用できるように整備する一方、固定資産税と都市計画税を減免、さらに、地権者を中心に作られる愛護会へ緑地育成奨励金を支払って管理を委ねるものです。さらに、相続税評価額が8割減になる特別緑地保全地区の指定もすすめ、相続が発生したときには市が買い取ることで、緑地の保護を図りました。しかし、開発圧が高いたまに、緑地の減少に歯止めはかかりませんでした。
横浜市は2009年度から「横浜みどり税*1」を実施し、積極的に私有の緑地を買い上げる資金としました。神奈川県には水源地域の私有林を整備するための「水源環境税」もあり、2024年度からは国が「森林環境税」を導入する予定です。
里山の危機と保全活動
里山には二重の危機があると言われています。開発によって里山が失われる量的減少と、残っている里山の管理が放棄されて質的に劣化する危機です。「新・生物多様性国家戦略」では生物多様性の危機の一つとして、自然と関わって暮らしてきた伝統的な生活が変化し、自然を利用しなくなって、荒れていくことが「アンダーユースの危機」、あるいは「里山の危機」として位置付けられています。
かつて多摩丘陵では、雑木林を切って薪炭として利用し、切り株から出てきた萌芽を育て、15~20年周期で利用と再生を繰りかえし明るい雑木林を維持してきたのですが、燃料革命以降は管理が停止し、50年以上経った今では植生が遷移して暗い極相林へと近づいています。竹林の拡大や、湿地の乾燥化も顕著です。管理が放棄された里山では、草原性や明るい環境を好むような生き物が減って、生物多様性の減少を引き起こしています。
里山の危機に対して1980年代後半から市民団体による活動が始まりました。横浜市内の舞岡公園予定地では、谷戸を埋め立てる公園計画に反対する住民によって、市民参加により里山環境を保全する活動が始まり、また西多摩では雪害による倒木の片付けを市民が手伝うという林業支援から、森林ボランティア活動が広がりました。こうした森林・里山保全活動は1990年代になると全国に拡大し、全国組織の市民ネットワーク「森づくりフォーラム」ができました。2000年代には、そうした市民活動を支援する行政の制度が整備されてボランティア団体は急増し、生物多様性保全の観点から里山の評価が高まりました。
ボランティア活動継続の問題
ところが2010年代から、森づくりの団体数は停滞・縮小期になり、メンバーの高齢化・固定化が課題となっています。活動の内容は多様化しており、活動に参加する動機も自然を残したい、地域に仲間を作りたい、野外で体を動かしたいなど多様です。一方、支援制度が充実して市民協働型事業など行政の関与が増えると、活動団体には設定された枠の中で活動しなくてはならない不自由さと、生態系の管理や作業の安全などのリスク管理の責任が生じてきました。活動を継続するには、ボランティア個々の意思を尊重しながら、活動に伴う責任を果たすモチベーションの維持と、それらの活動を支えるスタッフや資金の継続的な確保が必要です。管理されなくなった里山を若返らせるには、担い手の若返りも重要で、これが意外と大変なことです。この問題は、活動を支援する資金を提供するだけでは解決されません。
よこはま里山レンジャーズ
そこでNORAが、里山のボランティアの世代交代を図るために始めたのが「よこはま里山レンジャーズ」という仕組みです。自然環境復元協会の「レンジャーズプロジェクト」というボランティア登録の仕組みを利用して、週末の里山保全活動に対して、2,000名以上の登録ボランティアに出動を要請します。軽い気持ちでも参加して欲しいので、基本的に作業は午前中のみとしています。また、ベテランばかりの団体の活動に少人数で参加するのはハードルが高いので、10人ほどをまとめてコーディネーターが連れて行きます。おそろいビブスを着用して一体感をつくり、安全で無理のない楽しい里山保全活動を行い、ボランティアのすそ野を広げる作戦です。活動地も複数あるので、一か所にじっくり関わることも、様々な活動地で見聞を広めることもできます。継続的に関わる若い人たちの中からリーダーを育てる取り組み*2も行なっています。
里山で育つ多様な価値観とシゴト
里山保全活動に若い世代の力が欠かせないとはいえ、今までの価値観や方法を踏襲したボランティア活動では魅力がありません。現代に生きる若者は、人口減少や年金の問題など将来が不透明であり、経済的に余裕がない人も少なくありません。
一方、最近の若い人が取り組んでいる森のようちえん、木工品販売、森林セラピー、ローカルマルシェなど多様で伸びやかな活動は、ボランティアではなくシゴトづくりを意識しています。そして、里山の多くを占める私有地で広がっています。公的な緑地では様々な制限があり、若い人たちが創意工夫できる自由度が少ないからでしょう。里山を将来に向けての公共的な資源として保存し、維持管理することも大切ですが、それだけでなく、民間の有志による信頼ベースの活動を進める方が速やかで楽しく効果的で、それが既成概念を変える力になるかもしれません。
このようなまちの近くで里山をいかすシゴトづくりのために、NORAでは実践ゼミナールやフォーラムを開催しネットワークを広げているほか、活動を支える理念づくりも行い、さらに、多摩三浦丘陵群の里山で活動する団体・個人の紹介をするサイト「里山コネクト」も作りました。
里山を未来につなぐには
里山を未来につなぐ目的は、生態系保全のほかにも多様であってよいはずです。里山をいかすシゴトづくりには、社会や環境に対する意識、仕事観の変化などを通して、今日の都市的な課題を解決する可能性があるのではと考えています。
資金についても公的な助成金だけでなく、民間寄付金の活用も勧めています。横浜には「よこはま夢ファンド」というふるさと納税を活用した制度があり、横浜市を通じ、特定のNPOを指定して寄付することができます。これからの里山保全では、生態系管理、安全管理、ファシリテーションの技術や専門性が必要です。そこで、それらを客観的に保証できる人材の育成を図る新しいグループを作ることも計画してています。
講演「まちの近くの里山を未来につなぐヒント」, グリーン連合北関東地域交流会「まちの近くの里山を未来へつなごう!」(つくば市老人福祉センターとよさと), 2018年2月4日.