『交差する辺野古』

熊本博之『交差する辺野古―問い直される自治』(勁草書房、2021年)

先月7/27(火)、私が担当する梨の木ピースアカデミー(NPA)の講座「誰ひとり取り残さない環境論―生きる場・生きる証が大事にされる社会へ」に、本書の著者・熊本博之さんをお招きした。
熊本さんも私も学術的には環境社会学を専門としており、私が沖縄の八重山諸島で現地調査を始めた2000年とほぼ同時期に熊本さんも同じ沖縄の辺野古で調査を始められたこともあり、どこか問題意識を共有してきたように思われる。

今年世界自然遺産に登録された西表島を私が初めて訪れたのは2000年であった。
当時、私が関心を持って調べていたことは、大富地区における農地開発問題であった。
地元農家が望む土地改良事業に対して、自然保護団体はイリオモテヤマネコなどの保護のために反対運動を展開し、この問題は国会でも取り上げられた。
結果、開発事業は2001年に途中段階で中止となった。
この問題について、私はこの地区の戦後開拓史をひもとき、なぜ地元農家がヤマネコの生息地であることはわかっているのに、農地を新たな開発を望んだのかを理解しようとした。
開発を望んだ彼らやその親たちは、マラリア有病地であったにもかかわらず、他の島じまから農業を営むために命がけで移住した人びとであった。
また、事業対象地は、かつてパインを栽培するために切り拓かれた場所であり、以前の開発時にヤマネコを絶滅させていないという経験もあった。
当時の私は、このような農家の視点から地域の環境史を明らかにし、彼らの願いを理解しようとするアプローチによって、開発を望む農家と自然保護を求める団体という対立の超え方を考えた。
このときはうまく書けなかったけれども、環境問題を解決しようとするとき、地域の歴史的社会的な文脈を理解しようとすることが重要であるという確信を得ることができた。

一方、熊本さんは沖縄県内のみならず、全国的にも多くの人びとの関心を集めてきた普天間基地移設問題に取り組んできた。
移設先に名指された辺野古集落は、2010年に条件付きで受け入れを容認した。
「辺野古」は、平和運動・環境運動にとって闘いの場であり、ここでの勝敗が運動の意義を決定するほどの重要性を持っているだろう。
辺野古という地名がもたらすイメージは、私たちに賛成か反対かの立場を問うように迫ってくる。
しかし、そのイメージをもとにした対立は、もともと持っていた立場性の反映に過ぎないので、話し合って両者の間を埋めようにも埋めることはできない。
このような問題を考える際に、まず地域社会の実状について具体的に理解しなければ、立場の違いを越えて、少しでもましな社会を構想することはできない。

こうした問題に直面したとき、日本の環境社会学者は現場に身をおいて考えてきた。
熊本さんも、辺野古集落に入り、人びととともに過ごし、見聞きし、資料を集め、それを読み解き、考えてきた。
なぜ辺野古集落は容認したのか。そもそも、容認と賛成や誘致とはどう違うのか。
この問いに対して、熊本さんはすぐに答えようとするのではなく、集落の歴史をひもといて歴史的な文脈を把握する。
つまり、キャンプシュワブを受け入れたという前史を明らかにすることで普天間基地の辺野古への移設が、ある意味では自然な流れとして浮かび上がった背景を理解させる。
そのような成り行きの容認は、シュワブ受け入れを成功体験として記憶している地元の人びとにとってだけではなく、政府関係者にとっても同様であった。

熊本さんは、辺野古集落の人びととシュワブ・ゲート前で反対運動を展開する人びとが対立的な構図となっている現状を描き出す。
辺野古ではシュワブと共存してきた歴史がある。
だから、キャンプシュワブを取り囲むフェンスに貼り付けた「NO BASE!」という反対運動のアピールが、集落の人びとにとっては集落の歴史を否定されるように映ってしまう。
反戦平和運動・環境運動からの反対闘争が激しくなればなるほど、集落の日常を生きる人びとは気持ちを重ねることができなくなる。
しかし、辺野古集落の人びとが、基地は近くにあって欲しくはないけれど、拒むことは難しそうだから、せめて条件闘争に持ち込みたいと考えているのであれば、両者は協力できる関係である。
辺野古集落が条件付き受け入れ容認を選ぶ「合理性」を理解したとしても、そのことが辺野古沖の「新基地建設」を認めることにはならないはずである。
現在は、辺野古集落とゲート前反対運動との間に対話が見られないようだが、他者の理解に努めると同時に、互いの立場を尊重する共感的な対話の中から、新たに地平が開かれることを願う。

本書は、熊本さんの約20年間にわたるフィールドワークの集大成である。
私も同じように20年間も沖縄に通っているが、動きが拡散的で積み上げていくのが苦手なので、このような作品を手に取ると頭を垂れるしかない。
間違いなく、「辺野古」の問題を考えるときに避けて通れない必読書である。

文章は明解なので、読み通すことは難しくない。
しかし、この問題を引き受けて考え、さらにアクションすることは容易ではない。
なぜならそれは、この国のかたちについて考えること、この国のかたちを変えていくことを意味するからである。

ただし、ここでもイメージに頼って、国のかたちを考え、変えていくことに希望は抱けない。
まずは、日常を生きる1人の人間として、ともに生きる仲間をつくり、ともに生きる場をつくること。
そこで社会を営むこと。政治をおこなうこと。
このささやかな自治の経験を確かなものとすること。
この延長線にしか、私は国のかたちを考え、変えていけるとは思えない。

熊本さんの作品に対して、私には2通りの応答の仕方がある。
1つは、約20年間の八重山調査の集大成をまとめること。もう1つは、自分が暮らす町の自治について考え、そのかたちを変えていくことである。
現時点で、どちらを優先して取り組むとは決めがたいが、どちらも重要なタスクとして引き受けたい。

(松村正治)

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