「里山コネクト」をふりかえる

ウェブサイト「里山コネクト」を2月に開設したことは、これまでもメールマガジンやNORAのサイトで公表してきた。
今回のコラムでは、このサイト立ち上げを実現したNPOとプロボノによる協働プロジェクトについてふりかえってみたい。

プロボノ集団a-conとの出会い

2年前にワークショップ「近くの里山をいかす仕事づくり」を開催してから、都市近郊の里山の資源・空間をいかした(カセギではない)シゴトづくりについて、多摩三浦丘陵における具体的な実戦例をもとに考えてきた。
この間、いくつかのワークショップ、セミナー、実践ゼミなどを開くとともに、このテーマに関心のある人びとをつなぐ場もつくってきたが、その先へと行こうとすると、つまり、ビジョンを共有して、アクションへと踏み出そうという話をすると、いつも歯がゆさを感じていた。

こう感じる原因を探ると、多摩三浦丘陵エリアで私が見ている若い人たちの動きや、そのドライブ感が伝わってくるような現場のイメージを仲間と共有できていないところにあると思われた。
いっそのこと、自分の頭の中を開いて、この地域のネットワークと、それぞれの魅力的な活動の実際を見てもらいたい。
そう思ったときにイメージしたのは、私がいいね!と思う里山活動を紹介するウェブサイトであった。

このような構想を抱えているときに、ほかの事業でご一緒している中間支援団体・関東EPOの高橋さんから、面白いプロボノ集団があることを知らされた。
私はこれまでプロボノとプロジェクトを一緒に組んだ経験がなかったので、この話に乗っていこうと瞬間的に思い、紹介してもらうことになった。
その団体の正式名称は「特定非営利活動法人 NPOコミュニケーション支援機構」で、普通は略称でエーコン(a-con: action unit for communicative NPO)と呼ぶ。

最初にa-conメンバーと会ったのは、昨年7月中旬の土曜日、東大に近い本郷三丁目駅のそばにある喫茶店だった。
先に高橋さんと私が入店し、しばらくして現れたのが、a-conの代表・加形さんだった。

事前の情報として、加形さんは広告代理店で働きつつプロボノ集団を率い、さらに大学院に籍を置いて研究にも取り組まれているとのことで、忙しそうな人だという印象があった。
この日も、大学院での用事が終わって、駆け付けてくださったのだが、スピード感が違うだろうから、私の思いに共感していただけるか不安であった。

時間も限られたので、自己紹介もそこそこに、私から問題意識と実現したいことをお話ししたところ、とてもポジティブに、興味深く捉えてくださったので、一安心した。
一方、加形さんからは、a-conの概要説明とともに、プロジェクトを立ち上げるための条件が示された。
そのポイントを3つにまとめれば、(1) プロジェクトに参加するボランティア(プロボノ)が一定数集まること、(2) 原則的に3ヶ月で終了できる範囲に事業内容を限定すること、(3) プロジェクトの実施期間中、コミュニケーションを密に取ること、であった。

NORA×a-conプロジェクトがスタート

a-conでは、毎月の定例会で、NPOからの相談案件を提示し、プロジェクトメンバーを募集している。
この際、メンバーが揃わない場合、プロジェクトの実施が延期・中止となる。
基本的には、このプレゼンはNPO担当者がおこなうらしいが、今回、私は定例会に出席できず、加形さんにお任せした。

さいわい、a-conメンバーが集まったので、NORAの担当(=私)と仲介してくださった関東EPOの高橋さんも加わり、NORA×a-conのプロジェクトがスタートを切れることになった。

キックオフミーティングは、10月はじめ、青山にある関東EPOの会議室で開かれた。
集まったa-conメンバーは、加形さんのほか、石田さん、岡崎さん、住田さん、松井さんの計5人。
パイプ役の加形さんが遅れてきたので、ややぎこちなく始まったが、むしろ、遅刻して現れた上に、お腹が空いているからと席に座るなり食事を始めた加形さんの気安い感じが、その後の話し合いをスムーズにさせたようにも思う。
加形さんが直接的にプロジェクトにかかわったのはここまでで、以降は、ほかのメンバーと一緒に進めていった。

ここで、プロジェクトメンバーを簡単に紹介しよう。
石田さんは、a-conの立ち上げの頃から、いくつものプロジェクトにかかわってきた経験があり、今回のプロジェクトのリーダーを務めた。仕事はIT関係で、事業開発、プロジェクトマネジメントなどをされている。しばらく海外で仕事をされていて、最近、日本に戻ってきたので、a-conのプロジェクトに参加するのは久しぶりということだった。
岡崎さんは、9月にa-conの説明会に参加したばかりで、NPO連携プロジェクトに参加したのは初めてだった。インターネット関係の仕事で、企画、マーケティングなどを担当しているという。
住田さんは、a-conプロジェクトへの参加は2回目。学生時代は国際系のゼミに所属し、環境問題にも関心をお持ちで、普段は食品メーカーで資金管理の仕事をされている。
松井さんも2回目のプロジェクト参加だった。学生時代は農学部に所属して、平日は環境系の会社で営業の仕事をして、休日は千葉に田んぼを借りて米づくりを楽しんでいるとのことだった。
もう一人、10月からメンバーに加わったのが瀧川さんだった。岡崎さんと同様、a-conの説明会に参加してすぐ、プロジェクトに初参加された。情報サービス業でコンサルティングの仕事をされているが、イラストを描くのが好きとのことで、このプロジェクトでは、もっぱらそのスキルを活かしていただくことになった。

初回の会議では、それぞれ自己紹介してから、私から、里山とは?という話から、都市近郊の里山の現状や課題、そして可能性、なぜウェブサイトを立ち上げたいのかをプレゼンテーションした。すると、率直にいくつか質問をいただき、それに応える中から、気づかされることが多かった。

まず、里山という言葉は知られているものの、身近には感じられていない。都市近郊に残る自然でも十分に楽しめるという情報が知られていない。
こうしたことは、もちろん私も知っているはずなのだが、フラットな視点から人に言われてみて、深く実感することができた。
また、サイトを立ち上げたいという気持ちは強かったが、それではサイトを立ち上げて何をしたいのかについては、自分の頭の中で詰め切れていなかった。
営利企業であれば、収益向上などのわかりやすい経営目標があるのに対して、このプロジェクトでどのような社会的な変化を起こしたいのか、十分に考えられていなかった。
そのため、サイトを立ち上げることが本当に必要なのか、facebookグループでコミュニティづくりを進めてもよいのではないか、むしろ、その方が簡単にできるかもしれないなど、初回は、何のために、何をするのかについて、ブレーンストーミング的に幅広く議論して終わった。

この日は、いろいろと突っ込まれたのだが、それで嫌な思いはまったくしなかった。
むしろ、素朴に率直に尋ねられて、清々しい思いがした。
仕事を終えて疲れているはずなのに、熱心に話し合いに参加してくださることに深く感心した(一方で、自分もほぼプロボノであることに気づいた)。
まだ見通しは立っていなかったけれど、面白いときが過ごせそうだと、これからの数ヶ月が楽しみに感じられた。

ゴールイメージの共有から「里山コネクト」開設まで

メンバーは、ほかに仕事を持ち、ボランティア(無償)でかかわっているので、会議を開けるのは、せいぜい2~3週間に一度である。
だから、会議と会議の間には、メンバーにタスクが割り振られて、それを次回までに進めておくことになる。たとえば、facebookグループのコミュニティ事例を調べておくとか、イメージを共有するために参考になりそうなサイトを探しておくとか。

10月2回目の会議では、そのように調べてきたことをもとに話し合いを進め、ウェブサイトをつくるというアウトプットが決まった。
また、サイトに訪問してもらいたいターゲットは、自然とつながることに関心のある都市住民で、関心の度合いではディープではないという意味でライト層とした。
そして、そうした人びとに自然体験の機会を提供する団体の情報をポータルサイトにまとめる→このサイトを入り口として、掲載団体のサイトを訪ねたりSNSのフォローをしたりして、定期的に情報に接触してもらう→各団体が企画するイベント等に参加してもらうことを促す、というゴールイメージを共有した。

11月の会議でサイト名が決めたのだが、そこにも工夫があった。
10月のa-con説明会のときに、1Dayプロボノと称して、参加者にサイト名のアイデアを出してもらっていた。たとえば、里山WALKER、里山ゲート、里山のすすめ、@satoyama、神奈“山”、よこはま土と緑のポータル、野良に暮らせば・・・など。
私の知らないところで、このプロジェクトのために、多くの人びとが妙案をひねり出そうとしていたのかと思うと心打たれた。
サイト名については、50以上に及ぶ案の中から選びたいと思い、分かりやすさを優先して「里山コネクト」を選んだ。
また、サイト訪問者が、自分に合った団体を見つけられるようにするため、地域と興味から検索できるように整理しようということになり、地域は「多摩」「横浜」「川崎」「鎌倉・三浦」に、アクティビティは「たべる」「あそぶ」「まなぶ」「つくる」「体験する」に分けることにした。

ここまで決まると、あとは具体的にかたちをつくっていく作業となるので、会議の回数が減って、個別の作業が増えていった。
石田さんはサイトのひな形をつくり、岡崎さんはCMSや契約サーバーについて検討し、瀧川さんはロゴやアイコンをデザインしていった。
私は、多摩三浦丘陵で活動している団体に情報提供を依頼し、住田さん、松井さんは、集めたテキスト情報の校正や、プレスリリースを作成したりした。

プロジェクトは年末年始を挟んだこともあって、当初予定よりもやや遅れたが、2月上旬にウェブサイト「里山コネクト」はオープンした。
最終段階では、リーダーの石田さんの力技に頼るところがあったものの、プロボノ経験も得意分野も異なるメンバーが力を合わせることによって、素敵なサイトをつくることができた。

プロジェクトがうまくいった理由

これまでほとんど知らなかった人同士が集まって、短期間でサイト開設までこぎつけることができたので、私はこのアウトプットに満足していたが、なにしろプロボノとの協働経験が初めてだったので、客観的に見て、このプロジェクトがどうったのかよく分からなかった。
しかし、いくつものNPOと協働プロジェクトを実施した経験のある石田さん、加形さんから、「かなりうまくいった」という評価をいただいた。

それでは、なぜこのプロジェクトがうまくいったのか。
3月のa-conの定例会では、ナレッジシェアサロンと称して、その理由をメンバーと当日の参加者と共有する機会があったので、そこで振り返ったことをまとめておく。

結果的には、各メンバーが持っているスキルを活かせたことが良かったのだが、それができたのは、コミュニケーションの密度が高かったからである。
さまざまな経験・スキルを持つメンバーが、それぞれが持っている前提が自分とは違うということを理解していたので、建設的に話し合いを進めることができた(NPOの中には、自分の価値観を絶対的なものだと思っているために、話し合いにならない、コミュニケーションできない人もいると聞いた)。

そうした活発なコミュニケーションを促した石田さんによるファシリテーションの力も見逃せない。
毎回、石田さんはホワイトボードの前に立ち、その日の会議の目標を示しながら、議論の幅を広げるときと、狭めながら物事を決めていくときのメリハリがはっきりしていた。
くわえて、石田さんの書く文字がきれいとは言えないことも良かったように思う。石田さんがリーダーとしても、ファシリテーターとしても完璧に仕事をされたら、私を含めメンバーは気後れしたかもしれない。石田さんの汚文字が、それ自体、良いファシリテーターとしての役割を果たしたと考えている。

また、会議の合間には、facebookの非公開グループを使って、オンラインでコミュニケーションを図り、それがきちんと機能した。
情報はgoogleドライブに保管して、決まったことややるべきことを共有しながら進めた。
全員がコミットメントを強く意識して、ほかのメンバーからの投げかけに素早い応答を心掛け、協力的に動くことができた。
技術的にウェブサイトの構築に対して貢献できなくても、プロジェクトが滞りなく進むようにと「いいね!」するだけでもありがたいものである。

さらに、自発的に議事録をとる作業を引き受けたり、自主的に必要事項を洗い出したり、調べた情報を共有したりするなど、空いた隙間をただちに埋めていこうとする雰囲気があった。
課題に直面してまごつく前に、先回りして行動することができていた。

全体のプロセスを振り返ってみると、最初の3回くらいの会議で、何のために何をするのかというプロジェクトの骨格について、いろいろと情報を集めて忌憚なく意見を言い合い、全員が納得してゴールイメージを共有できたのが大きかった。
すべてが直線的に効率的に進められたわけではないので、なかには日の目を見なかった情報もあったが、その分、物事が決まると、確信を持ってその先を進めることができたように思う。

おわりに

振りかえてみれば、つかの間の夢みたいなプロジェクトは終わったけれど、「里山コネクト」は始まったばかりだ。
このサイトをつくった目的は、実際に近くの里山とつながって、農作業、野外料理、クラフト製作、ローカルマルシェ、環境学習などに参加する人びとを増やすことであった。
それをすすめていくのは、NORAの役割である。

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