2016年のドキュメンタリー映画5本

年が変わったので、昨年見たドキュメンタリー映画から5本を取り上げる。


映画『湾生回家(わんせいかいか)』

「湾生」とは、日本統治下の台湾で生まれた日本人を指す。日清戦争後に下関条約を結び、台湾を植民地とした1895年から、アジア太平洋戦争に敗れた1995年までの50年間に生まれた人たちだ。
敗戦によって台湾から送還された日本人は軍人・軍属を含め50万人近くで、約20万人の「湾生」にとっては故郷=台湾から引き離される事態になった。
それから、戦後約70年の年月が流れ、「湾生」たちは高齢となっている。
それでも(あるいは、だからこそなのか)、今でも台湾を自分の故郷だと思い、望郷の念を抱いている人たちは少なくない。
この映画は、そうした「湾生」たちの物語をまとめたものである。
(マイナーな日本人の故郷喪失者に光を当てた作品として、元硫黄島民のことが取り上げられている石原俊『<群島>の歴史社会学』を思い出した)。

台湾では、ドキュメンタリーとしては異例の11週上映のロングランとなり、20~30代の若者たちも多く劇場に足を運んだという。
もちろん、他国の日本人に自国の台湾が愛されていることは嬉しいだろう。
しかし、生まれ育った故郷への思いや家族への感謝などが、国境を越えて深く共感されて、ヒットしたのだろうと思う。
かつて日本統治時代を取り上げることはタブーであったが、この映画では、一人ひとりのライフヒストリーを植民地主義のような大きな物語に接続するのではなく、それぞれにとっての故郷喪失の意味を丁寧に描いている。
40名近い「湾生」たちを取材したようであるが、6名の話に絞り込むことで、物語が広がりすぎず、また、狭くなりすぎないように構成がよく練られていた。

台湾人の監督が、ほぼ全編日本語のドキュメンタリーに挑戦したことにも感心した。
黄銘正(ホァン・ミンチェン)監督は私とほぼ同じ年であり、テーマの決め方、対象へのアプローチの仕方について、大いに刺激を受けた。
こうした映画を撮る40代がいて、さらにこれを見る下の世代がいることに、台湾社会の成熟を見るような気がした。

大学院生時代、2週間かけて台湾を一周したことがあるが、それから20年近い月日が経っている。
今の台湾を肌で感じたいと思った。

※なお、年明け、この映画のエグゼクティブ・プロデューサーが、湾生の孫だと語っていたことは嘘だったと発覚して問題になっている。

映画『湾生回家』(監督:ホァン・ミンチェン、111分)

映画『FAKE』

昨年5月3日、東大安田講堂で開かれた水俣病60年記念特別講演会に参加した。
このとき、森達也さんは、「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」と題して講演した(この言葉は、最近私が好きな言葉の一つである)。
森さんが何を話したのか、ほとんど覚えていないが、いつも同じことを語りかけているので、概要は次のようなものだったはずである。
すなわち、大きな事件が起きると、ほとんどの国民は物事を単純に善と悪に二分化し、正義とされる側にいっぺんに流れ込む社会心理が働くが、これは非常に危うい。現実の世界は白か黒かとはっきりと分けられることは少なく、グレーのグラデーションになっているところをきちんと見ないといけない、と。

もちろん、こうしたメッセージは大切である。
しかし、私が強烈に覚えているのは、このとき森さんが久しぶりに映画を撮っており、その被写体がゴーストライター騒動で話題となった佐村河内守さんということだった。
森さんは、オウム信者に密着したドキュメンタリー『A』『A2』で有名だが、その後、映画を撮れなくなったと話していた(『311』は共同監督という位置づけで、自分の作品ではないと捉えているらしい)。
その理由として、日本社会でアイロニーが通じなくなっていることが挙げられていた。
個別の対象に深く迫ることによって、社会に問いたいと願っても、そのドキュメンタリーがベタに受け取られてしまうのであれば、表現者としての目的は達成できない。
森さんはずっとテーマを探していたようである。
その長いトンネルをくぐり抜けて出会ったのが佐村河内守という、ほとんどの人びとから「黒」と見られている人であった。

実際、この映画を見ると、聴覚障がいとは、聞こえる/聞こえないの二分法でとらえきれないことが分かるだろう(ゼミ生に聴覚に障害をもつ学生がいるので、このことはよく分かるつもり)。
また、「白」と見られている気弱な音楽家の新垣隆さん、この騒動の全貌を書いて大宅壮一ノンフィクション賞をとった神山典士さんは、森さんのカメラから逃げているように映っている。

この映画によって、佐村河内守の生きる世界に近付くことができる。
妻と飼い猫といる世界。浮かれた新垣さんがテレビに映っている世界。
しかしもちろん、この映し出される世界も白ではない。
森さんが欺かれているように見えることもある。
よくわからない。わからないことばかり。
だからこそ、何かあったときにすぐに事情をわかった気になるのではなく、そういうふうに感情が流れていくことに抗い、もっと人に近づこう、対話しようと思うべきなのだと考えた。
きっと、森さんの術中にはまったのだろう。

映画『FAKE』(監督:森達也、109分)

映画『私たちの自由について―SEALDs2015』

昨年7月8日、渋谷アップリンクで上映される最終回に見た。
2日後の参議院選挙で与党が大勝すると予想されていたので、結果が出てから、この映画を見たら白けるだろうと思って、映画館に滑り込んだ。
はたして、選挙では与党が圧勝し、改憲派が2/3を越えた。

その1年前の夏、安保関連法案に反対するデモが、連日、国会前で繰り広げられた。
その中心にいたのが学生団体「SEALDs」であり、創設メンバーの1人の奥田愛基さんは時の人となった。
私は、SEALDsのメンバーだった学生がゼミにいたこともあって、2015年は6月~9月まで国会に何度か足を運び、ラップ調のコールに声を合わせた。
「集団的自衛権はいらない」「解釈改憲絶対反対」「憲法を守れ」・・・。
しかし、法案は国会を通過し、国会前の熱いデモは鎮まった。

そのデモから約1年経ってから、この映画を見た。
当時の熱狂がよみがえってくるという感慨はなく、冷静に見られた。
そのなかで、学生1人ひとりのスピーチがいいと、あらためて思った。
それぞれ、自分の言葉で、等身大のスケールで、個人として表現している。
特に、ゼミ生のスピーチは、ひいき目ではなく、この映画にアクセントを付ける役割を果たしていた。
また、デモの裏側で、学生たちがどのような場所に集まり、どのように議論し、デモに臨んでいたのかが描かれていて、その素直で、突っ張ってもいて、ほほえましくもある様子がよかった。

昨年の参院選後、SEALDsは解散した。
学生たちは、それぞれの道を歩み始めている。
ゼミ生は卒業後、会社に就職し、政治活動はやらないだろうと言っている。
それでいい。学生団体が注目されることに、社会の問題があるはずだから。

しかし、SEALDsのメンバーたちは、きっと今後も自らの頭で考え、「おかしいと思ったことに対してはおかしい」と言い続けるだろう。
それは、「民主主義って何だ?」という問いに対する「民主主義ってこれだ!」というシンプルな答えであり、そのことを実践で示していくことは、個人として静かにデモをおこなうことでもあるはずだ。
いくらでも「終わっている日本」を始めることができる。
そう信じながら、たえず社会をつくっていかなければいけないことを、私は彼(女)ら学生たちから学んだように思う。
それは、今後の人生の生きる意味を強めてくれたと思う。

映画『私たちの自由について―SEALDs 2015』(監督:西原孝至、165分)

映画『幸福は日々の中に。』

次に取り上げる『アトムとピース』を見に渋谷イメージフォーラムに駆け付けたら、その日はレイトショーのみであった。
せっかく都心まで来たのだから、別の映画でも見ようかと、その日の上映スケジュールを見たら、この映画が良さそうだったので見ることにした。そう決めた理由は、監督が茂木綾子さんだからであった。

もう10年くらい前のことだろうか、茂木さんの作品『島の色 静かな声』を西表島祖内集落で見たことがある。
その映画は、私も調査でお世話になっている染織作家・石垣昭子さんと、パートナーで郷土史に詳しい唄者の石垣金星さんを撮ったドキュメンタリーだった。
同様に石垣昭子さんを取り上げた『地球交響曲(ガイアシンフォニー)第五番』よりも、センスの良さを感じる、いい映画だと思った記憶がある。

その茂木さんが、鹿児島の知的障がい者施設「しょうぶ学園」を撮った。
まず、園生とスタッフが一緒になって楽器を叩き、叫ぶバンド「otto & orabu」の演奏の迫力に圧倒される。
そして、園生におるクラフトワーク(障がい者アート)のクオリティ。
緻密であったり、大胆であったり、「普通」の感覚が揺さぶられる。
ベーカリー、カフェレストラン、蕎麦屋も点在しているようで、どの店舗もデザイン性がすぐれていて、食べものは美味しそうだ。

「障がい者」の世界に密着することで、「健常者」の世界の常識を覆すという手法は珍しくない。
しかし、この映画は、そういう作為をあまり強く感じない。
もっと深いレベルで、それぞれの生き方や表現の仕方に迫っていると思う。
また、映像がいい。
どこを切り取っても絵になる。

映画のなかで施設長の福森伸さんが、ノーマライゼーションについて批判的に語っていたことを思い出す。
ノーマライゼーションとは、障害をもつ者ともたない者が平等に生活する社会を実現させようとする考え方である。
しかし、すでに「しょうぶ学園」のなかで「障がい者」は、幸福な日常を送っているように見えるのだ。
それを、あえて「健常者」と一緒に生きる社会を、これからつくる必要があるのかと問いかける。
このような批判は、きれいごとでは済まない社会の現実を踏まえてのことだろう。
素朴にノーマライゼーションを善と考えていたことに気づかされた。

この映画を見て、鹿児島に行きたくなった。
そこで、自分をいかす方法について、自分の表現について、考えたいと思う。


映画『アトムとピース』

監督の新田は、中学・高校の同期である。
高校卒業後、しばらく会っていなかったが、同期のfacebookを通して、硬派なビデオジャーナリストとして活躍していることを知った。
その彼が、那覇の栄町市場を舞台にしてドキュメンタリー映画『歌えマチグヮー』を第1回監督作品として撮ったので、4年前に渋谷イメージフォーラムまで会いに行ったことがある。

新田の仕事は、本当にいいと思う。
今の時代にあって、価値ある作品をつくっている。
最近は、イラクやシリアの内戦、ベルギー連続テロなど海外の報道番組のほか、沖縄では沖縄戦、島言葉、共同店などに関する作品、さらに原発関連の作品などをつくっている。
(私がもっとも好きな作品は『摩文仁~沖縄戦・それぞれの慰霊』)。
その彼が、第2回監督作品として撮ったのが、この映画である。

福島原発事故を起こしてまでも、なぜ日本は原発をやめられないのか。
映画は、この素朴な疑問から始まっている。
「原発が安い」という言説は嘘であることが明らかになったが、それでもなお、原発にこだわるのは、別の次元の論理がある。それは、原子力(アトム)と平和(ピース)、原発と核爆弾の問題へと行き着く。

この原発と核の問題について考えたことがある人ならば、この映画で明かされる理由を知っているだろう。
しかし、おそらく新田は、そういう層に向けて映画を撮ったのではなく、福島原発事故以降、原子力問題に関心を持つようになった人たち、特に若者に見てもらいたいと思ったのだろう。
だから、この映画を見れば、主人公の長崎在住の被爆3世・瑠衣子さんとともに旅をしながら、原子力と平和について理解を深めることができる。
その意味で、教育的な映画という側面もあり、実際、昨年の授業で使用した。

これから、新田が何を撮るのか、楽しみにしている。
また、何かの機会に、協力できればと思っている。
それが、沖縄のためになれば嬉しい。

よこはま里山研究所のコラム

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