日記帳|2002年12月

12月1日(日)

 午前中、吉田文和・宮本憲一編『環境と開発』を読む。あまり面白い論文集ではなかったので、宇井純さんの論文「日本の公害体験」の熱い議論が印象的だった。ほかには、祖田修「環境と農業・農村」のなかで紹介されていた、2000年現在の農産物カロリー自給率40%、木材自給率20%、水産物自給率60%、エネルギー依存率80%という数値が覚えやすくて有益だった。また、熊崎実「自然保護と森林」は、木質バイオマスエネルギーの第一人者である熊崎先生の懐の深さを感じる論文だった。
 昼から福岡国際マラソン、2時からラグビー早明戦を見る。マラソンでは、エチオピアのアベラの強さが際立っていた。個人的には、ワイナイナを応援していたのに、3位と敗れて残念だった。ラグビーでは、早大が昨年よりも力を付けているなという印象を持った。中学生の頃からずっと、エンジと黒のジャージに憧れていたので、昨年からのワセダの復活は非常に嬉しい。それにしても、土田監督になってからのサントリーと、清宮監督になってからのワセダの鮮やかな再生をみると、団体スポーツにおいて、指導者の資質がいかに重要かがわかる。
 テレビ観戦を終えてから風呂に入り、夕飯の食材を買いに出かける。買い物から戻ると夕食を済ませ、3時間ほどベッドで眠る。起き上がってから、昨日、佐藤さんから依頼された提案書を作りはじめる。これは、新エネルギービジョンを一歩先に進めるために実施する具体化検討調査の企画書である。4時頃、提案書を書き上げる。ついでに、昨日送られてきた論文の3校をチェック。朝になっちまったよ。

12月2日(月)

 7時半、3校のチェックを終え、編集をお願いしている国書サービスの割田さんに修正箇所をメイルでお知らせする。その後、およそ1時間、風呂に入り、出てから1時間半、ベッドで休憩。
 10時、電話が鳴って目が覚めた。割田さんからのFAXだった。仕事が早い。かなり急いでいるようだ。とりあえず、今日のやり取りをもって校正は終了。後は本が刷り上がるのを待つばかりだ。
 今日は遼太の誕生日なので、弟にお祝いのメイルを送る。遅めの朝食をとり、12時過ぎに家を出て大学に向かう。途中、武蔵小杉駅そばのユニクロで、下着を購入。2時頃、研究室に到着。
 しばらくすると、コロンビアからの留学生・カルロスが、国際ジャーナルCybernetics & Human Knowingに自分の論文が載ったと言って、抜刷を譲ってくれた。このニュースは、同じ研究室の学生として、大変刺激的なものだった。自分も早く雑誌論文を書かなかれば、という気持ちを強く持った。
 夕方、隣の部屋に行くと、沈さんらがカスピ海ヨーグルトを食べていた。聞けば、沈さん、セツさん、城所さんの女性3人は、全員、カスピ海ヨーグルトを食べているらしい。カスピ海ヨーグルトについては、密かに、食べてみたい、作ってみたいと思っていたので、今度、沈さんから譲りうけることになった。
 8時頃、研究室を出て、自宅に向かう。途中、なんとなく寄り道したくなり、武蔵小杉駅周辺を探索するが、全然面白くない街だった。10時過ぎに帰宅し、夕飯にキムチ鍋を食べる。キムチ鍋の良いところは、残ったスープにラーメンやうどんや米を入れ、卵でとじると、抜群に美味しくなるところだ。今日のうどんもデリシャスだった。

12月3日(火)

 8時に目覚まし時計が鳴ったものの、なかなかベッドから出ることができず、始動したのが10時。朝昼兼用の食事をとってから夕方まで、家に閉じこもって論文を書く。今日からやっと、東大出版会用の論文を書くことに集中できるようになった。
 夕飯は、昨日と同じくキムチ鍋を食べる。7時からは、トヨタカップ「レアル・マドリード×オリンピア」を観戦。スタジアムにサポーターが少ないことと、実力差が明らかだったためか、今一つ緊張感のない試合だった。なんか、世界オールスター対パラグアイ代表の親善試合みたい。
 今日は、ゴミ出しを除いて、外に出なかった。引きこもって論文を書いていたわりには、はかどらなかったなあ。

12月4日(水)

 10時、起床。自由が丘の「妻家房」で、昼食としてユッケジャンクッパを食べる。この辛旨は、冬にときどき食べたくなる味だ。東急ストアに寄って、夕食用のグラノーラと牛乳を買い、2時に研究室へ。
 論文の仮提出が金曜日なので、かなり切羽詰まっている。しかし、結論部がまとまっていないので、なかなか筆が進まない。やたらとお茶を飲んで、頭を冷静に働かせようとするが、ほとんど効果なし。だらか、時折、丸ちゃんが話しかけてくれるのに、あまり付き合う余裕がなかった。
 夕食を済ませた直後、「中華風の角煮を食べませんか」と誘われ、沈さん手作りの角煮をいただく。また、パスタもいただく。
 10時過ぎ、研究室を出て、11時半に自宅に戻る。友だちと電話をしてからも、しばらく作業して、4時に就寝。

12月5日(木)

 9時半、起床。11時半頃から、論文の作成作業に取りかかる。夕方になり、風呂に入って、大学に行く準備を整える。
 6時過ぎ、自宅を出る。駅前の本屋で新書本を2冊購入し、自由が丘の「卵と私」で夕食をとり、東急ストアでは、夜食と明日の朝食を買い込んで、8時頃、研究室に到着する。新しく購入したセラミックファンヒーターが、届いていたので、試しにつけてみると、かなり暖かい。これならば、徹夜するにしても、寒くならずに済みそうだ。
 8時半からは、ひたすら論文を書く。11時過ぎ、お腹が空いたので、夜食としてあんパンと定番のグラノーラを食べる。

12月6日(金)

 朝になった。8時半、朝食に温めたスープを飲むが、美味しくない。12時、「錦」で今日の日替わり定食=レバニラ炒め定食を食べる。いつもどおりの味なのだろうが、今ひとつピンとこない味だ。徹夜すると、味覚もおかしくなるようだ。
 1時半、とりあえずの原稿を仕上げ、郵便局に行って速達で送る。ひどく散らかった机の周りを整理してから、3時半に研究室を出る。
 自宅への帰り道、新百合ヶ丘駅から多摩線に乗り換え、五月台駅で降りる。駅から歩いて1分ほどのところにあるホームセンター・「ビーバートザン」へ。今まで知らなかったが、この店名はビーバー(beaver)+登山という意味らしい。それはさておき、ここへは竹用のノコギリを買いに来たのである。実は、明後日の日曜日に、武蔵五日市にある竹林へ、竹の間伐に行く用事がある。僕は、普通のノコギリは持っているものの、竹専用のものは持っていない。日本の竹ファンクラブの一員でもあるから、この際、竹用のノコギリを買っておくのもよかろうと思い、ホームセンターにやって来たのである。
 予定どおり、竹用のノコギリは買うことにしたが、ほかに土佐製の8,000円ほどの腰鉈が目に入り、これも衝動買いしてしまった。先週末、予定外で入った講師謝金が元から無かったと思えば、この出費も痛くないか。
 スーパー三和で買い物をして、6時半頃、帰宅する。飽きずにまたキムチ鍋を食べ、風呂に入り、仮眠する準備をするが眠くならない。ならば寝ないで作業してしまえと、メイルマガジン「らびっとにゅうず」を編集・発行する。1時過ぎ、NHKで「にんげんドキュメント」の再放送を見る。世田谷区の福祉作業所「のぞみ園」で、美味しいケーキを作っている知的障害者を追ったドキュメンタリーだった。なぜか、涙があふれて仕方なかった。これは、番組が良かったからというよりも、睡眠不足のせいだと思う。なぜって、研究室からの帰り道でも、雑誌「number」の記事を読んで、名波の、秋田の、カズのセリフに、涙してしまっていたのだから。きっと僕の場合、睡眠不足で疲労がたまると、涙腺がゆるくなってしまうようだ。33歳の発見。

12月7日(土)

 8時半に起きて朝食をとるが、眠いので再びベッドに入り、12時になって動き始める。すると、昨日、発行したはずの「らびっとにゅうず」が、僕の手違いで発行されていなかったことに気づく。あわてて発行するも、記事の中には今日のイベント情報が載っていたので、まずいミスを犯してしまった。どうもすみまそん。
 2時半、自宅を出て、町田の小田急の地下で買い物をしてから、友だちの家に行く。ここで、UEFAチャンピオンズ・リーグの2次リーグの「アーセナル×ローマ」と、ブンデス・リーガの「バイエルン・ミュンヘン×ヘルタ・ベルリン」を録画で見たり、K1グランプリを見るなどして過ごす。アーセナルのアンリの格好良さと、ボブ・サップのユニークさを、あらためて実感。ちなみに、夕飯はきりたんぽ鍋でした。

12月8日(日)

 今日は、朝から武蔵五日市に行って、竹林の間伐作業をおこなう予定だった。しかし、朝から雪が降っており、間伐は中止。起きたのは、昼頃となった。おかげで、この2日間ゆっくり寝ることができ、睡眠不足は解消できた。少し気分的に楽になったので、丸ちゃんの書き込みに励まされて、1週間分の日記をまとめ書きする。日記を書きながら、全日本実業団対抗女子駅伝、福岡国際柔道、スケートW杯をテレビ観戦。それと、田中淳夫『日本の森はなぜ危機なのか』を読了。趣味のないお父さんの日曜日の午後のようだ。
 夕飯にジャンバラヤを食べて、録画したビデオを見る。これは、80年代の英国ポップスを特集したもので、カルチャー・クラブ、スパンダー・バレー、バナナラマ、デッド・オア・アライブなどの懐かしい映像と現在の姿を見ることができた。久しぶりにバンド・エイドのPVを見ることもできて、ラッキー。
パルマ×レッジーナ。風呂に入り、12時からセリエA「パルマ×レッジーナ」を見る。1日中、スポーツばかりみていた「開戦の日」であった。

12月9日(月)

 昼頃、松井先生から電話があって、今週末のシンポジウム『沖縄の開発と環境』に出席することに決まった。あまり時間がないので、「旅の窓口」というサイトから宿を予約し、ANAのサイトから飛行機を予約した。ANAのマイレージが、10,000ポイント以上貯まっているのだが、そのうちの3,000ポイントは今月末で無効となってしまう。それならば、その前に10,000ポイントと引き換えられる商品をゲットしようと、サイトでカタログを眺めてみる。しかし、これといって、欲しいものが見当たらない。帯に短し襷に長し。
 内田樹『寝ながら学べる構造主義』を読む。最近、書店に行くと、この人の書いた本が何冊も並んでいるので、昨年あたりから気になっていた。今回、手始めにすぐ読めそうなものを読んでみたところ、うける理由がわかった。とにかく、わかりやすく記述できる人なのである。僕は、大切なこと、重要なことを、やさしく説明できるようになりたいと願っているので、そういう点で、参考になった。

12月10日(火)

 7時半、起床。朝食をとり、朝風呂に入り、9時前に家を出る。1時間ほどで横浜駅に到着。かながわ県民活動サポートセンターに向かう。
 10時、クリーンエネルギー活用検討委員会市民WGが始まる。今日の出席者は、座長の佐藤さんのほか、委員の飯田さん、岩本さん、河原崎さん、渡辺さん、僕、県科学技術振興課の吉田さん、コンサル(日本総研)の酒井さん、藤原さんだった。まず、県の新エネルギービジョン策定に向けた途中経過の説明があり、これに対して、僕も含めて委員からいくつかの批判的なコメントがあった。次に、来年度、モデル的に取り組む新エネルギー導入事業(BDFと木質バイオマス)への提案があり、それぞれについて意見を交換した。
 12時過ぎ、会議は終了。そごうの上にある紀伊国屋書店に行き、1時間ほど本をながめる。2時少し前に、横浜駅から東急線に乗り自由が丘駅へ。ここで降りて、昼食用のチキン・ケバブを買って、緑が丘キャンパスまで歩く。
 3時頃、研究室に到着。矢野・土場研究室のゼミがおこなわれていたが、今日も欠席した。今期は、1回も出ていないかも。
 いくつかのファイルをプリントアウトするなどしていると、研究室のブレーカーが落ちた。先日、電子レンジと、先日購入したヒーターを同時に使うと電気容量をオーバーしてしまうようだ。応急措置として、大量に電気を食う機器を同時に使えないように、同じコンセントから電気を取ることにした。つまり、片方を使うときには、もう片方のコードをコンセントから抜かないといけないようにしたのである。しかし、この研究室の電源は、これまでもよく落ちているので、これだけの工夫で十分なのか、いささか心許ない。
 6時半過ぎ、研究室を出て、7時ちょうどに渋谷駅へ。待ち合わせしていた中川さんは、すでに到着していた。神戸屋キッチンで、神奈川森林エネルギー工房として依頼しているイラストについて打合せる。
 8時半、打合せ終了。9時、経堂の実家へ立ち寄る。実は昨日、お袋から電話があり、手元に肉があるので、食べに来ないかと誘われたのである。最近、菜食主義者のような生活をしているお袋が、久しぶりに肉を買ったところ、馴染みの肉屋さんが、自分だけでは食べられないほどの量をおまけしてくれたらしい。そこで、その余った肉を食べに行ったというわけ。 牛肉のたたきを中心に、満腹になるまで食べて、11時過ぎに実家を出る。12時過ぎ、帰宅。メイルを書くなどして、3時過ぎに就寝。

12月11日(水)

 8時に目覚めたが、実際に動き始めたのは10時頃。風呂に入り、朝食をとり、ネットで調べものをしたりして、12時前に家を出る。
 1時、かながわ県民活動サポートセンターに到着。今日は、環境情報コーディナーターのアルバイトだ。相談にやって来る人がいなかったので、館内の資料を使って、自主的に「NPO活動の基本的な進め方」という資料を作っていた。
 6時、サポートセンターを出て、横浜駅の地下街にある東急ストアで買い物。7時、友だちの家に行き、一緒にきりたんぽ鍋を食べる。食後、先週おこなわれたCLの「アーセナル×バレンシア」を見る。12時半、帰宅。

12月12日(木)

 いろいろあって12時過ぎに家を出る。1時半、研究室に到着。3時から、大学院のゼミに出る。
 ゼミ終了後、またもや、研究室のブレーカーが落ちた。卒論や修論を書いている学生が多いので、こうしょっちゅう電源が落ちてはかなわない。そこで、電気系統の見直しをして、ヒーターや電子レンジなどとPCは、別々の電源から電気をとることにした。これで、電源問題は解決しただろう。
 夕飯は、錦で焼きそばを食べる。食後、論文の修正作業をおこない、11時半に帰宅。

12月13日(金)

 最近の僕は、日中、外に出かける日が続くと、体内のリズムが忙しなくなるのを感じる。だから、外に出る用事がないときには、家にこもって作業をすることが必要になる。もちろん、家に閉じこもってばかりでは良くない。適度なバランスが求められる。今日はというと、家にこもってバランスをとる日だった。
 午前中は、もたもた過ごし、昼頃から、月末までに完成させなければいけない論文を書き始めた。あまり根詰めて作業できないタイプなので、ときどき息抜きのためにメイルを書く。たとえば、揺天堂というところから、「バウムクーヘン」というサイトへの相互リンクの依頼メイルが来ていたので、承諾する旨を返事したり。そんなとき、夕方、ナリちゃんからメイルが届いた。
 ナリちゃんとは、2年前、小浜島で一緒にキビ刈りをした間柄である。僕がともに汗を流した旅人たちの中では口数が少ないので目立つタイプではなかったけれど、全体を見通しながらしっかりと仕事をするので、とても信頼できるヤツだ。ナリちゃんは、冬は八重山で、夏は北海道で住み込みのバ
イトでお金を稼ぎ、日本をぐるりと自転車でまわっている、いわゆる「渡り」の1人だ。そのナリちゃんが、日本を2周して、やっと自宅にゴールしたという。おめでとう!そして、お疲れさま、ナリちゃん。
 7時前、自宅を出て、友だちの家に遊びに行く。一緒にキムチ鍋を食べた後、CLの「アヤックス×ローマ」を見る。最近の夜は、友だちと鍋を囲み、CLを見て過ごすことが多い。これが、最もリラックスできる時間の過ごし方になっている。

12月14日(土)

 今日から来週の火曜日までは、沖縄出張である。日曜日のシンポジウムと、月曜日の研究会に出席する予定である。何をやるのかは、ほとんど聞かされないまま、とりあえず荷造りをして家を出る。
 12時過ぎ、羽田空港に到着。12時45分発のANA87便に乗る。行きは、偏西風に逆らって飛ぶので、約2時間半かかる。飛行機に乗っている間に、
松原望『ゲームとしての社会戦略』を読む。新しいことはほとんど吸収できなかったけれど、軽く読むには適当な本だった。
 3時半過ぎ、那覇空港に到着。15分ほど待ってバスに乗り、国際通り方面に向かう。県庁北口のバス停で降り、そこから歩いて5分くらいのところにある那覇第一ホテルにチェックイン。しばらく室内で休憩して、5時半に部屋を出る。さっそく、パレット久茂地の上にある文教図書に行くが、買いたくなるような郷土本はなかった。
 7時半に他の研究者と一緒に食事をするために集まることになっているが、昼食を抜いたのでお腹が減ってきた。何か軽食をつまもうと思い、パレット久茂地の地下で、ジーマミ豆腐、豆乳、イモまんじゅうを買う。ジーマミ豆腐と豆乳は、沖縄に来たときに必ず食べるものであり、いわば自分の定番であるが、イモまんじゅうはそうではない。これは、たまたま催されていた鹿児島の物産展で、美味しそうだから買ってみたのだ。食べてみると、まんじゅうの皮の中に、輪切りにした蒸かしイモとあんこが入っているシンプルなお菓子で、とても美味しい。イモまんじゅう、お薦めである。
 7時半、オーガスト・イン・久茂地のロビーを訪ねると、大塚プロジェクト沖縄班の松井先生、関さん、藤原さん、東大の原先生、獣医の桜井さんがいらっしゃった。すぐ後に、京大の杉島先生、東外大の栗田先生、弘前大の曽我先生、東大の平勢先生も集まり、レキオスという琉球料理のお店に行く。店に入ると、沖縄班の佐治さんが来ていた。沖縄班以外のメンバーは、全員、初対面だったので、かなり緊張を強いられた。隣りに座られた平勢先生は、中国の古代史が専門の方で、不案内な学問の先端についてお話しいただき、興味をそそられた。ほかの先生の話によれば、2,000年間、中国の研究者でも解けなかった古代史上の難問を解いてしまったのが平勢先生だという。正月休みにでも、著作を読んでみようと思う。一方、原先生は、開発経済学では極めて著名なので、威厳に満ちあふれた方なのだろうと勝手に想像していたけれど、話してみると気さくな方だったので肩すかしを食った感じだった。また、橋爪大三郎や宮台真司などの社会学者が通っていたことでも知られる伝説の小室ゼミは、原先生が始めたという話には驚いた。
 11時半、宴会はお開き。佐治さんに誘われて、関さんと3人で雰囲気の良い店に行き、静かに飲みながらリラックスする。侃々諤々と議論しながら食事をするのは、松井先生ら京大の出身者からすれば当たり前なのだろうが、僕はあまり得意じゃない。落ち着いて話のできる先輩と飲む方が気持ちがよい。1時頃だったか、2次会はお開き。ホテルに戻ると、シャワーを浴びる間もなく、ベッドでグー・・・。

12月15日(日)

 8時に起床。シャワーを浴びて、軽食をとり、10時前にチェックアウト。10時過ぎ、今日の宿泊場所であるホテルチュラ琉球に到着。荷物だけ置かせてもらい、佐治さんが泊まっている八汐荘に行く。10時半前、待ち合わせ場所に着くと、すでに、家中先生、佐治さん、関さんが集まっており、すぐに家中先生の車に乗って、今日のシンポジウムの会場がある沖縄コンベンションセンターに向かう。11時、会場に到着。松井さんと桜井さんも、ちょうど到着したところだった。会場を確認してから、レストランで昼食をとる。
 日替わり定食を食べていると、そこに榕樹書林の武石さんがいらっしゃった。ついに『開発と環境の文化学』が刊行したという。さっそく見せていただき、著者分として1冊いただく。非常に厚くて立派な本だ。僕の論文が載った初めての本なので、感慨深い。定価が8,500円と高いので、多くの人びとに読んでもらうことは難しいだろうが、もし読む機会があったら、ぜひ感想などを聞かせてもらいたい。
 食事を済ませ、会場のセッティングをおこない、準備は完了。1時、講演会&シンポジウム「沖縄の開発と環境」が始まる。まずは、原先生による「開発の経済学をめぐって」、京都精華大の嘉田先生による「環境社会学の考え方」という2つの講演があり、3時頃からシンポジウム「開発と環境の相克」があった。シンポジウムでは、松井先生が司会進行を務め、原先生、嘉田先生、それに、『開発と環境の文化学』に論文を寄せた家中先生、藤原さん、佐治さん、関さん、僕がパネリストとして壇上に上がった。僕は、10分ほど論文の内容について話したけれど、準備が不足していたこともあり、はっきり言って要領を得ない発表となってしまった。
 5時、シンポジウム終了。家中先生の車に乗って、趣味の良い喫茶店に連れて行っていただく。そこで、沖大の宮城先生、東海大の松島先生、それに佐治さん、関さんと6人でお茶を飲む。ここの、ぶくぶく茶はとても美味しかった。機会があれば、また来てみたいと思うけれど、どこの何というお店だったか、忘れてしまった。
 7時前、「松やま」という和琉料理店に行き、今日の宴会が始まる。昨日のメンバーに加え、嘉田先生、名市大の赤嶺先生、民博の飯田先生、琉大の来間先生、仲地先生なども集まったので、大変賑やかな宴となった。僕は、近くに座った宮城先生や松島先生と話す時間が長かった。2人とも沖縄出身の研究者で、宮城先生は沖縄の社会教育などについて、松島先生は太平洋の島嶼経済について研究されているという。ともに、面白そうなテーマなので、興味深く話をうかがった。この「松やま」の料理は、僕が那覇で食べた料理の中では、もっとも美味しかった。琉球料理と日本料理がミックスしたような感じで、板前が秋田県出身なのでシメに稲庭うどんが出てきたりする。夕方に入った喫茶店とともに、今日は要チェックの店を2軒も知ることができた。
 宴会が終わり、藤原さんの車で、2次会の会場であるバーに直行。ここでは、松井先生や家中先生に、厳しく説教されたりしながら、12時頃まで飲んだ。ホテルに戻り、今日もシャワーを浴びる間もなく、寝てしまう。

12月16日(月)

 今回の出張の宿を決めるときに重視した条件は、パレット久茂地に近いこと、6,000円程度で泊まれること、であった。一昨日の晩に泊まった那覇第一ホテルは、この2つの条件を満たしていたが、特に特徴のあるビジネスホテルではなかった。一方、昨晩から泊まっているホテルチュラ琉球は、これらの条件に加え、大浴場が付いているというメリットがある。これは、風呂好きの僕としては、非常に嬉しかった。昨夜は、遅くにチェックインしたので、今日は8時に起きて、さっそく、地下にある大浴場に向かった。
 誰1人他の人がいない浴槽に、目を閉じて、肩まで浸かってじっとする。この時間は、至福のときである。ゆっくりと40分程度、風呂で過ごしてから、1階の食堂で朝食をとる。ここは、バイキング形式で、食べる量と種類を調節できるのが嬉しい。9時半頃に食事を済ませ、いったん部屋に戻り、10時頃にホテルを後にする。10時10分頃、八汐荘に到着。10時半前、佐治さんの運転で、関さんと3人で沖縄大学へ向かう。
 11時前、沖縄大学の地域研究所に到着。今日の研究会は、文科省・特定領域研究『資源の分配と共有に関する人類学的統合領域の構築-象徴系と生態系の連関をとおして』の「自然資源の認知と加工」班(代表:松井先生)によるものであるらしい。会場に着いてみて、このことを初めて知った。発表者は、環境社会学の家中先生、中国古代史の平勢先生、生態人類学の曽我先生である。
 11時過ぎ、研究会開始。1時間程度の発表の後、討論が約1時間。このセットが3回で、5時まで研究会がおこなわれた。家中先生は、榕樹書林の本に載せた論文の内容をお話され、平勢先生は、中国の春秋戦国時代の歴史をひもとくことが現代を読む助けになることを主張され、曽我先生は、東アフリカの牧畜民ガブラにおけるラクダの所有と交換についてお話された。どれも大変面白かったが、なかでも若手の曽我先生の発表は、エネルギッシュで大変刺激を受けた。また、討論のなかでは、杉島先生の実証へのこだわりと、栗田先生の他者表象への厳しい批判が、研究会を緊張感のあるものにしていた。
 5時、研究会は終了。そのまま、国際通りの近くにある洋食屋「KOBAS」になだれ込む。ここでは、前に座った飯田先生と話す機会があった。マダガスカルでのフィールドワークが長いというので、僕にとっては未知なアフリカ社会について、いろいろと尋ねてみた。はるか年上の研究者が多いなかで、飯田先生は同じ年なので気楽に話せた。9時半頃だったろうか、1次会をしめて、泡盛の美味しい古酒が飲めるという店に行った。ここでは、眠くてあくびばかりしていた。12時、2次会がお開きになったので、ホテルに帰ろうと思っていたら、全員3次会に行くというので、結局、ついて行くことにした。3次会では、これまであまり話す機会がなかった曽我先生と栗田先生と話すことができたので楽しかった。2時過ぎ、3次会は終了。2時半、ホテルに戻り、就寝。

12月17日(火)

 8時半、起床。大浴場へ行き、バイキング形式の朝食をとり、10時にチェックアウトする。県庁北口からバスに乗り、那覇空港へ。3日連続で宴会があったので、懐がかなり寒くなった。よって、今回は土産物も買わずに帰ることにする。
 11時50分発、ANA82便に搭乗。2時過ぎ、羽田空港に到着。今日は、修論の中間発表会があるので、大学に行くことも考えていたが、予想以上に疲労したので帰宅することにする。羽田空港駅から京急に乗り、京急川崎駅から南武線、登戸駅からは小田急線に乗り換え、3時半過ぎ、最寄り駅の玉川学園前駅に着く。
 スーパー三和で夕食の買い物を済ませると、店の外では、商店街が主催となって、お汁粉の配布をおこなっていた。これはラッキーと、さっそくいただく。体も暖まり、少しばかり幸せな気分になる。あとは自宅に帰って夕寝でもしようと思いながら、自宅までの道を5分ばかり歩き、4日ぶりに玄関の前に立つ。しかし、ここで部屋の鍵がないことに気付く。今日1日の行程を思い返し、ホテルに落としたのだろうと予想を立てる。そこで、ホテルに電話してみると、案の定、部屋に落ちていたそうだ。さっそく、自宅に郵送していただくようお願いする。
 僕以外に、部屋の鍵を持っているのはお袋だ。そこで、お袋に電話すると、7時まで仕事だから、7時半頃、家に帰るという。実家に帰って、部屋の鍵を借りることにする。
 ところが、先ほど購入したもののなかには、アイスクリームなどの冷凍食品がある。これは放置しておくととまずいので、下の階の田村さんにお願いして預かってもらうことにした。なんとも、世話の焼けるヤツである。  5時半頃、経堂駅に到着。駅周辺の古本屋などをまわってから、6時半に実家に着く。そこで、お袋を待っていると、7時半に帰ってきた。鍵を貸してもらうとともに、せっかくだからと夕食もいただく。食事をしながら、最近、弟が書いた評論の話や、できたばかりの『開発と環境の文化学』の話、お袋が関わっている障碍者介助の話などをする。
 10時、経堂の実家を出て、自宅のあるアパートに戻る。下の田村さんは、まだ起きているようだったので、預けていた買い物一式を受け取ってから、お袋から借りた鍵を使って、11時頃、やっと自分の部屋の中に入ることができた。今日の午後は、ゆっくりとした時間を過ごすつもりだったのに、間抜けな性格が災いして、ドタバタ劇を演じてしまった。

12月18日(水)

 10時起床。朝風呂と朝食後、12時前に自宅を出る。1時、横浜駅近くのかながわ県民活動サポートセンターに到着。11階の情報・相談コーナーにて、環境情報コーディネーターのアルバイトを始める。
 2時頃、横浜市民活動支援センターの山田さんがいらっしゃった。今年の夏におこなった「夏!市民活動体験塾」の次年度以降の展開について、意見を求められた。山田さんは、仕事として来ていたので、きちんと仕事モードになっていたが、僕は沖縄での疲労が取れず、ぼーっとしていたので、きちんと受け答えできなかったように思う。
 6時、アルバイトは終了。9階に降り、6時半からフリースペースにて、ストップ温暖化ネットワークの打合せに参加する。今日は、先週の土曜日に開催した「ストップ温暖化のつどい」の反省会という感じだった。イベントに参加しなかった僕は、ほとんど発言せずにじっとしていた。テンションが下がっていたので、それで良かったのだが。
 8時半、打合せは終了。近くの居酒屋に行き、1時間程度の忘年会が開かれた。飲み会も、この程度ならば楽チンである。10時半過ぎ、帰宅。

12月19日(木)

 10時起床。朝風呂は、竹酢液入りの浴槽にゆっくり浸かる。朝食は、冬の定番の鍋。朝から鍋を食べるのも良い。食後は、環境情報コーディネーターの業務報告をまとめ書きしたほか、バイオマスサロンのための資料作りなどに手こずる。5時、自宅を出る。
 6時半、NORAに到着。今日は、月に1度のNORAサロンの日である。これは、ゲストを招いて、1時間ほど話していただき、その後、軽食をつまみながらトークを楽しむというものだ。今日のゲストは、パーマカルチャーセンター・ジャパンの設楽清和さんだった。話を聞いて感じたことは、パーマカルチャーを基礎として生活するというモデルを見せることの必要性である。今日、さまざまなライフスタイルが模索されているが、身近に感じる成功例を作らないかぎり、フォローワーは生まれない。実践が理論に説得性を与えるということを、あらためて実感した。
 10時過ぎ、NORAサロン終了。たまたま車で来ていた辻本さんの車に乗せてもらって、11時半、自宅に戻る。

12月20日(金)

 10時半起床。この3日間、8時にいったん目を覚ますものの、動き始めるのは10時過ぎとなってしまう。
 朝風呂の後は朝食。今日も鍋である。髪を切りたくなり、いつも行っている自由が丘の美容院に電話して、2時半に予約。1時過ぎに自宅を出る。2時半、「green hill」に行き、3ヶ月ぶりにカットをお願いする。3時半、カット終了。東急ストアで買い物をしてから、4時に研究室に到着。生協に注文していた書籍を受け取り、久しぶりに丸ちゃんとトーク。相談したいことがあるというので、丸ちゃんの相談に応じる。
 いつだったかの朝日新聞の書評で、「研究者は必読。一回じゃなくて、毎月読んで襟を正せ」と書かれてあったので、気になっていた関満博『現場主義の知的生産法』を読む。あまりにパワー溢れる著者の生産活動の日常に圧倒される。忙しなく動くことに息苦しさを感じてしまうような者からすると、自分には到底できないなあと思ってしまう。それでも、現場との付き合い方については、非常に参考になることが多く、手軽な読み物として楽しめた。
 12時前、帰宅。遅い夕食として、実家に帰ったときにもらったドイツのパンに、クリームチーズをのせて食べる。朝食が夕食のような、夕食が朝食のような献立だなあ。

12月21日(土)

 朝から雨が降っている。冬の雨は寂しい。体内の温度をすべて奪ってしまい、明るさや元気といった陽性のエネルギーを最低値になるまで衰えさせてしまう。つまり、何もやる気が起きなくなってしまう。こんな言い訳を呟きながら、論文を書こうとしない自分を慰めている。
 午後は、PCの前に座りながらも、思考を巡らせることが面倒で、ネットの中をうろついていた。友だちに贈るクリスマス・プレゼントを探し求めて、あちこちのショップを巡ったり。いま面白そうだと思っている本を、忘れないうちに書店サイトのショッピングバッグやカートの中に入れておいたり。JALのバーゲンフェアが開催中であることに気づき、お金もないのに羽田-石垣の航空券を予約してみたり。Yahoo!オークションで、ペレットストーブが5万円から競売にかけられていることを知り、入札しようかどうかと逡巡したり。
 遅ればせながら、秋道智彌編『自然はだれのものか』を読む。最近、この種の議論に慣れてしまったのか、あまり感心することもなく読み終えてしまった。私有、共有、総有、共同占有、コモンズ、入会・・・、これらの言葉で何を明らかにしたいのだろうか。規範の必要性なのか、運動の有効性なのか、いろいろと気になる部分は多い。しかし、この辺りを論じようとすると、頭がねじれるような感じになるので敬遠しておいた方がよさそうだ。
 外出もせず、一日を家の中で何もしないで過ごすと、なにか後ろめたいものを感じる。そういう気持ちを抱きながら起きていると精神衛生上良くないので、きっと休養が必要なんだろうと考え、9時には床に就く。

12月22日(日)

 朝の支度を終えてから、論文の修正作業にとりかかる。3時過ぎに家を出て、友だちの家に向かうが、手ぶらで邪魔するのもどうかと思い、近くにあるこだわりのパン屋「リトル・トリー」(旧「サンレモ」)で買い物をしてから行くことにする。狭い店内を見回し、シュトーレンというドイツのクリスマス用のお菓子と、大分県産のバジル・ペーストを買ってみた。
 4時半過ぎ、友だちを訪ねる。すぐに、買ってきたばかりのシュトーレンを食べてみたら、しっとりとした感じで、甘みも程良く、オレンジ・ピールが香りを高めて、なかなかの味だった。お茶とお菓子を食べながら、U2のダブリンでのライブ、エリザベス女王即位50周年記念コンサートなど、録画したビデオを見せてもらう。夕食には、鶏モモ肉のローストをメイン・ディッシュに、スープとサラダを食べた。
 先週末は、おおぜいの研究者たちと過ごして気疲れしたので、今日のように気の置けない友だちと過ごすのは、いつも以上に贅沢な時間の使い方だと感じる。大きな心配事もなく、たんたんと生きること。僕が望んでいるのは、こんなことかもしれない。

12月23日(月)

 昼過ぎまで寝ていた。論文を書かなければいけないが、何もしない日にした。昼食には、昨日購入したバジル・ペーストをマカロニに和えたものを食べた。これは、すこぶる美味しかった。バジル・ペーストは使える。
 夜9時頃、町田に行き、リブロで立ち読みし、1冊だけ本を買い、西友では食材を買った。買ってきた食材を使って夕食をとり、1時頃に就寝。

12月24日(火)

 8時に起床。昨日、試しに豆乳鍋セットを買ってみたので、それを朝食にした。かなり良い。キムチ鍋に飽きてきた頃なので、今後しばらくは、豆乳鍋のお世話になる予感がする。
 10時半頃、家を出て、大学に向かう。途中、自由が丘駅で下車し、いくらかのお金を引き落とし、駅前の本屋で立ち読みをし、東急ストアで間食用のグラノーラを買い、12時過ぎに研究室に着く。
 部屋の中が少し寒かったためか、しばらくすると背筋がぞくっとするような感じを覚える。そこで、友だちからクリスマス・プレゼント(だったのかな?)にもらった肩こり防止パットを試してみることにした。このパットは、電子レンジで1分間温めたものを首のまわりに巻くという代物だ。きっと血行を良くして、肩こりが改善されるという効果があるのだろう。実際に首に巻いてみると、むち打ち症の患者みたいな恰好になるけれど、いい感じで温まったので、嫌な悪寒は消えてしまった。これは、肩こり防止よりも、体全体を温める効果があるようだ。でも、およそ20分間しか保温できないのが欠点だな。
 5時半頃に間食し、11時近くまで研究室で作業する。帰宅してから遅い夕食をとり、2時過ぎに寝る。あれ、今日ってクリスマス・イブだったね。

12月25日(水)

 9時前に起床し、朝食をとらずに10時に外出。玉川学園前駅で定期券を更新し、小田急線から千代田線へと乗り継いで、国会議事堂前駅で下車。11時過ぎに国会図書館に着く。館内の食堂で昼食をとり、雑誌文献を1部コピーすると12時半。せっかく東京のど真ん中に来たのだからと、近くにある沖縄協会にも足を運び、図書を5冊借りる。
 溜池山王駅から南北線に乗り、2時、大岡山駅で降りる。ここでも、定期券が2つに分割されているので、ここで東急線分の定期を更新する。駅前の東急ストアで間食用のグラノーラを購入し、3時前、研究室に到着。クリスマスだからなのか、今日は城所さん以外に来ている人はいなかった。
 家から持ち込んだ数枚のクリスマス・アルバムを聴きながら、論文の執筆に取りかかる。1人でクリスマス気分を盛り上げながら作業していたら、丸ちゃんがやって来た。丸ちゃんは、ほとんど毎日研究室にいるようだ。つくづく感心する。でも、クリスマス・イブと当日ともに研究室に来ていていいの?と尋ねたくなる。
 6時頃に間食し、10時半前に研究室を出る。武蔵小杉の東急ストアで食材を購入して帰宅。なんとはなしに、小田和正がいろんな人の曲をカバーして聴かせる番組をちらっと見る。夕食は軽くうどんだけ食べる。2月に沖縄へ行こうと計画しているので、JALのバーゲンフェアをチェックしてから3時半に就寝。

12月26日(木)

 8時過ぎに起床。朝風呂に入ってからの朝食は豆乳鍋。美味なり。10時半に家を出て、自由が丘の東急ストアで間食用のグラノーラを買ってから、12時過ぎに研究室へ。
 今日は、みなさん大掃除モードらしく、研究室に着くと、丸ちゃんが大掃除を終え、袋にいっぱいのゴミを片付けて、すっきりしたような顔をしていた。隣の部屋でも、イコマロと池ポンが大掃除をしていた。僕は、年末までに論文を仕上げないといけないので、とても掃除をやる気にもならず、いつもよりも埃っぽい部屋の中で作業を始めることにした。
 イコマロと池ポンは、昼過ぎに大掃除を終え、3時頃からは、ラフテーを作り始めていた。そして、日が暮れた頃から、踊り場でイワシ、サンマ、ヒイラギを炭火焼きし始めた。僕は、グラノーラを間食として食べていたが、彼らのご相伴にも預かった。イコマロ作のラフテーは、しっかりと味が付いていて、非常に美味しかった。また、初めて食べたヒイラギという小魚も癖になる味だった。
 夕方からは橋本さんもやって来て、大掃除を始めた。周りから、掃除をしないといけないようなプレッシャーを受ける。しかし、ちょっとそれどころではない。机の周りには、資料がごった返したまま、年越しするしかなさそうだ。年明けに、きれいにすればOKでしょ。
 10時前に帰宅。先日、ネットで購入した商品を受け取る。佐川急便は、夜10時から12時頃までの時間帯を指定できるので、忙しいときでも荷物を受け取れる可能性が高い。送り先の人が多忙な人ならば、佐川急便で送るのが適当らしい。

12月27日(金)

 昨日、榕樹書林から郵便物が贈られてきたのだが、不在だったので持ち帰られてしまっていた。こういう場合、僕はたいてい、最寄りの郵便局で受け取ることにしている。そこで今日も、そのように手配してもらうように、郵便局に電話してみたら、年末は30日の3時~5時の間しか、受け取れないという。なんというサービスの悪さ。たしかに、年末年始は年賀状関係で忙しくなるのはわかる。しかし、それを理由に通常よりもサービスを落としてはまずいでしょう。昨晩の佐川急便のことと比べると、サービスの悪さが気になる。
 朝食をとらず、10時半に家を出る。この間の月曜日に購入した1人用の豆乳鍋が気に入ったので、それを買った西友に行くことにする。研究室までの通学路のどこかに西友があったはずだと記憶をたどったところ、武蔵小杉駅にあったような気がして、途中下車してみた。しかし、西友があると思っていた場所にはイトーヨーカドーがあった。西友があるのは、武蔵新城だった。結局、豆乳鍋は諦め、また間食用にグラノーラを購入した。
 武蔵小杉駅近くで昼食をとり、1時過ぎに研究室に到着。夕方に間食をとったのをのぞくと、基本的に10時半頃までずっと作業。帰り道、武蔵小杉の東急ストアで買い物をして、12時近くに帰宅。満員電車の中を、大きな買い物袋をぶら下げて帰るのは好きじゃない。家の近くには、夜遅くまで空いているスーパーがあると助かるのだが。
 帰宅後、夕食にカレーパスタを食べる。カレーのルーは、前に作ったキーマカレーを冷凍したものがあった。スパゲッティを茹でるお湯がもったいないので、アスパラガスも茹で、ついでにゆで卵も作って、カレーパスタとともに食べた。エネルギーを効率よく使うと、なぜか気持ちがいい。今月は、地球温暖化防止月間だからね。

12月28日(土)

 朝食は、最近のお気に入りである豆乳鍋。10時半頃、家を出て、研究室へ向かう。途中、武蔵小杉のユニクロでフリースを購入。僕のいる研究室は、北側に向けて窓があるので、日中もそれほど室温が上がらない。そのうえ最近は年末のために、研究室内に人がいることが少ないので、ヒーターをつけても、体が温まらないことがある。そこで、寒さのことを気にせず、論文を書く作業に専心するため、防寒対策としてフリースを買ったのだ。
 1時過ぎに緑が丘駅へ。校門が閉まっているので、それを乗りこえて、研究室に到着。今日は、僕以外には誰も来ていない。その方が、集中はできるものの、いつもにも増して室内が冷え込んでいる。フリースを買ってきて正解だった。
 夕食は、「錦」でレバニラ炒め定食をとる。やはり論文を書くには、スタミナが必要だからね。暇つぶしに古本屋に入ったら、環境行政法の本が、たった100円で売っていたので、思わず買ってしまう。10時過ぎに研究室を出て、11時過ぎに帰宅。
 1時過ぎから、何気なくつけたテレビで、映画『マルコヴィッチの穴』を見る。単純に楽しめる映画だった。

12月29日(日)

 9時過ぎ、ドアフォンが鳴ったので、出てみたら「郵便です」とのこと。荷物は、図書サービスから届けられた、論文「竹富島と小浜島の比較環境史」の抜刷30部だった。この30部をだれに渡すかが、自分にとっては、ちょっとした難問だ。お世話になった島人や先生方はもちろん、そのほかにも・・・と考え始めると、あっという間に30人を超えてしまう。早めに増刷してもらおうかね。
 朝食と昼食を兼ねて、豆乳鍋と納豆もちを食べてから、11時前に家を出る。夕食と明日の朝食分を、自由が丘の東急ストアで買い込んで、1時頃に研究室へ。今日も、ほかに誰もいないなかで、10時過ぎまで作業する。11時過ぎに帰宅。 

12月30日(月)

 10時過ぎに家を出て、自由が丘駅で下車。大戸屋で昼食をとってから、東急ストアで買い物。今晩は徹夜する予定なので、いつもよりも多めに食料を買い込む。
 1時頃、研究室に到着。3時過ぎにあんパンを食べ、夕方にグラノーラを食べ、夜は湯豆腐を食べ、夜中にはおにぎりを食べ、朝はキムチ鍋を食べ。あれ、日付が変わってしまった。

12月31日(火)

 朝5時半、丸ちゃんが研究室にやって来た。昨夜は、同期で忘年会があったようで、始発に乗って来たのだという。丸ちゃんが研究室にあるベッドで寝ているうちに、朝食のキムチ鍋を食べ、10時頃にやっと論文を2本完成させる。その後、印刷したり、コピーしたり、送り状を作ったり、同封する手紙を書いたり、それらを梱包したりしていると12時に。ひとまず仕事が一段落したので、机の周りを整理整頓。12時半、研究室を出る。
 近くのコンビニで、東大出版会と松井先生宛てに論文が入った荷物を出し、一息つく。それから、自由が丘まで歩き、昼食をとる場所を探しながら、駅周辺を散歩。土屋さんから前に聞いたことがあるローソンのエコ版「ナチュラル・ローソン」を発見したので、入ってみたが、あまり面白いところではなかった。いろいろと探した挙げ句、結局、よく行く妻家房でユッケジャンクッパを食べる。自由が丘には、お気に入りのお店が少ない。どこか素敵な(もちろん安い)店があったら、紹介してもらいたいよ。
 食後、自由が丘駅から東横線に乗る。爆睡して目が覚めると横浜駅に着いていた。相鉄線に乗り換えて、三ツ境駅で下車。駅から徒歩3分ほどのところにある「さくら湯」に行き、風呂に入る。ここは、商店街の中にある銭湯なのに、露天風呂(うたせ湯あり)があるなど、以外に設備が充実しているのが嬉しい。また、平日なら2時から、休日ならば12時から開いており、普通の銭湯よりも営業時間が長いのも良い。サウナに入ろうとすると、別料金がかかるので、風呂だけを楽しんだが、徹夜明けで疲れ切った体には気持ちの良いお湯だった。これで、400円という値段だから、OKでしょう。
 3時半、友だちの家に行く。1週間遅れだけれど、クリスマス・プレゼントをあげる。プレゼントしたのは、パン切り庖丁とパスタ・マシン。どちらもドイツ製だ。パン切り庖丁はゾーリンゲンのもの、パスタ・マシンは、シュペッツレというドイツのパスタを手軽に作ることができるというもので、ともに気に入ってくれたようだった。
 その後、眠気が襲ってきたので、寝かせてもらう。起きると7時頃で、夕食の時間になっていた。さっそくパスタ・マシンを試してみようと、小麦粉と卵と塩を材料にしてシュッペツレを作ってみた。すると、予想していた以上の出来で、バターやバジルペーストで炒めると美味しかった。今年の年越しそばは、日本そばではなく、ドイツのシュッペツレになったとさ。
 夜は、紅白歌合戦を見たり、猪木ボイバーイエを見たりなどして、まったりと過ごす。除夜の鐘を聞いて、就寝。
 2002年も終わりました。みなさま、今年もいろいろとお世話になりました。よいお年を!

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