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「環境運動のパブリックヒストリー」の企画趣旨

近年、1960-70年代の学生運動やベトナム反戦運動などの「新しい社会運動」を対象とした研究が盛んになっている。その背景として、まずは運動の当事者たちが高齢となり、訃報に接する機会が増えてきたことがある。研究の基盤となる資料が散逸しないように早急に収集・整理し、話者が生きているうちにインタビューをおこなう必要性に迫られている。つぎに、収集された資料の活用にも関心が集まっていることがある。2013年に公害教育を実施してきた組織によって公害資料館ネットワークが結成されたが、その中では反公害運動の資料の活用が重要な課題となっている。行政が管理する資料館では、資料展示を通して公害を克服した成功の物語が強く押し出され、現在も残る被害の実態はほとんど伝えられていない。公共性が求められる資料館にとって、過去の運動資料をどのように提示し、どのように学ぶ場を作るのかという問題は切実である(安藤ほか編 2021)。このような論点は、世界的に関心が広がっているパブリックヒストリーの中心的な主題と重なり、学問の世界に留まらない関心事となっている(菅・北條 2019)。
本実践は、こうした社会運動史やパブリックヒストリーの研究動向に刺激を受けつつ、これまで積極的には研究対象とされてこなかった1990年代に拡大した「環境保全活動」に焦点を当てようとしている。この集合行為は、1960-70年代に「新しい社会運動」として広がった「自然保護運動」と比較することで、その特徴が明らかになる。すなわち、守るべき対象は「自然」から人間社会を取りまく「環境」へ、人為的な影響からの「保護」だけでなく人為的介入も評価する「保全」へ、社会変革を目ざす「運動」から誰もが参加しやすい「活動」へ、という変化が認められる。この運動の対象・手法・志向の変化は、1970-80年代にかけて日本の社会運動のタイプが目的達成型から自己表出型へ変質したという見方と重なる(長谷川編 2020)。
運動(=活動)タイプの変化に対しては、社会運動史研究の中でも評価が分かれている。一方では、ここに住民運動から市民運動へ、さらに市民活動へという発展段階を見て、地域エゴに基づく抵抗運動から普遍的な価値にもとづく参加型の活動へ進化したと肯定的に評価する向きもある(帯刀・北川編 2004)。他方では、新自由主義的な行政経営手法の進展とともに、政府にとって都合の良いボランタリーな市民の「活動」が促進されたという共振構造が批判的に指摘される。日本の環境ガバナンスの歴史を分析した藤田研二郎は、そうした社会構造の中で、1990年代後半以降の環境運動をリードした環境NPOは行政が果たすべき役割を安く引き受けた上に、環境改善の効果は乏しかったと評価した(藤田 2021)。
本実践では、前者の段階論的な解釈を退け、後者のマクロ的な構造分析を真摯に受けとめながらも、運動の因果関係を説明する動員論とは異なるアプローチを志向している。なぜなら、環境保全活動の意義は、目標を達成したかどうかという視点から評価するだけでは十分に把握できないと考えるからである。社会運動論は、なぜ成功/失敗したのかを説明する研究と、どのような意義・意味があるのかを解釈する研究に大別されるが、当時の環境保全活動のリアリティに迫るためには、運動の社会的な意義や当事者にとっての運動経験の意味を解釈する方法論が求められる(濱西 2018)。
その解釈のヒントになりうるのが、小杉亮子による東大闘争の研究である。小杉はデヴィッド・グレーバーの社会運動論を参照し、戦略的政治の観点からは失敗に終わった東大闘争について、当事者の語りと闘争後の各自の歩みをもとに予示的政治の有り様を描いた。この研究は、後続世代が否定的な集合的記憶を乗り越え、当時の学生運動を理解する材料を提供したパブリックヒストリーとしても読める(小杉 2019)。また、ほかに参照すべき研究として、2000年頃の日本のコモンズ論がある。当時、森里川海の自然資源に関して、近代的な所有権に則って所有者が土地を管理するのではなく、その土地に深くかかわる者が管理する新たなコモンズの創出に期待が寄せられた(井上・宮内編 2001)。こうした議論は、環境保全活動が自然保護運動の系譜に位置するだけでなく、公有地や私有地を適切に共有化(コモニング)する運動でもあることに気づかされる。
以上の検討を踏まえた本実践は、これまでの環境運動史研究では否定的に論じられてきた運動性の弱い環境保全活動について、当事者の視点や経験に内在しながら予示的政治とコモニングを手掛かりに、この運動の意味を理解しようとするものである。
NPAでは1期6回(約3ヶ月)で一区切りとなる講座を組む必要があるので、第8期(2022年11月~2023年1月)は1970-80年代に始まり、その後も影響力を持った有機農業運動、産直運動、里山保全運動などを取りあげた。第9期(2023年3月~5月)は、環境運動がオルタナティブを提起し、市民参加を促しながら行政や企業等と協働するようになった1990年代を意識して、水俣の地元学やもやい直し、足尾の緑化・自然再生、森林ボランティア、川づくりワークショップ、巻町の原発住民投票、脱原発・自然エネルギー推進を取りあげる。このように同じタイトルで1970-2010年代をカバーするように連続講座を企画し、1990年代に拡大した環境保全活動の特徴が浮き彫りになるように努めたい。

[文献]

  • 安藤聡彦・林美帆・丹野春香編 2021 『公害スタディーズ―悶え、哀しみ、闘い、語りつぐ』ころから.
  • 藤田研二郎 2019 『環境ガバナンスとNGOの社会学―生物多様性におけるパートナーシップの展開』ナカニシヤ出版.
  • 濱西栄司 2018 「社会運動研究と環境社会学―解釈的/説明的環境運動研究の課題」『環境社会学研究』24: 74-88.
  • 長谷川公一編 2020 『社会運動の現在―市民社会の声』有斐閣.
  • 井上真・宮内泰介編 2001 『コモンズの社会学―森・川・海の資源共同管理を考える』新曜社.
  • 小杉亮子 2018 『東大闘争の語り―社会運動の予示と戦略』新曜社.
  • 菅豊・北條勝貴 2019 『パブリック・ヒストリー入門―開かれた歴史学への挑戦』勉誠出版.
  • 帯刀治・北川隆吉編 2004 『社会運動研究入門―社会運動研究の理論と技法』文化書房博文社.

※2022年12月11日に開催された第66回環境社会学会大会(法政大学市ヶ谷キャンパス)における実践報告「市民向け講座における環境運動のパブリックヒストリー実践:1980-90年代に拡大した環境保全活動の意味解釈に向けて」の要旨を一部改変した。
アイキャッチ画像は、2023年5月16日のゲスト、桑原美恵さんから提供されたものである。

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