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訃報を伝えないだろう

見田宗介さんの訃報を知った。
理系の私が会社を辞めた後に環境社会学を学ぶようになったのは、『現代社会の理論』を読んだことが大きい。

しかし、私にとって見田宗介さんは、そうした学問的な影響よりも、母が繰り返す昔話に出てくる「見田さん」であった。
私の祖父と見田さんの父(甘粕石介)が近い関係だったためだろう、祖父が経堂の家で開いていた研究会に見田さんは顔を出していたときがあったようだ。母は見田さんに興味を持ったようで、友だち数人を誘って勉強を教わることもあったという。この家庭教師期間は長くは続かなかったらしいのが、母の記憶には当時の様子が強く残っていて、しばしば「見田さん」の仕草を真似しながら、少女時代の思い出を繰り返すのだった。

先ほど確認したところ、見田さんが大学1年生のとき母は中学3年生だったようで、この3つ年上という年齢差が、母の記憶に青年期の「見田さん」の姿をとどめたのかもしれない。
認知能力が衰えるにつれて、多くの記憶は失われていったが、少女時代の記憶は辛うじて残っている。私は「見田さん」の話や「初恋ちゃん」の話を何度も聞くことになった。
なお、「初恋ちゃん」とはいい線までいったらしいが、最終的には「君のお父さんはマルクス主義者だから、僕とは結婚できない」と言われて終わったらしい。

昨年、「初恋ちゃん」の訃報が家主のいない母の家に届いた。
しかし、少女時代の記憶の中で生きている母には、余計な不安を与えたくないと思って、この訃報は伝えていない。
今日知った「見田さん」の訃報も伝えないだろう。

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