里山の市民科学とコモニング―6月の学習会を終えて
先月、2週にわたる連続学習会「ナラ枯れ被害の現在と皆伐更新の可能性―持続可能な里山管理を考える」をオンラインで開催した(主催:モリダス、共催:NORAほか)。
この企画は、倉本宣さん(明治大学)が中心になって、昨年1月から毎月開催されている「ナラ枯れとその周辺課題について考える、連続講演会」にヒントを得たものである。
倉本さんは、近年関東地方にも急拡大したナラ枯れの対策について考えているうちに、対策手法を含むもっと広い範囲に課題があることを見つけた。そして、その周辺課題が人と緑地(自然)の関係を問い直すことにつながると考え、この連続講演会のタイトルを決められた。
私は環境社会学者として環境-社会の関係のあり方を長年考えてきたので、この連続講演会のねらいは重要だと感じ、問題意識を多くの人びとと共有したいと思った。そこで、ナラ枯れを私たちと自然の関係を再考する契機にできないかという問題提起のために、連続講演会を通じて繋がることのできた方々に今回の学習会で話題提供をお願いした。
もう1つ、私が学習会を企画した理由として、2018年に設立したモリダスという団体を通して、森づくり・里山保全の現場リーダーを育成していることとの関係がある。
モリダスでは、「安全に」「楽しく」「価値ある」活動をめざしており、これまで手道具(鉈・鋸・鎌・剪定鋏)の扱い方から、動力を使わずに手道具とロープで安全に伐木する方法、安全管理やファシリテーションなどについて研修事業を実施してきた。
たしかに、現場で作業するときにグループをまとめるリーダーは必要である。しかし、そもそも、何のためにその作業をおこなうのかが明確でなければ、社会的に「価値ある」活動にはならない。このため、フィールドの将来像について関係者の間で合意形成を図り、その目標に向かっているのかをモニタリングしながら、活動を進めていくことが求められる。
ところが、ナラ枯れ被害の拡大は目標の再考を迫る。ナラ枯れ被害は、病原菌(ナラ菌)を媒介するカシノナガキクイムシが好む大径木に多く、南関東ではかつて薪炭材となったコナラに被害が集中している。高度成長期に起こった燃料革命以降、薪炭を生産してきた雑木林の多くは開発されるか、放置されて植生遷移が進行した。その結果、コナラは樹齢50年以上の大径木となり、カシナガが侵入すると爆発的に増殖する環境を準備した。つまり、現代の雑木林観・里山観がナラ枯れを招いたとも言える。
これまで市民参加による雑木林の保全活動では(特に公園内では)、多くの場合、環境高木林を目標として、低木や下草を刈って高木のみを残してきた。しかし、この目標林型がナラ枯れを拡大させたとすると、同じ目標に向けて保全活動をおこなうことは同じような被害が繰り返すだけだと思われる。それでは、どうすればよいのだろうか。
今回の企画は、森づくり・里山保全のリーダーを育成するためには、その活動の基盤となる目的について考え直す必要が生じたことからも必要なものであった。
6/14(火)の第1夜は、「2020年代のナラ枯れ被害の実態を知る」と題して、松元信乃さん(東京都公園協会)による録画報告「都立公園60か所におけるナラ枯れ調査の3年間の動向」を視聴し、舟木匡志さん(NPO birth)による報告「ナラ枯れ被害の現状と今後の樹林管理―狭山丘陵の都立公園を事例にして」を受けて、参加者の方々と質疑応答・意見交換をおこなった。
松元さんの報告によれば、都立公園で初めてナラ枯れの被害が確認されたのは2019年で、その後の3年間で、被害本数は急速に増加しており、2021年の調査では60か所の公園内で4,000本を超えたという。新たに被害が確認されるところも増えており、今後も被害は継続するとみられている。ナラ枯れ対策としては、薬剤注入、ビニール被膜のほか、比較的作業しやすい被膜剤塗布が勧められた。そうした中にあって、30年にわたって雑木林の皆伐更新を図ってきた都立桜ヶ丘公園の一部のエリアでは、明らかにナラ被害が抑えられていることが示された(→参考:参加者からの松元さんへの質問と松元さんからの回答)。
阿部好淳・松元信乃(2022)「都立公園の小面積皆伐によるナラ枯れ被害の回避―桜ヶ丘公園こならの丘」『緑化に関する調査報告(その49)』東京都建設局.
舟木さんの報告においても、松元さんの報告と同様の傾向が確認された。すなわち、この3年間でナラ枯れ被害が急拡大したこと、皆伐更新をおこなっている場所では、ナラ枯れの被害が抑制されていたことなどである。さらに、こうした調査結果をもとに舟木さんは、ナラ枯れ後の雑木林管理のあり方について問題提起された。これまでコナラ林を維持してきたところであっても、コナラ林を再生させるばかりではなく、常緑広葉樹林への移行、多様性の高い落葉広葉樹林や草原の創出に向けた管理のほか、場合によってはササに覆われることも許容することまで、土地のポテンシャルや作業性なども考慮して、今後の里山のあり方が多様にあり得るのではないかと問いかけた。日々雑木林の管理に携わる公園管理者として、現実を踏まえた提言であった。
大房直登・舟木匡志・丹星河(2021)「狭山丘陵におけるナラ枯れ被害調査と対策について」『緑化に関する調査報告(その48)』東京都建設局.
参加された方々の中には、ナラ枯れ被害の対策に強い関心を持たれていた方も少なくなかったにちがいない。しかし、先行した西日本での被害を受けて、以下に示すような、さまざまなマニュアル等がウェブでも閲覧できるようになっている。
森林総合研究所関西支所(2007→2012)「ナラ枯れの被害をどう減らすか―里山林を守るために」.
日本森林技術協会(2012)「ナラ枯れ被害対策マニュアル―被害対策の体制づくりから実行まで」
中島春樹・松浦崇遠(2015)「「ナラ枯れ」はその後どうなったのか?」『研究レポート』10, 富山県農林水産総合技術センター森林研究所.
6/21(火)の第2夜は、「持続可能な里山管理のあり方を考える」と題して、長久豊さん(都立桜ヶ丘公園雑木林ボランティア)から報告「皆伐更新による里山管理―都立桜ヶ丘公園こならの丘の事例」をうかがい、それを踏まえて土屋俊幸さん(東京農工大学名誉教授)からコメントをいただいた後に意見を交換した。
今日、ナラ枯れ被害の拡大にともない、あらためて雑木林の皆伐更新が注目されている。ただし、雑木林の管理のあり方については、燃料革命以前のように皆伐更新すべきという意見が、里山の再評価が進んだ1990年代当時から多かった。実際、都立公園の中には実験的に皆伐更新を試したところは少なくない。ところが、管理方針の変更や管理者が変わるなどの要因により、計画的に皆伐更新をおこなっている場所は限られており、30年にもわたる保全活動とモニタリング調査の記録が残されている例は桜ヶ丘公園以外に聞いたことがない。大学のような研究機関でさえ、これほど長期にわたり継続的に里山で調査を実施している例は、ほとんど見当たらないのではないだろうか。
長久さんのお話は、こうすれば皆伐更新ができるというノウハウを示すようなものではなかった。いかに失敗に失敗を重ねてきたのか。いかに失敗の経験をもとに地道な話し合いを重ね、雑木林の管理のあり方について団体内で合意形成を図ってきたのか。そのようなプロセスを踏みながら約15年で一周する皆伐更新のサイクルを2周して、今ようやく3周目に入り、自分たちができる範囲で皆伐更新を進めながら、多様性の高い雑木林を維持できるようになったという内容であった。
長久さんは実践の蓄積を誇らしげに語るわけではないが、聞いていると現場に集う人びとの思いや対話の濃密さがおのずと伝わって、その迫力に圧倒される。市民ボランティアだからこそ続けることができたのだろうが、間違いなく、この事例は最良の市民科学の1つである。
長久さんのお話をうかがいながら、なぜこの事例が清々しく感じられるのかと考えた。
それはおそらく、里山の保全活動それ自体を十分に楽しんでいるからであろう。
さまざまな失敗があった。たとえば、かつての農家のやり方を真似てみても、燃料革命から長い時代が過ぎた雑木林では、その方法ではうまくいかなかった。コンサルタントが緻密な管理計画を作成したが、実践的な内容ではなかったために、ほとんど生かすことができなかった。しかし、そうした失敗にもめげることなく、その経験を糧に自分たちでさまざまな調査をおこない順応的に目標や活動内容を変えていった。そうした実践を通した学びは大変な工程だったであろうが、知的に楽しく大きな喜びも得られたのだろう。
ボランティアの人びとには、作業の後の冷たいビールが楽しみと言う人が多い。
その人にとってそれは真実なのかもしれないが、そうした言い方は里山の保全活動を通して広がる豊かな楽しみの可能性を奪っていたのかもしれない。私もボランティア活動を広げるためには、環境を守る「正しさ」よりも活動する「楽しさ」を訴えがちであったが、活動する「楽しさ」についてもっと深めることができるように思えた。
森林ガバナンスに造詣の深い土屋さんからも、この事例は高く評価されたが、特に雑木林ボランティアにリーダーを置いていない点について大変驚かれていた。私もリーダー不在の運営体制については奇跡的のように感じられ、誰かリーダー的な人物がいるのではないかと、いまだに信じ切れていない部分もある。
長久さんによれば、何か困ったことが生じると、必ずその分野に長けた人が現れて、うまいことに物事が運ぶのだという。
この言葉を素直に読み解けば、なぜリーダーがいなくても組織がうまく回るのか、ヒントを得ることができる。
まずは、ボランティア団体には、多様な知恵や技、経験を持っている人びとがいること。そして、その人びとがそれぞれの力を発揮できるフラットな場があるということ。さらに、そうした多様な人びとが、他者との対話をもとに多様に学び合う環境があるからではないかと想像した。よく手入れされた桜ヶ丘公園の美しい雑木林は、こうした学びの場から生まれたのかもしれない。
そして、私は気づかされた。
桜ヶ丘公園雑木林ボランティアの方々が大事にされてきたことは、里山の生物多様性を高めることよりも、むしろ里山を自分たちのもの(コモンズ)にすること、つまり、里山のコモニングであるということだ。彼ら/彼女らは、そのために「やって、みて、考える」の市民科学を続け、仲間との対話を繰り返してきた。
私たちの手に里山コモンズを取り戻すには、それにふさわしい人間的な成長が求められるのかもしれない。
そのプロセスは、桜ヶ丘公園の事例が示すように手間がかかることではあるが、同時に深い喜びをもたらすものであろう。