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『効果的な利他主義』

ウィリアム・マッカスキル『〈効果的な利他主義〉宣言! ―慈善活動への科学的アプローチ』(2018年、新泉社)

横浜市からいただいている仕事で、NPOの組織基盤強化に関わっている。
NPOは、団体の目的を実現するために事業に取り組むが、そうした事業を支えるための土台が組織基盤である。
団体の人・お金・情報などの経営資源を強化・安定化させるために、団体の中心スタッフから課題の具体について伺ったり、ときにはアドバイスを求められたりする。

ただし、私はNPOの経営については専門的に体系的に学んだことはなく、NORAをはじめ、いくつかの非営利団体の運営に携わりながら考えてきたこと、試行錯誤してきた経験をもとに、いわば同志として、自分の考えをお伝えする。
組織基盤上の課題とは、活動資金が足りない、担い手が少ない、世代交代が進まない、参加者が拡がらない、広報が弱い、事務仕事が苦手、情報が共有できていないなど。
団体が抱えている課題は多様でありながらも、ほとんどがこれまで私も直面した経験のある課題である。

こうした課題に対する対策については、ある程度一般化された対策メニューが知られている。
たとえば、ミッション・ビジョン・バリューの共有化と共有、中長期計画の策定とふりかえりの仕組み化、役員・スタッフの役割分担や意思決定プロセスの整理、財務分析やステークホルダー分析に基づく資金調達・広報戦略の策定など。
さらに、こうした対策を講じるために情報を整理し、アイデアを具体化するためのフレームワークも知られている。
5WIH、MECE、ロジックツリー、PDCA、KPT、SWOT分析、STP分析、AIDMAなど。
すると、自分たちの団体が抱えている課題に応じて、フレームワークを用いてコミュニケーションを図ると、取り組むべき対策をまとめることができる。
このようなイメージを持たれるかもしれない。
しかし、こうすれば組織基盤が強化できる、という解法は存在しない。
そのような魔法の杖があれば、すぐに市民社会に普及するはずである。

私の場合、大学で論文作成を指導したり論文の審査をしたりしてきたので、その経験に引きつけて説明すると、論文が書けない、まとまらない理由の多くは、問いの設定に問題がある。
論文とは、自分で立てた問いに対して、自分で調べたことをもとに答えるという自問自答の形式をとる。
もちろん、導かれる結論が重要であることは間違いないが、論文作成がうまくいくかどうかの約半分は、問題設定で決まる。
問いの範囲が絞り切れていないと、答えも漠然としたものになりやすく、逆に問いが限定的に過ぎると、議論の豊かさや一般性が失われやすい。
特に論文形式で長い文章を初めて書く学生の場合、学業の最終段階で本質的に重要な問いを考えようとして、その問いをそのまま持ち込むと、うまくいかないことが多い。
このため、学生が抱えている切実な問いのポテンシャルをできるだけ損なうことなく、客観的な事例・データをもとに答えを導けそうな問いへと絞ることになる。

このように、問いの立て方は論文を書くために必要な技法であり、大学ではその重要性を繰り返し説明するのだが、ここで指摘したいことは別のことである。
たとえば、卒論には提出期限があり、それまでに論文を完成させなければならない。
こうした制約条件がある場合、ゴールから逆算して問いを限定することは必須である。
しかし、こうした問いの操作によって、失われるものがある。
このときに手放した感覚を覚えておくこと、頭の片隅にでもとどめておくこと、それがとても大事だと考えている。
なぜなら、論文執筆を通して学ぶことはアカデミック・スキルの修得だけではなく、自分の頭で考えるとはどういうことかを学ぶことでもあるからだ。
むしろ、多くの学生にとっては後者の方が重要である。
このため、論文の例は一般的な思考にもあてはまる。

私たちは自分の人生について、あるいは社会や世界について日頃から考えている。
しかし、その広くて深い重要な問いをそのまま考えることはできない。
そこで、日常的には思考を進めるために、ある条件のもとで考えている。
このとき、導かれた思考の結果とともに、どのような条件(if)を付けて考えたのか、その操作とセットで思考のプロセスを受けとめる重要性を指摘したい。
何かを得るときには、何かを手放しているし、何かを手放したときに、何かを得ることができる。
逆に言えば、良いところ取りはできない、と考えた方がよい。

組織基盤を強化したいという団体のお話をうかがうと、一挙両得できるマジックを期待されているように感じることがある。
さまざまなフレームワークは、思考を促す道具に過ぎない。
考えたことを、言葉にしていく、形にしていく、実践していく、習慣にしていくのは団体の皆さんである。
そのために十分な時間を割くことはマストである。

たとえば、活動資金が足りないという団体は、自主事業の開発や資金調達戦略の策定などを求めがちである。
しかし、このように問いを立てるためには、いくつもの仮定、条件を付けているはずだ。
それを、この機会にふりかえり、いったん考え直した方がよい。
なぜなら、問題を設定することで何かを作ることはできるが、そこに魂が入っていなければ、ただ時間を浪費するだけに終わるからである。

活動資金が足りないというけれど、何のためにお金が必要なのだろうか。
お金を掛けて活動に取り組もうとしていることは、それは団体の目的を実現するのに適当なのだろうか。
そもそも、この社会に団体が存在する意義はあるのだろうか。
けっして自明とは言えないだろう。

ここで、ようやく今回取りあげた本の紹介である。
本書は、効果的利他主義(Effective Altruism)という考え方について、一般向けにわかりやすく説明した本である。
自分が社会をより良くしたいと思ったとき、本人がボランティアやNPOスタッフなどとして活動するだけではなく、他団体への効果的な寄付を通して実践することもできる。
効果的利他主義では、後者の寄付先について考える際に(おのずと自分が取り組む場合とも比較して考慮することになる)、そのお金で何人の状況がどれくらい改善されるのか、費用対効果はどのくらいで、成功確率はどのくらいか、また、その分野は見過ごされがちであるか、行動を起こさないと悲惨な状況に陥るかなどの項目を定め、効率性とインパクトの最大化を図ろうとする。
この効果的利他主義は、著名な環境倫理学者ピーター・シンガーが2013年頃から積極的に主張するようになった考え方であり、本書はその普及版とも言える内容である。

効果的利他主義は、数字で比較して考えるので、わかりやすい。
少し前にNPO業界で流行った社会的インパクト評価とも親和性が高い。
企業との連携を図る際にも、数字で説明できるので説得力があるだろう。
私も、団体のインパクトのなかで数値化できることがあり、そのことで支援が拡がるならば、そうすればいいと思っている。
自分たちの団体が預かっているお金を他団体に寄付した方が良いかもしれないという疑問は排除せず、団体の存在意義、目的、活動内容について、考えるべきだと思っている。

しかし、私は効果的利他主義を勧めたいわけではない。
団体が及ぼす効果を数字で割り出すときには、数量化できるものに問いを限定しており、その操作で失うものの中には重要なものが含まれていると考えているからである。

団体を構成するのは、一人ひとり異なる個性のある人である。
それぞれの人生があり、そのなかで培ってきた知識や技術、豊かな経験がある。
それらは、まさにかけがえのないものである。
そのかけがえのなさが重なるところに団体の価値観があり、それを掛けあわせて団体の活動が展開される。
その活動が、どのような効果を挙げているかを測定することは、団体の目的を実現する上で必要なことであるが、その活動に貢献した人の価値は、その範囲で評価できるはずがない。
むろん、NPOの運営に関わっている人にとっては、このようなことは当然と理解されているだろうが、こと組織基盤を強化しようというモードに入ってしまうと、人びとの多様性が軽視されやすい。

人が多様であることはすばらしい。
しかし、そのために、組織として方向性を定めるのは困難がつきまとう。
この容易ならざる課題に対して真摯に向き合う先に、組織基盤が強化されるという結果が付いてくる。
私はそのように考えている。

(松村正治)

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