日記帳|2002年9月

9月1日(日)

 8月も終わり、いよいよ9月だ。6月はW杯の月だった。7月は沖縄・八重山の月だった。そして、8月は・・・。何の月だったのか、うまい言葉が見つからないが、自分史の中では、かなり重要な月であった。いろんな意味で、後から振り返ると、分岐点となる月であったろう。
  一昨日だっただろうか、親父からメイルが使えなくなったと電話があった。今日になって親父と連絡をとってみると、いまは繋がっていると言う。ときどき、知人・友人とメイルのやり取りをやっているようだ。徐々にではあるが、ネットが暮らしの一部となってきているようだ。親父のメイルは、周囲の人から手紙みたいだと評されているらしい。生真面目な親父のことだから、1字1句丁寧に書こうとして、手紙調になってしまうのだろう。
 10時半、家を出て大学へ向かう。自由が丘で途中下車し、妻家房で冷麺を食べる。昼食後、自宅で作業をするときに必要な資料を取るために研究室へ。1時間程度で用事を済ませて、Uターン。スーパー三和で買い物して、3時半に帰宅。すぐに、6にチャンネルを合わせ、5時まで『ダイナマイト』をテレビ観戦。吉田のプロデビュー戦完勝と、桜庭の惨敗を見る。
 夕方からは読書。夕飯は、ゴーヤチャンプルー。というよりも、ゴーヤ入り卵とじみたいなもの。まあ、材料は同じものを使っているし、まあまあ美味しいのでOKでしょう。
 鳥越皓之『柳田民俗学のフィロソフィー』を読了。21日の発表に使えるネタは少なかったけれども、暇つぶしにはちょうど良い本だった。
 8時過ぎから、山田さんと大和カフェなどについて電話で話をする。最近、電話する機会が多くなった。そういう時期があっても良いでしょう。

9月2日(月)

8時過ぎに起床。2日前に作ったトマトシチューを食べようと思い、鍋をのぞき込むと、表面に白いカビが生えている。しかし、その量は多くなかったので、カビの部分を丁寧に取り除き、残りを食べることにする。スプーンでカビを掬い取ると、納豆のように糸を引いた。それでも、腹を下すことはないだろうとたかをくくり、朝食をとる。しばらくしても、何ともなかったので、結果オーライだった。
 午前中は、水曜日から3日間の予定で行く岩手調査の連絡調整。アポの最終確認をとる。先週からずっと担当者と直接連絡が取れず、不安なところがあったが、今日でやっと全体の調整行程を決めることができた。これで、一安心。あとは、当日、早起きするだけだ。
 午後は、大塚プロジェクトでマニュアルを作成するときに必要な開発イベント集を作る。すでに、今年の3月に書いたものを修正するだけだったので、夕方までには作業を終え、山口県立大の中澤さんに送付する。
 5時過ぎ、自宅を出て、大学へ向かう。途中、武蔵小杉駅で、岩手調査に必要なチケットを購入する。佐々木さんと2人で行くので、「ふたりの北東北フリーキップ」という男女カップルのための割引チケットを買う。普通、このチケットは、夫婦で、あるいは恋人同士で使うためのものなのだろう。かなり違和感があるものの、弱小NPOにとっては、こういう割引制度があって、大いに助かった。
 7時過ぎ、研究室に到着。1時間ほどいて、必要な資料などを持って、8時半には出る。そのまま、歩いて自由が丘武蔵野館へ。8時50分から、レイトショーで『野良犬』を見る。これは、僕が敬愛する成田三樹夫の特集「貴様のミッキー 成田三樹夫forever」の中で上映されている映画だ。まず、主演の田宮二朗が、バタ臭くて良い。若かりし坂本スミ子、藤岡琢也の演技が見られるのもお得。もちろん、成田三樹夫については、その姿を眺められるだけで幸せ。この特集では、10月4日までに計5本の映画が上映される。全部見てしまいそうだ。それにしても、観客がたったの7人とは。
 11時半に帰宅。帰り道、なぜか青汁を買ってみた。今日は、自分をいじってやろうという気持ちがあったようだ。初めて飲んでみたけれど、思いのほか、まずい。3本入りを買ったので、まだ2本分は冷凍庫にある。当分の間、庫内に眠らせておこう。
 2時まで友だちに電話。その後、いたずらに時を過ごして、4時半に就寝。

9月3日(火)

 今日は、ドラえもんの誕生日。そして、彼の誕生日でもある。
 9時過ぎに起床。何の気なしにテレビを点けると、「太陽にほえろ」が放映されていたので、ついつい見てしまう。特に好きということはないけれど、やはり松田優作に目がいくなあ。
 11時半頃に自宅を出て、NORAへ向かう。途中、湘南台駅で下車し、『るるぶ 岩手』を購入。駅前の「オリーブの木」で昼食をとり、2時頃、NORAに到着。前田君と、環境情報コーディネーターと木質バイオマスの先進事例調査の件で、簡単な打合せ。5時からは、土屋さんも交えて、木質バイオマスの循環的利用に向けた戦略づくりについて話し合う。
 7時前にNORAを出て、8時過ぎに帰宅。弟に電話し、彼の誕生日を祝う。もちろん、弟は照れていた。
 しばらく、家を空けるので、冷蔵庫の中を整理する。今日中に食べられるものは食べて、そうでないものは料理して、冷凍しておく。旅の前におこなうこの作業が、けっこう手間である。
 明日からの出張の準備はまったくできていないのに、眠くなったので1時に就寝。明日は早起きしないといけない・・・。

9月4日(水)

 4時、寝ぼけ眼のまま起床。シャワーを浴びて目を覚まし、今日から2泊3日で行く岩手出張の準備をする。出発ぎりぎりまで準備に時間をかけ、5時過ぎに自宅を出て、6時20分頃に東京駅へ到着。6時半、同行する佐々木さんと東北・上越新幹線の改札口前で合流し、6時52分発のやまびこ号で盛岡を目指す。
 9時18分、盛岡到着。レンタカーを借りて、いざ出発!といきたいところだったが、なんと、乗るはずの車のタイヤに釘が刺さっているというアクシデントに見舞われる。すぐに車を代えてもらい、9時45分に駅を出発した。
 10時、葛巻林業本社に社長の遠藤さんを訪ねる。神奈川で木質バイオマスの利用をすすめるにはどうしたらよいのか、岩手での経験をもとにご助言を賜る。横断的なネットワークを作り、最も条件の良いところでモデルを実証してゆくことが重要という指摘に大いに頷く。しかし、話に引き込まれて、当初、30分程度を予定していた会談が、1時間半ほどに長引いてしまった。午後の予定がきつくなりそうだ。
 12時前に本社を出て、昼食をはさみ、1時に葛巻林業玉山工場を訪れる。ここでは、事業部長の福島さんのお世話になる。福島さんからは、ペレット燃料を生産し続けてきた現場の声を伺うことができて有益だった。木質ペレットについては、エネルギー利用だけでなく、マテリアル利用も検討しておくとよいという言葉が、まさに責任を持って生産に携わっている人の声だと思った。
 2時半に玉山工場を離れ、4時前に葛巻林業の葛巻工場に着く。ここでは、工場長の高橋さんに、工場を案内していただいた。今日は、燃料用のペレットではなく、ネコトイレ用を生産していた。これは、おが屑から作られるホワイト・ペレットで、燃料用との違いは、耐水性を持たせるために、少しだけ何かを混ぜるという点だけであるらしい。燃料用よりも、こちらの方が高く取り引きされている。こうしたマテリアル利用も併用してゆけば、採算性を高めることができるかもしれない。
 4時半、炭の科学館「ウッディ」へ。ここに平成元年に導入されたペレット・ボイラーを見る。僕は、すでに見に来たことがあったけれど、佐々木さんは初めて見たので、だいぶ感激されていた。そう、木質ペレットには、何か魅力があるんだよね。那須で初めてペレットストーブを見たときや、ここで初めてペレットボイラーを見たときの感激を思い出したよ。
 5時に「ウッディ」を出て盛岡に向かうが、寝不足のために、かなり眠たくなった。いねむり運転するといけないので、葛巻町内にある道の駅で少し休憩。葛巻産の牛乳を使ったソフトクリームを食べ、眠気覚ましにコーラを飲む。あまり眠気は吹き飛ばなかったけれど、佐々木さんからガムをいただき、盛岡に向かう。
 7時過ぎ、今日の宿であるホテルルイズに到着。夕食を共にする約束を交わした岩手・木質バイオマス研究会の細田さんに連絡を取ると、友人と盛岡駅前で飲んでいるところだと言う。7時半に、ホテルのロビーに迎えに来ていただき、細田さんと友人の澤口さん、それに僕と佐々木さんと4人で飲む。10時半まで飲んで場所を移し、締めの冷麺を食べる。これは、さすがに美味しかった。12時過ぎ、細田さんと澤口さんと別れ、部屋に戻る。ベッドに横たわると、コンタクトレンズも取らないまま就寝。

9月5日(木)

 寝る体制になる前に寝てしまったためか、4時に一度目が覚める。コンタクトレンズを外し、浴衣に着替えてから、再び眠る。7時に起床。シャワーを浴びてから、朝食バイキング。8時20分にロビーで佐々木さんと待ち合わせ、チェックアウトし、8時半に車を発進させる。
 午前中は、沢内村の雪国文化研究所を見学することになっている。ここは、今年の冬にチップボイラーを導入したことから、全国的に有名になっている施設である。待ち合わせ時間の10時に間に合うようレンタカーで快走するが、途中、大きく道を間違えてしまい、10分程度遅れて到着した。
 研究所に着くと、唯一の常駐職員である小野寺さんが出迎えてくれた。3日に2組ほどの頻度で、チップボイラーの見学者があるらしい。このため、説明も手慣れたもので、ボイラー導入にいたる経緯や、ボイラーの性能、実証結果などを、手際よくお話しいただく。ここに入れたチップボイラーは、スイス製のもので、比較的小さく、使い勝手も良さそうだ。これが十分に使えるのならば、チップを入手することは容易なので、かなり広まる可能性があるのではないだろうか。
 チップボイラーの話に始まり、雪氷を使った冷房や冷蔵庫など、雪国文化研究所らしい話もお聞かせいただき、みっちり約2時間付き合っていただいた。もとは、自然観察のガイドをされていたというから、話をするのが好きでもあるようだ。とにかく、いろいろとお世話になって、12時過ぎに研究所を出る。
 向かいの沢内バーデンで昼食をとり、次の見学地である花巻のスイミングプールに向かう。ここは、18年前にペレットボイラーを導入した施設として有名である。再び道に迷いながら、2時過ぎに花巻駅西口前にある「花巻スイミングスクール サンフィッシュイトー」に到着。施設内に入り、ご案内いただく専務取締役の小林さんに、お世話になりますと挨拶し、名刺交換する。いただいた名刺には、「バイオマスエネルギーを使用しています」と書かれている。たぶん、全国各地から見学者があるので、こういうメッセージを入れたのであろう。
 小林さんも、これまでペレットボイラーの話を何回も繰り返したからだろうか、非常に説明が上手であった。こちらが、いちいち質問しなくとも、聞きたいことを察知してお話しになる。一通りペレットボイラーの話を伺ってから、プールの裏に回って、実物を見学させていただく。ボイラーが2棟あるため、昨日、見学したボイラーよりも迫力があった。
 小林さんからの話によれば、重油ボイラーよりもペレットボイラーの方が、経済的なメリットが大きいという。何よりも、18年間故障をしていないので、これが大きなメリットになっているらしい。こうした実績があるのだから、岩手のように木質ペレット燃料が入手できるならば、もっと積極的にペレットを使っても良いように思うのだが、なぜ今ひとつペレットボイラーを導入しようとする施設が少ないのだろうか。それとも、住田町では保育園に導入したし、葛巻町では老健施設に導入するというから、これから増えてくるのだろうか。
 4時にプールを離れる。そのまま宿に向かうには早い時間だったので、せっかく花巻まで来たのだからと、宮沢賢治記念館に行くことにした。4時半に入館し、閉館時間の5時まで、たった30分館だけ館内を見て回った。ロケーションの良いところにあり、展示もなかなか素敵で、好感の持てる施設だった。今度来るときは、童話館も含めて、ゆっくり回りたい。
 5時に記念館を出て宿に向かうが、やはり道に迷う。6時、大きく遠回りして、やっと大沢温泉菊水館に着く。部屋に荷物を置き、さっそく川縁にある露天風呂(大沢の湯)で汗を流す。7時から夕食。1泊2食付きで7,500円という宿泊費であるが、料理は美味しかった。
 夕食時に生ビールを大ジョッキで1杯飲んだだけだったけど、疲れていたためか、食後は睡魔に襲われて床にごろりん。10時に目覚め、「らびっとにゅうず」を編集・発行。4日分の日記をまとめ書きして、1時半からは菊水館内にある南部の湯に入り、2時半に就寝。

9月6日(金)

 7時に起きて、菊水館と繋がっている山水閣の豊水の湯に入る。ここは半露天風呂になっていて、川を眺められる。朝っぱらから、すがすがしい気分になれる。8時に朝食をとり、9時にチェックアウト。
 10時、矢巾町にある岩手県林業技術試験センターに、深澤さんを訪ねる。一昨年の2月だったか、木質バイオマスに関心を持ち始め、自腹を切って岩手のペレット関連施設を見に行ったとき、いろいろとお世話になったのが深澤さんである。現在は、木質バイオマスを直接研究する立場にはないらしいが、同僚の多田野さんと2人で、センターでの研究内容について、ご説明いただく。それによると、センターでは、昨年度までペレットストーブの実証試験を、今年度からはチップボイラーを導入し、研究を続けてゆくらしい。どういう結果が出るのか、楽しみである。
 12時過ぎまで時間をとっていただいてから、センターを出る。1時、岩手県庁に着き、車を置いて、昼食。県庁前の「白龍」で盛岡名物のじゃじゃ麺を食べる。じゃじゃ麺は、サイズが大中小とあり、真ん中の中を頼んだ。じゃじゃ麺は、食後に卵スープ(ちーたんたん)を飲むのが正統だけれど、気温が高かったのでやめておいた。ちーたんた抜きだと、じゃじゃ麺の中は450円。手頃な値段である。
 2時前、岩手県庁の林業振興課に村山さんを訪ねる。ここでは、木質バイオマスに関する庁内での取り組みについて、お話しいただく。3時過ぎ、県庁を出て盛岡駅へ行き、レンタカーを返す。みどりの窓口で、帰りの指定席を確保しようとするが、5時過ぎまで満席となっていたので、自由席で帰ることにする。3時50分頃、やまびこ号は盛岡駅を出発。6時30分頃、東京に到着した。
 8時過ぎに帰宅。夕食をとって、9時半頃から『北の国から』を見る。12時近くまで見てから、友だちに電話。1時過ぎに就寝。

9月7日(土)

 4時半、起床。かなり眠い。今日から月曜日までは、親父と弟と3人で、北海道へ2泊3日の旅行である。眠気覚ましにシャワーを浴びてから、簡単に朝食を済ませ、荷造りを始める。6時過ぎ、自宅を出て、新百合ヶ丘駅へ。待ち合わせ時間の6時半を少し過ぎて、バスに乗って親父がやって来た。6時50分、新百合ヶ丘駅発のバスで羽田空港へ向かう。
 8時頃、空港へ到着。チケットレスで手続きしたので、空港でチケットを確保し、手荷物検査に行く。ここで、見慣れない注意書きがあった。それは、手荷物にノートPCが入っている場合は、それを出して検査するようにと書かれてあったのだ。わざわざ出すのが面倒だったので、注意書きを無視して、ノートPCを手荷物に入れたまま検査を通すと、案の定、発見されてしまった。観念して、荷物の奥の方にしまったノートPCを取りだし、手荷物と別々にして検査を通すと、無事にパス。そこで、なぜノートPCを出す必要があるのかと検査員に尋ねると、手荷物の中にノートPCが入っていると、その部分が黒く映ってしまうので、映像が見にくくなるからだと言う。なるほど。今後は、きちんと取り出して、検査することにしましょう。
 9時、羽田空港発のANA57便に乗り、10時半に千歳空港へ到着。先に着いていた弟・正直と合流し、ニッポンレンタカーのバスで営業所まで。そこで、レンタカーを借り、車を札幌方面へ走らせる。
 12時40分、新札幌駅近くの北海道開拓の村へ。車を置いて、場内に入る。一般の入場料は610円だが、学生だと450円。33歳にして学生料金で入場するのは気が引けるが、もちろん450円で入る。
 入場後、すぐに昼食。3人とも屯田兵定食(1,000円)を食べた。あまり期待していかなかったものの、けっこういける。昼食後、場内を見学。ここは、明治・大正期に建築された道内の建造物を復元・再現しているところであり、かなり展示施設が充実している。また、動く展示として、夏は馬車鉄道、冬は馬ソリが走る。ここで、およそ3時間見学し、3時40分に離れる。
 定山渓温泉を経由して、今日の宿泊地であるニセコ五色温泉へ向かう。6時30分、五色温泉に2軒ある宿のうちニセコ五色温泉旅館に到着。荷物を置いて一息つき、7時から夕食。夕食は、なかなか美味しいうえに、ボリュームがあって満足した。夕食後、野趣あふれる「からまつの湯」に入る。8時から、『北の国から』を見ようとするが、アンテナの調子が悪いらしく、ほとんど砂の嵐のような状態で、見るに耐えない。仕方なく見るのを諦めて、「展望風呂」に入る。ここは、かつて、ニセコアンヌプリを眺めながら入れる有名な混浴露天風呂だったが、今は男女別に変わっている。秘湯と呼ぶにはかなり近代的に改装されているけれど、宿としての完成度は高い。
 岩手への調査から、間もなく北海道にやって来たので、かなり疲労が蓄積している。11時半に就寝。

9月8日(日)

 6時半に起床。開放感がある「からまつの湯」に入ってから、7時半に朝食をとる。8時過ぎにチェックアウトし、8時半からニセコ沼めぐりスタート。
 今日歩くルートは、正直がだいたい決めてくれたもの。2つの山登りと3つの沼をめぐる約15キロの道のりで、予定では休憩を含めて8時間で十分歩けるというコースだ。旅館を出てから、一気に急傾斜を登ったところで、沼めぐりとはいえ、意外にアップダウンが激しいコースであることを知る。余裕があったら登頂する予定だったイワオヌプリには、登らないことを決め、当初計画したルート通りに進む。10時に大沼、神仙沼レストハウスを経由して、11時に神仙沼へ。この沼は、レストハウスから近いために、観光客がひっきりなしに訪れていた。それを見込んで、「北海道山のトイレを考える会」の北大生グループが、沼のビューポイントに幟を立てて、チラシを配っていた。学生らしい活動で好感が持てた。
 11時30分に長沼に到着し、12時55分にチセヌプリ登頂。還暦を過ぎた親父の体力からすると、多少きつかったようで、登り坂の途中に何度か休憩を挟む必要があった。広くなっている頂上で、旅館の人に作ってもらったおにぎりを食べる。約40分程度の昼食休憩の後、大きな岩がごろごろしている下り坂を通って、いったんパノラマラインという道路に出る。ここで一息入れて、再び急坂を登って、2時45分にニトヌプリ登頂。その後は、ほとんど下って、4時ちょうどにニセコ五色温泉へ戻る。
 旅館前の駐車場でドリンクを飲むなどして、すぐにレンタカーを移動させ、4時半頃、宿泊地であるニセコ薬師温泉へ到着。さっそく、秘湯マニアには有名な野趣あふれる露天風呂に入る。ここは、森の中にある開放的な温泉なので、非常に気持ちよい。ただし、水温がかなりぬるいので、熱いお湯が好きな人には向かないだろう。また、泥っぽいので、若い女性には敬遠されるだろうな。
 6時から夕食。山菜をふんだんに使用した料理は悪くない。夕食後、2時間ほど仮眠をとる。9時過ぎに目覚めて、2種類の内湯に入る。まずは、男女別の「透明の湯」、それから混浴の「濁り湯」に入る。露天風呂に十分すぎるほど満足したので、内湯には期待していなかったけれど、ともに泉質が素晴らしくて感激。部屋の設備は十分ではないかもしれないけれど、秘湯好きな人ならば、かなり気に入るのではないだろうか。
 10時半頃、風呂から戻り、この間行ってきた岩手の調査結果をまとめ始める。が、やはり疲れていたためか、眠気に襲われ、布団にも入らず、電気をつけっぱなしにしてうたた寝。そのまま、4時半まで、畳の上で転がっていた。

9月9日(月)

 7時に起床。起きると、電気を消さず、ノートPCの電源もつけっぱなしで寝ていたことを、親父や弟から非難される。自宅にいるときは、いつもこんな感じで、床に転がって寝ていることが多いのだけれど、3人同じ部屋で寝るときには、そういう訳にはいかない。やはり、1人で暮らしは楽である。
 朝食の時間まで、露天風呂につかる。8時、朝食。8時半過ぎ、チェックアウト。レンタカーを支笏湖方面に走らせる。途中、道ばたで売っているトウキビを食べ、道の駅「フォーレスト276大滝」では名物のキノコ汁を食べるなどして、寄り道しながらオコタンペ湖のビューポイントへ行く。この湖は、阿寒湖近くのオンネトー、然別湖近くの東雲(しののめ)湖と並び、北海道3大秘湖と呼ばれているようだ。せっかくなので、オコタンペ湖畔まで行こうと、親父を車に残し、弟と2人で藪こぎする。しかし、かなりの急坂であり、往復すると1時間程度かかりそうだったので、湖を眺めることができる尾根まで登ったところで、湖畔行きは断念。車を停めたところに引き返し、いとう温泉に向かう。
 12時半頃、支笏湖畔にあるいとう温泉に到着。湖畔には、もう1つ丸駒温泉があり、こちらの方が有名である。しかし、3年前に行ったことがあるので、その隣のいとう温泉に来てみたのだ。支笏湖に接して作られた露天風呂は、風呂につかると湖を見ることができなくなるのが玉に瑕であるが、開放的で眺めが良い。僕ら3人以外に客がいなかったので、調子に乗って裸のまま支笏湖にも入ってみたりして楽しんだ。
 風呂からあがり、2時過ぎに、千歳サケふるさと館に行く。ここでは、千歳川を遡上してくる鮭をインディアン水車によって捕獲するところを眺めることができた。3時、ふるさと館のそばにある「ビア・ワークス・ちとせ」へ。ここでは、4種類の地ビールと、北海道の食材を生かした格安のおつまみを楽しめる。僕は、ビールを中ジョッキで2杯飲み、すっかり酔っぱらってしまった。
 3時45分頃、レンタカーを返却。4時、千歳空港到着。ここで弟と別れ、お土産も買わないまま、5時30分発のANA66便に乗る。7時頃、羽田空港に到着。7時半、空港からバスに乗り、8時半過ぎに新百合ヶ丘駅へ到着。ここで親父と別れ、9時に帰宅。荷物の整理もせずに、届いていたメイルを読んだり、いくつか返事を書いたりする。10時頃、友だちから電話があった。自分にとっては、ちょうど良いタイミングで、また、話をしたい人からの電話だったので、やっぱり長電話になってしまった。旅行から帰ってきたとき、いや、そんなに大層なことでなくとも、その日1日にあったことを帰宅したときにお互いに話せるという関係は、僕にとっては重要でかけがえのないものであると感じた。

9月10日(火)

 8時、起床。朝食後、ルーティンワークに時間を費やす。11時、届いていたFAXに目をやると、今日の10時から打合せがあったことに気付く。慌てて飛び出していっても間に合わないので、行くのを諦める。あ~あ。慌ただしい生活をしていると、大事な約束事を忘れることがある。そういう性格だから、なるべくゆっくり過ごそうとしているんだけど・・・。かなり自己嫌悪。
 2時過ぎ、自宅を出て、本の賃借をするために大学へ向かう。3時半、研究室に到着。いくつか、机の上に荷物が届いていた。その中には、岩手県立大の脇田先生に送っていただいた『流域管理のための総合調査マニュアル』もあった。これは、未来開拓事業・和田プロジェクトの最終成果物である。大塚プロジェクトでも、こんな感じのマニュアルを作るのだろうか。むむむ。
 5時頃、構内の図書館へ行くが、なんと、休館。資料整理のために、今週いっぱいは休みだという。今日は、図書館で本を借りるために大学に来たようなものなのに。歯車がかみ合わない日だ。なるべく早く読みたい本があるので、町田市立図書館に連絡し、在庫を確認すると、書庫にあるとの返答。今日は、夜8時まで開いているので、閉館前に行くことを決める。
 6時頃、隣の研究室にいるカケコさんと話をしていたら、共通の知り合いである竹居さんが、突然、学校の先生を辞めて、スチュワーデスになったと聞いて、びっくり。母校の英語教師になったことを喜んでいたのに、どうしたのだろうか。
 6時半、研究室を出て、緑が丘駅から、二子玉川、長津田経由で町田駅へ。ここで下車し、町田市立図書館へ行き、借りたかった本を4冊借りる。今日最大の目的を果たし、町田駅で各駅停車が来るのを待っていたら、たまたまホームに立っていた元会社の同僚・権ちゃんを見つけた。話し掛けてみると、相変わらず、競馬研究に勤しんでいるという。僕には、考えられない生活である。
 8時半頃、帰宅。野宮大志郎編『社会運動と文化』を読む。コンパクトな論文集であるが、なかなか読ませる。読み物としては、井上芳保さんの論文が面白かった。

9月11日(水)

 8時頃に起きて、午前中いっぱいかけて、今夜の神奈川森林エネルギー工房の打合せ資料を作る。この仕事の合間に、大塚プロジェクトのニュースレターに載せる地図を、山口県立大学の中澤さんに送ったり、ソフトエネルギープロジェクトの佐藤さんに電話して、昨日、参加できなかった市民ワーキンググループの討議内容を伺うなどする。
 11時頃、朝食と昼食を兼ねて、冷凍してあったキーマカレーを温めて食べる。11時半、自宅を出る。このとき、ポストに封書が入っていたので見てみると、大学から授業料免除申請の結果が送られてきた。毎学期、全額免除してもらっているので、今学期も大丈夫だろうと思っていたら、なんと不採用。いったい、どうやって24万円を支払えばいいんだろう。事故やケガしたときのために緊急用に確保しているライフガードを使うしかない・・・。
 1時、かながわ県民活動サポートセンターに到着。ここで、6時まで環境情報コーディネーターのアルバイト。今日は、珍しく相談者があり、仕事にメリハリがあった。相談者がないと、PCに向かっているので、単調になりやすいからね。また、その合間に、明日の打合せ資料を作ることもできたので、いつもよりも有意義に時間を使えたように思う。
 6時、バイト終了。ちょうどそのとき、アドバイザーの若林さんがいらっしゃった。しかし、6時過ぎから打合せをすることになっていた人に約束をすっぽかされてしまったようで、すぐにお帰りになった。帰り際、打合せ中に食べるつもりで買ってきたのに、いらなくなったからと、サンドイッチと紅茶を僕の隣りにいた澤村さんに譲った。若林さんが帰ると澤村さんは、勤務中に食べることができないからと、それを僕に下さった。なんという幸運。ときには、こんなときもある。
 7時から、神奈川森林エネルギー工房のバイオマスサロン(運営委員会)。今日の出席者は、土屋さん、佐々木さん、辻本さん、前田君、それに僕を合わせた5人だった。7人くらいいると、ちょうど良いように思うのだが、5人という人数も悪くない。今日は、報告・討議事項が多かったので、予定終了時刻の9時を大幅にオーバーし、10時近くになって議論を終えることができた。10時頃、サポートセンターを出て、佐々木さんと辻本さんと3人で夕食。珍しく、プライベートな話などをしながら、1時間ほど食事を共にした。11時半前に横浜駅を出て、帰宅したのは12時半頃。でも、なんだかんだで、就寝は3時。

9月12日(木)

 8時に起床。朝食は、玄米フレークとサンマ。ともに好物だけど、一緒に食べるような組み合わせではないな。
 最近、休眠中のよこはまの森フォーラムを起こしてみようか、という気になっている。フォーラムに関しては、これ以上、自分の仕事を増やしてどうするんだと思い、これまで寝かし続けてきたけれど、いつかは起こさないといけないから、今月中に話し合いの機会を設けようと計画している。話し合いといっても、単に久しぶりに顔を会わせて飲むだけなんだけど。
 11時過ぎに家を出て、NORAに行き、6~8月分のバイト代をいただく。ありがたや、ありがたや。NORAのスタッフは、1時前にいなくなったので、それからしばらく事務所で留守番。その間、大塚プロジェクトの事務所に資料を提出したり、3時半からの打合せ資料を修正したり。
 2時半、事務所を出て、神奈川森林エネルギー工房の郵便振替口座を新規開設しようと郵便局へ行く。すると、いったんは規約書がないからと断られる。そこで、事務所に戻り、規約書を印刷してから郵便局へ行く。しかし今度は、規約書に事務所の住所が書かれていないと言われて、突き返される。押し問答をしている時間的な余裕がなかったので、すごすごと引き下がることにしたが、納得できないなあ。
 3時半、かながわ県民活動サポートセンターへ。今日は、水曜日にやっている環境情報コーディネーターの仕事のことなどを、ざっくばらんに話すため、県の環境計画課から3名、環境学習アドバイザーが4名、それに僕を含めた8名が集まった。初めて課長とお会いしたが、どういう方なのかわかりかねた。神奈川の環境情報に関するメイルマガジンの発行とウェブサイトを作りましょうという提案は、一応、好意的に受け止められたような感触は得られたが・・・。
 5時半、打合せ終了。僕を除く7名は、そのまま夕食へとなだれ込んだ。6時半、ストップ温暖化ネットワークの打合せに参加。今晩の会合はいつもより短めで、1時間半程度だった。あまり討議すべき事項もなかったので、佐藤さんと芦立さんによるヨハネスブルグの報告が中心だった。話を聞いてみると、自分も世界的な環境会議に参加してみたいと思ってしまう。雰囲気を感じるだけでも、刺激になりそうだ。
 8時に打合せは終了。僕を除く10名ほどは、そのまま夕食へ。僕は疲れたので先に帰らせてもらって、自由が丘へ向かう。今夜は、武蔵野館でレイトショーだ。そう、目的はミッキーこと成田三樹夫である。8時50分から、ミッキーが田宮二朗と共演した『貴様と俺』を見る。ミッキーが良いのは言うまでもないが、田宮二朗も良いね。芳村真理や江波杏子の若かりし頃も見られる(全然、嬉しくないが・・・)。観客数は17人。『野良犬』より10人増えていた。めでたし、めでたし。
 11時半頃、帰宅。勤め人の友だちと2時間半ほど電話。ごめん。これじゃ、睡眠不足になっちゃうよね。4時半、就寝。

9月13日(金)

 10時前、起床。ぐずぐずしていたら、昼過ぎになった。短い午前中だこと。
 1時過ぎ、家を出て、「イタリアーナ」で700円のランチバイキング。コストパフォーマンス高し。2時過ぎ、玉川学園前駅から電車に乗り、登戸駅と武蔵小杉駅で定期を購入し、3時半に研究室へ。定期券を買ったのは、久しぶりだ。これは、研究室に行くぞという気持ちの表れである。実際に、行くかどうかは、気分次第だけど。
 研究室では、丸ちゃんやカモちゃんとストーカーについて議論してから、生協に行って注文していた本を購入。ほかに、机の上の資料を整理するなどして、6時前に大学を出る。自由が丘へ行き、予約しておいた「green hill」で髪をカットしてもらう。代金は4,200円なり。やはり、7月に沖縄で行った1,000円の床屋とは技術が違う。が、技術をもってしても、どうにもならない部分の方が多いようで・・・。
 9時半、帰宅。時間が経つのは早いもので、神奈川森林エネルギー工房のMLに記事を書いていたりしたら、あっという間に日付が変わってしまう。今日も夜更かしだ。

9月14日(土)

 9時にはPCの前に座って、メイルを書いたり、ネットで調べたり。10時過ぎ、平石さんから電話が入る。次の『日本の竹ファンクラブ通信』の原稿を催促されるかと思ったら、別の用事だった。とは言え、原稿を書かなければいけないことには変わりないのだが。
 昨日、定期券を購入したので、払ったお金を無駄にするまいと、昼頃に研究室へ行く。来週土曜日に環境社会学会の研究例会で発表するので、そのための資料作りをしようとするが、研究室の環境に慣れないためか、あまり集中できない。丸ちゃんと雑談する時間が長くなる。
 4時過ぎ、「錦」で遅い昼食をとる。あまり研究室に顔を出さなくなって久しいので、ここで食事をとるのも久しぶりだ。
 6時過ぎ、刀根さんのPHSに電話を掛けてみる。今晩は、麻子の結婚式の二次会があったので、パーティーに参加していた押田さん、住吉さん、マギー、ゲルと一言ずつ言葉を交わす。刀根さん、体を大事にして下さい。麻子、末永くお幸せに。
 8時頃、イコマロに夕食を誘われるが、数時間前に食べたばかりだったので断る。8時半、研究室を出て、自由が丘武蔵野館へ。今夜も、ミッキーに会いに、ここに来てしまった。
 今夜のプログラムは、深作欣二監督の『宇宙からのメッセージ』であった。主演は、志穂美悦子で、ほかに真田広之、千葉真一、天本英世などが出ている。内容は、宇宙版里見八犬伝で、パンフレットには次のような説明文がある。「太陽系から200万光年離れた惑星ジルーシアは、侵略者によって壊滅の危機にさらされていた。救出の願いをこめて民の長老はお告げに従い、八つの木の実を太陽系に向けて放つ。その実を拾ったシローらは迎えにきた王女・エメラリーダと共に、仲間を探しながらジルーシアに向かうが,その頃侵略者たちは次のターゲットを地球に決めていた…。」エメリリーダ役が志穂美悦子で、シロー役が18歳の真田広之。そして、我らがミッキーこと成田三樹夫が演じるのは、敵方の宇宙人の大将。顔は銀塗りで、衣装は宇宙版の鎧。完全にコスプレの世界である。
 10時40分に映画は終了。評すれば、薬師丸ひろこ主演の『里見八犬伝』と志穂美悦子主演の『二代目はクリスチャン』にC級『スターウォーズ』を足して3で割り、小数点を切り下げたような映画だった。笑えない人には、きわめて出来の悪い退屈な映画だったろう。
 12時前に帰宅。明日、遊びに行く友だちに電話してから眠る。

9月15日(日)

 7時半に起きて、朝食をとる。2時間ほど勉強するが、眠気が襲ってきて、再びベッドに潜り込む。12時前に目覚め、シャワーを浴びる。
 今日の午後は、鶴ヶ峰に友だちを訪ねることになっている。初めての訪問なので、道順が書かれた紙を持って、12時半に家を出る。鶴ヶ峰駅で相鉄線を降り、予め知らせてもらっていた道順にしたがって歩くと、すぐに部屋が見つかった。中に入ると、すでに別の友だちが2人座って、食事をとっていた。僕も、その輪に入れてもらい、友だちが作ったトマトシチューやハッシュドポテトなどをいただく。美味しかった。白ワインやビールもいただき、軽く酔っぱらってしまった。
 お腹にたまるまで昼食をいただいてからは、昨年流行った『アメリ』のDVDを観る。僕は、まだ観たことがなかったから、けっこう真剣に観てしまった。単館上映されて、大ヒットしていたことは知っていたが、映画を観に行こうという余裕もなく生活をしていたので、監督が『デリカテッセン』を撮ったジャン=ピエール・ジュネであることも知らなかった。上映時間は2時間くらいだったのだろうか、見終えると、外はすっかり暗くなっていた。映画は、娯楽として十分に楽しめた。これは、女の子の恋の映画だね。こんなに可愛く、男女が付き合えたら素敵なんだけどね。ちなみに、僕は『デリカテッセン』が大好き。サントラも好きで、いつも持ち歩いている。タンゴ、タップダンス、ノコギリ音楽、ナチスの行進曲、古き良きハワイアンなど、聴いていて楽しいのだ。
 映画を観て、音楽ヴィデオを観て、夕食をいただき、なんとなくまったりしたり。10時を回ったので、3人一緒に帰ることにする。11時半、帰宅。今日お邪魔した友だちに、お礼のメイルを書く。お世話になりました。そして、ごちそうさまでした。

9月16日(月)

 9時に起床。2時間ほど仕事するが、動悸が激しくて何も手に着かなくなり、ベッドに潜り込む。プレッシャーがかかるときに、よくある現象だ。こういうときは、よく寝て、頭をクリアにしてから着手するのが良い。
 2時過ぎに起き、先日行なったバイオマスサロンの議事録を2時間掛けて作る。5時過ぎからは、およそ3時間かけて、昨日友だちから借りたヴィデオを観る。中身は、先週、北海道にいて見損ねた『北の国から』の後半である。唐十郎と内田有紀が良かった。内容的には、けっこう痛いところを突かれた感じだった。
 ヴィデオを見終え、シャワーを浴びてから、9時過ぎに散歩へ出掛けた。コンビニで牛乳を買って帰った。コンビニには、僕の買いたいものがほとんどない。世の中には、安くて美味しいものが少なすぎる。そう思うのは、僕だけだろうか。
 親父に電話した。送ったつもりのメイルが届いていないようだと留守電が入っていたので、メイルの送信方法を教えた。しばらくすると、親父からメイルが届いた。7日の待ち合わせについて、了解した旨を記したメイルが届いた。今となっては不要なメイルではあったが。とりあえず、一歩前進したようだ。次の日曜日に、親父のために、メイルの出前講習会をすることにした。
 10時半頃、友だちから電話があったので、12時まで話した。うまく話せなかったので、後からメイルで補足した。不安なのだ。

9月17日(火)

 8時半に電話の音で目覚める。受話器を取ると、FAXだった。昨晩、山田さんに届けてくれるようお願いした書類が送られてきた。迅速な対応に感謝。
 PCに電源を入れ、麻子の結婚式の二次会の写真がアップロードしたという知らせが届いていたので、それを見る。軽く朝食をとり(最近は面倒なので、コーンフレークが多い)、テレビを点ける。
 今日は史上初の日朝首脳会談が行なわれる歴史的な日である。小泉首相を乗せた飛行機が、ピョンヤン空港に到着するところを見ただけでも興奮する。しかし、テレビにかじりつき始めたら、一日中、見ることになりそうだから、仕事を始める。まず、大塚プロジェクトのニュースレターに載せる写真にキャプションを付け、東大の山内さんに送る。週末の発表に向けて、いくつか本を斜め読みする。前田くんから電話が入り、来月アタマに予定している木質バイオマスエネルギー先進事例調査の準備状況を聞く。夕方、ベッドで横になって本を読んでいると、そのまま寝てしまう。ここのところ、急激に秋らしくなってきて、布団に入って眠るのが気持ちよい。
 8時頃、目覚め、ネットニュースを読む。北朝鮮が日本人の拉致、不審船の航行を認めたこと、拉致された人のうち、8人が死亡していたことなどを知る。予想できたとはいえ、これはかなり衝撃的なニュースであった。それからは、しばらくテレビでニュースを見る。海外のメディアは、この会談を概ね評価する報道がされている。それに対して、国内、とりわけ拉致された家族の間では、北朝鮮に対する怒りが、どうしようもなくこみ上がっている。北東アジアの緊張緩和のために、いつかはこうした事実が明らかになる必要があっただろう。しかし、そうした冷静な分析を許さない感情がある。これをどこに持ってゆけばよいのだろうか。
 夕方に、2時間半程度眠ったので、夜更かししようかと思っていたが、とてもベッドが恋しく感じられて、2時頃には眠る。ついこの間まで、暑かったので、布団を除け者扱いしていたのに、今はもう、いつまでも布団から出たくないという気持ちだ。急に涼しくなったんだね。

9月18日(水)

 9時過ぎに家を出て、小田急線と千代田線に乗って、久しぶりに国会図書館へ。国会議事堂前駅で下車し、10時過ぎに図書館へ到着。急いでコピーをとりたい雑誌論文があったので、やって来たのだ。国会図書館は蔵書数が多く、欲しい資料が(和ものならば)、たいてい入手できるので便利だ。しかし、利用にあたっての制限が多いので、大量にコピーをしたいときや、多種類の文献をコピーしたいときには、何回も手続きをとらなければいけないので、面倒だ。さいわい、大学に属していれば、学内の図書館が提供するサービスを利用できるので、普段は、あまり国会図書館のお世話にならずに済む。今日は、たまたま急ぎの用事があったので、約3年ぶりに訪れたのだ。
 館内で昼食をとり、必要な資料は全部コピーして、1時過ぎに図書館を出る。溜池山王駅から南北線に乗り、目黒線、大井町線と乗り換えて、研究室へ。いくつか印刷する必要がある書類をプリントアウトして、5時前に研究室を出る。スーパーで買い物をして、6時過ぎに帰宅。
 帰ってすぐに、佐賀大の高山さんと電話で連絡を取り、僕がしばらく知らせるのを忘れていた用件を伝えた。電話を切って間もなく、玄関のチャイムが鳴った。着払いで郵便が届いているという。玄関を開けると、大地くんから書類だった。昨日、メイルでお願いしたものだった。素早い対応に感謝します。
 今日の夕食は、チャンチャン焼きを作ってみた。スーパーで秋鮭が安かったので、初めてトライしてみたのだ。ちょうど、最近の折り込みチラシに、「北海道秋鮭普及協議会」のものがあって、それにチャンチャン焼きのレシピが載っていたので、参考にしながら作ってみた。でも、だいぶ簡略化した。素材も少な目だし、タレも味噌と唐辛子だけというシンプルなもの。酒やみりんは置いてないからね。だから、あまり期待しないで食べてみたのであるが、悪くない味だった。材料は2食分買ってきたから、明日もチャンチャン焼きでしょう。
 今晩は、電話が多くかかってきた。お袋からは何の用事かわからない電話が3回もあった。親父からは、次の日曜日は用事があるので、出前講習会に来ないようにとの連絡が入った。NORAからは、吉武さんの体調が悪いので、仕事の進め方について話し合いたいという連絡が入った。NORAを手伝いたいのはやまやまだけど、年末にかけて忙しいと思われるので、あまり協力できそうにない、そのことが、心苦しい。

9月19日(木)

 来年の3月には、卒業しようと思っている。卒業後は、どうするのか?何も決まっていない。だから、就職活動をしなければいけない。
 毎日のように研究者の公募はあるけれど、自分が申請できるような分野の研究職は少ない。しかし、そんなことを言っていても始まらないので、今日、初めて応募書類を取り揃え、郵送してみた。応募書類としては、履歴書、業績目録、論文数編、および研究計画書のようなものを揃える必要があった。公募開始から締切までかなり時間があったのに、結局、締切間際にならないと提出しないのはいつも通り。明後日には、研究例会での発表があるという忙しいときなのに、今日になってやっと研究計画書を書き上げ、郵便局へ行き、申請を終える。いつも、ギリギリになってしまうなぁ。
 夕方4時頃、アリスセンターの綿引さんからメイルが届いた。メイルマガジン「らびっとにゅうず」の原稿が揃ったので、編集して、明日、発行するようにとの依頼だった。「らびっとにゅうず」は、毎月、5日と20日の2回発行することになっている。だから、今日の依頼も折り込み済みではある。が、なんでいつも、せっぱ詰まっているときに当たるのだろう。そんなことを、ぶちぶち言いながら、2時間くらいでメイルマガジンを編集する。
 夕食は、予定通り、チャンチャン焼き。昨日は、キャベツとネギしか野菜を用意せず、ちょっと物足りなかったのおで、今日はシメジを入れてみた。昨日よりも、さらに美味しく仕上がったような・・・。
 9時過ぎからは、NHK「にんげんドキュメント」を見る。今日の主役は、無農薬無化学肥料栽培で米・野菜・鶏卵・養蜂などをされている福岡県在住の古野隆雄さん。古野さんはアイガモ農法の先駆者で、1988年から「水稲合鴨同時作」に取り組んでいる。以来、試行錯誤しながら現在の技術を確立し、これまで『合鴨ばんざい―アイガモ水稲同時作の実際』、『 無限に拡がるアイガモ水稲同時作 』(農山漁村文化協会)や、『The Power of Duck』(TAGARI Publications, Australia)を出している。
 ドキュメンタリーの内容は、今年の田植え前から出穂までの間、古野さんと家族の姿を追ったもの。10年ぶりに大量のアイガモが外敵に食べられ、これに対応して電気柵を改良せざるをえなくなるところは、技術が確立されたとはいえ、生き物を相手にしているため、近代技術のように一筋縄にはいかないことを思い知らされる。また、古野さんによるアイガモ農法の日常が記録されているというだけでなく、家族の様子、とりわけ、小学生の娘さんの成長にも焦点が当てられていたところが、ドキュメンタリーに奥行きを与えていた。死んだアイガモをためらいもなくコンポストに入れる父や兄の姿に違和感を抱き、命を食べるという意味について深く考える娘さんの姿が、なんともいじらしかった。
 番組を見終わえ、友だちにメイルを書くなどしていたら、12時を過ぎてしまった。今日も一日中焦ってばかりで、肝心の資料づくりは、A4で2ページ分しか全然進まなかった。だいたい、2日間で発表用の資料をでっち上げようという根性が間違っているのかも。3時半、就寝。

9月20日(金)

 6時半、起床。いよいよ明日、研究例会で発表しなければいけない。発表用のレジュメは8ページ程度のものを用意しようと考えているが、まだ2ページ分しかできていない。でも、今日1日、徹夜して書き続ければ、できないことはないでしょう。
 午前中に2ページ分を書き上げる。良いペースだ。このスピードで書いてゆけば、今日中に書き上がるかもしれない。しかし、そうは問屋がおろさない。僕は機械じゃないので、次第に疲れる。また、集中力もなくなる。そんなとき、神奈川県の環境計画課から電話が入り、県の環境情報に関するメイルマガジンを発行することに前向きな回答をいただく。また、税務課から電話が入り、11月に開催される水源環境税に関する全国シンポについて、企画の段階から一緒に考えてもらえないかと打診される。ともに、僕が播いた種から芽が出てきたことの証なので、嬉しい反応には違いないのだが、こんなテンパっているときに、なぜ、新しい仕事の話が舞い込んでくるのか。地球は、僕を中心に回っているわけじゃないってこと?まさか・・・。きっと、そうなんだ。
 夜も8時を過ぎると、やる気が最小値に落ちる。気分転換に、ハワイへ行ってきたマー太郎に電話して、お互いに近況を報告。その後、仲良しの友だちから電話があって、1時間半くらい話をしたかな。とにかく、今日は徹夜だ。

9月21日(土)

 明け方の6時には、一応、レジュメを書き上げる。しかし、自宅にある手元の資料だけでは不明な点があるので、研究室に行って空欄を埋めないといけない。でも、出来は良くないな。中途半端になってしまった。今さら、悔やんでいる暇はないけどね。
 朝食をとり、風呂に入って、8時に家を出る。9時過ぎ、研究室に到着。少し調べものをして、空欄となっていた部分を埋めて印刷し、10時に研究室を出る。
 東急大井町線、東横線、JR山手線、中央線を利用して、市ヶ谷駅へ。ここから歩いて、法政大学の富士見キャンパスへ。11時頃にはキャンパス内に到着。ところが、12時までに発表用レジュメを研究例会事務局へ渡すことになっていたのに、その事務局がどこにあるのかわからない。家でプリントアウトしてきたのは、今日の例会の案内だったので、とりあえず会場に足を運んでみたものの、誰もいない。いやー、困ったものだ。どうしよう。その場で冷静になり、事務局のスタッフを電話で捕まえられないか思案する。携帯のメモリに入っている人に電話して、その人からスタッフの電話番号を聞き出すしかない。そこで、事務局の福永さんの電話番号を聞くために、農工大の鬼頭先生に電話してみた。福永さんが、鬼頭さんのところの学生だったように記憶していたからだ。幸い電話が繋がって、福永さんの電話番号を聞き出すことにも成功。そして、福永さんに電話し、事務局の場所を教えてもらい、11時半過ぎに原稿を渡すことができた。いつも、何かとトラブル続きだなぁ。
 キャンパス近くのレストランで昼食を済ませ、1時に会場へ。今日の司会を努める桝潟先生と、もう1人の発表者である筑波大の荒川さんと名刺交換し、1時半、環境社会学会関東地区の研究例会が始まる。最初は僕の発表で、タイトルは「『生活環境主義』以降の環境社会学のために」。僕は、生活環境主義に深くコミットしているわけでもないので、本来ならば、発表者には相応しくないと自認している。しかし、議論のたたき台になればと思って、40分程度、思うところを話した。それに対し、質疑応答が30分あり、とりあえず終了。その後、荒川さんの発表と質疑応答があって、3時50分頃から、僕と荒川さんが教室の前に出て、総合討論の時間となった。これが、およそ1時間。質問をきちんと聞いて、それに対して真摯に応えるのにはパワーが要る。最後の方は、スタミナ切れで、まともに応えるのがしんどかった。
 5時前、研究例会は終了。振り返ってみると、質疑応答をするにつれて、生活環境主義に対する僕の読解の甘さを認識できたので、良いトレーニングになったと思う。確実に、生活環境主義への理解力は深まったように思う。発表としては反省すべきことが多々あったが、やはり、積極的に自分から表現することによって、はじめて周囲が反応を示すことがあるので、何でも攻めの気持ちでやらないといけない。
 例会終了後、院生を中心に10人くらいが集まり、場所を移して熱く語り合った。僕は、愛知教育大の足立さんや、筑波大の五十川さん、法大の朝井さんらと議論した。7時にお開きとなり、自宅へ向かう。新百合ヶ丘までは朝井さんと一緒に帰っていたので元気だったけれど、急行から各駅に乗り換え、席に座ると、あっという間に睡眠モード。気が付けば、町田駅。やべっ、寝過ごしちまった。
 上り電車で玉川学園前駅に戻り、スーパーで買い物してから自宅に帰る。夕食は、またもチャンチャン焼き。凝りだしたら止まらないのが僕の性格。そして、そのうち飽きるのも僕の性格。熱しやすく冷めやすい。でも、けっこう熱しにくく冷めにくいところもあるけどなあ。まあ、どうでもよい。僕の性格は、あなたが判断してください。
 9時過ぎ、無事に一仕事が終わったことを伝えたくて、友だちに電話する。12時過ぎ、就寝。おやすみなさ~い。

9月22日(日)

 8時に起きて、朝刊を読んだり、メイルチェックしたり。午前中は暇なので、一休みするつもりでベッドに戻ると、再び起きたのは1時過ぎ。今日は、1時から「日本の竹ファンクラブ」の打合せがあったのに、うっかり寝坊してしまった。とはいえ、今さら急いでも遅刻は遅刻。どうせ遅れるならば、きちんと昼食をとってから行こうと、しっかり食べて、シャワーを浴びて、2時半頃に家を出る。
 小田急線、横浜線、田園都市線、横浜市営地下鉄と乗り継いで、中川駅下車。打合せ会場の中川西地区センターに到着したのは3時半。それから5時まで打合せに参加。普段ならば、それから居酒屋で飲むことになるのだが、今日は、友だちの家に行く用事があったのでパス。
 6時半、友だちを訪ねる。用意してもらった美味しいカレーライスをいただく。ほかに、ビデオを見たり、音楽を聴いたり、お喋りしたり、インドア・アクティビティを楽しむ。友だちの部屋でゆっくり過ごすのは、自分の性格に合っているかもしれないと思う今日この頃であった。
 11時半過ぎ、終電に間に合うように時間を調べて、部屋を出る。借りたパンク・ロックのビデオと、ジャミロクワイと椎名林檎のCDを携えて。ところが、駅に到着すると、玉川学園前駅まで行く終電は出ていた。何か勘違いしてしまったみたい。町田駅まではたどり着くことができたので、タクシーを使って帰宅した。いろいろな意味で、ぜいたくな1日でした。

9月23日(月)

 10時半だったか、電話の音で目を覚ます。昨日、部屋を訪ねた友だちからだった。終電を逃したので、無事に帰れたのかどうか心配してくれたのだ。これは、二重の意味でありがたかった。まず、気遣って電話をくれたのが嬉しかったし、また、寝坊助を起こしてくれたという意味でありがたかった。
 ところが、やはり寝坊助は寝坊助。食事をとって、借りたCDを聴いたりしていたら、昼寝をしたくなったので、2時にベッドへ。起きると5時過ぎ。昨日から、寝過ぎだなぁ。
 夕方5時半頃、ドアホンが鳴る。宗教の勧誘かなと思って受話器に出ると、隣りに引っ越してきた人だという。どうやら、昼間の寝ている間に、隣の部屋へ引っ越してきた家族があったらしい。 玄関を開けると、そこには、若い夫婦と3人の幼い子どもたちが立っていた。今どき珍しく、隣近所へ挨拶に回っているようだ。好感の持てる夫婦だった。
 「三和」へ買い物に行く。なぜか、普段口にしないものを食べようと思い、プルーンとブルーベリーを購入。しかし、帰宅して食べてみると、どちらも美味しくない。特に、プルーンはいただけない。無理して2個を口にしたが、残りはゴミ箱行きとしてしまった。余計な冒険をして損をした。食べ物選びは保守的にして、自分が食べたいものを食べた方がいいね。 

9月24日(火)

 9時に起床。気持ちの良い天気だ。午後には大学へ行くので、午前中だけでもと、布団を干す。遅い昼食をとり、風呂に入ったり、少し部屋を掃除したりして、12時に家を出る。1時過ぎ、研究室に到着。1時半から、後期最初の研究室ゼミに参加。
 ゼミ終了後、粒さんに、読んでもらった論文について感想を求める。「私、けっこう、こういうの好きよ」という感想をいただき、ほっとする。自分が書いたものを楽しく読んでいただけないならば、研究者を志しても仕方ない。だから、こうして1人でも面白がってくださるのならば、大変に嬉しい。後日、「あのときの粒さんの一言に救われたんですよ」と、述懐することができれば、よいのだが・・・。
 夕方は、廊下にて池ポンとトーク。ほかに、粒さん、橋本さん、丸ちゃんが、入れ替わり立ち替わり、議論に加わる。いや、議論というより、近況報告みたいなもんだったけど。理由はわからないが、池ポンと話を始めると、長くなる傾向がある。この前話したときは、ゼミ合宿のときだったけれど、そのときも徹夜で話しこんだし・・・。
 丸ちゃん、池ポンと3人で夕食をとってから、8時半に研究室を出る。8時50分、今週もやって来ました、自由が丘武蔵野館へ。今夜の映画は、かつて大人気だった宇津井健主演のテレビドラマ『ザ・ガードマン』の映画化第2弾で、『ザ・ガードマン 東京忍者部隊』。金塊強奪事件をめぐっての話だった。見どころは、もちろん、ミッキーの格好良さ。でも、女に裏切られるという情けない役で、死に方も悲惨。ミッキー・ファンとしては、脚本を書き換えるよう、強く主張したいところだ。ぷん、ぷん。
 帰宅後、いろいろあって、3時に就寝。早寝早起きを励行しよう。

9月25日(水)

 目覚まし時計をかけないと、朝起きるのが難しい季節になってきた。つまり、涼しくなって、よく眠れているということ。8時半に起床。朝食、シャワーをすませて、10時半に家を出る。洗濯物をクリーニングに出し、町田市立図書館へ図書を返却し、12時過ぎに横浜駅到着。昼食をはさみ、1時に、かながわ県民活動サポートセンターへ。1時から6時まで、環境情報コーディネーターのアルバイト。今日はずっと、ウェブサイトのコンテンツをどうするか考えていた。
 7時、サポートセンター9Fのフリースペースで待っていると、松田さんと戸塚さんがいらっしゃった。しばらく休眠状態となっている「よこはまの森フォーラム」を、どのようにするのかを考えるために、集まっていただいたのだ。3人の間では、フォーラムを解散する方向で筋道を作ることで合意した。次の段階では、これをメイリング・リストのメンバーに揉んでもらい、最終的には、フォーラム・メンバー全員で議論し、気持ちよく精算することができればよいのだが。
 8時に打合せ終了。その後、「いろはにほへと」へ移動し、3人で飲む。それぞれ、近況報告、というか、貧乏暮らしの有り様を吐露し、大いに盛り上がった。10時過ぎに解散し、11時半に帰宅。12時過ぎに床に就く。
 3時半、起床。チャンピオンズ・リーグ「R.マドリー×ゲンク」の生中継を見る。前半は、ゲンクも粘っていたけれど、終了間際に失点した時点で、勝負あった。前半を見終えると、友だちにメイルを書いて、本当の就寝。

9月26日(木)

 7時半、起床。9時前に家を出て、10時ちょうどに、かながわ県民活動サポートセンター8Fへ。ここで、クリーンエネルギー活用検討委員会の市民WGの打合せが1時まであった。今日は、それぞれの委員がおこなっている新エネルギー関連調査について、中間報告がなされた。座長の佐藤さんが、上手に意見を整理されていたように思う。きっと、佐藤さんには、議論をどこに落とせば、来年度以降の事業へと展開できるか、見通せる位置にあるのだろう。
 1時半、NORAへ。ここで、堅洋の石本さんと打合せ。神奈川県の自然環境保全センターで、木質バイオマスの導入を検討しているという話と、県森連がペレット生産を考えているという話をお聞かせいただいた。神奈川森林エネルギー工房としては、多種多様な人びとと関わりを持って行く必要性を感じているので、今後も、石本さんとの関係を大切にしてゆきたいと思う。
 石本さんがお帰りになってから、NORAスタッフと雑談。その話の中で、土屋さんが、民家の土蔵について目を輝かせながら話すので、なぜ、それほどまでに興味を示すのか尋ねてみた。僕は、一般にハイ・カルチャーだけを「文化」とみなすことに対して嫌悪感を抱いているので、同志の(?)土屋さんの関心を確かめてみたかったのだ。すると、土屋さんは、多くの土蔵は管理することができない状態にあるので、市民に開放してもよいという所有者が少なくないからだと答えた。なるほど、言ってしまえば、土地解放ならぬ土蔵解放に関心があるわけだ。それならば、わかる。
 トーク中、ひょっこり田島さんがやって来た。田島さんは、僕と同じく、日産のNPOラーニング奨学生として、アリスセンターで研修した学生で、いまは学部の4年生。だから、就職のことや卒論のことなどが話題になる。僕より10歳若い彼女と話していると、これからの可能性の大きさが羨ましく思える。でも、もう若さに嫉妬しているような年でもないけどね。
 田島さんも雑談の輪に加わるようになり、お喋りしていたら、あっという間に時間が過ぎ去る。6時半、吉武さん、前田くん、田島さんと4人で夕飯を食べに、吉野町の「八(ぱち)」へ。ここで、8時半まで過ごし、10時前に帰宅。

9月27日(金)

 雨降りである。大学へ行こうと思うのだが、なんとなく気が重い。もたもたしていたら、昼になった。自宅にいても、生産性が上がらないので、気分を変えるためにも外出するか、と決意。シャワーを浴びて出掛ようとするが、なんと、断水中で水が出ない。途端に、大学へ行く気力を失う。家にこもることにする。
 確認のため、掲示板を見に降りてゆくと、何かの作業をするために、9時から夕方5時まで断水すると書かれてあった。水が出ないとなると、なぜか急に水を必要と感じるものだ。浴槽には水が張ってあったので、沸かして浸かることにする。長時間リラックスして風呂に入っていたら、断水していることを忘れ、無意識のうちにシャワーの蛇口をひねる。すると、普通にお湯が出てきた。あれっと思い、風呂から上がって、流しの蛇口をひねってみたら、やはり水が出てきた。まだ、時間は1時過ぎ。予定より、だいぶ早くに作業が終わったようだ。
 しかし、だからといって、いったん萎えた外出欲は復活しない。午後は、本を読むことにする。金子勝・大澤真幸『見たくない思想的現実を見る』を読む。2人は共同して取材したものの、それぞれ独立して論文を仕上げているところが面白い。同じものを見聞きしても、感じ取ることには大きな差が生ずるものだ。もちろん、僕は大澤さんの議論の方を深く読んだ。合意されたレイプに関する分析は、身体の所有についてこれまで論じてきたことの延長線にあるので、これといった斬新さはなかった。意外に奥が深いのではないかと思ったのが、沖縄の詐欺師論。これは、セキュリティの問題と、大澤さんが得意な第三者の審級論を扱っている。今日、セキュリティの問題への洞察は欠かせない。また、金子さんがほとんど理解を示さなかった詐欺師=無としての超越的他者は、よくわかる。しかし、もっとも興味を引かれたのは積極的な平和主義である。軍事行動が終わってからではなく、戦争が起こる前や、戦争中に難民支援を行なうような憲法の使用法は、一考の価値があるだろう。
 夕方、2時間ほど仮眠。昼寝ではないから、夕寝と呼べばよいのだろうか。夜は、榕樹書林の本に載せる論文の初校ゲラの校正作業に時間を充てる。就寝は3時。

9月28日(土)

 今日は特別な日である。まず、弟の息子、つまり甥と初対面する日である。そして同時に、(旧)家族が一同に会する日である。
 9時過ぎに起床。11時半頃に家を出て、12時半に経堂の実家へ。すでに、弟夫婦は昨日から泊まっていて、親父は1時間ほど前に到着していたらしい。親父は落ち着かない様子で、立ったままうろうろしている。それほど、広い家でもないので、椅子に座って腰を落ち着かせるように言って、昼食の準備を始める。と言っても、料理はすべてお袋が作ったので、僕は皿を出したり、料理を人数分取り分けたり、そんなことをしていただけだったが。
 1時頃から、昼食をとる。親父、お袋、弟夫婦とテーブルを囲む。甥の遼太は、まだ9ヶ月なので、テーブルの下をハイハイするなど、あちこち動き回る。僕は、あまり遼太に気に入られていないようで、抱き上げても、すぐに逃げようとする。赤ん坊とは言葉を通じてコミュニケーションが図れないので、冷たくあしらわれると、一方的に「お前は優しさが足らない」と宣告されているようで、ショックを受ける。でも、赤ん坊のために、猫なで声を出すのも嫌だし。でも実際、自分が子どもを持つようになると、そんなポリシーも、どこかに吹き飛んでしまうだろうが。
 昼食後、弟が麻雀をしようと言い出す。この提案には、かなりの衝撃を受けた。千栄さんはできないので、麻雀をやるとは、(旧)家族4人で卓を囲むということだ。でも、あれこれ考えてみても仕方がない。勢いに任せてやってしまおうと決め、4時過ぎから麻雀を始める。ゲームに集中しているためか、暖かな家族という雰囲気を保ちながら時は過ぎる。
 結局、半チャンを3回やった。結果は、一人勝ちで約7,000円儲けた。僕としては、小金をゲットできたことよりも、純粋に麻雀を4人で楽しめたことが良かった。振り返ってみれば、家族で麻雀をやったのは、おそらく20年近く昔のことである。甥という媒介を得て、麻雀という手段で、家族的雰囲気を仮構するということを、弟は計算していたのだろうか。彼の真意は不明である。しかし、弟が成長したことだけは、よくわかった。
 10時過ぎ、親父は先に帰った。その後、弟と12時近くまで、フェミニズムをはじめとした社会運動などについて議論した。帰宅は1時過ぎ。

9月29日(日)

 10時に起床。朝食として、昨日、お袋からもらった太巻きを食べる。それから、室内を掃除をする。途中、机の引き出しを開け、人からもらった写真と手紙を取り出す。不要なものは捨てる。
 2時半に家を出て、町田へ。昨日稼いだ小金を握りしめ、本・衣類などを買う。4時半、ジェラートを土産に、友だちを訪ねる。持参した古い音楽ヴィデオを観てから、夕飯を御馳走になる。食後は、サッカーのヴィデオを観たり、適当に音楽を聴いたり、インドアにプライベートな休日を過ごす。
 終電に乗り遅れないよう11時半に友だちの部屋を出て、12時半に帰宅。

9月30日(月)

 10時に起床。昼食をとり、1時過ぎに家を出る。2時半、研究室へ到着。丸ちゃんに「今日は月曜日ですよ」とからかわれる。ゼミがある火曜日でもないのに研究室に顔を出したので、軽く茶々を入れられた。
 授業料を支払いに受付窓口に行くも、後期が始まるのは明日以降だからと拒絶される。1日くらい大目に見てもらおうと交渉するが、取り合ってくれない。つれないねぇ。
 図書館へ行き、借用図書を返却。その直後、自転車で大きく転ける。大きなケガはしなかったけれど、カゴが大きく歪んでしまった。ごめんなさい、橋本さん。
 研究室へ戻り、嘉田由紀子『水辺ぐらしの環境学』を読む。嘉田さんの書かれたものは、品があって良い。嘉田さんの論文を読むと、環境社会学の構築主義的な側面を重視していること、生物多様性と文化の多様性を結び付けて論じているところに、僕の関心との重なりを感じる。
 8時50分、自由が丘武蔵野館へ。今日は、ミッキーとのラスト・デート。映画のタイトルは、「怪談おとし穴」。ミッキー幻の主演作である。「貴様のミッキー」シリーズの最終作なのに、ラストシーンで死んじゃうなんて・・・。
 10時過ぎ、ミッキーと悲しいお別れをしてから、すぐに帰りの電車に乗った。11時過ぎに帰宅。

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