神奈川野菜の食事会100回記念を祝して

開会あいさつ

主催の側が言うのも変ですが、神奈川野菜の食事会、第100回、おめでとうございます。ただ継続してやることって「あまり意味がない」と言う人もいますが、僕はNORAの代表として「里山とかかわるシゴト」とか「里山とかかわる暮らしを」と、「日常を大事にしましょう」ということを大切に掲げているので、こうやって定期的に食事会を続けてこられたことは、NORAの活動のすごいベースの部分をつくってくれたなぁと思って、深く感謝しております。

ただし、100回積み重ねてきて「それで良かった」ということではないと思うんです。今日久しぶりに前田君だとか、食事会が始まったきっかけになった人たちが集まってくれていて、そういうコミュニティが出来ているというのは大事なことだと思います。

一方で、コミュニティって何のためにあるのか。最近考えていることで、単に仲良し…もちろん仲良しであることは大事だけれども、何か社会に課題があったりだとか、困ってる人がいたりという時にそのコミュニティの力が発揮されるということが、大事なことかなと思っています。

三好さんはTPPのことについてずっと問題にしていると思いますけども、今の食や農に関する状況というのは決していいわけではない。一方で、だからこそ、そういうことを感じて一所懸命考えている人たちも、横浜だけじゃなくて、日本全国、世界中にたくさんいると思います。
そういうことを考えると、こういう風に集まってきた人たちが、ここにあるコミュニティが、今の状況に対して何か物申したり、新しい価値のあるものをつくっていこうという時の力になっていったらいいな、と思ってます。

100回重ねてきたのもダテじゃないと思います。それだけ潜在的にはものすごくパワーがたまっていると思いますから、それを本当に、良い社会をつくっていくために活かしたいなと思っています。

え~、あの何ですかこれは、どういうまとめをしたらいいですか?カンパイでもなく・・・

(会場:あはは!「いただきます」がいいんじゃ?)

じゃああの、これだけの食事を前にして話が長くなって申し訳ありません。皆さんの思いのこもった食事をですね、ぜひいただきたいと思います。
それでは、いただきます!

(会場:いただきま~~~~~す!)


個別メッセージ

NORAはもちろん神奈川横浜にあるんですけども、私は東京の住人なので、神奈川野菜の食事会っていうのは、まぁどっかで違和感を感じつつ参加をしているという、そういう立場なんです。
今日は持ち寄りだってことで、私のまちで普段買えるものを買ってお持ちしました。向こうにあるお酒は愛川のものです。あと、東京の牛乳も持ってきました。かぶとごぼうも持ってきました。あ、これも、酒まんじゅうですね。神奈川の津久井だとかも結構近いので、こういう酒まんじゅうもあります。

勝野さんなんかはここにお住まいなんであれなんですが、僕はこういうまちの中にはなかなか住めないタイプなんですね。ここはNORAなんで神奈川野菜。ただし、そういう地理的なことだけじゃなくて、自分のそれぞれの産地を持ってるのが大事なのかなと思うんですね。

このあいだ、『ふるさとがえり』という映画の脚本を書いた方がおっしゃってたんですけども、ふるさとって都会か田舎かという話じゃなくて、都会であっても自分のふるさとをつくっていくということを考えなきゃいけないと。まさにそうだなと思います。たとえば、「はまどま」も、みんなである種の故郷というか、それこそ土間みたいな感じで気軽に立ち寄れるところだと思うんですけども、そういうふうな居場所を自分で作っていくし、自分にとっての食べ物を得る産地も作っていく。その中で自分で自給する部分があっていいと思うし、信頼のおける生産者さんと付き合っていくことも大事だと思う。
食事会っていうのは、食事を通して自分が、自分を構成している食べ物がいったいどこから来ているのかなとか考える場になるようにと、三好さんはつねに問いかけ続けているんじゃないかなという気がしています。

今日は100回目なので、ホントは50人くらい来てもいいかなと思っていました。ただ実際に、けっこう違うところに行っちゃった人も多いですよね。さっきおっしゃったように、たとえば山田さんにしたってNORAに出逢わなかったら、たぶんあんな間違えた道には・・・

(会場:大爆笑!)

いや、間違えたというか、逆に正しい道に・・・。あと佐倉で菜園やってる方だとか。
やっぱり、「はまどま」、NORAと出会って、すごくねじ曲がって、正しい道に行った人がたくさんいると思うんですね。それはやっぱり、三好さんが激しく問いかけたり、ときには焚き付けたりしていたことが、それだけそういう人をたくさん生んだんだということだと思います。

もう三好さんに頼るだけじゃなくて、私たち自身が周りの人に対して、けしかけたり焚き付けたりしていきながら、自分達の食ってことを考えて、自分たちの産地というものを自分たちの手でつくっていこうね、と。
ここにいる人たちは当然のようにやってるんで、その周りの人たちに向けて、ぜひつないでいきたいなと思います。

なぜ街中に里山への入り口をつくっているかというと、里山にこれをつくったところで当たり前になっちゃう。そういうことを普段気にしないで過ごしている人たちがまちの中に大勢いるから、そこを作ることのインパクトがあるんですね。
あらためて、はまどまがまちの中の里山への入り口だということを意識して、周りの人たちに対して、自分達の食を得られる場所をつくっていこうね、ということを絶えずやっていき続ける。そういうベースをつくったのが、たぶん食事会だと思うんです。

200回は先が長すぎるんで、(会場:毎週やれば。あはは!)とりあえず101回目をまた丁寧にやっていけたらいいかなと思います。
今日はどうもお疲れさまでした。

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