日記帳|2001年8月

8月1日(水)

 8月に突入。とりあえず、このように書きたくなる。この日記を書くようになって、月の変わり目を意識するようになったようだ。
 昨晩、久しぶりに飲み過ぎたためか、朝のうちは調子が出ない。とりあえず、集落内をぶらつていると、昨晩、一緒に飲んだ宮良さんらが小休止していたので、その場で立ち話。別れ際に蒲鉾をいただく。10時、イノシシ猟の名人と呼ばれる金城さんを訪ねて挨拶。今日は忙しくて、話を聞かせてもらえなかったが、その代わりに冷凍パインを山ほどいただく。ごちそうさまです。
 10時半、昨日八重山病院から退院したばかりという佐事さんを訪ねる。最初は門前払いされそうな雰囲気だったが、粘り強く会話をすすめた結果、「まあ、座れ」と言われ、2時間程度、話を聞かせていただく。帰り際、佐事さんから「良い退屈しのぎになった」と言われたことが嬉しかった。佐事さんは、退院したものの、まだ障害が出るところがあると言う。完治されることを願ってます。
 1時半、大富団地に住んでいる衣斐さんを訪ねる。昨日の昼に仲底さんの家でお会いした人だ。揖斐さんの夫は、無農薬で熱帯果樹を栽培しているほか、西表島の自然ガイドもこなす。2時間以上、揖斐さん夫婦と話をしてみたが、2人とも環境問題にかんする知識が豊富で、また問題を解決するアイデアも豊富な方だ。話の中で面白かったのは、西表島在住の環境派の人々が、ときに衝突し合っているという裏話だった。個性的な人が多いために、そうなってしまうのか。僕が深く関わっているバイオマス界隈の人々を振り返っても、たしかに、互いにいがみ合っていることが多いなあ。
 5時過ぎ、福地さんを訪ねる。話を聞く時間はなかったが、庭で作っているマンゴーを1個いただいた。その場で食べてみたけれど、美味しかったよ。マンゴーはトロピカルフルーツの王様だね。
 6時頃、集落内で宮良さんと出会い、少しの間だけ立ち話。明後日、鹿川に魚を捕りに行こうと誘われたので、ぜひ連れて行ってくださいと即答。こういう楽しみがあるところが、調査の楽しみだ。
 7時前に宿に戻り、夕食。食後、部屋で横になると、いつの間にかうたた寝していた。起きると10時頃だったので、メイルをチェックしたりなどしてから寝る。

8月2日(木)

 昨晩は、老人クラブ会長である大谷さんの米寿祝いが石垣島で催された。これに参加するため、大富集落の多くの人々が石垣島に宿泊した。だから今朝は、集落内に人が少ない。そこで取りあえず、君島さんを訪ねてみると、君島さんは不在だったが、同居しているお義兄さんの金武さんさんがいた。金武さんと話をしているうちに、仕事の現場を一緒に付いて回ることになる。9時半から午前中いっぱいの間、牛の牧場、シークァーサーの畑、パッションフルーツを栽培しているハウスなどを回る。
 昼食をおごってもらい、宿で小休止した後、2時過ぎに再び金武さんを訪ねる。夕方まで時間があったので、船浦までドライブに連れて行ってもらってから、5時頃に大富戻る。牧場で牛に餌をやるとともに、牧場を拡大するため周辺の樹木を伐採する。5時半過ぎ、仕事を終えて宿に戻るが、夕食にはまだ早いので、小山さんを訪ねる。小山さんには、7時頃まで、戦時中に2回生き延びた話などを聞かせていただく。
 食事中、宮良さんから明日は鹿川に行けないことが告げられる。残念だが、こういうことはよくある。夕食後、山城さんを訪ねると、山城さんと彼のおじさんが庭で討論(ユンタク?)している。ユンタクの輪に加わり、そのまま12時過ぎまで議論。と言うか、飲みながらなので、何を話していたか、ほとんど忘れてしまったさ。

8月3日(金)

 朝から土砂降り。最近、雨がほとんど降っていなかったので、農家にとっては恵みの雨だったようだ。
 9時半、突然、宮良さんから「正治、海に行くぞ」と言われる。しかし、今日の鹿川行きは取りやめと聞いていたので何も用意していなかったし、また昼には美底さんと会う約束があるので、誘いを断った。10時頃、昨晩、一緒に酒を飲んだ山城さんと遇い、バナナをいただく。11時前、昨日の話の続きを聞かせてもらおうと思って、小山さんを訪ねる。小山さん夫婦は、小底さんとともに、庭で苧麻から繊維を取り出す作業をしながらユンタクしていたところだった。そのユンタクの輪に僕も加わり、途中からは城間さんも加わって12時半まで雑談。
 昼食後、昨日の夜にアポを取っておいた美底さんを訪ねるが、南風本さんの家に行っていると言われる。そこで、南風本さんを訪ねると、美底さんと話し合っているところだった。「まあ、上がれや」と言われ、家にお邪魔してからは、3人で酒を飲みながら5時まで雑談。半分酔っぱらいながらの話だったが、次のことが印象に残った。すなわち、自然のことが大好きだから西表島で農業をやっているのに、自然を破壊するものとして認識されることへの不満、山・海・川での「楽しみ」(≒マイナーサブシステンス)が意外に(本質的に?)重要であること、グリーンツーリズムへの大きな関心。八重山の人は、しばしば会話の途中に、「楽しみ」という言葉を口にする。これは、意外に重要かもしれない。
 5時頃、大富で唯一のウミンチュ(漁師)である金城さんを訪ねる。一緒に飲んでいた南風本さんと美底さんも付いてきていただく(?)。南風本さんから「ウミンチュのとこ行くのに、酒も持たんで行くヤツがあるか」と叱られ、ビールと泡盛を用意する。と言っても、南風本さんが買ってくれたのだが。
 ほろ酔い気分の3人で押し掛けたので、金城さんは不愉快に感じるだろうと思われたが、「かわいい後輩達だから」と流してくれた。それからおよそ2時間、時間を割いていただいたが、金城さん自身が、海のことなら話すことはいくらでもあると言うように、夕食の時間まで途切れることなく話は続いた。川や海が汚れて、魚、エビ・カニ、海藻などが取れなくなっているうえ、東南アジアなどから安い輸入品が入ってきており、八重山での漁業は大変苦しい状況にあることを金城さんは切々と語る。農家はグリーンツーリズムに期待を寄せているが、漁師には将来への明るい展望が開けていない。残されているのは、苦し紛れのブルーツーリズムか?
 1時から約6時間、酒を飲みながら話を聞いていたので意外に疲れたのだろう。10時半頃、メイルを打ちながら寝てしまった。

8月4日(土)

 今回の調査のために購入したICレコーダーが故障したのは、先週の土曜日(7月28日)だった。故障した製品をサービスセンターへ送ったところ、昨日、新品が送り返されてきた。迷惑をかけたお詫びにと、16Mのスマートメディア1枚も送られてきた。ときには、運が付いているときもあるってことか。
 朝食後、ICレコーダーをセットアップしてから出発。10時半、典型的な半農半漁で生計を立てている平良さんを訪ねる。夫婦ともに揃っていたが、主として平良さんの妻から話をうかがう。アーグイを使って漁網を網ながら、昨日の金城さんの話と同じように、川や海が汚れて、魚介類が取れなくなっている現状を話していただく。
 昼食後の1時、3日続けて小山さんを訪ねる。今日は、開拓後の話を聞かせていただく。小山さんの「楽しみ」は、海で魚を捕ること、犬でイノシシを捕る楽しみことである。今は、両方ともやらないそうだ。「楽しみ」について話すとき、人の表情は和らぎ、良い顔になる。そういう表情が僕は好きだ。
 3時過ぎ、農水省林木育種センターを訪ね、植木さんと話をする。4時半頃、竹盛旅館を訪ね、先週お借りした『ソトコト』を返却。そのまま竹盛旅館で、所蔵している資料を漁って、ヤッサ島開拓について調べる。仲間川の河口近くにあるヤッサ島は、いったんヤマハに買い占められたものの、後に農業委員会が買い戻し、現在は地元の農家に払い下げられている優良農地だ。当初、ヤマハはヤッサ島でのリゾート開発を目論んでいたが、県からの許可が下りなかったため、小浜島に場所を移し、「はいむるぶし」を建設した。ヤッサ島をめぐる動きは、西表島・小浜島ともに関係するので、深追いしてみようと思う。
 6時過ぎ、小山さんの庭で昨日ユンタクした城間さんに遇い、その場で立ち話。出身が首里と聞いて、都会的な印象を覚えるのはそのためだろうと納得。7時前、宿に戻り、夕食。食後、アリスセンターのメイル・マガジン「らびっとにゅうず」を編集・発行。ついでにアリスセンターのサイト更新をやるように言われていたが、通信環境が悪く、作業をするのに非常にストレスが溜まるので放棄。ごめんなさい、僕にはサイトの更新はできません。

8月5日(日)

 昨日からメイルの受信ができない。JCAのアドレスはOKなのだけれど、ニフティがダメ。今朝もトライしてみたが、結果は同じ。届いているメイルのうちの1通が、引っかかっているためらしい。
 10時過ぎ、作業所で機織りしていた安本さんを訪ねる。1時間程度、立ち話をしたら、室内だったのに全身が汗でぐっしょり。今日は蒸し暑い。
 12時過ぎ、大富農場を訪ねる。ここは、昔、パイン工場が営林署から土地を借りて、パイン畑を作っていたところ。弱酸性の土壌が、パインに向いているそうだ。この場所で大富農場は、パイナップル(スナックパイン、香りパイン、普通のパイン)、パパイヤ、マンゴー、ドラゴンフルーツ、レイシ、デンブ、タンカンなどを栽培しているほか、敷地内に加工工場を設け、ジュースを製造している。この農場の支配人である西表さんに、過去の空中写真を見せたところ、非常に強い関心を示されたので、日本地図センターの連絡先をお知らせした。30分程度、話をした後、農場をぐるりと1周、車でご案内いただいたが、松林に囲まれた20町歩程度の畑に各種熱帯果樹が植えられている様は、これまで見たことのない風景で驚いた。防風林として松林を残しているので、赤土流出はある程度避けられるように思えたが。
 2時頃、一昨日一緒に飲んだ南風本さんを訪ねる。ちょうどシャワーを浴びているところだったので、庭で待っていたら、なんと犬に噛まれた。犬としてはじゃれたつもりだったのかもしれないが、僕を目がけて興奮しながら真っ直ぐに向かっている姿には恐怖を感じた。本気で噛んだわけではなかったので大事に至らなかったのが幸いだった。
 南風本さんがシャワーから上がってから、家の中にお邪魔して、上等のパッションフルーツを美味しくいただきながら雑談を始める。するとほどなく雷雨に見舞われて、出にくくなったので、早々に切り上げるつもりが2時間以上長居してしまう。4時半、空中写真を見せに波照間さんを訪ねる。約40年前の写真を見ながら、集落の周囲がパイン畑で埋め尽くされていたことなどを、場所を指し示しながら説明して下さった。どこに持っていっても、空中写真は関心を引くので、持っていると便利だ。ちと、かさばるのが難点だが。
 今日は、ひどく疲労感が残った。夕食後、メイルをチェックしてみたが、相変わらず受信できない。ストレスを感じるなあ。

8月6日(月)

 21世紀になって初めての原爆の日。カクハイゼツという言葉を知ったのは、小学5年の頃だったように思う。夏休みに原爆の特集記事を読み、それで知ったように記憶している。その頃が、もっとも熱心に核兵器廃絶を希望していたように思う。今でも・・・。
 朝、起きると、寝違えたことが分かる。しかも、ひどく寝違えた。いててて。
 朝食後、ニフティのテクニカルサポートセンターに電話して、メイルを受信できない症状を訴え、解決策を教わる。これで、喉の奥に引っかかっていた骨が取れた気分。朝から気を良くして、宿を出発。
 10時過ぎ、波照間島出身で、今年、米寿を迎える宮良のオバアを訪ねる。戦争の話、開拓当時の話は、思い出したくない辛い記憶であるため、話を始めても途中で感極まって、顔を背け手で口を塞ぐ。触れて欲しくないかさぶたをめくることになってしまい、申し訳なく思う。
 昼頃、大富農園を訪れ、親父と弟夫婦にパインを送る。昼食後、佐事さんを訪れ、米軍撮影による空中写真を見せながら、話をうかがう。当時の記憶を辿りながら佐事さんは、どこで誰が何をしていたかを聞かせて下さる。3時、君島さんを訪ね、同じように空中写真を見せながら、当時の話をしてもらう。君島さんは、行政や自然保護団体に対して、かつてパイン畑がいかに大規模に造成されていたかを説明しても信用されなかったことを嘆き、もしこの写真があったならば説得力があったのにと残念がる。僕の持参した空中写真は、すでに土地改良の中止が決まった今となっては、遅すぎた資料だった。こういう資料は、地元住民のために県や町が用意すべきものだったと思う。
 君島さんは空中写真に興味を示し、最も新しいものと古いものを購入したいと言う。そこで、購入のための手続きをとるため、日本地図センターに連絡を取り、必要な資料をFAXしてもらうようお願いしてみた。ところが、どういうわけかFAXを受信できない。原因を探るためにいろいろ試してみるが、どうにもできない。仕方ないので、解決は明日に持ち越して、君島さんと別れる。
 6時、桃原さんを訪ねる。大富にある共有地について、突っ込んで話をうかがう。コウモリの棲息する洞窟が、なぜ共有地となっているのかに関心をもったためだ。1時間程度、会話をすすめるうちに、今後の展望を開けるようなヒントを得た。
 夕食後、缶ビールを4本買い込んで、南風本さんを訪ねる。が、不在。他の家を訪ねようと思って道を歩いていると、道ばたに5人座って飲んでいるところに遭遇する。近づいてみると、訪ねようとしていた南風本さんのほか、美底さん、城間さんらが飲んでいた。このメンバーで巻き網漁に出掛け、ブガレナオシをしていたという。本来ならば、南風本さんの家で飲むべきだが、水にぐっしょり濡れていたため、街灯のもと道ばたにしゃがんで飲んでいたとのことだ。当然、僕はメンバーに混じり、議論を始める。町役場移転について、反対する立場で意見したら、大富の集落中に聞こえるような大声で叱られる。大声で人を叱るのは、若い島の男達の気質(?)なので、こういうことには慣れている。いや、ずいぶんと慣らされたというべきか。とにかく、酒を飲みながら議論すれば、必ずそうなってしまう。昨年の自分だったら、かなりびびっていたかも知れないが。
 別れ際、城間さんからツノマン(テングハギ)を1匹いただく。こういうところが、嬉しいさ。

8月7日(火)

 朝食後、君島さんを訪ねる。昨日に引き続き、日本地図センターからFAXを送信してもらうものの、受信できない。解決できる見当がつかないので、郵送してもらうことにした。
 11時過ぎ、大宜味村出身の大嶺さんを訪ねる。大宜味にいたとき、ヤマシャー(山師)とウミンチュ(漁師)を体験してきた大嶺さんは、大富に移住してからは主として畑仕事に携わってきた。つまり、野でも山でも海でも、プロとして生きてきたのだ。また、現在はやらないそうだが、昔は、イノシシ捕りの名人だったという。1日に10頭もイノシシを捕ったことがあったと、自慢話を聞かせて下さる。そんな話をうかがうと、目の前にいる70過ぎのオジイが超人に思える。ただ、凄いと感心するよりほかない。
 「やすみ屋食堂」で昼食を取った後、2時頃に西表糖業を訪ねる。サトウキビ栽培にともなう赤土流出問題を話題の中心にして、工場長の宮里さんと農務課長の横目さんと話をする。西表糖業に限らず、これまでいくつかの民間企業にヒアリングして思ったのは、何か問題があったとしても、行政指導がない限り、企業努力で解決しようという姿勢があまり見られないことである。まだまだ、官の力に頼らざるを得ない側面が大きいのかも。
 3時半、小浜島出身の佐事さんを訪ねる。明日、豊年祭を見に小浜島に渡るのだが、小浜島では佐事さんのお世話になるので、よろしくお願いしますと挨拶に行ったのだ。
 小浜島の人にとって、豊年祭は最も重要な祭である。いまだ秘祭としての雰囲気が残っており、撮影、録音などは禁止されていると聞く。そういう祭を興味本位で見ることに対して葛藤があったけれど、さいわい、佐事さんが多少の世話をして下さるというので、ご厚意に甘えることにした。
 明日は徹夜して豊年祭を見ることになるだろう。だから今日は、早めにお休み。

8月8日(水)

 10時頃、以前お話をいただいた喜友名さんを訪ね、夫妻とユンタク。12時過ぎに大原から小浜に向かう臨時便が出ると聞いていたので、12時にヘルパーの田村さんに大原港まで車で送ってもらう。12時30分発の船が10分遅れで港を出発。13時10分、小浜港に到着。港前の小浜島観光案内センター(うふだき荘)に入る。ここで、カッちゃん、ミーちゃんなど、うふだき荘界隈の人々に再会。早速、最新作のゴーヤのアイスキャンディー(100円)を食べると、さっぱりしていて実に美味い。うふだき荘では、黒糖、サトウキビ、パイン、スイカと、次々にアイスキャンディーへと商品化しているが、このゴーヤキャンディーは、かなりポイント高い。
 集落に上がる次のバスの時間まで1時間以上あるので、自転車を借りて少しサイクリングしようかと思ったが、今日は無理だった。理由を尋ねてみると、豊年祭の最中、観光客が御嶽など神聖な場所に入ると困るからだという。急ぐ必要はないので、しばらく待って、2時半頃出発のコハマ交通のバスに乗って集落まで上がり、今晩お世話になる登野さん宅(佐事さんの実家)を訪ねる。小浜島内では珍しく、島内産の材木を利用している点が珍しい家である。佐事さんからお茶などをいただいてから、夜に備えて少しの間だけ昼寝。5時過ぎ、佐事さんのお孫さんらが石垣から到着し、日暮れ頃、いよいよ豊年祭を見に行く。
 小浜公民館による貼り紙に、「目で見て、耳で聞いて、脳裏にしっかりと焼き付けて見学して下さい」とあったため、以後、詳細は書けません。

8月9日(木)

 4時頃まで、ほとんど寝ないで豊年祭を見学。その後、少し休んで起きてみると、佐事さんの弟さん(登野さん)が石垣から帰っていた。朝食後、佐事さんとお孫さんらとともに、登野さんの車に乗り込んで小浜島見物。「ちゅらさん」で話題となったエリーと文也の木や、子どもの頃のエリーが文也との別れ際に泣きながら走った桟橋、エリーの実家・古波蔵荘などを見て回る。11時過ぎ、「やしの木」に入り、黒糖ミルク氷(350円)を食べる。黒糖はシロップにして冷たくして食べると、とても上品で美味しい。
 1時に小浜港を出発し、25分かけて石垣島に到着。お世話になった佐事さんと別れ、石垣市立図書館に向かう。八重山の資料コーナーに行き、昨年の調査報告書を1冊寄贈。このとき、担当者の飯田さんから、図書館で発行している「あかがーら」という小冊子に原稿を書くよう依頼される。図書館には非常にお世話になっているので承諾したが、何を書けばよいのか、これから考えないといけない。
 3時頃、竹富町役場に赴き、住民福祉課ではイリオモテヤマネコのネコエイズ対策について、建設課では大富地区の土地改良問題について、短時間であったが、ヒアリングと資料の収集を済ませる。それから、県立図書館八重山分館に向かい、ここにも昨年の調査報告書を1冊寄贈。5時、石垣発の船に乗り、35分かけて西表島・大原に到着。迎えに来てもらった車に乗って、南風見荘に到着。
 夕食時、前で食事している女性に話し掛けたら、卒論を書くためにフィールドワークをしているという。突っ込んで話を聞いてみると、由布島が現在のように観光化されるまでの歴史を、聞き取りによって再現しようとしていると答えてくれた。僕のテーマとも関わりがあり、興味深いテーマである。食後、由布島の空中写真を持ってきていたので、それを彼女に見せるなど、互いに情報を交換した。
 一般に、調査地でフィールドワークをしている人に会うと、刺激が与えられて良い。どこか抜けている僕も、ぼやぼやしていられないと思ったりする。闘志がめらめらと・・・、なんてことはないが。

8月10日(金)

 9時半頃、大富で初めて運輸業と観光業を手がけた金盛さんを訪ねる。金盛さんには息子さんが6人いて、全員、西表島で生活しているそうだ。多くは、親が起こした仕事を継いでいる。働く場所が無く、島から出てゆく人の多い離島にあって、こういうケースは極めて稀である。
 11時、仲間川の遊覧ボートに乗る。昨年5月に初めて来たとき、すでに一度乗ったことがあるが、そのときと印象がどのように違うのか試してみたかったのだ。遊覧ボートに改めて乗って思ったのは、良くできた観光サービスだということ。通行に伴う引き波によって沿岸のマングローブが倒れるなど被害が生じているという問題があるものの、ざっと見物するには良い観光である。繁忙期の入域者数を制限して、ボートの速度を抑えるなどの対策は必要だろうが。
 ちょうど1時間の仲間川遊覧ツアーを終え、昼食として「南国」で八重山そば(500円)を食べる。1時、大谷さんを訪れ、約2時間、話をうかがう。次第に戦時中の話になり、僕は質問を辞め、ただ話を聞くだけになる。南洋の製糖工場で働いていた大谷さんは、戦争に巻き込まれて、軍と一緒に逃げ惑った。しかし、いざというとき、軍は民間人の命を守らなかった。足手まといになる幼子を殺めるよう命令され、・・・。
 実のところ、この話は昨年も聞いている。しかし、無理に遮ることもせず、昨年と同じ話をうかがった。こういう話を聞いているとき、調査していることのばかばかしさを感じるが、同時に、僕にできることはそれしかなく、つまり聞くことしかできず、そのことを一生懸命やるしかできないことを痛切に感じる。
 4時過ぎ、ガサミ捕りが上手な竹盛さんと出会い、話を聞かせていただく。なぜか、また戦争の話になる。ひたすら聞くばかり。しかし、大谷さんと違って、それほど陰惨な話ではなく、どこか乾いた印象を覚える。戦争体験は千差万別、個人差が大きい。
 夕食後、8時に竹盛旅館に向かう。ここに、今日と明日、友人の早乙女さんが彼女の友達(友部さん)と宿泊しているのだ。早乙女さんには、サモアに行ったときに大変お世話になった。偶然、旅行で西表島に滞在するというので、今晩、会って話をすることになった。まさか、調査中に西表島で再会するとは・・・。偶然とは面白い。

8月11日(土)

 今日の午前中は、西表野生生物保護センターの松本さんとお会いするアポを取っている。バスで行こうか、自転車で行こうか迷ったが、バスは1日に3本しかなく、自由度が少なくなるので自転車で行くことにした。しかし、炎天下のもと、坂道を上り下りしながら自転車を30分ほど漕ぎ続けるのは、しんどかった。
 10時30分頃、センターに到着。自転車を止めたら、汗が玉となって噴き出して、すぐにヒアリングできるような状況ではなかったので、館内をゆっくり回る。多少落ち着いてから松本さんに挨拶し、昨年の調査報告書を1冊差し上げ、それから昼休みも取らず、1時過ぎまで話をうかがう。大富の農地開発のこと、西表島のエコツーリズムのこと、ネコエイズ対策のことなど、多岐にわたる内容を歯切れ良く自由に意見を語っていただいた。
 2時前、昼食として、古見にある「マナの店」で手作りパンを食べる。3時過ぎ、アポを取っていたので、西表島交通の玉盛さんを訪ねる。仲間川における遊覧ボート運航がマングローブ林にマイナスの影響を及ぼしていると新聞報道があって以来、動力船観光を行なっている業者が、自主的な取り組みを始めているので、このことを中心に話をうかがった。
 夕食後の7時半頃、竹盛旅館で早乙女さんと友部さんに合流。友部さんの希望によって、カエル・ヘビ、カニ類などを探しに大富林道に行く。8時、レンタカーに乗り込み出発。ほどなく林道の入口で車を停め、その後はヘッドライトの明かりを頼りに、真っ暗な林道を3人で歩み始める。鳴き声を出す鳥類、カエル類、昆虫の声があちらこちらで聞こえる。かすかな物音を聞き取っては、音が聞こえた場所にライトを向ける。ちょっとした探検気分を味わいながら、ゆっくりと歩を進める。植物の葉に止まって休んでいるガ、幽玄な光を発するホタル、小さな水たまりではカニを発見し、その1つ1つに興奮する。
 10時頃だったか、レンタカーを停めた場所に戻る。その後、県道を北に由布島まで行き、それから南へ引き返し、南風見田の浜まで行く。南風見田では、浜で仰向けになりながら、満天の星空を眺める。ちょうど、獅子座流星群が見られる時季だったので、いくつか流れ星を見ることができた。3人で同じ流星を見たのをきっかけに、浜を離れて大富に向かう。その帰り道、道路を横断しているヤシガニを目撃。終わり方も良くて、楽しい夜だった。

8月12日(日)

 9時頃、竹盛旅館で早乙女さんと友部さんと合流し、昨日に続いて南風見田に向かう。途中、戦争マラリアを今に伝える勿忘石に立ち寄った後、南風見田の浜でスノーケリングを楽しむ。泳いだ範囲にサンゴは発達していなかったが、ルリスズメなど美しい魚を見ることができた。何より、調査に来てから初めて自由に泳ぎを楽しむ時間を作ることができたので、良い気分転換になった。
 海から上がると12時頃だったので、大原の「南国」で昼食をとる。僕はウムクジブットル(650円)というイモから澱粉を取って韓国のチジミのようにした郷土料理を食べる。1時過ぎ、西表野生動物センターに行き、館内をゆっくり見て回る。3時頃、昨晩に続いて大富林道を歩く。やはり昼間に見られる生き物は、昨夜見られたものととは大きく異なる。スジグロカバマダラ、リュウキュウアサギマダラなど、多くのきれいなチョウ類を見つけて楽しむ。捕虫網で昆虫を捕まえてはしばし観察し、写真を撮ってから逃がす。これを繰りかえしながら、ゆっくりすすむ。途中、自然観察林を通ったり、キノコ展望台で休むなどして、5時頃、林道から出てくる。早乙女さんらは、今晩、船浦に泊まるので、名残惜しくも2人と別れ、宿に戻る。
 昨晩から今夕まで、リラックスして過ごすことができた。今日は日曜日だから、休日気分で良しとしよう。

8月13日(月)

 9時30分、仲間川の遊覧ボートに乗る。10日とは違う会社のツアーに参加し、説明内容に違いが見られるかをチェック。結果は、ほとんど変わらなかった。どちらの会社でも内容はだいたい同じ。
 11時、森林管理所を訪ねるが、職員不在。11時30分、離島総合センターを訪ね、大原在住のキーパーソンを紹介していただく。昼食後、1時にアポを取っていた西表島交通の翁長さんを訪ねる。一昨日、玉盛さんから聞いた話より突っ込んだ話を、特に会社のマングローブ対策を中心にうかがうことができた。2時過ぎ、大嶺さんを訪ね、マングローブの昔の利用法とか、周辺に棲息する生き物とのつきあい方など、いろいろと話をうかがう。
 夕方5時には宿に戻り、1時間程度、横になる。夕食後、西表島の大統領とも言われる西大桝さんを訪ねる。借用していた本を返却し、パイナップルをいただきながら、西大桝さん独自の世界観を披瀝していただく。10時半、宿に戻り、いくつか長めのメイルを書いてから床に就く。
 今日はトッコの命日だった。昨年に続いて、線香をあげに行けなかった。

8月14日(火)

 9時30分に宿を出て、自転車で40分かけて西表野生生物保護センターへ。西表島自然史研究会の松本さんから、大富の農地開発問題について話をうかがう。細部にわたって経緯を尋ねるのではなく、なるべく自由に語っていただいた。ときに、この問題に関わったいい加減な学者に対して、激しい批判が展開された。政策に関わる学者の責任について、議論が深められなければいけないと思う。
 センターから大富までは、松本さんに車で送ってもらった。「やすみ屋食堂」でオムライス(700円)を食べ、南風本さんを尋ねる。そこにたまたま来ていた美底さんとともに、しばらく休憩。3時には、佐事さんのお宅を訪ね、高校野球を見ながらユンタク。佐事さんからは、レンブを大量にいただく。ほとんど毎日、パイナップル、ドラゴンフルーツなどの果樹をいただいている。いつも有り難うございます。5時には、宮良さんを訪ね、夕食まで海藻取りや薬草の話をうかがう。7時に夕食。夕食後、西表島カヤック「さこな」に電話予約し、明後日、仲間川をカヤックで楽しむことにする。 

8月15日(水)

 今日は親父の誕生日。それと、終戦記念日。
 高校野球の今日の第一試合で、沖縄代表・宜野座高校が山梨代表・日本航空高校と戦った。沖縄代表の試合の最中に聞き取り調査することは難しいので、君島さんのお宅にお邪魔してテレビ観戦。残念ながら、1対4で敗戦。春のセンバツとは異なり宜野座旋風を巻き起こすことはできなかった。
 11時、小山さんを訪ね、1時半には南風本さんを訪ね、それぞれライフヒストリーを聞き取る。小山さんの話からは、人によって戦争体験がきわめて多様であることを改めて感じる。また、南風本さんの話からは、昔の大洋漁業の隆盛ぶりを知る。
 3時頃、宿に戻って遅い昼食を取る。このとき、8月21日以後の宿を確保する。ちなみに、明日から20日までは竹盛旅館にお世話になることにしている。
 5時前に松本さんから電話があり、自宅に大富の土地改良に関する資料があるので見に来ないかと誘われる。ぜひ伺いたい旨を伝えると、宿まで車で迎えに来ていただけるというので、ご厚意に甘えることにする。ほどなく、松本さんが車で現れ、古見にあるお宅に向かう。家の中に入ると、ランダムに資料が詰め込まれた段ボールが4箱出てきた。その量の多さに圧倒されつつも、一つひとつ取り出しざっと目を通す。重要と判断した資料については、コピーするためにしばらくお預かりすることに。とにかく資料が多いので、全てに目を通すだけで3時間近くかかってしまう。宿の夕食の時間が8時までなのに、その時間を過ぎてしまった。
 松本さんの車で、宿に着いたのが8時半。暗いダイニングルームの明かりを付け、1人で夕食を取る。9時、城間さんにアポを取ろうと電話すると、今から来るよう誘われたので、遅い時間ではあったが、お宅にお邪魔することにする。それから1時過ぎまで、ビールを飲みながら話をうかがう。将来、自分で取ってきた魚と、自分で育てた野菜を食べさせる居酒屋をやりたいという城間さんの夢が叶うことを願いながら。

8月16日(木)

 南風見荘での最後の朝食を取って、荷物を竹盛旅館に移し、9時に「さこな」の安本さんを訪ねる。「さこな」では、1日1組の客しか受け付けないので、今日は2人乗りのカヤックを1艘を用意し、それに僕と安本さんが乗り込むことになった。最近、西表島ではカヤックツアーの人気が高く、特にハイシーズンの夏は、10艘近いカヤックが群をなして進むこともある。そういうツアーと比較すると、「さこな」のような少人数でのツアーは自由度が高く贅沢だ。
 9時半頃から仲間川を上り始める。周りのマヤプシキ、ヤエヤマヒルギ、オヒルギといったマングローブを眺めながらカヤックを操り、途中、干上がった中州に立ち寄っては、ミナミコメツキガニやシオマネキなどを観察する。11時過ぎには中州にあるオヒルギ林の中で昼食。お手製のお弁当をいただいてからは、源流を目指してゆっくり遡る。沿岸には、アダン、ユウナ、コウシュンモダマ、オキナワキョウチクトウ、ツルアダンなどが見られる。国内最大のサキシマスオウノキが見られる船着き場を素通りしたあたりから、海水が上がってこないため、マングローブが見えなくなる。干潮時だったため、水深が浅く、カヤックが河床に引っかかることもあったが、1時半に源流へ到着。川の水に浸かって、冷泉気分を味わった後、カヤックの向きを変え、下流に向かって漕ぎ出す。2時間後、漕ぎ始めた場所に戻って終了。全部で17kmの行程だった。
 今日は、干潮時に川を遡ったため、普通よりも体力が必要だったようだが、そのために遊覧船が動いていなくて、静かにカヤックが川面を滑る様を楽しむことができた。カヤックは、昨年、浦内川で初めて乗って以来2回目だったけれど、自分に向いている乗り物のように思う。海で漕いでみれば、印象も異なるのだろうけれど。
 夕方、少し時間があったので、自転車に乗って集落周辺をサイクリング。宿に戻り、6時半に夕食。その後、仮眠を取ろうと横になったら熟睡。カヤックを漕いで、疲れたのかもしれない。

8月17日(金)

 9時半、喜友名さんを訪ね、ライフヒストリーを語っていただく。久米島に生まれ、南洋のテニアン島、満州、シベリア、沖縄本島、西表島と移動してきた喜友名さんの話をうかがう。11時、大嶺さんを訪ねるも不在。同居している山城さんと話しながら、昼過ぎまで過ごす。昼食後、1時に君島さんを訪ね、空中写真の発注をお手伝いするとともに、内地にいたときの話をうかがう。
 2時過ぎ、美底さんを訪ねる。今日は、夕方から美底さん主催のバーベキューパーティーがあり、その準備などのために早めにお宅にお邪魔したのだ。今夕のパーティーは、美底さんのところで農業を手伝っている長嶋さんの親族が、はるばる北海道からやって来たことを祝してのものだった。6時半から南風見田の浜でパーティーが始まる。オリオンビールを飲み、焼きそば、エビ、牛、イノシシなどを腹一杯食べる。冷凍ではあったが、野生のリュウキュウイノシシを食べるのは初体験だった。はっきり言って、美味かった。美底さん、ご馳走様でした。

8月18日(土)

 午前中は、竹盛旅館のコピー機を借りて、これまで君島さん、南風本さん、松本さん、西大桝さんから預かった資料をまとめてコピーする。普段はコピーサービスをやっていないということだったが、料金は1枚当たり10円+αでコピーさせていただいた。石垣島と違って、八重山の離島ではコピーできる場所が少なく、西表島も例外ではない。そういう状況なので、旅館側の厚意は非常に有り難かった。
 「やすみや食堂」で昼食を取った後、1時に大嶺さんを訪ねて、ライフヒストリーを聞き取る。3時、大富公民館に行き、明日の入植49周年記念祭に向けての準備作業に参加する。昼食に豚汁を供するための下準備として、豚を約2頭分解体する作業だ。大富の青年たちは、庖丁を片手に持って集まっており、手際よく解体作業をすすめてゆく。僕は庖丁を持ってきていなかったけれど、平良さんから借りることができたので、作業に加わらせてもらう。6時頃には一通りの作業が終わり、解体した者だけに与えられる煮豚をつまみにビールを飲む。脂身が多い煮豚だったので、地元の人はあまり箸を付けなかったが、これは実に美味しいものだった。あまりに食べ過ぎて腹がふくれたため、竹盛旅館での夕食を残さず食べるのは少々難儀だったが。でも、竹盛旅館の食事は、とっても上等である。
 夕食後、8時に公民館に戻り、まだブガレナオシしていた地元の若手に混じり、飲み直す。飲見ながら話すときによく言われるのは、「お前は人の話を聞いて論文を書けば、それでいいんだろう?」とか、「農家の苦労が分からんヤツに何を言っても無駄だ。」とか、「10年住んでみなさい。そうしないと分からんさ。」とか。仰るとおりだと思う部分もある。しかし、僕は大富に農家になるために調査に来ているわけではないので、話を聞きながらも、ときどき反発し、たまには青筋立てて怒ることも。12時過ぎに宿に戻る。話をしても分かり合えない寂しさ。

8月19日(日)

 9時、大富の入植49周年記念祭が始まる。開会宣言、物故者への黙祷、公民館長あいさつ、祝辞、閉会宣言と式典は簡単に済む。式典終了後、ドラが鳴り、それまでくくりつけられていた「和衷協力」と書かれた旗頭を若者が持ち上げ始める。旗頭はかなり高く重そうで、持ち上げるにはパワーのみならずバランス感覚が要求される。何人か挑戦したが、大人でも上手に持てる人は多くない。
 10時から正午まではミニスポーツ大会。徒競走や砲丸投げ、ゲートボールなどが競われる。昼食には、昨日仕込んでおいた豚肉を使った豚汁が振る舞われ、それから3時までは休憩。3時からはグラウンドゴルフ。6時からは若者の余興や要人の挨拶を交えながらの宴会。こんな日だった。
 君島さんに勧められて出場した100m走では、競い合いながら走っていた隣の人が途中でこけたため、ちゃっかり僕は1等になった。また、初めてやってみたグラウンドゴルフでは、見事にホールインワンを決め、賞品としてティッシュペーパーを5箱いただいた。調査中には邪魔になるので、ティッシュペーパーはすべて竹盛旅館に差し上げたが。

8月20日(月)

 西表島産のお土産といえば、黒糖、パインやマンゴーなどの熱帯果樹、黒紫米などが代表的だ。最近は、西表島の水を使った泡盛「いりおもて」もあるが、夏のお土産ならばパインが最高だろう。西表島のパインは、びっくりするくらい美味いからだ。
 残念ながら、パインの収穫シーズンは終わりに近く、味もピーク時に比べると落ちている。しかしそれでも、ドラゴンフルーツなど新手の果物をお土産にするよりは、パインを送った方が良い。このように判断して、お袋にパインを送ることに決めた(弟夫婦と親父にも、すでにパインを送っている)。通常のパイン畑では、すでに収穫を終えているところがほとんどであるが、幸いなことに、豊原の金城さんがまだ収穫していないパインを少し残していた。今朝、それを収穫してもらって、ゆうパックで郵送することができた。これで、家族全員にお土産を送ることができた。一件落着。なぜ、いままで
 12時前、大原森林事務所を訪ね、8月に着任した落合さんに挨拶。1時頃まで昼休みを使って、西表島における林野行政について話を聞かせていただく。2時半頃、昨日の入植記念祭のときに約束したとおり、山城さんの田植えを手伝うために、大富団地のそばにある天水田に行く。田んぼに着くやいなや、、山城さんの指導のもと、小型の機械を使って田植えを始める。恩田の谷戸ファンクラブの活動などで、小さい田んぼに手植えしたことはあったが、今回、初めて機械植えを体験することができた。小型とはいえ、機械は機械。手植えとは比べものにならないスピードで苗を植えてゆく。夕方までの間に、1反3畝程度の田んぼに苗を植え付けることができた。作業を終え、1反弱の田んぼ1筆に、自分が植えた苗が整然と並んでいる様子を見ると、微力ながら仕事をやったという充実感を味わうことができた。
 5時半頃、田植えを終える。山城さんがちょっと寄り道をしてタケノコを取りに行くというので、それについて行き、6時過ぎに山城さんの家に行く。着くなり、ビールで乾杯。のどが渇いていたので、続けざまに缶を3本飲み干す。7時頃、いったん竹盛旅館に戻って夕食を住ませ、再び山城さんの家(の前の道ばた)で、先ほど取ってきたタケノコをつまみに、ビールを飲む。農作業を終えてからのビールにかなう飲物はないね。
 1時前に宴をお開きにし、宿に戻る。メイルをチェックすると、Yahoo! JAPANサーファーチームなるところから、このサイトを登録しますと連絡が来ていた。最初、サーファーと自分とに何に関連性も見つけられなかったので、何かの間違いではないかと再考を促すメイルを打とうと考えたが、このサーファーとはネットサーファーのことだと合点し、早とちりしないで済んだ。というわけで、ヤフーにこのサイトは、「松村正治のホームページ」として登録されているらしい。さっき調べたら、「社会科学>社会学>環境社会学」にあり、「エコツーリズム研究の現状、里山ボランティアに関する論文等」とコメントがある。勝手なことを書きやがって。

8月21日(火)

 今日で、西表島の大富での調査は終了。24-25日に大原で行なわれる「ぱいぬ島祭り」を見るため、すぐに西表島に戻っては来るが、一応、一区切りついた。
 9時半、竹盛旅館のご主人で、西表島エコツーリズム協会の会長でもある竹盛さんに、お忙しいところ時間を割いていただき、11時までお話をうかがう。その後、集落を回って、これまでお世話になった方々に挨拶。簡単に昼食を済ませて、12時半に竹盛旅館に戻り、宿の送迎車で大原港まで送っていただく。12時50分、石垣へ向けて船が出る。1時半、石垣港に到着。
 ひとまず、早めにチェックインを済まそうと、予約してある「楽天屋」に向けて直ちに歩き始める。「あやぱにモール」を歩いていたら、西表自然史研究会の松本さんに遭遇。「お茶でもどう?」と誘われ、それから3時間くらい、喫茶店で話をする。4時半頃、松本さんと別れ、「楽天屋」にチェックイン。落ち着く間もなく宿を出て、石垣市立図書館へ。八重山資料コーナーを担当しているので顔なじみになった飯田さんに声を掛けると、ぜひ館長に会ってくださいと言われ、館長を紹介される。館長に調査の目的などを話すと、石垣市史編集室に僕と同じ姓の松村さんがいて、その人がとても面白い人だからと、僕とは違う松村さんを紹介される。その松村さんは、廃村となった村々を訪ね歩き、昔の埋もれた記憶を掘りおこし記録している人であり、大変意義のある仕事をされている。もちろん初対面だったが、6時から8時まで松村同士で飲みながら語る。ほとんど食べずに喋っていたので、松村さんと別れてから、小腹を満たすために石垣島キッズでコロッケ定食(700円)を平らげ、宿に戻る。
 「楽天屋」には、コインクーラーが付いている。安宿に泊まっているのだから、クーラーにお金を使いたくないのだが、暑苦しくて寝られないため、すっかりクーラーのお世話になる。せめて、室内に扇風機があれば・・・。

8月22日(水)

 10時、竹富町役場に行く。昨日、農林水産課の安里さんとアポを取り、10時に来るよう言われていたのだ。しかし、安里さんは風邪でお休みだった。夏風邪注意!朝っぱらから予定が狂う。
 10時半、石垣市立図書館に行き、西表島の大富にかんする新聞記事を拾い集める。12時半、いったん市立図書館を出て、「ゆうくぬみ」でソーキそば(550円)とぜんざい(300円)を食べる。旅行代理店で、帰りの航空券を購入後、再び市立図書館に行き、さらに新聞記事を調べる。3時半、市立図書館から県立図書館八重山分館に移動。このとき、ある土産物屋に「ゴーヤーマングッズ入荷しました」の貼り紙を発見。直ちに店に入ると、携帯用のストラップは売り切れていたが、きんちゃく袋、レジャーシート、ゼンマイ仕掛けのおもちゃ「トコトコゴーヤーマン」の3点は残っていた。僕は迷うことなく、トコトコゴーヤーマン2個をゲット。東京に帰るまでには、ストラップもゲットしたいなあ。
 県立図書館では、いくつか資料を漁り、必要な部分をコピー。5時半、今日三度目になるが市立図書館に行き、新聞や雑誌を読むなどして、閉館時間の7時まで過ごす。その後、夕食を取った後、昼に続いてデザートにぜんざいを食べ、宿に戻る。

8月23日(木)

 9時45分、竹富町役場へ。風邪から復帰した農林水産課の安里さんを訪ね、西表島・ヒナイ川周辺における遊覧船とカヌー業者とのガイドラインづくりについてうかがう。11時、商工観光課の通事さんに30分程度時間をいただき、昨年の調査報告を差し上げる代わりに、竹富町の最新観光事情を聞かせていただく。
 昼食としてホテルミヤヒラのレストランで冷製海鮮パスタ(900円)を食べてから、場所を移して氷ぜんざいを食べる。しかし、このとき食べたぜんざいを不味かった。店によって氷ぜんざいの味はかなり異なるので、店を選んで食べないといけない。
 1時間程度、土産物屋を見て回った後、髪を切る。昨年に続いての石垣島での散髪だ。3時過ぎ、南嶋民俗資料館に足を運ぶ。個人で管理しているのでこぢんまりとしているが、割と良い資料館だ。ここに、絶版本である牧野清の『八重山のお嶽』を1万円で売っていたので、これを購入。高い買い物だったが、これを逃すと手に入れるのは難しそうだったので・・・。
 4時頃、タクシーを拾って、白保サンゴ村へ向かう。20分程度かかって到着。タクシー代1,710円なり。サバニの現物を展示してあるほか、サバニを作る製作工程についての説明がある。館内を30分ほど見学してから、白保の海を見に海岸に行く。ちょうど干潮時だったので、数人のオバアたちがスーナとオゴオを採っていた。しばらく海を眺めていたら、地元のニイニイに声を掛けられる。ミツマサさんというそのニイニイに誘われるまま、防波堤の上にしゃがんで泡盛を飲むことに。飲み始めたときは夕方だったが、いつしか辺りは真っ暗になったので、電灯下に場所を移してさらに飲む。9時半、再会を約束して、バスで市街地まで帰り、夕食にモスバーガーを食べてから宿に戻る。荷物を下ろした瞬間、帽子を紛失していることに気付く。かなり酔っていたので、どこに置いてきたのか見当が付かない。 

8月24日(金)

 10時前に市立図書館に着くも、資料整理日で休み。ジャスト10時にバスターミナルを出る白保行きのバスに乗って、八重山支庁へ。総務・観光振興課で情報公開請求の手続きをとる。バスの便が悪くて12時頃、市街地に戻る。本屋で2冊本を購入。昼食にカレーを食べた後、「ゆうくぬみ」でコーヒーぜんざい(400円)を食べる。ここのデザートは美味しい。ちなみに、「ゆうくぬみ」とは「狭い空間」という意味。1時30分、石垣発の船に乗って西表島へ。今日は「ペンションなかまがわ」に宿をとった。
 夕方の「ぱいぬ島祭り」前夜祭まで時間があるので、南風本さんを訪ねる。ちょうど、西表島農業青年クラブとして今夜の祭りの出展するための準備をしていた。準備が遅れ気味だったため、お手伝いを始めると、その流れに乗って、祭り会場にテントを張った店に出て売り子を始めることに。宿に夕飯をお願いしてあったので、いったん食事をとるため宿に帰るも、店に戻り、ビール、泡盛、天ぷら、唐揚げなどを売る。さいわい出店は大忙し。そんなとき、小浜島の研ニイがビールを買いにやって来た。思いがけぬ再会を喜んだのもつかの間、研ニイに「知り合いを紹介してやっから」と店から出てくるように言われ、ビールを御馳走になりながら、数人を紹介される。研ニイと別れ、店に戻ろうと歩いていると、今度は竹富島の佳美さん、篤さんらに遭遇。そこでもビールをいただきながら、談笑。楽しい時は過ぎ去るのが早いもので、気が付くと前夜祭のコンサートは終わり。結局、あまり店の手伝いをせずにして、今夜の祭りは終了した。
 祭りですっかり気を良くしたため、なんとなく宿にまっすぐ戻るのがつまらなく感じ、祭りの後は1人で「ヨーコ」に。ここで飲んでいたら、完全に酔っぱらった。閉店後、自転車で宿に戻るとき、バランスを崩して転ける。顎を地面に打ちつけ、出血する事態。何をやっているんだか。

8月25日(土)

 午前中は、アリスセンターから急遽依頼された仕事をする。サイトに乗せた情報に誤りがあったので、これを訂正する。ついでに、トップページなどを最新情報へ書き換える。昼過ぎ、「ぱいぬ島祭り」の会場(離島総合センター)へ。すでに、竹富町の各島々から人が集まって庭の芸能が行なわれている。会場内を歩いていたら、スタッフに呼び止められ、かき氷の早食い大会に出ないかと誘われる。人の誘いを断ることが苦手な僕は、笑顔でOKと即答。先日開かれた大富の入植記念祭において、初めてやったグラウンドゴルフでホールインワンを決めたビギナーズラックをどこかに期待しながら。
 2時、かき氷早食い大会が始まる。山盛り1杯のかき氷をいかに早く食べきるか、これを1組5人で競うのだ。3組目として演壇に上がる。壇上では落ち着いていたので、なんとなく勝てそうな気がした。競技が始まり、早くも女性2人は脱落。残りの男性3人の争いになったが、予感通り1等になった。早食いは自分の隠れた才能か?賞品は、サンエーの商品券5,000円分、波照間の「泡波」2合瓶、もずく5袋、ボディーシャンプー、石けんという内容。商品券はいただいたものの、他は荷物になるので西表島農業青年クラブに差し上げた。2時半からは、竹富町の集落対抗の綱引き。これにも、大富チームの一員に加えさせてもらって出場。しかし、1回戦敗退。団体競技で貢献したかったが・・・。
 4時半、荷物を預けてあった「ペンションなかまがわ」に戻り、5時に大原港から船に乗って石垣に向かう。これで、しばらく大富に足を運ぶことはない。これまでお世話になった方々、たとえば、公民館長の仲底善光さん、土地改良区理事長の君島泰志さん、大谷用次さん、波照間寛さん、佐事さん夫婦、小山昌夫さん、大嶺豊松さん、喜友名さん夫婦、宮良美代さん、佐事清弘さん、桃原方美さんら移民1世のオジイ・オバア、南風本武一さん、美底さんご一家、城間栄さん、山城保順さん、山城富正さん、金城清さん、金城吉一さん、平良章さんら2世の方々、「南風見荘」でお世話になった宮良長壮さん、ヘルパーの田村さん、「竹盛旅館」の竹盛洋一さんをはじめとしたスタッフの方々、「ペンションなかまがわ」の寒原さん夫婦、「さこな」の安本千夏さん・・・、どうも有り難うございました。また大富に来ましょうね。
 6時前に石垣島着。「ペンションぱいぬしま」へ向かう。簡単にシャワーを済ませた後、「石垣島キッズ」で餃子定食(700円)。この店は、コロッケが売りの店なのであるが、これまで数回コロッケを食べたことがあったので、今日は餃子にした。コロッケは言うに及ばす、餃子もいける。お気に入りの店に登録しておこう。
 7時過ぎ、石垣市民会館へ行く。今晩のメニューは二部構成で、一部が「ちゅらさん」の店長役でおなじみ、藤木勇人の1人芝居、二部が立川志の輔の落語という豪華な布陣。これが、当日券2,500円で見られるのだから嬉しい。7時半開演。蓋を開けてみると、もちろん面白い。全部でおよそ2時間半程度の観劇だったが、調査で八重山に来ていることを忘れるくらい楽しめた。特に、藤木さんの1人芝居は、もっと見たいという気にさせられた。こういう息抜きは必要かも。でも、客の入りがあまり良くなかったなあ。
 豪華二本立てを見て気をよくしたので、すぐに宿に直行せず、離島桟橋を散歩する。昼間は賑わいを見せるこの桟橋も、夜は暗くて静か。風が適度にあって、散歩には心地よい感じ。開放感。11時過ぎ、宿に戻る。

8月26日(日)

 7時起床。朝食をはさんで、アリスセンターのメイルマガジン「らびっとにゅうず」を編集・発行。10時にチェックアウト。10時半、石垣島発の船で西表島の上原港へ。11時10分、上原着。民宿「みどり荘」にチェックイン。
 さて、上原での楽しみは、カンピラ荘の隣にある無人販売所でトロピカルフルーツを食べることだ。宿に荷物を置くやいなや、その無人販売所で、冷凍パイン(50円)と冷凍パッションフルーツ(50円)を食べる。冷凍パッションの美味しさに驚く。これは病みつきになりそう。
 2時前、金武さんから電話があった。東大の大地くんが、僕に続いて調査のために大富に入ったとのこと。それから、大地くんから電話があり、今晩会うことになった。大富には、農工大鬼頭先生のほかに、京大の越智くん、東大の大地くんが調査に入っている。僕は、鬼頭先生からバトンタッチしてやっているけれど、狭い集落にこれだけの学者・学生が入ると、調査被害が大きくなると言わざるをえない。その被害を緩和するために、大地くんと情報交換しようということになったのだ。
 2時半、東部交通が主催するピナイサーラの滝遊覧コース(1,500円)に参加。ヒナイ川周辺における利用者のガイドライン作成過程には興味があるので、現在いったいどのような規制のもとでツアーが催行されているのか体験したかったのである。内容はというと、こんな感じ。まず車で船着き場近くの駐車場まで行き、それから少し歩いて船着き場へ。仲間川の遊覧ボートと比較にならぬほどゆっくりとマーレー川、ヒナイ川を遡る。もちろん、両側にはマングローブ林が広がっている。3時過ぎ、上流の船着き場へ到着し、そこから15分程度歩いてピナイサーラの滝壺に着く。しばらくの休憩後、もと来た道を戻り、約2時間のツアーは終了。この間、ツアー参加者6人に対してガイド1人が付いた。ガイドは、船着き場までは車窓から見えるハウス栽培の現況を、川ではマングローブやそこに棲息する動物(特に魚類)について、山では歩きながら観察できる植物やキノボリトカゲやオキナワアナジャコなどの固有種を中心に説明した。
 ボートはゆっくりで静かだし(原則、拡声器の使用は禁止)、急な山道を歩くし、終始ガイドが付くし、同じ東部交通主催であっても、仲間川の遊覧ボート観光とは大きく異なる。安全性を確保し、また環境に配慮するためのガイドラインがあると、ツアーの内容がこんなにも変わるものかと新鮮に驚く。ルールとは、恐ろしい。
 5時前に遅い昼食をとってから、宿に戻ってシャワーを浴びる。ちょうどシャワーから上がった頃、大地くんが大富から車でやって来た。昼の電話で、今晩開かれる砂浜芸能祭を見に行くことになったので、2人で会場となる星立の砂浜に行く。7時頃、まーちゃんバンドが中心となって芸能祭が始まる。見たところ、観客の多くは若い内地の女性だ。大富で知ったこと、感じたことなどを大地くんに話したりしながら、座って音楽を聞く。9時頃、ライヴが盛り上がり、観客が立って踊り始める。当然、僕らも踊る。「唄って、踊って、もーあしびー」。かなりの盛り上がりをみせ、9時半過ぎにライヴ終了。大地くんの車で上原まで送ってもらい、別れる。
 ここ数日、お祭りが続いている。入植記念祭、ぱいぬ島祭り、砂浜芸能祭。今月上旬には豊年祭もあったし、月末にはお盆もある。お祭り気分で浮かれないように、この変で気を引き締めておかなくては・・・。

8月27日(月)

 朝食後、松本さんにお借りしていた資料を郵送。10時、民宿「サンゴ」の平良さんが、アズキを収穫しているところに声を掛け、1時間強、お話をうかがう。沖縄本島から自由移民として西表島・上原にやって来て、農業(炭焼き、キビ、パイン、米)、漁業(刺し網、ツノマタ)、観光業(食堂、民宿)と職を変えながら生活を営んできたというお話を聞かせていただく。
 11時半、西表島エコツーリズム協会を訪ね、協会の歴史や活動実績などが書かれた資料をコピーさせていただく。同時に、協会の賛助会員となり、年会費2,000円を支払う。
 「波止場食堂」でそば(450円)を食べ、「ロビンソン」でアイスコーヒー(400円)を飲んでから、2時頃、琉大の熱帯生物研究センターに新本先生を訪ねる。小浜島出身の先生に、小浜竹の標準和名を教えていただこうと思ったのだ。先生にとっては専門外の問い合わせだったろうが、真摯に対応して下さった。結局、小浜竹とはリュウキュウチク(コザタケザサ)であるらしい。
 16時、木炭を作っている船浦中を訪ねる。昨年、話をしたことがある上原教頭がいらしゃって、1時間程度、付き合っていただく。宿に戻って夕食後、7時半に貝細工のお店「しょうとく庵」に辻口さんを訪ねる。エコツーリズム協会環境部長としての考えなどを話していただく。仕事中にわざわざ時間を割いていただいたので、ヒアリングを終えてから、貝で作った箸置きを購入。誰にあげようか?

8月28日(火)

 今日は、ほぼ1日かかるツアーに参加した。昨晩、シーカヤックで水落の滝・船浮湾沿岸を巡る「村田自然塾」のツアー(12,000円)に予約を入れておいたのだ。
 9時、民宿前に迎えの車が到着。これに乗り込み、県道を西へ進み、終点の白浜へ。車を降りて、積んできたカヤックを2艘下ろす。今日のツアー参加者は、女性2人組と僕の3名。ガイドに塾長の村田さん(ヒゲさん)が付くので、4人が2人ずつ2艘に乗ることになる。2人組はカヤック初体験だったので、そのうちの1人と僕はペアを組むことになった。パドルの扱いについて説明があった後、カヤックは10時頃に白浜港を出発。滝が川に落ちていて、カヤックを漕ぎながら滝に打たれることができる水落の滝に向かう。途中、かつて内離島を中心に石炭生産が盛んだった頃に貯炭場として利用された所に上陸し、そこで西表島の炭坑史を聞いたほか、クイラ川支流のマングローブ林で休憩して、マングローブの生態などの説明を受け、やっと水落の滝へ。そして滝に打たれる。非常に日差しがきつく暑かったので、滝の冷たい水が肌に気持ちよかった。
 滝に打たれた後、木炭の浜と呼ばれる砂浜に上陸する。このとき、時計を見ると1時だった。昼食として八重山そばをいただく。食後、紅茶を飲みながら、イリオモテヤマネコについてのレクチャーを受ける。その後、僕の強い希望で船浮集落に向かう。途中、周囲が見えなくなるほどの大雨に見舞われるものの、運行上には問題なし。快調にカヤックを漕いで船浮に着く。歩きながら村田さんの説明を聞き、集落を一回りしてから、出発地点だった白浜港に向かう。帰りは潮が良くて、海なのに波の抵抗をほとんど感じることなく、すいすいと漕ぐことができ、4時半頃、白浜に到着。その場で、コース修了証なるものを頂戴してから、民宿まで送っていただく。宿に戻って、鏡で自分の顔を見ると、想像以上に日に焼けて赤くなっていることに驚く。帽子を被らなかったことが影響しているようだ。なくした帽子は今いずこ。
 食後、少し横になったら、約2時間うたた寝してしまう。起きてみると、ひどく寝汗をかいている。暑苦しいので、風に当たりに港へ行く。
 上原に来てから、毎晩、港に行っている。1人になりたいのだ。上原は観光業が盛んな集落だから、観光客や仕事をしているナイチャーが多く、大富には無い賑わいや明るさがある。しかし、僕のテンションはそれに合わせられず、逃げたくなる。観光客と話をするのが、ひどく億劫に感じるのだ。寂しいヤツだと思う。その人の話を聞きたいとか、笑っている顔が見たいとか、ただ一緒に長く居たいとか、そういうことを思えない自分を。

8月29日(水)

 最近、ブルーだ。気分が晴れない。あれ?晴れれば空は青いのに。
 僕の場合、気分が良くないと、顔が険しくなり、言葉に力がなくなる。だからであろう。今日の調査は不調だった。声を掛けた人には、ことごとく話をすることを断られ、数人に電話してやっとアポが取れた人にも、訪ねてみると急用が入ったという理由で断られる。結局、午前中に、カンピラ荘の前大さんから話を聞けただけ。残りは、話らしい話を聞くことができなかった。
 3時、「まあ、こんなときもあるさ」と思い、急遽、レンタカーを借りてドライブすることに。祖納の郵便局でお金を下ろしたり、北岸道路の拡幅工事の現場を写真撮影したり、必要な作業をしていたら、あっという間に3時間が経過。6時ちょうどにレンタカーを返却。代金は、3時間で4,000円(保険料1,000円)なり。
 夕食後、同じ宿に泊まっているお客さんとあえて話をしてみるが、やはり気分は晴れない。バイオリズム、バイオリズムと唱えて、自分を納得させる。

8月30日(木)

 朝食を食べ終わり、8時40分、自転車を借りて、西に向かう。約30分軽快にペダルを漕いで、浦内川に到着。9時半発の遊覧船に乗り、30分弱かけて上流の軍艦岩へ。それから、30分ほど歩くと、日本の滝100選に選ばれているマリュドゥの滝に着き、さらに10分ほど歩くととカンビレーの滝に着く。帰りの船の出発時刻が12時ジャストだったので、滝でゆっくり遊ぶ時間があった。遊ぶといっても、滝壺に足をつけて、ただぼーっとしていただけだったが。
 12時の船に乗って、下流に戻る。「レストラン浦内」でゆし豆腐定食(800円)を食べ、隣の土産物屋では、『写真集・西表炭坑』(2,600円)を購入。土産物屋さんには不似合いな写真集であったので、なぜ置いてあるのか尋ねてみたら、これを編集した三木健さんの弟が経営しているからという答えが返ってきた。納得。
 1時半、マヤグスクエコツアーサービスに山下さんを訪ねる。山下さんはカヌー組合の組合長で、ヒナイ川周辺における動力船とカヌーとのガイドライン作成に関わって来られた方だ。昨年に続いての聞き取りだが、このガイドラインのことや西表島エコツーリズム協会のことなどを、相変わらず熱く語っていただいた。
 3時半、西部に来たからには一度は海に入ろうと心に決めていたので、中野の浜でシュノーケリングを楽しむ。リーフまでは浅くて見所が少ないが、リーフの端はサンゴと魚を、これでもかというくらい楽しめる。運が良ければウミガメやサメが見られるらしいが、今回は遭遇しなかった。それでも、シュノーケリングの醍醐味を存分に味わえるスポットであったことは間違いなし。ウミガメは次回に期待しよう。
 浜から上がって、5時頃、宿に戻り、シャワーを浴び、ビールを飲み、横になる。するとたちまち寝てしまう。8時近くになってやっと目を覚まし、遅い夕食をとる。食後、明日と明後日のツアーの予約を入れる。日曜日まで西表島に居る予定だけれど、それまでエコツー三昧だ。

8月31日(金)

 今日は、西表島エコツーリズム協会初代会長・中神さんがガイドする「L.B.カヤックステーション」のツアーに参加した。このため、これまで欠かさず見てきた「ちゅらさん」を初めて見逃すことになったが・・・。
 8時10分、迎えの車が民宿前に到着。これに乗って、白浜港へ。今日のツアー参加者は、僕を含めて男性2人で、ともに経験者である。このため、当初の予定よりも長い距離を漕ぐことになった。また、ダブルカヤックとシングルカヤックを1艘ずつ出し、ツアー参加者がシングルを交代で乗ることになった。僕にとっては、初めてシングルを漕ぐことになったので、自然と気持ちが高ぶった。
 9時前、パドル講習もそこそこに出艇。かなり早いスピードで進み、木炭の浜で少し休憩してから、水落の滝へ向かう。カヤックに乗ったまま、3回滝に打たれる。それから、小さな滝がある内離島の浜に上陸。昼食となる。昼食は、中神さんが即席で作った八重山そば。食後は、少し浜で休憩。滝に打たれたり、浜で横になったりする。1時半に再出発し、内離島と外離島の間でいったん休憩してから、白浜港へ。港に戻るとき、大雨となり、いまにも雷が鳴りそうだったので、急いで海を渡った。海上では、最も高いところにある人間に、雷が落ちやすいからだ。そして、4時過ぎ、白浜港へ戻り、ツアーを終える。
 今回のコースは、一昨々日に参加した「村田自然塾」のツアーと重なるところが多かった。しかし、ガイドが異なったので、今日も新鮮な気持ちで楽しむことができた。また、カヤックの操縦もだいぶ上達したので、ただシーカヤックを乗るだけでも気分が良い。カヤックの面白さに、すっかりはまってしまった。
 4時半、宿に戻り、シャワーを浴びる。5時、民芸と喫茶の店「ロビンソン」へ。店長のロビンソンさんの勧めにより、「ロビンソンスペシャル」(700円)というかき氷を注文する。これは、抹茶、小豆、紅芋アイス、ミルクかけという内容で、量はかなり多い。甘いものが好きではないと、とても食べきれないけれど、僕はとても美味しく食べた。ただし、氷の量が多く、食べ終わると体が寒く感じられるようになった。そのことをロビンソンさんに言うと、今度は自家製珈琲(500円)を勧められ、これも注文。このように、ロビンソンスペシャルから珈琲へと流れるのが、通称・ロビンソンコースと言うらしい。
 かき氷とホットコーヒーを立て続けに食べ終え、なお夕食まで多少時間があったので、ロビンソンさんからエコツーリズムについて考えているところを尋ねる。ロビンソンさんは、エコツーリズムの概念には共鳴するが、わざわざ自分のツアーをエコツアーだと宣伝することはないと言う。エコツーリズムという概念が導入される前から、エコツアーのようなことをずっとやって来ているので、わざわざ外国語で格好良く言う必要がないと考えているのだ。西表島は、エコツーリズムの先進地と言われているが、言葉に飛びつかないで、自分のやり方でツアーを催行している人が少なくない。この点が、西表島のエコツーリズムの面白いところだ。
 夕食後、外を散歩していると、近くで太鼓と鐘の音に合わせ奇声が発せられていた。何だろうと思って、声のする方に向かってゆくと、アンガマーの仮装集団であった。見たところ、若いナイチャー中心に構成されている。これから察するに、おそらく星立の「やまねこ学校」の連中だろう。僕は、全く保守的ではないが、ナイチャーによるアンガマーを見て、妙な気味の悪さを感じた。

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