リレーイベントが始まりだった ~TRネットの歴史
鶴見川流域では、TRネットが発足する前から、さまざまな団体が連携を図って活動していた。
1991年春、こうした市民活動を基礎とし、流域で活動する13団体の協力を得て、ネットワーキング組織・TRネットはスタートした。
始めの一歩は、流域規模でイベントを連携する「鶴見川ネットワーキングフェスティバル」だった。企画の中心は、総合治水のイベント「ふれあって鶴見川 ’91」への参加であり、その年の5月から1年間は、毎月鶴見川流域のどこかで、加盟団体が主役・脇役を交替しながらイベントを実施した。1年間にわたるリレーイベントを終えた後、集まった団体は「鶴見川流域宣言」を採択し、引き続き緩やかな連携体を維持することになった。
その後、年1回5月の総合治水イベントと各年の特別イベントを行い、新しい加盟団体を迎えつつ(1999年7月現在、52団体が加盟)、日常の情報交換や人的交流、活動の相互支援を充実させて現在に至っている。
鶴見川流域はバクの姿 ~TRネットのイメージ戦略
鶴見川流域の形は、斜め左後ろからみたバクの形に似ている。このため、市民活動や行政の啓発活動の場面では、鶴見川の流域地図を象徴するのに、しばしばバクのキャラクターが使用されている。
バクをキャラクターに使うことで、流域に暮らす170万人の「鶴見川流域人」の中に、「鶴見川流域はバクの形」であることがすっかり定着した。このことは、表面的には、鶴見川に親しみを持つ人が増えたということを意味する。しかし同時に、行政界で地域を区切ることに慣れ親しんでいる多くの人びとが、無意識のうちに、地形の凹凸をもとにしてできる流域界を意識するようになった(「流域思考」を身につけた)ことも意味する。
日本社会においては、自治体間や行政部局間などに、不要と思われる障壁がみられる。「鶴見川流域人」が「流域思考」を身につけたとき、こうした壁は絶対のものではなくなり、軽々と乗り越えられるようになるだろう。TRネットのイメージ戦略には、遠くそうしたことが企図されているのではないだろうか。
流域世話人とバクハウス ~TRネットのしくみと運営~
TRネットは、持ち場を持つ独立の市民団体・プロジェクト集団が緩やかに連携するネットワーキング組織である。これは裏を返せば、個人でないこと、フィールドで持ち場を持って活動していることが参加の条件になる。
TRネットの世話人の一人である岸由二さんは、「TRネットの目的は、さまざまな団体がつながることにより合意形成を行ない、課題解決を目指すことだから、持ち場があり課題を抱えている団体でないと参加しても意味がないんですよ。」と語る。
TRネットの運営には、それぞれの団体やプロジェクトの代表(「流域世話人」20名ほど)が中心に当たっている。また、世話人会議を事務的にサポートする組織として事務局があり、ネットワーク活動に関わる多様な機能を引き受けている。これらのうち、特に調整・事務分野の機能強化を狙って、1997年春に法人組織「(有)流域法人バクハウス」を設立した。
バクハウスを運営する平山さんは、「事務局は、日常的な連絡調整や、話し合いをサポートすることが仕事です。月1回の世話人会では実質的な話し合いが十分にできないので、その隙間を埋め、情報をスムーズに流し、風通しを良くすることが大きな役目です。」と語る。
情報がどこかに局所的に集まると軋轢のもとになりかねないので、情報量の差をできるだけ少なくするよう注意を払っているので、「情報のやりとりだけでもとても大変」だという。
公共を市民が支えない社会における方法論 ~TRネットのパートナーシップ
TRネットの大きな特徴は、市民活動間の連携だけでなく、市民・行政間の連携を積極的に図っていることにある。1991年以来、総合治水のPRキャンペーンである「ふれあって鶴見川」、総合治水の理解者を育てる「鶴見川いき・いき・セミナー」(市民講座)、そして「クリーンアップ作戦」等、市民・行政の各種の連携が進み、一部では企業の参加・支援も始まっている。
さらに、国(建設省、環境庁)や自治体(東京都、神奈川県、横浜市、川崎市、町田市)の中長期的な公共プロジェクトにも注目し、時には計画場面から参画して、川や流域に関するビジョン・経験・知識を提供している。こうしたことができる要因として、メンバーの行動力によって、TRネット内に新鮮な情報が集まってくることが挙げられる。寄せられる大量の情報のうち、「TRネットの持つ鶴見川流域のビジョンや現場での問題とリンクできるものについては、それを仕事にして引き受けることがある」(平山さん)という。
一方、「行政と連携して公共プロジェクトに関わるやり方に対して、批判はありませんか?」と岸さんに尋ねてみたところ、「日本社会では、公共を市民同士が支えることがとても難しい。公は行政や会社が関わるものという慣習がある。だから、実効性のある地域のしくみをつくるためには、志のある市民集団が行政としっかり連携するのも当然の選択だと思う。しかし、自律性を確保するためには、市民側が行政に負けないような経験や情報をしっかり蓄積することが必要なんですね。」と語ってくれた。
松村正治(2000)「鶴見川流域ネットワーキング(TRネット)」もっかな探検隊編『もっともっともーっと神奈川!―今どきまっとうな人・店・グループを訪ねて「もっかな探険隊」が行く!!』夢工房, 106-109.