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15分でわかるカネミ油症問題のいま

最新のカネミ油症問題の概要と課題についてわかりやすく伝える冊子を、カネミ油症被害者支援センター(YSC)のメンバーとして制作する計画があるので、まずは初稿を書いてみました。

1.カネミ油症事件とは?

 カネミ油症とは、1968年(昭和43年)、福岡・長崎・広島など西日本を中心に発生したカネミ倉庫(株)社製の「ライスオイル」(米ぬか油)による食中毒であり、食品公害事件です。症状は、吹出物、色素沈着、目やになどの皮膚症状のほか、全身の倦怠感、しびれ、食欲不振など多様であるため、故・原田正純医師は「油症は病気のデパート」と表現しました。
 事件の原因は、食用の米ぬか油にPCBが多量に混入していたことでした。この汚染油で揚げた天ぷらや揚げ物などを食べて、有毒な化学物質を身体に取り入れてしまったのです。
 原因となったPCBを製造したのは、(株)カネカ(旧鐘淵化学工業)です。カネミ倉庫は米ぬか油を製造する際、脱臭工程の熱媒体としてPCBを使用しており、それが食用油に混入したのです。なお、カネミ倉庫とカネカは社名が似ていますが、グループ企業等の関係ではありません。
 1968年10月に油症事件が報道される約半年前の2~3月頃、カネミ倉庫社製のダーク油にPCBが混入し、これを含む配合飼料を食べた鶏が大量死する「ダーク油事件」がありました。このとき、国が食用油の危険性も追及し、販売停止措置などをとっていれば、被害は未然に防げたと考えられています。
 事件直後、カネミ油症はPCB中毒症だと考えられていました。しかし、その後の研究により、主原因はダイオキシン類であり、PCBとダイオキシン類の複合中毒症であることがわかりました。PCBが熱媒体として加熱された際、ダイオキシン類の一種であるPCDFなどに一部が変化したと考えられています。PCBやダイオキシン類は、一度体内に取り込まれると残留性が高く、排出方法や根本的な治療法が見つかっていません。

2.カネミ油症の「患者」とは?

 2024年3月現在、カネミ油症の認定患者は累計で2,377名(亡くなった方を含む)です。患者として認定されると、加害企業であるカネミ倉庫から医療費の自己負担分が支払われます。また、健康実態調査への協力等に対して、国とカネミ倉庫から合わせて年額24万円が支払われます。
 事件当時、「カネミライスオイル」を摂取した人たちが皮膚症状などを訴え、西日本を中心に14,000人を超える被害届が提出されました。しかし、患者認定を求めて申請しても認められないケースが多く、水俣病などと同様に「未認定問題」が生じています。
 一般に食中毒事件の場合、原因食品を食べて症状が現れれば患者とされますが、カネミ油症では認定審査のプロセスを経なければなりません。事件直後、九州大学に油症研究班が発足し、油症患者として認定するかどうか判断するための診断基準を作りました。初期の診断基準では、皮膚症状の有無が重視されましたが、その後の改定を経た現在の基準では、主因物質であるダイオキシン類の血液中の濃度が重視されています。
 後述する同居家族認定を除き、患者認定を受けるためには、年1回開催される油症検診を受け、診断基準を満たす必要があります。しかし、事件から50年以上過ぎた今日では、自覚症状があってもダイオキシン類の血中濃度は高くない場合が多いのです。一方、かつて皮膚症状がひどくて認定された患者のなかには、現在の血中濃度を調べると一般並みという例も見られるなど、現行の診断基準が妥当でないことは明らかです。

3.カネミ油症にかかわる2つの法律

1)仮払金返還免除特例法

 1969年2月の福岡民事訴訟を皮切りに、被害者は、カネミ倉庫、国、カネカなどを相手に相次いで提訴しました。そのなかで国の責任が認められた判決があり、国は原告に損害賠償の仮払金約27億円(1人平均約300万円)を支払いました。
 裁判でカネミ倉庫の責任は一貫して認められましたが、1986年の福岡高裁判決で国とカネカの責任は否定され、最高裁判所でも敗訴濃厚だとわかり、1987年に被害者原告はカネカと和解し、国に対する訴えは取り下げました。多くの原告は、油症による健康被害のため満足に働けず、すでに治療費や生活費として仮払金を使っていました。油症であることを伏せて結婚していた人もあり、国からの返還請求をきっかけに家庭不和や離婚、自殺した人もいました。
 2002年に発足したカネミ油症被害者支援センター(YSC)がすぐに被害者とともに始めたのが、この仮払金返還を免除させる取り組みでした。マスコミや国会議員などに積極的に働きかけ、2007年6月に「カネミ油症事件関係仮払金返還債権の免除についての特例に関する法律」は制定されました。この法律により、債務を負った原告のほとんどが返還免除となり、この問題は解決しました。

2)カネミ油症被害者救済法

 2012年8月に「カネミ油症患者に関する施策の総合的な推進に関する法律」が成立しました。この法律では、カネミ倉庫の資力が乏しく、被害者への補償救済が滞りがちであることを踏まえ、国による支援の責務が明確にされました。
 同年12月に診断基準が改定され、油症発生当時に認定患者と同居していた家族は、心身の症状があるなどの条件を満たせば、認定されるようになりました(同居家族認定)。また、同法に基づき、2013年から、国(厚生労働省、農林水産省)、カネミ倉庫、患者団体による三者協議が、定期的に開催されるようになりました。

4.PCB処理の現状

 PCBは、熱や光、化学薬品に強く、電気を通しにくいなど性質を持ち、その利便性から「夢の化学物質」と呼ばれたこともあります。しかし、毒性が強く、分解されにくいなどの理由から、1972年に行政指導により製造が中止され、1974年には法律上も製造・輸入・使用が禁止されました。
 2001年に「PCB廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法」が成立し、国の主導により高濃度のPCB処理はほぼ終わりました。現在は、低濃度PCBを含む機器の処理に重点が移っていますが、機器の数が膨大にあるため、処理方法やコストなどが課題となっています。
 国内で製造されたPCBのうち、じつに96%がカネカ高砂工業所で製造されたものです。カネカは、自社で製造したPCBの一部を焼却処理したものの、全国に出回っているPCBの処理に関しては負担していません。処理施設の建設から実際の廃PCBの処理まで、ほぼ国の予算でまかなわれています。国はPCB処理に莫大な予算を投じているのに対し、カネミ油症被害者の身体に入り込んだPCBの処理対策はないに等しい状況です。
 カネカは、事件当時の裁判原告の一部に対し、和解に応じた見舞金を支払いましたが、その後は一切の補償に応じておらず、三者協議の場にも参加していません。

5.2020年代のカネミ油症問題

1)進まない三者協議、見直されない診断基準

 2012年の「カネミ油症被害者救済法」が成立後、家族内で認定結果が分かれないように診断基準が見直され、同居家族が認定されるようになったことは大きな前進でした。ただし、たとえば広島県内には、職場の食堂で汚染油を摂取した人が症状を訴えているものの、同居家族ではないために申請できないという例があります。また、1969年以降に生まれた認定患者の家族(子や孫)は、同居家族認定の対象には含まれず、認定されるためには油症検診を受けなければなりません。
 原則年に2回開催されている三者協議では、このような点を含め、被害者団体から問題を提起して制度やその運用について改善を求めています。しかし、議論は遅々として進まず、妥当性を欠く診断基準の見直しも進んでいません。
 2019年、膠着状態にあった三者協議を前進させるには、被害者側が意見を統一して交渉に当たる必要があると、全国の13団体(現在は14団体)が結束してカネミ油症被害者全国連絡会が設立しました。以降、被害者団体から示される論点はより明確になったものの、議論のスピードアップにはつながっていません。未認定患者を含む被害者が高齢化していくなかで、焦りや失望を感じているという声が患者団体から聞かれています。

2)脆弱な補償体制

 公害の被害を補償するときの基本的な考え方は、加害企業が被害によって発生した費用を負担するという「汚染者負担の原則」(Polluter Pays Principle; PPP)です。しかし、カネミ倉庫のように資力が乏しい場合、この原則をそのまま適用すると、被害者に対して十分な補償ができなくなってしまいます。
 カネミ倉庫は、過去の訴訟で被害者に対して賠償金を支払うよう命じられており、その債務は原告1人あたり約500万円にのぼります。しかし、カネミ倉庫が債務を全額支払うと倒産するかもしれないので、被害者は医療費の支給を優先し、賠償金の未払いを渋々受け入れています。さらに、一部の認定患者はカネミ倉庫の厳しい経営状態に配慮し、医療費の請求をできるだけ抑制しようとする姿勢まで見られます。
 国はカネミ倉庫に対し、政府米の保管業務を委託して同社の経営を支え、補償体制を維持してきました。近年の実績では、国からカネミ倉庫に約2億円が支払われ、油症患者の医療費として約1億円が支給されています。汚染者負担の原則に立った補償体制を維持するために考えた苦肉の策なのでしょうが、国が加害企業を救済しているように見え、不健全に映ります。

3)次世代被害問題

 カネミ油症の被害者の間では、汚染油を直接食べていない子や孫にも健康被害が確実に及んでいると言われてきました。しかし、ダイオキシン類の血中濃度を重視する診断基準の壁に阻まれ、自覚症状があってもほとんど認定されていません。
 そこで、カネミ油症被害者支援センター(YSC)は、被害者団体から協力を仰ぎ、認定患者の子や孫を対象に、健康状態を明らかにするアンケート調査を独自に実施しました。
 2020年12月、YSCは49人分の調査結果から、①次世代被害者は一般市民よりも、病気やけが等の自覚症状のある人の割合が高いこと、②次世代被害者と認定被害者との症状は多くが一致していることを公表しました。さらに、カネミ油症被害者全国連絡会とYSCは、次世代被害者の救済に向けた要望書を厚生労働大臣宛てに提出しました。この要望に応えるかたちで、国による次世代の健康実態調査が始まったのです。

6.次世代被害実態調査から明らかになったこと

1)一部の先天性疾患の発生率が高い

 2021年8月、全国油症治療研究班は認定患者の子や孫(2世・3世)を対象にした健康実態調査を初めて実施しました。水俣病や原爆症などの被害者も、次世代の健康被害を明らかにするように国に対して実態調査を求めていますが、これまで実施されたことはありません。このため、カネミ油症の次世代被害実態調査が実施されたことは重要で、注目すべきことです。
 1年目の調査では、該当者にアンケート用紙が送られ、388名が回答しました。内訳は、認定2世16名、未認定2世306名、未認定3世66名でした。回答者が多かったのは、自身の健康に対する関心、あるいは心配の表れでしょう。実際、「子どもの頃から親と同じ様な様々な症状があった。カネミが原因なのではないかとずっと疑ってきた。調査で本当にカネミが原因なのか知りたい」という自由記述がありました。2022年6月に報告された調査結果によると、回答者のうち6割に、汚染油を直接食べた1世と同様の症状が現れており、次世代も多くの困難を抱えていることが明らかとなりました。
 2年目以降の調査では、血液検査などを通して客観的なデータを集め、詳しい分析がすすめられました。動物実験でダイオキシン類の影響が報告されている先天性疾患に着目した結果は2023年6月に公表され、口唇口蓋裂(唇や上顎が避けた状態で生まれる病態、日本人では約500人に1人の割合で現れる)の発生率が一般に比べて高いことが明らかにされました。翌年の2024年6月の報告では、歯牙欠損が目立つこと、卵巣予備能(卵巣に残っている卵子数)が健常な女性と比べて低い傾向が見られました。

2)診断基準が当てはまらない~低い血中濃度と父親の影響

 一方で、次世代の被害者はダイオキシン類の血中濃度が高くない傾向が認められたことから、中原剛士班長は「親世代と同じ基準を当てはめられないことも分かりつつある」と述べました。つまり、少なくとも次世代被害者に対しては、現在の診断基準が役に立たないと公的に示されたのです。厚生労働省も、「データ次第では、(認定基準の)改定に必要な有識者会議を開く可能性も出てくる」と発言しています。
 また、口唇口蓋裂は、調査対象者292人のうち3人が該当したのですが、そのうちの2人は父親だけが被害者であることが明らかにされました。次世代への影響については、母親の母乳や胎盤を通して有毒物質が伝わると理解されることが多かったですが、父親から影響する可能性が示されたのです。そのメカニズムは明らかになっていませんが、PCB・ダイオキシン類が親世代の遺伝子を傷つけ、それが次世代の健康に影響を及ぼしたことが考えられます。

7.法律を活かした救済策のアップデートを

1)診断基準の見直しを

 2012年に成立した「カネミ油症被害者救済法」を活かし、救済策を拡充するために制度を改善していく必要があります。特に、被害者救済にとって決定的に重要な診断基準については、見直しに向けた具体的な検討を進め、「未認定問題」の解決に当たることが求められます。
 以前から、ダイオキシン類の血中濃度を重視する診断基準は、被害者を救済するためではなく切り捨てるためのものだと批判されてきました。次世代被害の実態調査を通して、現行の診断基準の限界がさらに明白になっており、国は早急に見直しに向けて動き出すべきです。そのためには、まず、完全にブラックボックスの中でおこなわれている患者認定プロセスの透明化が望まれます。
 そのうえで、参考になるのが台湾油症の例です。台中の油脂工場が製造した米ぬか油にPCBが混入し、この汚染油を食べた視覚障害の子どもなど2,000人以上が被害を受けました。原因企業が倒産したため、国は患者登録制度を設け、疫学調査も実施しました。台湾油症の場合、母親が油症1世である場合、2世の子どもも油症患者と定義され、救済対象となりました。カネミ油症の次世代被害者については、台湾油症のように認定患者の子や孫を、救済の対象に含めることはできないものでしょうか。

2)未認定患者の積極的な救済を

 長崎県五島列島にある奈留島は、カネミ油症の被害者が多く発生しました。その中でも、およそ4人に1人が身体障害者手帳を持っている地区があります(元民生委員の独自調査による)。しかし、この地区にはカネミ油症の認定患者はいません。その理由として、すでに述べた妥当性を欠く診断基準だけでなく、カネミ油症との関わりを隠す住民が多いこともあるようです。事件発生から50年が経過してもなお、医療費をもらう認定患者へのやっかみ、いわれなき差別や偏見などへの恐れなどから、油症と疑われるような自覚症状があっても患者認定を求めない傾向があります。被害者が亡くなるのを待っているかのように、国がこうした状況を放置することは許しがたいです。
 救済法の基本理念として、油症患者の人権が尊重され、患者だからといって差別されないように配慮することがあります。国は未認定患者を積極的に救済するために、特にカネミ油症の多発地域では、いまからでも事件当時の住民やその子や孫などを対象に健康調査を実施すべきだと思います。

3)開かれた協議の場を

 法律の立て付けでは、救済策の拡充は三者協議に委ねられていますが、この会議にはオブザーバーの参加が認められていないので、被害者は原因企業や国の主張を、弁護士や支援者などとともに聞くことができません。また、メディアの取材も著しく制限されており、被害者にとっては不利な環境の中で協議することを強いられています。このような会議のあり方は、被害者に寄り添って救済を進めていくという法の趣旨に照らせば不適切であり、もっと開かれたかたちへと早急に変える必要があります。

8.企業の社会的責任を問う~カネカも被害者救済に参加を

 1968年のカネミ油症事件をきっかけにできた法律に、1995年に施行された製造物責任法(PL法)があります。法律が事件にさかのぼって適用されることはありませんが、この法の現在の考え方からすれば、カネカはPCBが食品に混入するリスクを考慮し、カネミ倉庫に対して、米ぬか油を出荷する前に最終確認するように指示・警告すべきだったと思います。
 カネカについては、1987年に当時裁判で争っていた被害者との間に和解が成立し、PCB製造者には責任がないこと、原告は一切の請求や要求などをしないことを確認しています。このため、カネミ油症は和解したから決着済みとカネカは主張し続けています。しかし、和解の内容は当事者のみに及ぶものであって、この裁判に関わっていない被害者、特に次世代の方には関係ありません。
 カネミ油症の被害は、世代を超えて拡大しています。和解当時、半世紀先の未来にいたるまで被害が継続し、広がっていくことをだれも想像できなかったと思います。いまからカネカに対して法的な責任を問うことは難しいでしょうが、カネミ油症の原因物質であるPCBの製造者として社会的な責任を果たしてほしいと思います。
 2017年以降、油症の原因となったPCBを製造したカネカの工業所がある高砂市内で、被害者や支援者などが集う集会(高砂集会)を毎年開催しています。毎回、カネカには集会への参加を呼びかけていますが、これまで返答はありません。
 カネカは、大手総合化学メーカーとして、「カガクでネガイをカナエル会社」とCMでうたっています。ぜひ、その技術力を生かし、カネミ油症の治療法を開発するなど、油症をめぐる諸問題の解決に率先して取り組んでもらいたいです。

9.被害者救済のための新たな枠組み~基金の提案

 加害者が被害者を救済すべきことは当然であるとして、カネミ油症のように、加害企業に十分な資力がない場合は、「汚染者負担の原則」を遵守しようとすると、それは被害者よりも加害者を保護することになります。この不合理な状況を乗り越えるためには、被害者救済のための新たな枠組みを考える必要があります。
 カネミ油症に詳しい環境社会学者の宇田和子さん(明治大学)は、食品公害被害の救済に向けた基金制度を提案しています。これは、食品の製造に携わる事業者は、食中毒等の事故を引き起こす可能性を潜在的に抱えていることから、そうしたリスクに備えるために、生産量などに応じて基金への拠出を求めるというものです。かりに食品衛生法で営業許可を受けている約240万の施設に対して、年間1,000円を一律に拠出させるとした場合、約24億円を毎年積み立てることができます。カネミ倉庫が油症患者に毎年支払っている医療費が約1億円ですから、この金額は被害者救済を大きく進められる規模であることがわかります。
 カネミ油症の被害者救済が進まないなかで、「食品公害救済基金(仮称)」を設立するという構想は魅力的に映ります。この基金が実現すれば、カネミ油症や森永ヒ素ミルク事件といった食品公害の被害者、次世代の被害者、さらに、これから食品公害が発生した場合の未来の被害者も救済できるはずです。
 食品公害に遭った被害者の多くは、何の落ち度もないのに突然人生を狂わされました。加害企業の資力によって被害者の救済に差が生まれることがないように、国や食品関連業界には、包括的な救済基金の創設を強く求めます。

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