地域の自然を生かす仕事づくり

今日,国内で地域の自然環境のあり方について議論する際に,その自然を生かした仕事づくりが重要な課題となっている.その背景には,地域環境政策が地域経済政策を含むように求められる現代の社会状況がある.環境社会学が,環境-社会関係のあり方について政策論を展開するならば,経済的な観点が要請されるようになった経緯を把握し,これを批判的に捉える視座を獲得する必要がある.

人間-自然系を守る環境政策

環境保全の分野では,1980~90年代に自然を評価するうえで生物多様性が重視されるようになるという画期があった(守山,1988).それまでは,人間と自然を対立的に捉える自然観が支配的で,人為的影響の及んでいない原生自然が高く評価されていた.しかし,人びとが定期的に手入れをしてきた里山生態系において多くの希少種の生息・生育が確認されると,生物多様性保全の観点から里山の重要性が大いに高まったのである.

農山村の高齢化や人口減少を背景に,自然に対する働きかけの縮小(アンダーユース)が問題化されるなかで,いったい誰が里山の保全・再生を担うのだろうか.この課題に対して,1990~2000年代の新しいコモンズ論では,都市住民や市民ボランティアが担い手として加わり,新しい共同管理の仕組みが再編されると期待する向きもあった(井上・宮内編,2001).実際にこの間は,草の根的な里山保全運動が全国的に拡大し,それを政策的に後押しする制度が整備され,里山ルネッサンスとも呼べるような国民運動が展開された.

ところが,2010年代を迎える頃には,この環境運動および環境政策の限界が露わになってきた.里山保全運動の参加者には定年後の生きがいを求める高齢男性が多く,雇用の創出には関心が向かなかったために世代交代が進まなかったのである.バブル経済崩壊後の低成長時代では,退職後に年金を受給しながら社会貢献するというライフコースを望みにくい.こうした状況では,環境意識や社会貢献への意欲が高くても,生産活動と結びつかない無償のボランティア活動は,継続することが難しくなってきたのである(宮内,2001).

自然資本からつくる地域経済

里山生態系を保全しようとする環境政策とは別に,2010年代に入ると,地域経済の観点から里山に注目が集まるようになった.2000年代前半,国は小さな政府を目ざして「三位一体の改革」を図り,地方分権とともに地方交付税を削減するなど地域の財政的な自立を促した.その後,世界金融危機(2008年),東日本大震災と福島原発事故(2011年)を経て,金融資本主義の限界が経験的に実感されるようになり,オルタナティブな社会を目ざす動きが強まった.それが,地域内に豊富に賦存する里山資源を経済活動に結びつける『里山資本主義』のベストセラーを生んだ(藻谷・NHK広島取材班,2013).

里山資本主義とは,市場価格が乱高下する金融商品の代わりに,足元にある確かな里山を資本に地域経済を強くするという考え方である.里山資本の特徴は,その地域性や持続可能性に見出すことができる.その視点から里山資本主義を突き詰めると,地域ごとに個性ある里山資源を持続できる範囲で活用する仕事づくりへと向かうことになる.実際,東日本大震災以降,地に足の付かない消費中心の都市的な暮らし方を見つめ直し,手が届きにくい政治や経済に左右されない自律的な仕事と暮らしを志向する動きが目立つようになった.たとえば,再生可能エネルギーの普及を図る人,休耕地を借りて新規就農する人,自伐型林業に取り組む人,子供を対象に自然体験プログラムを提供する人など,社会的起業家が続出した.こうした動きは,里山資源に恵まれる地方だけではなく、都市近郊でも着実に広がっている.担い手は20代後半~40代前半が中心で,いわゆるミレニアル世代と重なる(伊藤,2012;松永,2015).ただし,この動きが短期的な経済合理性にもとづき,都市住民をターゲットにして,里山に残る自然や文化からの収益化を図るだけならば,市場化の全域的な進展を招く可能性もあるだろう.

欲しい未来を自律的につくる社会運動

哲学者の内山節は,日本の伝統的な地域共同体の労働に稼ぎと仕事の2種類があり,稼ぎはお金のための労働であるのに対して,仕事は地域の自然や社会,自分たちの暮らしを維持する人間的な営みであると整理した(内山,1988).地域の自然の価値を引き出して経済活動に結びつける今日の社会的起業家は,明らかに稼ぎではなく仕事を目ざしている.経済活動に偏るのではなく,納得できる仕事と丁寧な暮らしを求めてバランスを図り,売上高を増やすよりも収益を生むことを考え,不要な支出を抑えるシンプルライフへの関心も高い.性別役割分業からも比較的自由で,夫婦であれば相互に補い合う関係を大事にしている.また,原理主義的なコミューン運動とは異なり,新しいICT技術やシェアリングエコノミーなどへの感度を高く持ち,循環性と収益性を両立する現代のビジネスモデルを活用する柔軟さも持ち合わせている.

これらの仕事のほとんどは小規模で,それぞれ個別的で表現形も異なるけれど,緩やかなつながりがあり,活動の原動力となっている時代感覚と価値観は共有されているように思われる.ここに見られるのは伝統的な社会運動に特徴的な戦略的政治志向ではなく,欲しい未来を自分で作ろうとする予示的政治志向である(小杉,2018).そうした有志による潜在的なネットワークこそが,現代の里山で展開されている社会運動であり環境運動なのであろう(松村,2018).

環境省が提唱する地域循環共生圏は,地域の自然資源を活用しながら自立分散型社会の形成を図るもので,ここに挙げた仕事づくりの動きと同じ方向にあるが,合目的的な政策が自律的な運動と協調できるのかは課題である.

引用参照文献一覧

  • 井上真・宮内泰介編 2001.『シリーズ環境社会学2 コモンズの社会学:森・川・海の資源共同管理を考える』新曜社.
  • 伊藤洋志 2012.『ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方』東京書籍.
  • 小杉亮子 2018.『東大闘争の語り:社会運動の予示と戦略』新曜社.
  • 松村正治 2018.地域の自然とともに生きる社会づくりの当事者研究:都市近郊における里山ガバナンスの平成史.環境社会学研究 24: 38-57.
  • 松永桂子 2015.『ローカル志向の時代:働き方,産業,経済を考えるヒント』光文社.
  • 宮内泰介 2001.コモンズの社会学:自然環境の所有・利用・管理をめぐって.鳥越皓之編『講座環境社会学 第3巻 自然環境と環境文化』有斐閣.
  • 守山弘 1988.『自然を守るとはどういうことか』農山漁村文化協会.
  • 藻谷浩介・NHK 広島取材班 2013.『里山資本主義:日本経済は「安心の原理」で動く』角川書店.
  • 内山節 1988.『自然と人間の哲学』岩波書店.

※現在制作中の『環境社会学事典』(丸善)のために書いた中項目「地域の自然を生かす仕事づくり」の初稿

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