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多摩ニュータウンと市民運動

1 ニュータウン開発の背景

多摩ニュータウンは、東京都多摩市を中心に、稲城市、八王子市、町田市にまたがり、国内のニュータウンとして最大規模を誇る。昭和39年(1964)に計画、昭和46年(1971)に第一次入居が諏訪・永山地区で開始された。この時期に、この地域が大規模に開発された背景には、激増する東京圏の人口を吸収することが急がれたことと、多摩丘陵における農業の将来に希望を抱きにくかったことを挙げることができる。

戦後の高度成長期、産業構造の転換によって人口が地方から都市へと流入し、都心が住宅難となり、郊外では無秩序な開発が進んだ。スプロール化を防止するには、計画的な開発により、大量に住宅を供給する必要があると考えられた。

一方、開発前の多摩丘陵では、急斜面に雑木林、緩斜面には畑や集落、谷戸には水田が分布していた。このうち、燃料・肥料等の採集に利用されていた雑木林は、化石燃料に代替されて価値が失われた。谷戸田と畑では多品目の作物が生産されていたが、起伏に富んだ地形が農業の近代化には障害となった。酪農や花卉栽培に活路を見出す農家もあったが、大規模開発を受け入れやすい状況であった。

2 開発の基本概念と多様な手法

初期の多摩ニュータウン開発は、C・A・ペリーの「近隣住区理論」に従って計画された。中学校区を一つの住区単位として、その範囲内に小学校二校と公園緑地が計画的に配置された。コミュニティの中心には、食料品・日用品の商店、金融機関、診療所等が集まる「近隣センター」が設置された。幹線道路を走る車には住区の外周を通過させ、住区内は歩行者専用道路を整備し、歩車分離が徹底された。

当初計画では、区域を全面的に買収し、近隣住区理論に基づくプランを新住宅市街地開発事業として実践する予定だった。しかし、買収交渉が進むうちに、土地を手放した場合の補償や生活再建に不安を覚える農家が増え、既存集落地区では土地区画整理事業を実施するよう計画が変更された。

多摩ニュータウンでは、これら二事業による面整備に加え、関連する道路・河川等の公共事業により都市基盤を整備して、都営・公社・都市機構等の公的住宅と、民間の住宅を供給してきたのである。

3 主婦を中心とした市民運動

昭和49年(1974)の調査によれば、初期入居者の78%は20~30代であった。地方から仕事を求めて東京区部へ移住し、所帯を構えて多摩ニュータウンへと引っ越す家族が標準的だった。昭和45年(1970)年から五年間の人口増加率は一一三%で、ニュータウン地区の人口はすぐに既存集落地区のそれを上回った。

当時の急増する人口に対して、住民サービスは追いついていなかった。小中学校は不足気味で、近隣センターだけでは、食料品店、図書館、保育園等が不十分だった。京王線・小田急線の延伸は間に合わず、交通は不便を極めた。

「陸の孤島」に置かれた新住民の間では、主婦層を中心とするまちづくり活動が盛んになった。具体的には、生協運動、共同保育運動、図書館活動、公害反対運動等で、道路建設反対運動では座り込みも辞さない徹底的な抗議活動も見られた。新住民にとっては、まちが未完成で参加の余地があり、また、地域共同体のしがらみから無縁だったことから、活発な市民運動が展開されたと言える。

4 ニュータウンの再生へ

当初計画では、人口約34万人を目標としていた。しかし、オイルショック以後、住宅需要が一気に落ち込んだこともあり、人口は2025年頃に二十数万人でピークを迎えると予測されている。

一方で、早く開発された諏訪・永山地区、愛宕地区等においては、住宅設備が老朽化し、近隣センターも衰退するなどの課題が目立つようになった。狭小で画一的な団地は、若い世帯に受け入れられず、住民の高齢化が急速に進んでいる。

平成28年(2016)、多摩市は「ニュータウン再生方針」を策定した。近隣住区理論に基づく安全で快適な住環境を生かしつつ、古い団地の建て替えを進めて、若い世帯を惹きつける。さらに、ライフステージに合わせて住み替えできる環境を整備しようという方針である。

多摩ニュータウンが再生できるかどうかは、少子高齢化に直面する日本の再生を占うとも言われている。おそらく、これまでの豊かな市民運動の蓄積とその継承が、今後の団地再生の鍵を握っているだろう。

▼文献
上野淳・松本真澄(2012)『多摩ニュータウン物語―オールドタウンと呼ばせない』鹿島出版会
林浩一郎(2008)「多摩ニュータウン開発の情景―実験都市の迷走とある生活再建者の苦闘」『地域社会学会年報』第20集
多摩市文化振興財団(1998)『多摩ニュータウン開発の軌跡―「巨大な実験都市」の誕生と変容』パルテノン多摩

松村正治(近刊)「多摩ニュータウンと市民運動」武蔵野文化協会編『武蔵野事典』雄山閣.


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