ABEMA師弟トーナメント

ABEMAの将棋企画にやられている。

フィッシャールール(持ち時間5分/1手ごとに5秒追加)を採用した個人戦トーナメントは、藤井現四冠の強さを引き出すことにも成功して非常に面白かったが、これが昨年から団体戦になって、将棋の楽しみ方が格段に拡がった。多くの棋士の個性を知れるようになり、いろいろな棋士を好きになったからだ。

この棋士による団体戦でも十分だったのが、今年は女流棋士による団体戦も開催され、これが想像以上に面白かった。同じチームの女流棋士たちは短期間でぐっと関係が深まったようで、随所に仲間と闘う姿勢が見られ、団体戦の醍醐味を味合わせてくれた。

その興奮が冷める間もなく、今度は師弟でタッグを組むトーナメントが始まる。そのお披露目として先日開かれた師匠サミットを見たら、これもまたとても面白かった。師匠たちの言葉の端々に、その人となりが現れ、魅力が伝わってくる。

師匠と弟子という関係は前時代的にも感じるが、一方で、人が人を育てるとか、その人が力いっぱい生きることを願ってできることをするという関係は超時代的で普遍的だ。
だから、この師匠サミットは、子を持つ親、学生を指導する教員、もっと言えば、人を思う人が見れば、どこかに感じることがあると思う。
この勢いでは、年末年始に放送される師弟トーナメントも、見てしまうな。

師匠サミットの番組の最後に、それぞれが扇子に書いた文字を見せながら、弟子へのメッセージを語った。その中で、特に中田功八段の言葉にジーンときたので、書き起こした。
導く側と導かれる側と分かれているわけではなく、導くとされる側が導かれることは、しばしばある。

「けっこう、まじめに考えました。(扇子に書いた字を見せて)『道』、はい。
佐藤天彦を弟子に取ったのは、私が29歳なんですけれども、その頃私は対局も全然勝てなくていろいろとすごく辛い時期でして、(師匠の)大山先生が亡くなられて3年くらい経っているところなんですけど、自分が道がわからなくて迷子になっているところですね。大山先生が歩いたであろう道はまったくわからず、どこ歩いていいかわからない。そういうときに佐藤天彦9歳、その9歳の子の手を引いて歩くんですけど、自分はどんな師匠になればいいんだろうって迷いながら歩いてたら、彼が先に行って私に道を示してくれたっていうんですかね、将棋の道といいますかね。それによって、私は福岡に戻って自分の役割をいろいろ見つけたり、また違うつながる道ですかね、そういうのを見つけて、そういうのを示してくれたのが佐藤天彦だと思っております。」

※大山康晴十五世名人(1923-1992)=中田功八段(1967-)=佐藤天彦九段・元名人(1988-)

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