日記帳|2001年5月

5月1日(火)

 5月に突入。八重山で「ちゅらさん」を見る習慣が付いたので、7時半には起床。健康的だ。冬の間は、10時過ぎまで寝ていることが多かったことを思えば、だいぶ朝に強くなった。そうだ、今月は健康月間にしよう。そう思ったとき、大学のプールに行く決意をした。今年はすでに、2月にフィジーで、3~4月は八重山で泳いだせいか、体が泳ぎたがっているのだ。パンツ、水中眼鏡、タオルを用意して家を出る。水泳帽は探したけれど見つからなかった。大学で買えばいいさ。
 10時半頃、大学に着く。さっそくプールに向かうが、まだやっていない。案内によれば、プールは12時~19時に開いているようだ。それならば、いきなり12時に入るよりも、夕方、気分転換に入った方が良いと考え、研究室に行くことにする。しかし、その前に水泳帽を購入して、夕方の水泳に備えるとともに、昨日発行できなかった通学証明書を受け取り、帰宅時に定期を買うための準備もしておいた。
 昼前から夕方6時まで、研究室で作業。もっぱら借用書類のコピー、資料整理、インターネットを使った資料検索に充てる。「関東二次林研究グループ」という農工大の人が作っているサイトを発見できたのが、今日の収穫だった。
 さて、夕方になった。5月にしては肌寒い天気だったので、明日に水泳を延期することも考えたが、思い立ったが吉日、やはり今日行こうと思い直し、6時過ぎにプールに行く。当日券は200円。自動販売機で買うようだ。1,000円札を入れて買ってみたが、2回ボタンを押したため、チケットが2枚出てきてしまった。係の人にその旨を伝えると、払い戻しはできないと言う。なんでかねー。200円のために口論して、プールで泳ぐ時間が減るのも馬鹿らしいから、あえて口答えせず、さっさとプールへと急ぐ。更衣室に入って、着替えようとすると、なんと水泳帽が2つある。おそらく、家で見つからなかった帽子が出てきたのだろう。たかだか500円程度のものであるが、新たに水泳帽を買って損した。
 当日券代と水泳帽代を合わせて700円分を損したが、久しぶりのプールは、そんなことも忘れるくらい気持ちよかった。どうやら、僕は水に浸かるのが好きなようだ。露天風呂に入るのも好きだからなあ。けれども、体力の低下はひどいものだ。連続して泳ぐと、息が上がって辛い。中学・高校の頃は、すいすい泳いでいたものだが。
 7時過ぎにプールから研究室に戻り、9時過ぎには研究室を出る。このとき気付く。あちゃー、定期券を買い損ねた。また、片道520円を支払わないといけない。またまた小金を損した。こうやっていつも、僕は自分の不注意によって、財布からお金を減らしていくのである。

5月2日(水)

 今日も、のっけから間抜けな話だ。午前中、いつの間にか学生証を紛失した。こういう不注意も実に多い。まだ日記に書いていなかったけれど、最近、石垣島でキャッシュカードを落とした。落としたことも分からないで東京に帰っていたのだが、先日、メインバンクとしている銀行から電話があって、僕のカードが沖縄海邦銀行石垣支店に届けられているという。石垣島に取りに行けないので、メインバンクの方へカードを送ってもらうことになった。GWが明けたら、カードを取りに行かねばならない。
 また、那覇では、県立図書館に折り畳み傘を置いてきてしまった。これも、昨日、雨が降りそうだったので、傘の用意をしようとしたときに気付いた。だいたい僕は、よく物を落とすし、忘れるし、また、そのことにも気が付かない。昔からこうした性質を持っていたが、最近特にひどいようだ。注意力散漫。何か有効な手は打てないものか。
 昼頃、昨日買い損ねた定期券を購入した。このときもトラブった。僕の通学路は次のとおり。すなわち、自宅の最寄り駅・玉川学園前から小田急線で登戸まで、南武線に乗り換えて武蔵小杉へ、東横線で自由が丘、大井町線で緑が丘か大岡山へ。だから、今年の2月まで、「玉川学園前←→大岡山」(登戸、武蔵小杉、自由が丘経由)で定期を買っていた。しかし、八重山から帰ってきたら、つまり今年度から、この経路で定期が買えなくなってしまった。自宅から大岡山に行く場合、武蔵小杉から目黒線に乗る方が近いからだ。このことは、武蔵小杉の定期券販売所ではじめて知った。東急の職員に、目黒線ができた昨年8月以降も、従来のルートで定期券を購入できたことを話してみたものの、まったく取り合ってくれない。仕方ないので、大学に行って通学路の変更を申し出て、玉川学園から緑が丘までの通学路を認めてもらい、再び定期券を買いに行くという手間をとらねばならなかった。さらに、従来1枚の定期券で通学できていたのが、なぜか2枚に分けないといけなくなった。だから、今日からは、「玉川学園←→登戸」と「登戸←→緑が丘」(武蔵小杉、自由が丘経由)の2枚の定期を必要とする。なんでも便利になっていく世の中なのに、なぜ不便になるのか。理不尽だ。
 夜、メイルをチェックすると、土場先生からのメイルがあった。大学の厚生課に僕の学生証が届いているとのこと。拾う神あり、か。

5月3日(木)

 昨日、環境社会学研究に投稿した論文の査読結果が届いた。厳しい評価だった。再投稿するためには、かなり修正しないといけない。でも、やる気がしない。やらないといけないことがあっても、やる気がしないとき、僕は現実逃避する。部屋の掃除をしたり、メイルを書いたり。そして、とにかく眠るのだ。朝食をとって、数人にメイルを送ってから、ベッドに横たわる。
 昼過ぎに電話が鳴ったので目を覚ます。町田にあるコンタクトレンズ店からだった。特注のレンズができたので、取りに来るようにとのことだ。起きたまま家に居たくなかったので、すぐにシャワーを浴びて、コンタクトレンズを取りに行った。用件を済ませただけで帰宅するのもどうかと思い、本屋やCDショップをぶらつく。本を数冊買って、夕方、家に帰る。
 今日はどうにも元気が出ない。やはり眠るしかない。

5月4日(金)

 朝9時半、自宅から自転車で10分ほどにある「かしの木山自然公園」に着く。明後日のこの時間、この場所で公園愛護会の昆虫部主催による観察会が開かれるのであるが、僕は、一応、昆虫部に属しているので、その下調べに行ったのだ。しかし、僕の場合、野鳥はともかく、昆虫のことは分からないことばかりだ。だから、昆虫部員とは名ばかりである。それでも、虫を捕まえたり、図鑑を見たりするのは楽しいから、部員にさせてもらっている。ああ、昆虫ももっと覚えたいなあ。ここに来るたび、いつも思うことだが。思うだけで・・・。
 昼過ぎに家に戻り、本を読む。読了したが、面白くなかった。最近、読む本、読む本、外れである。こういうときは本を読まずに、絵や写真を眺める方がよい。そこで、かねてから買いたかった昆虫図鑑を買いに、自宅近くの本屋に行くことにした。しかし、本屋に着いてみると、財布を忘れていることに気付く。そのまま、真っ直ぐに家に帰るのも癪なので、回り道して帰ることにする。
 普段通らない道を歩いていると、「調整池を守れ!」という看板が目に飛び込んできた。周りを見回すと、同じことを訴える青い旗が何本も立っている。また、「マンション建設反対!」などの旗もある。この状況から、調整池の上にマンションを建てる計画があり、それに対して周囲の住民が反対していることを察した。さらに注意して歩いていると、この調整池問題を取り上げた1月23日付の毎日新聞の記事が貼ってあるのを発見した。それによると、この調整池は、住宅を建てた業者が設置したものであるが、その業者が他の業者に土地を売ったため、買った業者が池の上にマンションを建設しようとしているとのことだ。公園などの公共施設の場合は、自治体が買い取ることになっているが、調整池にはそうした決まりが適用されないらしい。これに対して住民は、調整池は公共施設であるはずなので、町田市が買い取るべきだと主張している。なるほど、住民の訴えには説得力がある。たまたま、思いがけず住民運動の現場に足を踏み入れ、少しばかりの興奮を覚えた。この調整池は、自宅から歩いて5分程度のところにある。それほど近いところで、ホットな闘いが行なわれていたなんて、今まで知らなかった。今後の展開に注目だ。
 夕食は、ご飯に納豆。朝食と同じだ。GWは慎ましくいこう。

5月5日(土)

 子どもの日だから、まずは、子どものことについて。僕は、意外に子どものことが好きなようだ。このことは、最近になって気付いたことだ。特に、サモアと八重山の子どもたちと遊んだときに実感した。どこが好きかと言えば、楽しそうなところである。それに比べて、大人はあまり楽しくなさそうだから、たいていつまらない。もっと、楽しくて良いはずだと思うのだが、なぜか苦しそうでぎこちない人が多い。僕もその一人であるが。
 昼過ぎ、自宅を出て、町田の本屋リブロまで行く。天気が良かったので、ひと駅分歩き、およそ40分かけて本屋に着いた。今日は、昨日買いそびれた昆虫図鑑、それと中国語の入門書を買うためにやって来た。後者は、毎週金曜日、大学で開かれている中国語講座のテキストである。この講座は、矢野先生と矢野土場研の学生を対象に留学生の沈さんが講師となって、4月から開講しているものだ。遅ればせながら、僕も次回から参加しようと思っているので、このテキストを購入するのだ。
 八重山まで行くと、台湾・中国までは近い。実際、与那国島から台湾を見ることができると聞く。また、石垣島では、台湾からの観光客に出会うし、浜辺に寄せられる漂着物には中国語で書かれた缶や瓶なども多い。こうしたことから、八重山に行くと、自然に台湾・中国を身近に感じるので、いつかは旅したいと考えていた。ちょうど中国語に興味を示し始めていたところだったので、僕にとって、この講座はタイムリーである。
 さて、リブロは僕のお気に入りだ。町田の本屋にしては品数が豊富。そして、フロアが広く、読書スペースがあるのも良い。2時過ぎから夕方過ぎまで、面白そうな本を見つけては、椅子に座って、斜め読みして時間を費やす。図書館よりも落ち着く感じだ。これで、紅茶でも飲みながら読めると最高である。
 日も暮れかかって腹が減ってきたが、家には米と牛乳と納豆くらいしかないので、外食することに決める。昼間、行列ができていたラーメン屋の横を通り過ぎたことを思いだし、そこに食べに行くことにする。そことは、町田駅から徒歩5分、市役所の前にある「おやじ」という北海道ラーメンの店だ。店に着いてみると、案の定、店内に4人、店の外に6人並んでいる。30分近く待っただろうか、やっとカウンター席に着くことができ、「ねぎおやじ」(900円)を注文する。ちなみに、「おやじ」は味噌味で、ほかに醤油味の「熊」が有名である。さて、味の方はというと、これが美味い。かなり気に入った。自宅から歩いて10分くらいのところに、ラーメン通ならば誰でも知っている「雷門」というラーメン屋があるが、そこに勝るとも劣らないと思う。町田のラーメン屋もいいぞ。

5月6日(日)

 9時半に「かしの木山自然公園」に行って、昆虫観察会にスタッフとして参加する。天気が良かったため、50人ほどの参加者がいた。親子で観察会に参加している人が多い。昆虫観察をするといつも関心するのは、どんな小さな虫でも、名前が付いていることだ。メスアカケバエ、モモブトカミキリモドキ、スジグロギンヤンマなどなど、見つけた虫の名前を書き出すだけでも楽しい。
 昼過ぎにいったん家に帰り、また夕方に自宅近くを散歩する。今日の最大の発見は、玉川学園駅の近くにあるネパール舞踊教室&レストランを見つけたこと。あいにく、休みの日だったので中には入れなかったが、かなり興味をそそられた。ネパール舞踊という言葉を見て、昔、自分が芝居をやっていた頃を思い出したからである。その頃は、しばしばネタとしてネパールダンスを披露していた。ただし、僕のネパールダンスは、本場のネパール舞踊とはまったく関係がない。ただ両手両足を思い切りぐねぐねさせる変な動きを勝手にネパールダンスと名付けていただけである。今、そのときに踊っていたネパールダンスを踊れと言われても、絶対にできない。あれは、体力と柔軟性が十分にあった20歳の頃だからこそ、できた動きである。自分がどのようになっているかも分からないほど、滅茶苦茶に動くことができた当時を思い出した。
 結局、この4連休は玉川学園前と町田の間を移動しただけで、まったく遠出しなかった。もちろん、定期券を利用する機会もなく、わざわざ2日(水)に買った意味がなかった。まあ、よくある話さ。

5月7日(月)

 昼頃、大学へ。厚生課に行き、落とした学生証を受け取る。受け取るときに、確認のためにいくつか質問された。「学籍番号は?」「00D43049」。「生年月日は?」「7月19日」。「何年?」「1969年」。「昭和?」「44年」。なんか意地悪だなあ。質問者の持っていた僕の学生証には、顔写真が載っているのだから、すぐに僕と分かるはずなのに。しつこく聞かれると、疑われているようで好かない。
 午後、八重山調査中に削除されたメイルのアカウントを復活させてもらう。これでやっと、研究室でメイルを受送信できる。学生証も戻ったし、次第に東京での生活のペースを取り戻しつつある。後は、銀行のキャッシュカードを取りに行けばよい。
 夜10時頃、研究室に残って明日のゼミの用意をしていた松井君と2時間近く話をする。僕は、自分の人生がこの先どうなるか皆目見当が付かないこと、そのことを自分は引き受けているが、他人には僕の引き受け方を上手に説明できないこと、凡庸に生きることを楽しみたいのに楽しめないこと、それは、きっと愛が不足しているからであること、将来、『森の仕事と木遣り唄』(昌文社)のような本を書きたいこと、などを話した。とりとめのない話題に付き合ってもらった松井君に感謝。

5月8日(火)

 朝、「ちゅらさん」を見終わって、また寝ようかと思っていたら電話が鳴った。東京三菱銀行からだった。僕のキャッシュカードが、石垣島から届けられているので、取りに来てくださいということだった。分かりましたと返事をし、シャワーを浴びて、銀行のある代々木上原に向かう。自宅から遠いこの銀行をメインバンクにしている理由は、今となっては、ない。勤めをしているときに、会社から近かったので、ここにしたのだ。仕事を辞めて以来、代々木上原まで足を運ばないといけないことがある度に、メインバンクを変えようかと思ったが、面倒臭くて現在に至っている。今日も同じことを思ったが、やはり面倒臭そうなので、結局そのままに。
 午後1時半から矢野・土場研のゼミに参加する。先月は八重山調査でゼミをずっと休んでいたため、今日が今年度の初ゼミだ。発表者が2名だけだったので3時前に終了。その後、土場研に編集委員会事務局が置かれている数理社会学会の『理論と方法』の発送作業をお手伝い。封筒にラベルを貼って、雑誌を詰めて、封をして。作業量の割に手伝い要員が多かったので、短時間で終了。あまり歯ごたえのない午後を過ごす。
 夜7時から、神奈川森林エネルギー工房の運営委員会に出席。今日は、オブザーバーを含めて11名が参加したので、情報交換に盛り上がる。前回3月の運営委員会には、たった3人しか集まらなくて流会したと聞いていたので、会の求心力が弱まっているのではと心配していたが、杞憂だったようだ。しかし、来年、十文字さんが代表を下りて、佐渡に転居するとき、どういう体制で会を運営していくのか、そろそろ青写真を描いておかないといけない。僕のスタンスも、しっかり決めておかないと。

5月9日(水)

 朝食を何にしようかと考えるが、冷蔵庫には納豆と卵しか入っていない。しかし、米を炊いていない。これから炊いたら時間がかかるので、うどんを湯がいて、納豆+卵で食べることにした。味は悪くないが、ご飯にかけて食べた方がいいに決まっている。米くらい炊いておけ。
 朝、寝過ごして「ちゅらさん」を見そこねたので、昼の再放送を見てから大学に向かう。けっして「ちゅらさん」が面白いわけではないが、いつ小浜島が出てくるのかと気が気でなくて、毎日、見ないと気が済まない。国仲凉子もいいしね。
 夕方、研究室内であだ名について話す。これは、僕が吹っかけたテーマだった。同じ研究室のメンバーを、男なら「○○(姓)くん」、女なら「○○さん」としか呼ばないことに、疑問を抱いていたからだ。人をどのように呼ぶか、逆に、人にどのように呼ばれるかは、とても重要なことのように僕には感じられる。いつも決まって、「○○くん」「○○さん」としか呼ばないのは、人との距離感を考えようとしない、つまらない態度のように思う。でも、まあ、僕の問題意識はどうでもよい。下らないテーマに付き合ってくれたメンバーに感謝。
 夕食は、近くのラーメン屋で麻婆茄子定食を食べる。前に来たときに食べたラーメンは美味かったので、今日は定食にチャレンジしてみた。結果は裏目に出た。美味くなかった。ラーメン屋ではラーメンを食うべし。
 夜、帰宅してメイルをチェックすると、僕以上に「抜けている」と自負する友だちからメイルが来ていた。それによると、会社の制服を電車の中に置いてきてしまったらしい。幸い、制服は見つかったので、弁償しなくて済んだようだ。実に愛すべき間抜けな話だ。こういう話を聞くと、とても勇気づけられる。万国の間抜けたち、団結せよ!

5月10日(木)

 夜更かしして、寝たのが5時頃だったので、11時過ぎに起床。昼過ぎに家を出る。今晩は、友だちと食事をする約束があるので、珍しくスーツを着る。昨年、塾講師のバイトをやめて以来、スーツを着る機会がまったく無くなってしまった。気分転換に、たまには着ようかと思っていたところだったので、ちょうどよい。
 3時から、土場研のゼミ「アイデンティティの社会学」に出る。石川準の『アイデンティテイゲーム』(新評論)をテキストに使用。ほかに、だめ連の動きなどもフォローするようだ。僕は、自分を間抜けとは思っているが、だめだとは思っていない。自分でだめだと思ってしまったら、毎日を過ごすことがしんどいはずだ。あまりしんどく生きていたくないので、だめじゃないと思っている。だめじゃないといいなあと願っている、と言った方が正しい。
 7時前に恵比寿で友だちと会い、食事をする。2年以上会っていなかった人だから、久しぶりに会って感激するものかと期待していたのだが、年中会っている人のように再会する。僕は感受性が著しく乏しいのだ。3時間くらい食事をしながら話をした。朝からクッキーくらいしか食べていなかったので悪酔いして、つまらない愚痴をこぼす。最近、人と面と向かって話をするときに気付くのは、話したいことがほとんどないことだ。会話をしていても、上滑りの印象を覚える。これは、だめなことだと思う。でも、だめじゃないといいなあ。

5月11日(金)

 最近、懐に余裕が無くて、家と研究室を往復するだけの毎日が続いている。預金が底をつきかけており、クレジット・カード会社から「預金不足で引き落としができませんでした」と葉書が来る。借金もしている。でも、けっしてカツカツの生活をしているわけではない。ただ、入金されるべきお金が、今月末にならないと入ってこないことに原因がある。こういう経済状態だと、気分良く生活することができない。僕は、借金ができないタイプなのだ。
 今日は金曜日なので、4月までであれば、アリスセンターに行って、神奈川森林エネルギー工房の昼食会に参加する日であった。しかし、5月に入り、森林工房の事務局がよこはま里山研究所(NORA)に移ったのをきっかけに、昼食会は中止となったので、アリスに行く用事がなくなってしまった。「もっともっともーっと神奈川!」関連の作業もないので、バイト仕事が特になくなってしまったのだ。これまで、アリスからは月に2万円程度のお金をいただいていた。けっして大きい金額ではないが、バイト収入がまったくないのと比べると雲泥の差がある。
 今晩は徹夜することにした。家に帰っても寝るだけだし、夜、作業する方が集中できるだろうから。

5月12日(土)

 朝7時頃帰宅。9時頃就寝。午後3時頃起床。うどんを食う。5時頃就寝。10時頃起床。そばを食う。寝て食うだけの1日だった。今月1日の欄を見ると、5月を健康月間にしようと書いてある。こうやって、よく寝て、よく食べて、すくすくと大きくなっていけば、まさに健康的だ。
 ところで、最近、この日記を読んで、僕の「抜けている」ところについて書いて呉れた人が2人いた。1人は友だちで、「それをきいて実はちょっと安心(~_~;)/というのも、私はそれ以上にぬけているので」というもの。そう、3日前の日記にも書いた人のことだ。もう1人はお袋で、「若年のアルツハイマーでないかと、心配です」というもの。同じ文章を読んでも、安心する人と、逆に心配する人がいる。
 大事なニュースがあったのを忘れていた。お袋からのメイルは、弟の奥さんが妊娠したという朗報であった。おめでたですから、「おめでとう」。

5月13日(日)

 今日は母の日。普通は、母親に何かプレゼントでも贈るのだろう。弟は、花を贈ったようだ。しかし、僕は何も贈らなかった。それどころか、金がないので、借金をすることに。母の日に母親から借金するなんて、まったく情けない。
 昼過ぎから、友人が出演する日本舞踊を観に新宿へ出かける。今回は、踊りのお師匠さんの3回忌に当たる追善公演であった。いくらか包んだが、表書きをどのようにすればよいか迷った。「ご祝儀」では変だし。結局、「寸志」としたのだが、正解は何だろうか?
 さて、公演会場に着いてみると、昔、一緒に芝居をやっていた連中が何人か来ていた。3年ぶりくらいで再会したヤツもいた。みんな、あまり変わっていない。公演終了後は、そのなかの3人と新宿西口のやきとり横町で飲む。
 帰りの電車のなかで、数土直紀さんの『理解できない他者と理解できない自己』(頸草書房)を読了。久しぶりに面白い本に出会った。

5月14日(月)

 最も平凡な日だった。つまり、昼頃に研究室に行き、ずっと生産性の上がらない研究活動を行ない、夜中に帰宅した。こういう何も無い日では、ちょっとした嬉しいできごとが日記に書かれることになる。
 明日は、午後1時から「ペレット燃料普及のためのワークショップ」に参加することになっている。多くの人々にお会いすることになるだろう。それなのに、「神奈川森林エネルギー工房・事務局 松村正治」の名刺を切らしている。これに気付いたのが、今日の午後8時頃。どうしたものかと思い、仕方がないから名刺を自作することにした。でも、一から作るのは面倒なので、名刺カードに印刷できればと考え、いざ自由が丘にある文房具屋へ。しかし、すでに8時を回っているので、よく行く文房具屋は閉まっていた。困ったなあと思い、適当にあてもなく歩いていると、自由が丘デパートの1Fにある小さな文房具屋を発見。手動の扉を開けて入ると、狭い店の中にいろいろな文房具が置いてある。しかし、一見したところ、名刺カードは無さそうだ。「何かお探しですか?」と尋ねられたので、「名刺を自作しようと思っているんですが。」と答えた。すると、それならばと、店の片隅に置いてあった名刺カードを取り出してくれた。しかも、3種類も。小さい店なのに、なかなかやるね。感心しました。こういう素敵なお店を発見できて、ラッキー。
 夜12時近くまで、PCに向かって作業を行なっていた。とてもよく勉強しているように見えるだろうが、さにあらず。PCの調子が悪く、すぐにフリーズしてしまい(印刷しようとすると必ずフリーズする)、何度も書き直す羽目にあったからだ。たしか、終電は11時55分頃。もう作業を終えて帰ろうとしているのに、またフリーズ。もう、いい加減にしろと叫びたくなる。再起動して、すぐに終了させようとするが、終電に間に合いそうにない。研究室での泊まりを覚悟した。諦めながらもウェブで乗換案内を調べると、なんと、12時16分緑が丘発が終電であることを知る。それは、通常の通学ルートと異なり、緑が丘―(大井町・田園都市線)→溝の口・武蔵溝の口―(JR南武線)→登戸―(小田急線)→玉川学園前、というルートで帰るのだ。この終電ルートのポイントは、大井町線が二子玉川で止まらず、そのまま田園都市線に入って鷺沼まで行くので、緑が丘から溝の口まで直通できることにある。通学ルートと異なるので160円を必要とするが、いつも寝ているベッドで眠れるのだから安いものだ。

5月15日(火)

 午前中、昨日買った名刺カードを活用しようと、ノートPCに向かって名刺づくりに励む。大して時間を掛けることもなくできるだろうと高をくくっていたが、意外に時間がかかる。きちんと購入した名刺カードに合わせてレイアウトしたはずなのに、印刷するとなぜかずれる。そのため、何度かやり直す。結局、首尾よく完成した頃には昼頃になっていた。最初からすんなり事が運ぶことって少ないですな。
 午後は、本来、研究室のゼミに参加する日であるが、今日は欠席。代わりに、1時から砂防会館で開かれた「ペレット利用に関するワークショップ」に参加する。このワークショップは、木質ペレット燃料の普及に向けた正確な情報交換を目的とする「ペレットクラブ」を設立するための準備として行なわれるものだ。国内ペレット生産会社、木質バイオマスエネルギーの導入を図っている自治体、全国に散見されるようになったバイオマス関連の研究会、バイオマスエネルギーを扱う企業、環境NPO、学識経験者など、総勢100名ほどが集まった。今回の収穫は、全国の木質バイオマス関連の動向がつかめたこと、特に今まであまり知らなかった企業の動きをつかめたこと、そして、僕たちのようなNPOがやるべきことが明確になったことである。最後のやるべきこととは、やはりペレット消費者への情報提供であろう。これまで神奈川森林エネルギー工房に集まってきた情報を、一度きちんと整理しないと。
 夜、研究室に行く。相変わらず、研究室のPCは具合が悪い。今日発見したのは、印刷しようとしたときにフリーズするだけでなく、打ち出すプリンタを変更しようとしたり、用紙の設定を変えようとするだけでもフリーズしてしまう。もう、どうしようもない。そういう状況に悪戦苦闘しながら、気が付くと12時前。今日は、通常ルートの終電11時56分緑が丘発の電車に乗って帰宅。帰りの電車で、土場研ゼミ(初級)のテキスト『超少子化―危機に立つ日本社会』(鈴木えりこ、集英社新書)を読んでみるが、むむむ。何から何まで気に入らない。性格の不一致。

5月16日(水)

 昼時、自由が丘の「ふらんす亭」で500円のサービスステーキを食べていた。そのとき、見覚えのある女の人が同じ店に入ってきた。誰だっけと思っていたら、思い違いだった。僕が間違えた人は、小浜島で喫茶「やしの木」を営んでいる人だった。東京にいるはずもないのに・・・。最近、こういうことが多い。つまり、どこかで見た顔だと思うと、たいてい八重山の人と思い違いしているのだ。まだ東京に帰ってから1月も経っていないのに、早く八重山に行きたいと思う。でも、八重山にしか居場所がないと感じられるようではまずい。
 僕は、生まれてこのかたずっと東京にいるが、自分のホームはどこにもないように感じている。生まれ育った家はなくなってしまったし、、両親はばらばらに住んでおり、今住んでいるアパートも一時的に住んでいるだけ。たまに部屋にいるのが窮屈になるときがあるけれど、どこにも落ち着けるところがない。こういう状況だから、八重山を故郷のように思うのか。しかも、「第二の」ではなく「第一の」。
 研究室に行ってからは、日本学術振興会特別研究員の申請書を書く。締切間近なので、できれば今日中に書ければよいのだが、けっこうな量を書く必要がある。そういうときは、時間を無駄にしないように文章を書き続けるのがベストだが、そういう集中力がないので、ときどき研究室のメンバーと雑談をしながら書く。すると、終電の時間は過ぎ去って、徹夜することに。

5月17日(木)

 朝9時過ぎに帰宅。帰り道のコンビニで買ったパンと牛乳を流し込み、ベッドにもぐる。電話が鳴る。十文字さんからだ。3人目のお子さんが産まれたとのこと。おめでとうございます。最近、周りの人におめでたい話が多い。良いことだ。
 「ちゅらさん」を見るために12時半頃に起床。シャワーを浴びて家を出たのが1時半。3時前に大学に到着。土場研ゼミに出席。話題は少子化。5時前にゼミが終了。空いた時間にメイルをチェックすると、5月下旬に振り込まれる予定だった20数万円が、6月中旬にならないと振り込まれないと連絡があった。また借金しないといけない。早くこの借金生活から逃れたい。
 6時過ぎに研究室を出て、横浜へ。今晩は、神奈川森林エネルギー工房が所属しているストップ温暖化ネットワークの定例会があるのだ。9時前に会議は終了。10時過ぎに帰宅。早く家に帰れると、気持ちに余裕があってよい。三角形に移動しただけの一日だったが。

5月18日(金)

 今日は、日本学術振興会特別研究員の申請書の締め切り日。きちんと書類を揃えて提出しなければならない。こういうのは、本当に苦手だ。もともと苦手意識があるから、変に緊張する。案の定、失敗をするから、ますます苦手意識が強くなる。A型は几帳面な性格とよく聞くが、信じがたい。几帳面そうに見えるとはいわれるが。
 1時半頃、小浜島に居たときに一緒にサトウキビを刈ったユウタから電話があった。昨日、与那国島から石垣島に戻ってきて、明日、沖縄本島に出発し、すぐに屋久島に向かうという。ユウタは19歳。現在、浪人の身であるが、日本一周しているやんちゃなヤツだ。調子に乗って泡盛を飲むと、げーげー吐いていたっけ。でも、人に対してよく気を遣い、またとても優しく、格好いい。そんなお気に入りのユウタからの思いがけない電話を嬉しく思う。
 夕方5時から、留学生の沈さんが講師の中国語講座に出席。初めて出てみたが面白い。ああ、中国行きてえ。
 夜、研究室に残っていたジローラモ、オカベッティ、イコマロと話をしていると、近くのラーメン屋「ひろ本」でトマトラーメンを食べることができるという話題になり、4人でそこに行くことになった。店に入ってメニューを見るが、トマトラーメンはない。だが、僕が「トマトラーメンってあります?」と聞くと、「ありますよ。」と返事。イコマロはトマト嫌いなのでワンタン麺を注文したが、ジローラモ、オカベッティ、自分の3人は、トマトラーメンを注文。しかし、特別注文だからだろうか、出てくるまでに相当時間がかかる。トマトラーメンが出てきたときには、イコマロがワンタン麺を食べ終わっていた。さて、その味はというと、玉子とトマトの炒め物を具にしたラーメンで、美味かった。値段は、ライス付きで800円。なかなか良いのでないでしょうか。

5月19日(土)

 恩田の谷戸ファンクラブの作業日である。自転車を漕いで10時に谷戸に行く。ファンクラブのメンバー約10人のほか、新百合ヶ丘のホトケドジョウを愛する会のメンバーが7人ほど、日大の学生3人、ニッセイ緑の財団の関係者3人が集まった。今日の作業は、約4年前に作った水路が崩れかかったきているので、それを直すこと。つまり、土砂が崩壊しつつある水路を、矢板と杭で補修するのだ。
 恩田の谷戸ファンクラブのユニークなところは、雑木林、小川、田畑という3つの景観要素で、それぞれ活動できるところにある。このうち、雑木林と田畑での活動は、ほかの団体でもみられるが、小川の清掃・補修を手がけているところは珍しい。あまり突き詰めるタイプではない僕にとって、さまざまなバリエーションがある恩田の谷戸での活動は、かなり心地よいのだ。小川の補修は、昼休みを挟んで4時頃までやって終了。お疲れさま。帰り際に、谷戸の農家から、たくさんのカブをいただく。家に帰ると、さっそくもらったカブを洗い、小さいカブは生のまま、大きいカブは煮て食べる。結局、30個近くのカブを一気に平らげる。普段ほとんど食べないカブの旨さに気付く。
 9時からNHKスペシャルを見る。「80年ぶりの大屋根ふき」世界遺産白川郷・500人による「結」復活の記録だ。まず、映像がきれい。また、ほぼ1年かけて取材しているので、四季の表情が感じられて良かった。手堅く見せる構成も好印象。得した気分になった。さて、これを見ると、つい竹富島のことを思い出す。竹富島では、屋根を葺き替えるとき、石垣を積み直すときなど、ユイマール(結のこと)をしていた。最近でも、公民館を建てるときに、島人が集まって石垣を積んだが、現在、ユイマールはほとんど廃れている。今後、竹富島で、ユイマールは復活するのだろうか。

5月20日(日)

 朝、起きると右手の薬指がおかしい。小浜島でキビ刈りをやって、腱鞘炎になったところだ。最近、だいぶ症状が薄れていたのだけれど、昨日の杭打ちで再発させてしまったようだ。一度、医者に診せた方が良いかもしれない。
 昼頃に家を出て、町田市立図書館へ。土場ゼミ(上級)で使用する『アイデンティティ・ゲーム』などを借りる。そして、2時に横浜市営地下鉄・中川駅近くにある地区センターへ行く。ここで、日本の竹ファンクラブの研究会が開かれた。今回が第4回目の研究会で、本日のテーマは「竹を地域おこしに活用した事例と今後の可能性について」。大分県臼杵市の竹工芸まつりや、富山県氷見市のバンブー王国などが紹介された。都市に住む僕らとしては、こうした地方での地域おこしを、どのように支援していくかが課題だと思う。そのためには、竹問題について、多くの人々に認知してもらう必要がある。これまでの筍・竹細工の生産は凋落する一方であること、そのために竹林が管理されなくなり、竹林や雑木林が荒れていること、こうしたことを知っている人は少ない。竹炭・竹酢液への関心は高まっているが、単なる健康ブームのなかでの関心ではなく、正しい知識を流通させていくことが求められている。そのために、日本の竹ファンクラブができることは多いのであるが・・・。
 夜、『ナビィの恋』をビデオで観る。以前、観たことがあったのだが、そのときは沖縄をほとんど知らないときだった。今回、あらためて観てみると、以前観たときとはだいぶ印象が異なった。
 映画の舞台は、塩で有名な粟国島である。最初に観たときは、粟国島がどこにあるかを知らなかったと思う。だから、粟国島が舞台であることは、今回初めて意識した。さて、映画を観ていると、自然に、粟国島と八重山の島々とを比較してしまう。たとえば、粟国島は「高い島」だが、竹富島は「低い島」だとか、粟国島ではあまりサトウキビをつくっていないようだとか、石垣が積まれているところは似ているとか。また、映画の途中に流れる歌も、これは八重山民謡だとか、沖縄民謡だとか。話している言葉も、西田尚美は上手に喋っているとか。そんなことを気にしながら観た。実は、「ちゅらさん」を観る楽しみも、同じようなところにある。田中好子は、上手に話しているとか。このように観ると、ストーリーとは関係なく楽しめる。もちろん、ストーリーが悪いという意味ではない。念のため。

5月21日(月)

 午前中はベッドの中。昼過ぎの「ちゅらさん」を見てから家を出る。途中、生命保険の据え置き金を郵便局で引き下ろすために、自由が丘で下車する。そのまま、歩いて研究室へ。2時過ぎに到着。それから、投稿論文を書く。うまく書けなかったが、一応、完成。英文要約を付けて今週中には郵送しよう。
 夜8時半頃からか、明日のゼミ用の資料を作っていたM1の池ポンとニロさんと話をする。特に、池ポンとは1時間半ほど話す。自己改革と社会変革とのバランスの取り方について、他者との距離感を探らない弊害について、あえて自分から動くことによって生ずる責任を負うことの心意気について、窮屈でいろいろと気を遣わなければいけない空間における力に抗うことについて、考えていることを話した。なんのこっちゃ。
 また、12時を回ってしまった。今日も朝まで研究室。最近、終電までに家に帰ろうというインセンティブが欠落している。

5月22日(火)

 7時頃、帰宅。新聞を読み、朝食を摂ってから寝る。12時頃起床。シャワーを浴びてから家を出る。矢野・土場研のゼミが1時半からあるのだ。今日は、M1の5人が発表した。さすがに5人は多すぎる。1回のゼミでの報告者数は、最大でも3人までが限界だと思う。
 ゼミが終わるともう夕方。1日とは、かくも短いものか。火曜日はいつもこんな感じだ。このように感じるのは、起きるのが遅いことと、ゼミが面白くないことに原因がある。その後も、うだうだしていると、あっという間に11時。今日は、家に帰らないといけない。なぜなら、アリスセンターの「らびっとにゅうず」を発行しないといけないからだ。12時過ぎに帰宅してから、「らびっとにゅず」の編集作業に取りかかる。同時に、メイルを書いたり、この日記を書いたりしていたら、朝刊が届いた。それを斜め読みしてから寝る。

5月23日(水)

 朝6時半に起床。早く起きすぎたのでまた寝る。起きると6時半。おかしい。よく見ると時計が止まっていた。携帯で時間を確認すると11時過ぎ。すぐに身支度して、NORA(よこはま里山研究所)に向かう。NORAの最寄り駅は、横浜市営地下鉄・蒔田駅なので、家を出てから1時間強で到着。事務所には、十文字さんが一人。NORAの代表・吉武さんはお休みだという。事務所に着くなり、十文字さんと共に近くのレストランで昼食を摂る。食事をしながら話をし、事務所に戻ってからも話をし、結局、1時頃から6時過ぎまで、なんだかんだ話をする。主な内容は、神奈川森林エネルギー工房主催で来月から始めるバイオマスサロンについて、ペレットクラブとの連携の取り方について、来月の「環境にやさしい暮らし21」に出展するペレットストーブの手配について、など。今日の話し合いの結果、僕の頭のなかで、次のことが定まった。すなわち、バイオマスサロンのテーマは広く浅くバイオマス利用全般とすること、森林工房では木質ペレット導入時に混乱しないような整理をきちんとすべきこと。全国的に、木質バイオマスへの期待が高まっているので、後者は緊急にやらなければいけない作業であるが、そんな時間がどこにある?
 6時過ぎにNORAを出て、7時過ぎに研究室へ。最近、研究室に足しげく通っている。そうするとお金を使わずに済むからね。

5月24日(木)

 早朝から、欧州クラブチャンピオンシップ「バイエルン・ミュンヘン×バレンシア」を見る。見逃すといけないと思い、結局、徹夜してキックオフを迎える。開始早々、バレンシアがPKを得て1点取るが、その後バイエルンが猛攻に転じ、バレンシアがなんとかしのいで前半終了。後半、相変わらず攻めの姿勢が強いバイエルンがPKを得てゴールを決める。1-1の同点になってからは、均衡状態が続き、後半も終了。PK以外にゴールは決まらなかったが、スリリングな展開で面白い。さて、ゴールデンゴール方式の延長戦が始まる。バイエルンが構成であるが、バレンシアもチャンスを作る。いったい、どういう決着が待っているのかと思っていたら、なんと、放送終了。なんだよ。せっかく、眠いのを我慢して2時間半もゲームを見てきたのに、最後の最後を見られないなんて、むかつくぜ。頭に来て、そのままベッドに潜り込む。
 起きると11時だった。シャワーを浴びて、飯を食って、「ちゅらさん」を見て、家を出る。研究室には2時過ぎに到着。3時から土場研ゼミ(上級)に出る。テーマがアイデンティティなので、そのことについて話す。でも、あまり話したくない。話そうとすればするほど、こじらせてしまうような気がするので。これって、だめをこじらせることと似ているのでは。
 12時過ぎに帰宅。小腹が空いていたので、豆腐を食べる。最近、豆腐には醤油をかけて、冷や奴で食べることにしている。当たり前な食べ方だと思うが、薬味を使わないことにポイントがある。つい先日から意識しているのだが、豆腐と醤油はもともと大豆から出来ているわけで、「きょうだい」みたいなものだ。だから、豆腐に醤油をかけるとき、僕は「きょうだい」の出会いを感じる。こういうとき、薬味などという余計なものは、徳光和夫みたいで不要なのだ。僕にとって冷や奴を食べるということは、不幸にして別れた「きょうだい」が何年ぶりかで再会するドラマを見るような感動がある。

5月25日(金)

 あまりに何も無い日は、書くネタが無くて困る。いつもどおり、昼頃にやっと起きて、昼飯を食べ、シャワーを浴びて、家を出る。研究室に2時頃到着し、何か実のあることをやろうとして、まごついているとあっという間に12時近くになり、あわてて電車に乗り込んで12時過ぎに帰宅。帰るなりPCの電源を入れ、メイルを書いたり、自分のHPと神奈川森林エネルギー工房のHPを更新したりしておしまい。いつもと同じだ。これをベーシックSと名付けよう。なぜSなのかに意味はない。とにかく、今日はベーシックSだった。明日は、アドバンスMかもしれないし、アドレナリンDであるかもしれない。
 それはさておき、前進したこともある。まず、環境社会学会に論文を投稿したこと。それと、11月に開催される日本社会学会大会に発表を申し込んだこと。だけど、これは前進なのだろうか。投稿したり、発表を申し込むのは誰でもできる。評価されないことには無意味だからなあ。
 ふと、今月初めの5月1日の日記を読み返すと、「今月は健康月間にしよう」などと信じられない言葉が書かれている。とても同じ人間によって発せられたものとは思えない。こういう首尾一貫性のないことをやっているとアイデンティテイ不全になる。

5月26日(土)

 今日は、ほぼ一日中寝ていた。家に居ると、どうしても寝たくなる。本を読みだすとすぐに瞼が重くなるし、テレビを見始めると横になりたくなって、いつの間にか寝てしまう。どうしてなんだろう?いつも、寝るためだけに家に帰っているので、家に居るときは寝るために居るのだと勝手に家が勘違いして、僕に安眠を促しているのかもしれない。 こんなことを考えていたら、わざわざ眠気を誘ってくれる家の厚意に甘えて、ずーっと寝てみるのもいいかもしれないと思った。だから、トータルで18時間くらい寝た。
 夕方見た「鉄腕ダッシュ」が面白かった。ダッシュ村はどこにあるの?

5月27日(日)

 一昨日、日記の簡略化のために、やっておいたことが役に立った。そう、今日はベーシックSだったのだ。
 ところで、ベーシックSには問題点がある。それは、1日があっという間に終わってしまうことだ。感覚としては、6時間くらいしか経たないうちに1日が過ぎ去ってしまう感じだ。つまり、ほかの人が1日で終える仕事を4日かけてやっているような気になる。そうすると、単純に計算して、ほかの人が20年間で終える仕事を、80年間かけてやらないと終わらない勘定になる。まあ、それでもいいか。長生きすればいいだけだ。いいや、この答えは違っているだろう。大したことができないことを悟ればいいだけだ。
 最近、ときどき家の近くでカッコウが鳴いているのを聞くことができる。この場所に引っ越してきてすでに5年目になるが、毎年、この時期、カッコウの鳴き声を聞くことができる。カッコウは夏鳥だから、暖かくなって北上して来る。しかし、普通、夏の間は、丘陵地から山地にかけて生息する。だから、家の近くにいるカッコウは、旅の途中で一休みしているヤツだ。毎年、ここらで一休みしてから、定宿の落ち着くのだろう。そのことは分かっているが、一時期でも、仮の宿として家の近くの森を利用してくれるのは、嬉しい。だって、カッコウの鳴き声を聞くと、ちょっとした高原にいるような気分になるから。きっと、もうしばらくすると、カッコウは定宿へ旅立つ。だから、聞こえるときに鳴き声を堪能したいと思う。

5月28日(月)

 13時30分から、東京農業大学で催された日本造園学会の生態工学支部分科会に参加。テーマは、「雑木林と市民活動」。僕が修論で扱ったテーマである。事例報告者やコメンテーターには豪華ゲストがずらり。最近、雑木林や里山関係の会議から遠ざかっていたが、知人・友人に会うのを楽しみに出かけてみた。司会は、神奈川森林エネルギー工房にも入会していただいている明治大学の倉本先生。事例報告者は、港北NT緑の会の(東工大の先生でもある)永田さん、自然教育センターの木内さん、トトロの森財団の荻野さんなど。コメンテーターには、NPObirthの佐藤留美さんや、元カーターアートの春田さんなど、この道の有名人ばかり。3時間の分科会だったが、話上手な人が多かったため、かなり充実した会議だったと思う。僕としては、事例報告のなかに、問題点をきちんと明らかにしたものが多かったことが良かったと思う。たとえば、ボランティアはイベント的な活動に目を向けがちであること、公園にはいろいろな移入種を持ち込む人がいること、団体同士の連携は中間NPOがうまくサポートしないと難しいことなど。きれい事ではない話を聞く機会を持てて、かなり有益だった。
 会議が終わって懇談会があった。会社員時代に非常にお世話になった農工大の亀山先生、沖縄のプロジェクトでご一緒している鬼頭先生、鬼頭研の大泉さん、富田くんなどに挨拶。そして、懇談会終了後は、NORAの吉武さん、舞岡公園の大澤さん、七沢公園(と森林工房の会員でもある)辻本さん、いわゆる横浜の里山つながりの人たちと用賀で飲む。里山をめぐって、みんなで語る。ここでも、かなり多岐にわたる話題で盛り上がった。久しぶりに楽しい飲みだった。
 11時近くに研究室へ。明日、ゼミで発表しなければならないので、その用意をするために徹夜だ。

5月29日(火)

 徹夜をしたものの、丸ちゃんとイコマロと雑談をしながらだったので、思ったほど進まない。結局、いままで書いていたものを継ぎ接ぎして、ゼミ用の資料をでっち上げる。内容は乏しいけど、そのかわりにスライドを適当に上映して誤魔化すことにする。
 6時頃に研究室を出て、7時過ぎに帰宅。朝食を摂って、「ちゅらさん」を見てから眠る。12時前に起床して、それからゼミに向かう。ゼミでの発表は無事に終了。と言うよりも、これは無事に終わらざるを得ない宿命になっている。なぜなら、研究室生に環境社会学に関心のある人がいないから、反応がほとんどないからだ。だから、ゼミでの発表は、どうでもよい説教をしている坊主のような心境になる。けれども、ゼミの発表後、斉藤研にスライドプロジェクターを返却しに行ったとき、ジローラモが僕の発表を聞いて納得する部分があったと感想を述べて呉れた。1人でも、このように感じてくれる人がいれば幸いだ。何も反応のないと、次に話をする気が失せるからねえ。
 ゼミ発表があったものの、今日もベーシックSだ。遅くまで研究室に残っていたものの、何かやる気がしない。一段落したからか。次の山は、来月、福島で行なわれる沖縄プロジェクトの勉強会だ。まだ、何も用意ができていないので、来月はひたすら沖縄の勉強をしないと。

5月30日(水)

 朝起きて、一昨日・昨日の日記をまとめて付ける。最近、徹夜することが多いので、2日まとめて付けることが多くなった。さらに横着して、3日まとめて付けるようになったら、もう歯止めが利かなくなり、おそらく日記を付けることを止めてしまうだろう。
 昼に市立図書館に行って、本の返却および貸出。財布の中身が乏しいので、どうしても入手したい本以外は、なるべく借りてきて、丸ごとコピーで済ませたい。図書館を有効に利用しようと思う。
 午後2時過ぎ、蒔田にあるNORAに行く。事務所には、NORAの代表・吉武さん、十文字さんのほか、珍しく落合君が来ていた。彼は、元・アリスセンターのスタッフで、今はあちこちで農業の手伝いをしている。しばらくすると、イラストレーターの勝野さん(このHPにある僕の似顔絵を書いてくれた人)とアリスセンターの土屋さんもやって来て、とても賑やかになった。よく知った顔が集まったので、軽作業をしながら雑談していると、あっという間に5時を回る。十文字さんが、子供を保育園に迎えに行くというので、それに合わせて僕も事務所を出る。
 6時前にアリスセンターに顔を出す。沖縄から帰ってから1度も訪れていなかった。ご無沙汰してしまっている。僕が忙しそうだからと、メイルマガジンの編集ととHPの更新を仕事として用意してくれた。まったく有り難い。2週間に1、2度は顔を出しますと約束して、アリスを離れる。その後、研究室へ。特に忙しいわけでもないのに、今日も泊まってしまう。

5月31日(木)

 早朝に帰宅。食事をしてから寝る。今月1ヶ月の間に、このような生活パターンが定着してしまった。午前中にすることがないから、どうしてもこうなってしまう。昼頃起きる予定で目覚ましを掛けたつもりだったが、起きられず、目覚めると2時。本を読んだり、うたた寝したり、ごろごろして過ごす。
 7時になったので、テレビを点け、サッカー「日本×カナダ」を観戦。結果が、3対0で快勝だったので、気分良く見終えることができた。そして、またごろごろ。この家は、本当に寝るには打ってつけだ。

TOP(日々の表現)雑記日記(2001/2/8-2003/8/25)

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