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なぜネイチャーポジティブの動向に素直に喜べないのか?

7/6(土)開催の環境3学会合同シンポジウム「Nature Positive: 実現に向けた方策の検討」に、環境社会学会を代表して登壇することになった。
この会合の中で短く話題提供する時間が与えられているが、そのタイトル(仮題)を「なぜネイチャーポジティブの動向に素直に喜べないのか?」とした。
シニカルな態度を取りたいわけではない。
生物多様性を高めていこうとする世界的な動向は歓迎したい。
ただし、近年になって特に企業が前のめりの姿勢を示していることに対しては、主体性が乏しいように感じられ、引いて見てしまうところがある。
それが、現在の率直な気持ちである。

それでも、せっかく話題提供する時間をいただけるので、この機会に話そうとしている内容を少し整理しておこう。

まず、このシンポジウムの開催趣旨は、次のとおりである。

生物多様性や自然資本の観点から、社会・経済活動による自然への負の影響を抑え、自然生態系の回復を目指す概念として、nature positiveという用語が用いられるようになってきた。2022年の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」では、生物多様性の観点から2030年までに陸と海の30%以上を保全する「30by30目標」等の目標を定めたが、これもnature positiveに向けた手段の一つといえる。しかし、温室効果ガス排出量削減等と比べ、nature positive実現には問題固有の課題がある。そこで、本シンポジウムでは、日本国内のnature positive実現を目指す上での課題とそれを乗り越える方策に関して、環境関連の3学会の異なる学問分野から研究成果を共有し、検討する。

「ネイチャーポジティブとは何か」と、議論の前提となる定義から検討してもよいだろうが、シンポジウムの目的から外れるし、そうした論点を深める用意もできていない。
そもそも、私が登壇者に推薦されたのは、これまで都市近郊の里山保全に関して調査研究し、地域の自然と人びとの関係のあり方について議論してきたからなので、抽象的な話ではなく、ローカルな現場から見聞きしたことを軸に話そうと考えている。

1.ネイチャーポジティブへの向かうグローバルな潮流とローカルな環境保全のギャップ

今日、グローバルな環境問題は、気候変動対策と生物多様性保全を軸に展開されている。里山保全はその両方に関わるものであるが、1980年代以降、生物多様性という観点から里山が再評価されるようになったという経緯を踏まえると、後者との結びつきが強いと言えるだろう。
実際、里山保全運動では、高度成長期を境に地域住民による管理がなされなくなったところで、一般の市民が参加して保全活動が始まったという例が多い。
そして、活動を始めてみると、ニリンソウ、キンラン、キツネノカミソリなどの復活、ホタルの個体数の増加など、その成果は生物多様性の向上として現れた。
つまり、生物多様性の減少を食い止め、回復傾向へと導くことをネイチャーポジティブというならば、それは日本の場合、1990年代に里山保全運動が急速に拡大したときに経験しているのである。

それでは、近年のネイチャーポジティブの動向との相違はどこにあるのだろうか。
1990年代当時、活動の担い手の中心は市民社会にあり、2000年代に入る頃から、そうした活動を行政も支援するようになったが、企業の取り組みは目立っていなかった。
「企業の森づくり」制度にのっとり、森林づくり活動にかかわる企業は存在したが、本来事業との関連が薄いCSR活動として実施されることがほとんどで、景気動向に左右されて長続きしないところが多かった。

それが、ここに来て大きく様変わりしている。
ネイチャーポジティブへと向かうグローバルな潮流に遅れまいと、企業の本気度が増してきているように感じられる。
自然再生、里山保全に関わってきた立場からすると、動機や理由は何であれ、生物多様性保全に向けて取り組む企業が増えたことはありがたい。実際、特にグローバル企業から生物多様性保全のために、何ができることはないかという問合せが増加しているようだ。
NORAにも、サステナビリティ経営のためのリーダー研修、新入社員研修などの企画運営の依頼が増えている。こうした傾向は他の環境NPOの運営スタッフに聞いても、同様の傾向が見られるという。
もっとも、研修の中で取り組まれるのは通常の里山管理活動で、日頃の業務との間にギャップがあると感じるし、参加者に何を持ち帰ってもらえばよいのかについても、まだ十分に煮詰めることができていない。
ネイチャーポジティブへ向かうグローバルな動向とローカルで地道に続けてきた里山保全活動が、奇妙な形で出会ってしまうので、そこに居心地の悪さを覚えている。

2.環境保全に長年取り組んできた団体にとっての自然共生サイト

日本では、ネイチャーポジティブのために30by30が必要で、30by30のために国内ではOECM(Other effective area-based conservation measures; 保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)に自然共生サイトの登録数を増やすことが必要である、という考えのもとで政策が動いている。
しかし、このロジックにはおかしなところがあって、グローバル目標である30by30のために、日本で30by30を実現する必要があるとは言えない。ほかの国・地域で保全エリアを確保する方が効果的であるかもしれないのだから。
そうした論点はおいておくとしても、実際に自然共生サイトの認定状況を調べると、登録地のほとんどは企業有地であり、これまでNPO等が保全活してきた緑地はほとんどないのが実態である。
私の周囲の環境NPOに尋ねてみても、総じて、自然共生サイトに認定申請しようという意欲は低く、様子を眺めているような団体が多い。それは、現在のところ、かりに認定されたとしても、団体にとってサイトを保全するためのメリットを受けられるわけではないからである。
対して、企業にとっては、サイトが登録されれば生物多様性保全に取り組んでいることを示せるので動機付けがあるという違いがある。

また、認定申請にかかわる事務量も大きいと聞く。長池公園(八王子市)は、日本自然保護協会(NACS-J)と環境省に勧められ、令和4年度(後期)の試行期間に申請した。サイト認定に必要な8つの取組項目のうち、取り組んでいる項目を漏れなく挙げ、モニタリング調査の内容を記述しなければならない。それぞれに根拠資料も必要で、厖大な書類を作成したという。
本来、自然共生サイトへの登録は保全活動を推進するためのものであろうが、いざ申請しようと思うと事務作業に多さに閉口する。森林・山村多面的機能発揮対策交付金(林野庁)なども同様だが、モニタリング調査をめぐる事務量の多さや煩雑さは活動意欲を下げる方向に働いている。
もっとも、自然共生サイトに登録されたところには、今後さまざまなかたちで保全を万全のものにする制度が整っていくだろう。今後は、生物多様性が高いのに開発圧が高いようなところでは、土地の担保性を高めるような効力を発揮していくのかもしれない。

3.ネイチャーポジティブと順応的ガバナンス(adaptive governance)

国内のネイチャーポジティブに向けた企業の取り組みは、2030年までのネイチャーポジティブ、そのためには国内でも30by30が必要で、そのためには業界でも取組が必要で、そのためには・・・という発想で進められているように感じられる。
しかし、そうした単線的な思考法によって、生物多様性が保全されるとは思えない。
なぜなら、人間社会と生態系との関係は複雑で、計画通りに進まないことばかりだからである。
このため、近年の環境ガバナンスにおいては、生態系の理想像を決めて、そこに直線的に向かおうとはしない。
そうではなくて、人間と自然の関係のあり方を、実践を繰り返しながら順応的に探っていく。だから、うまくいかなかったとしても、諦めずに回復できることが重要であり、そうしたレジリエンス(回復力)をどう保つことができるのかに関心が集まっている。

そのような力は、リニア思考からは育まれないように思う。
さらに言えば、非線形の変化を受け止めるには、多様性にも寛容であることが必要なのではないだろうか。
現段階では、直感の域を出ないが、生物多様性を回復させる社会とは、人びとの多様性が尊重される社会なのではないかと考えている。
そこで、現在は「多様性のある社会が生物多様性を豊かにするのではないか」という仮説を立てて、「ネイチャーポジティブ」に関連する活動を進めているところである。

「ネイチャーポジティブ」を自分たちの内から力が湧く言葉に変え、企業等と連携を図りながら、生態系と社会の多様性を高めることができるのだろうか。
この探究が私のライフワークである。

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