日記帳|2002年1月

1月1日(月)

 新年明けましておめでとうございます。
 朝まで生テレビを明け方まで見ていたために、起きたのが9時半。慌ててシャワーを浴び、10時にチェックアウトする。宿の人に正月だからとお酒を勧められ、飲んでみると43度の泡盛の古酒だった。飲み干すと、みるみる顔が赤くなり、いきなり酔っぱらう。この顔の赤さで道を歩くのはどうかと思い、サンピン茶を飲んで酔いを醒ます。だいぶ酔いが醒めたところで、荷物を宿に置かせてもらって、国際通りに出る。が、元日から開いているお店は少ない。三越前で演奏していた韓国の太鼓を聞いたり、餅つき大会に参加して餅を食べたりしながら、街をぶらつく。12時過ぎ、「ぐるくん食堂」に入り、ゴーヤーチャンプルー定食(650円)とゆし豆腐(250円)を注文。待たされること40分余り、やっと注文した品が出てきた。なんで、こんなに待たないといけないのか、少し不機嫌。
 1時20分、バスで空港へ(200円)。2時20分発のANA86便が10分遅れで出発。4時50分、羽田空港到着。5時20分頃のバスで大井町へ(560円)。大井町線に乗り、研究室のある緑が丘駅へ(150円)。研究室に入り、旅行中に集めた資料・書籍などを置き、机の周りを整頓する。8時過ぎに研究室を出て、9時半頃に帰宅。メイルをチェックすると、たくさん来ている。返事は明日出せばいいだろう。

1月2日(火)

 昼過ぎまで爆睡。こつこつメイルを書いたり、テレビを見たり。夜はネットサーフィンしたり。最近、アット・ニフティでも始めたインターネット電話サービスに申込み、自分の電話に掛けて実験してみるが、うまくいかない。ルータ形式のADSLだからだろうか。原因の分かる人、教えてください。ネット電話は安いから、早く利用できるようになりたいものだ。だって、台湾まで1分11円、アメリカまでならばたったの5円しかしないのだから。
 深夜、書き貯めていた日記を完成させて、久しぶりのサイト更新。家から一歩も出ないと、書くことが少なくて楽だ。

1月3日(水)

 昨日は爆睡したので徹夜した。自分のサイト、神奈川森林エネルギー工房のサイトを更新。台湾に行っている間、しばらくエネルギー工房の事務局機能をストップさせていたので、報告書の注文への対応などを行なう。
 2時頃、腹が減ってきたが、3週間旅行に行っていたので、家にはほとんど食材がない。お土産用に買ってあった西表島の縄文麺を湯がいて食べる。少し横になった後、5時過ぎに家を出て、経堂の家に行く。6時頃、経堂の家に到着。お袋に新年の挨拶をする。夕食は、鴨鍋がメインで、ほかに栗金時、黒豆などを食べる。栗金時と黒豆は非常に美味しかった。9時半頃、弟が京都からやって来た。弟が食事を済ませてから、しばらく彼と話をする。
 弟の話によれば、短歌の世界で、景観論がにわかに脚光を浴びているそうだ。東工大にいた中村良夫の『景観論』も読まれていると言う。彼自身は、景観とアイデンティティ形成との関係、および景観を詠んだ歌への批評技術に関心があるようだ。前者の関心は、僕の関心と重なるところである。最近まで気付かなかったが、弟は地理学的に思考する人である。これは、大学卒業後に東京を離れ、地方都市で生活するうちに身に付けたものと思われる。
 高校時代、彼は文系で僕は理系。得意科目は、彼が得意だった国語・世界史・生物は僕が苦手で、僕が得意だった数学・物理・地理は彼が苦手だった。このため当時、僕は弟を、まったく脳の構造が違う人間だと思っていた。それが、今になって2人の関心がかなり近いことに驚かざるをえない。
 1時頃まで、弟と喋っていたら、お袋が起きてきて、うるさいから早く寝るように怒られたので、素直に就寝。

1月4日(金)

 8時頃、起床。朝食を簡単に済ませ、10時前に、お袋と弟と3人で家を出る。今日から2泊3日に日程で、宮城県の峩々温泉へと出掛けるのだ。
 小田急線とJR中央線を乗り継ぎ、10時40分に東京駅着。乗車する新幹線の発車時刻(11時24分)までしばらく時間があるので、駅構内の喫茶店に入り、コーヒーを飲む。11時15分頃、喫茶店を出て、ホームに向かう。改札の手前の本屋で、『中央公論』の1月号を購入。歌人・俵万智が連載している「三十一文字(みそひともじ)のパレット」というエッセイに、弟の短歌が取り上げられていると聞いて買ったのだ。買ってはみたものの、列車の出発時刻まで余裕がないので、頁を開くこともなくホームへ急ぐ。ところが、ホームに着いてみると、雪の影響のためか、到着列車が遅れていたことを告げるアナウンスがある。待つこと約10分、ようやく列車がホームに入ってきた。
 ちょうどこのとき、弟が喫茶店で忘れ物をしたことに気付く。朝、お袋が昼食用に作った弁当を、喫茶店に置いてきたと言うのだ。しかし、気付くのが遅すぎたため、取りに行く時間はなかった。普通に考えれば、忘れた弁当に取りに行き、1本後の新幹線に乗れば済む話であるのだが、今回は事情が異なる。峩々温泉は山奥の1軒宿で、毎日1往復の送迎バスがある。これを逃すといけないので、せっかく作った弁当であったが、取りに戻ることができなかった。大量に作ったエビフライがもったいない。
 定刻を約10分遅れて、東北新幹線は東京駅を出発。先ほど買った『中央公論』を開く。たしかに、たった1頁のエッセイの中で、俵万智が「部屋の歌」として、弟の短歌を2首取り上げていた。「この国の数限りなき201号の一つにわれは住むなり」と「天井の広さすなわちこの部屋の広さ どこになにを置こうか」の2首である。何が書かれてあるか興味のある方は、立ち読みしてください。
 昼食に釜飯弁当を食べ、1時20分に白石蔵王駅到着。1時43分、遠刈田温泉行きのバスに乗る。50分近くかかり、3頃頃、遠刈田温泉到着。ここで、峩々温泉の送迎バス「蔵王ぎんれい号」に乗り換える。これが、なかなか味のある車で、もうもともと青森営林局が所有していたものを譲り受けた年代物のボンネットバスらしい。あまり大きくない車内に40人もの人を乗せ、最高速度40キロバスは、大きな音を立てながら山道を登って行く。少し標高が上がると、雪が降ってきた。辺りを見回すと、見事なまでのモノトーンの世界。空を覆う雪雲と山に積もった雪の白に、葉を落とした樹木の黒がアクセントを付けている。自ずと、これから訪れる温泉への期待に胸が膨らむ。バスに揺られること約30分、目的地・峩々温泉に到着。バスを降りたとき、ここは自分の希望を十分に応えてくれるものと確信。
 3時半、旅館にチェックイン。用意されていたお菓子を食べる。美味い。備えられていた水を飲む。これも美味い。一息ついて浴衣に着替え、まずは内湯へ、次には4時から6時の間だけ男性に開放される女性用露天風呂(檜風呂)に入る。その後、大浴場に入り、いったん部屋に戻る。5時半から夕食。かなりのボリュームがあった。芋煮が美味しかった。食後、ごろんと横になって眠る。8時頃に起きて、露天風呂と川風呂に入る。9時過ぎに部屋へ戻り、テレビを見るなどして、1時過ぎに就寝。

1月5日(土)

 7時過ぎに起床し、露天風呂に入る。今日は、朝から吹雪いている。肌を突き刺すような寒気の中、朝から温かい露天風呂に入るのは最高だ。温泉旅館に泊まったら、朝風呂に入らないと、わざわざ宿泊した意味がないね。
 8時に朝食。食後、布団に入って横になる。連泊の良いところは、昼間から、風呂に入って、飯食って、寝るという贅沢を味わえることだ。昼食前、風呂に入るために再び起き上がり、昨日、最初に入った内湯に入る。希望としては、男性用露天風呂(岩風呂)に入りたかったのだけれど、清掃中のために入ることができなかった。
 さて、峩々温泉は、秘湯度が高く、泉質も良く、露天風呂からの眺望は素晴らしく、料理も美味しい、かなり良い温泉だ。しかし、その良さは泊まらないと分からない。なぜなら、日帰り客用に開放されている風呂が一部に過ぎず、売りとなっている大浴場と露天風呂には入れないからだ。開放されている六治の湯は、露天ではあるが狭いのが難点。もし行くならば、絶対、宿泊することをお勧めします。
 ついでに、僕の思う峩々温泉の欠点も記しておこう。それは、大きな露天風呂が朝9時~夕4時まで(男性の場合、夕6時まで)開放されていないことだ。かなり眺望が良いにもかかわらず、太陽が高いうちに露天風呂に入れないのは、いかにももったいない。もう少し、露天風呂の開放時間を長くした方が良いだろう。
 生意気もこの辺にして、昼食には温泉粥を食べた。これは美味。味の塩梅が微妙で絶妙である。食後、持参した本を読んだり、昼寝したりして夕方ぎまで過ごす。そして、4時半頃、大浴場に行く。
 大浴場には、ぬる湯(42度)とあつ湯(44~46度)がある。ぬる湯は入浴用で、飲泉もできる。一方、あつ湯では、床に木枕をして寝ころび、胸や腹にお湯をかける(かけ湯)のが伝統的だ。この入浴、かけ湯、さらに飲泉が、峩々温泉の正統な湯治スタイルである。当然、僕もこの正統スタイルを踏襲した。
 5時半、夕食。昨日よりも、さらにボリュームアップしている。食事は、どれも手が込んでいて、美味しい。食後、9時近くまで、横になって寝る。また起きて、露天風呂と川風呂に入る。2時近くに就寝。

1月6日(日)

 7時過ぎに起床し、大浴場に入る。異端と分かっているが、あつ湯に入浴した。けっして、入れないような高温ではない。むやみやたらに浴槽内で動かなければ、気持ちよく入ることができる。朝の寝ぼけた体には、これくらい熱い方が、少し刺激があって良いように思った。
 8時、食事。8時半、露天風呂に入る。朝の露天は気持ちよいねえ。9時過ぎに部屋に戻り、10時前にチェックアウト。送迎用のワゴンで、遠刈田温泉のバスターミナルまで送ってもらう。10時40分、白石蔵王駅行きのバスに乗る。11時半頃、バスは駅に到着。この間に、松井先生の『自然の文化人類学』(東大出版会)を読了。前に読んだときよりもよく理解できたけれど、これをもって自然の本源的優越性を十全に示しているようには思えなかった。今後の松井先生の研究に期待すると共に、僕もこの分野で何か貢献できたらと思う。
 白石蔵王駅で、約1時間待つ。白石の名物と言えば温麺(うーめん)。ちょうど昼時だったので、これを食べようかとも思ったものの、駅の売店で売っている温麺が美味しくなさそうだったので断念。12時27分、東京駅行きの東北新幹線「やまびこ」に乗る。2時48分、東京駅到着。駅構内で、昼食として中華料理を食べる。食後、弟は京都に向かい、お袋は経堂の家に向かい、僕は東京駅近くの八重洲ブックセンターに向かうため、駅で別れる。八重洲ブックセンターでは、2冊の本を購入。5時頃、ブックセンターを出る。中央線、小田急線を利用して、最寄り駅・玉川学園へ。スーパー三和で夕食の材料を買い、7時過ぎに家に戻る。ネット検索、神奈川森林エネルギー工房の事務作業などを行ない、3時に就寝。

1月7日(月)

 10時半頃に起床。朝食を取り、メイルを書くなどしてから、研究室に向かう。しばらく定期券を切らしているので、玉川学園前と登戸の駅で、それぞれ1ヶ月分(「玉川学園←→登戸」「登戸←武蔵小杉・自由が丘→緑が丘」)を購入。これで、研究室への出席率が上がることだろう。定期券を持っていないと、引きこもりがちになるので、定期券の購入は引きこもり防止にもつながるはずだ。
 3時前に研究室に到着。すぐに図書館へ行き、雑誌『思想』のバックナンバーを探すが、読みたい号が見当たらない。そこで、人文図書室にに行くと、探していた号が見つかった。一時借用して、必要部分のコピーを取り、研究室に戻る。
 探していたのは、来週の木曜日のゼミに向けてレポートを書くために役立つと思われる幾つかの論文だった。席に着くと、早速、コピーした論文を読む。品川哲彦「環境、所有、倫理」が示唆に富んでいた。8時近くなったので、丸ちゃん、イコマロ、重松と4人で夕食を取る。が、ご飯が臭かった。食後、社工棟の1階ロビーで、丸ちゃん、イコマロと軽く卓球をプレイ。その後、研究室に戻り、舩橋・古川編『環境社会学入門』(博文社)を読む。これは、環境社会学のテキストとして良くできていると思う。この中では、生活環境主義者・古川彰の「環境の社会史研究の視点という方法」に共鳴する部分が多かった。しかし、ただ頷いてばかりでは意味がない。生活環境主義をどのように超えるかが、僕の課題である。
 12時近くなって研究室を出て、1時過ぎに帰宅。4時に就寝。

1月8日(火)

 昼過ぎに起床。ホットサンドを食べて、風呂に入る。浴槽に浸かりながら、研究室に行こうどうか考える。今晩は横浜で用事があるので、わざわざ研究室に行くのも面倒だと思い、夕方まで自宅に居ることを決意。神奈川森林エネルギー工房のデータベース作りや、報告書の送付作業などを行なう。
 3時、1通のメイルが舞い込む。大塚プロジェクトの縫部さんからだ。先日、来月8-10日の沖縄出張を9日までにできるか松井先生に尋ねるよう縫部さんにお願いしてあった。メイルは、それに対する返答が記されてあったのだが、その内容は、10日に打ち合わせがあるので、要望を認めるわけにはいかないという答えだった。来月9日は、芝居仲間のゲルとサナエちゃんの結婚式の2次会がある。付き合う前から2人をよく知っている僕としては、どうしても参加したかったパーティーであったのに、残念ながら出席できない。久しぶりに昔の仲間とも会うチャンスだったのに・・・。
 4時頃、矢野・土場研のゼミが終わっただろうと思い、研究室に電話して、キノピーと連絡を取る。昨日、丸ちゃんから聞いた話によると、キノピーはフランスに留学するらしい。それも、すぐに日本を離れるかもしれないので、早めに歓送会を開いた方がよいだろうという話だった。そこで、キノピーが研究室に居る頃を見計らって連絡してみたのだが、フランスに行くまでまだ間があるというので、急いで歓送会をセッティングしなくて良いことが分かった。まあ、いつ離日するか分からないけれど、キノピー、留学が決まって良かったね。
 5時前、『解体木材からエネルギーを!? 11の提案』5冊を最寄りの郵便局から送る。それから、小田急・JRを利用して横浜駅へ。今日は7時から、かながわ県民活動サポートセンターで、もっかな探検隊のミーティングがあったのだ。
 6時半過ぎに打ち合わせ場所に着くと、すでに川嶋さんと土屋さんが来ていた。机の上には、3月3日に催す「HARVEST MOON LIVE 7~もっともっともーっと神奈川ひなまつり in スペースオルタ」のチラシおよびチケットがあった。チラシ・チケットとも、このサイトに乗せている僕の似顔絵を描いてくれた勝野さんのデザインだ。ともに素敵で、特にチケットは可愛くて気に入った。
 しばらく、その他のメンバーが来なかったので、年末に川嶋さんが行ったタイの話や、僕が行った台湾の話、さらに安田海上火災からコカコーラボトラーズ社のソフトドリンクを大量に譲り受けた話などを3人で話す。川嶋さんには、『駅へ』をお買い上げいただいた。7時半頃に石田美枝子さん、さらに石田静子さん、そして杉浦さんが集まり、雑談を交えながら9時くらいまで、チケット管理やライブの宣伝方法などについて話し合う。9時、サポートセンターを出て、10時半頃、帰宅。
 横浜線の車内で、森宣雄『台湾/日本―連鎖するコロニアリズム』(インパクト出版会)を読了。ほとんどの日本人に共通していると思うが、僕は台湾について不案内なので、けっこう勉強になった。この本は、騒動を巻き起こした小林よしのり『台湾論』(小学館)を批判するのではなく、それを書かせた在日台独派の言説に対して、鋭い批判を展開している。日本統治以後、台湾での民主化の動きは日本の進歩派から無視され続けてきたこと、これが昨今における保守派と在日台独派との蜜月を読み解く鍵となっているのだという主張は説得的だった。
 僕は決意した。台湾をフィールドとするぞ、と。いや、長期のフィールドワークをするかどうかは未定なので、単に台湾に関心を持ち続けるぞ、と控えめに宣言しておこう。日本の企業が、台湾へ原発を輸出するという話には興味があるけれど、このテーマをアカデミックに料理しようと考えているわけではない。いつになるのか分からないが、台湾が独立する日が来るのを喜びたい。ただそれだけの理由で、このように決意した。
 帰宅後、今日の打ち合わせの議事録を書くなどしてから就寝。寝たのは4時半頃だった。

1月9日(水)

 11時半に起床。昼食後、シャワーを浴びる。来月2日のシンポジウムへの参加申込者数が少ないので、広報活動に勤しもうと、朝日新聞マリオンと神奈川新聞NPOスクエアへ、イベント案内を送る。ほかに、最近、滞りがちになっていた、神奈川森林エネルギー工房のデータベースの更新を行なう。
 2時半頃に家を出て、4時近くに研究室へ到着。来週木曜日のゼミで、「リバタリアニズムと環境倫理」というテーマで報告するので、そのための準備として環境倫理にかんする論文を読む。加茂・谷本編『環境思想を学ぶ人のために』(世界思想社)、尾関周二編『環境哲学の探究』(大月書店)など。後者所収の市川達人「環境、所有、風土」に面白いところがあった。
 環境倫理の論文をまとめて読んでみると、「風土」という概念が改めて重要なように思われる。これをきちんと論ずるためには、和辻哲郎『風土』を超えて風土論を展開するオギュスタン・ベルクの議論が参考になりそうだ。読んだことがないけれど、イーフー・トゥアンも参考になりそう。学部時代の先生・鈴木秀夫『風土の構造』『超越者と風土』(大明堂)は、地理的決定論の誹りを免れ得ないので、これまで真面目に取り組んでこなかったけれど、自己と環境との関係性を論ずるとき、やはり風土論は有効だと直感される。
 「風土」とともに、いやそれ重要なのは「所有」という概念であろう。これは、環境倫理に限らず、生命倫理などの応用倫理が論じられる場面では、必ず検討しなければいけない。たとえば、環境社会学においては、コモンズ論が土地の所有という近代的概念を相対化する意味があった。しかし、相対化された後に何が残ったかと考えると、コモンズ論もまだまだという気がする。立岩真也さんらの最近の議論を参考にしながら、所有論を展開することが必要だろう。
 12時前に研究室を出て、1時半頃、自宅に戻る。6時頃まで起きていて、風呂に浸かってから寝た。

1月10日(木)

 12時半に起床。1時半に家を出て、3時前に研究室に到着。3時過ぎからの土場研ゼミ「現代社会とリベラリズム」に参加。今日は、「リバタリアニズムと生命倫理」というテーマで丸ちゃんが発表した。現在推奨されている自己決定への強い批判となっている立岩真也さん(『私的所有論』『弱くある自由へ』など)をもとにしながら議論を組み立てていた。僕は、立岩さんの議論を生命倫理に生かすと、どういうことが導出されるかに興味があったので、制御できない(してはいけない?)領域αと制御できる(してもよい)領域βの区別に関心があり、この点についていろいろと質問した。が、よく分からなかった。問いが深まったというべきか。
 6時頃、ゼミは終了。すぐに研究室を出て、横浜に向かう。7時、かながわ県民活動サポートセンターに到着。神奈川森林エネルギー工房の定例運営委員会に参加する。今日は、改めて会のミッション・ビジョンについて話し合うとともに、今年度のスタッフ体制について協議した。結果、僕は十文字さんと共同して代表職に就くことになった。できれば避けたかったけれど、ほかのメンバーが多忙なので仕方ない。そうそう、佐々木さん、『駅へ』をお買い上げいただき、有り難うございました。
 9時過ぎに、運営委員会終了。十文字さんは家に直行したが、土屋さん、佐々木さん、坂本さん、辻本さんと、「横浜家」でラーメンをすする。10時にラーメン屋を出て、帰る方面が同じ坂本さんと一緒に横浜線に乗る。家に戻ったのは11時半頃。最近、明け方まで起きていることが続いていたので、今日は3時前には就寝。

1月11日(金)

 9時半には起床したが、もたもたしていたので家を出たのは1時半。3時近くに研究室に着き、それから、来週のゼミで発表する原稿を書き始める。実は、締切が昨日だったのに、まだ書き終えていないのだ。それにもかかわらず、イケポンやタバティらと、昨日のゼミの続きのような話をして時間を潰す。僕は、やらなければいけないことがあると、それをやらないで済まそうとする逃避傾向がある。今日の自分は、ゼミの原稿執筆から逃げていた。結局、研究室では1ページ分しか書くことができず、丸ちゃんとオカベティと3人で夕食を食べて、帰宅した。家に着いたのは11時頃だった。
 PCの前に座ると、まずはメイルのチェック。神奈川森林エネルギー工房事務局宛のメイルが結構あるので、これを処理するのに時間がかかる。一通り事務仕事を済ませ、ゼミ用の原稿を書こうと思ったら、研究室で途中まで書いた原稿が手許にないことに気付く。自分では、メイルで自宅に転送したつもりだったのに、思い違いだったらしい。そこで、丸ちゃんに電話してみると、予想通り研究室にいたので、僕のPCからファイルを転送するように依頼した。ほどなく原稿が自宅に届いたので、丸ちゃんにお礼のメイルを出した。さて、取りかかるかと気合いを入れてみるが、とっても眠い。頭がクリアでないときに、ものを書くことはできないので、寝ることにする。

1月12日(土)

 起きると2時を回っていた。布団に入ったままテレビを点けると、ラグビーの大学選手権「早稲田×関東学院」が放映されていた。
 僕は、昔から早稲田大学が好きだ。駅伝、野球、サッカーなど、なんでも早稲田を応援しているが、特にラグビーは力を入れて応援している。近年、早稲田のラグビーが弱体化していたので、ラグビーへの関心は低くなりつつあった。ところが、昨年、清宮監督が就任してから早稲田のラグビーが復活し、今シーズンは対抗戦全勝優勝。さらに、大学選手権優勝までも狙える力が備わった。今年は、12年ぶりの優勝も夢じゃないと思い、布団に入ったまま、ずっとテレビをかじりつくようにして見る。結果は、16-21で早稲田の敗退だったが、間違いなく名勝負だった。タックル時には、1回1回、体を緊張させながら見るような、まさに手に汗握る好勝負だった。社会人は手強いに違いないが、日本選手権も期待してしまう。
 ラグビー中継が終わった後も、布団を抜けられず、そのままフィギュアスケートを見る。すると、6時頃になったので、いよいよゼミ原稿を書かなければいけないという危機感が生じ、PCに向かってキーボードを打ち始める。途中、ネットサーフィンに長時間興じたりしていたので、書き終わったのは朝の7時半。いやー、やっと終わったよ。締切を2日過ぎちまったがね。

1月13日(日)

 徹夜したためか、体が寒くなってきたので、原稿を書き終えるとすぐに風呂に入る。1時間くらい浴槽に浸かり、2時間ほど横になってから家を出る。12時半、実家に到着。今日は、弟の歌集関係の資料を集めに、お袋の家にやって来たのだ。昼食を腹一杯いただき、ラグビー社会人大会の決勝「サントリー×神戸製鋼」を見て、4時頃、経堂の家を出る。そのまま自宅には戻らず、町田へ行く。ここで、高原書店とフック・オフという2大古本屋を巡り、リブロでは椅子に座って適当に本を読む。9時過ぎ、リブロを出て、買い物をしてから帰宅。このとき、お袋が呉れると言っていた電話を、実家から持ち帰り忘れたことに気付く。自宅にある電話は、留守電が機能しなくなってしまったので、それと取り替えようと思っていたのに。今しばらくは、留守電のない生活を続けないといけない。12時頃、就寝。

1月14日(月)

 起きたら12時を回っていた。食事を取って、シャワーを浴びて、外出。お金の振り込みをしようと郵便局に行くが休み。そうか、今日はハッピーマンデーの「成人の日」なんだ。晴れ着を着た女の子がいるのも肯ける。今日が休みであることが分かり、研究室に行こうという気力が萎える。全国的に休みなんだから、今日は家でゆっくりしよう。そう思って、自宅に引き返す。
 昨日、町田のレコファンに足を運ぶと、聞き覚えのあるサウンドが流れていた。ロバート・スミス率いるザ・キュアだ。おー、懐かしいなあ。高校生の頃は、かなりキュアに惚れ込んだものだった。あのポップなメロディーと、ロバート・スミスのくせのある声。彼らの作るMTVも格好良かった。こんな風に、昨日は一気に15年も前の記憶が蘇ってきたのだった。と言うわけで、今日は、家でキュアを聞いた。ついでに、ビデオも観た。思えば音楽を良く聴いていた頃だった。
 時間があったので、神奈川森林エネルギー工房の事務局作業に精を出す。最近、時間を掛けているのは、広報宣伝活動。来月2日のシンポジウムには、100人程度の参加者を招きたいのだけれど、まだ申込者は20名程度。うーむ、積極的な宣伝を仕掛けないといけない。とりあえず、環境関係のイベントを掲載してくれるマスコミやミニコミ、サイト、メイル・マガジンなど、思いつくところにはアクセスして、情報掲載を持ちかけてみる。こういうことを地道にやるだけでも、かなり時間を食ってしまう。17日(木)に開催するバイオマスサロンは満員御礼だし、報告書の売れ行きもまあまあなんだけどなあ。まあ、残り後2週間あるので、できるだけ宣伝することにしよう。就寝は6時(なんで、こんな遅くまで起きているの?)。

1月15日(火)

 12時半起床。シャワーを浴びてから外出。2時過ぎに研究室到着。2時半からゼミに出席。今日の発表は、廣田さんとサエちゃん。2人とも変な研究をしている。すっきりしない研究をしている。要領良く、さっぱりとまとまっている研究とは正反対の位置にあるような研究である。おそらく、僕には分からない拘りを持ってやっているのだろう。そういう変な研究を最後までやり抜くことができたら、それは面白い。
 4時半頃、ゼミが終了する。その後、20日~21日に予定されている研究室旅行について、話し合う。行く場所は、館山と伊豆が候補に挙がっていたが、結局、稲取温泉を中心とした東伊豆辺りと決まった。今回の旅行の目玉となるのは、稲取名物の金目鯛料理。それと、海を一望できる露天風呂。ほかには、ミカン狩りまたはイチゴ狩り。さらに、ちょっとマイナーではあるけれど、稲取温泉の「雛のつるし飾りまつり」が開催中だ。いろいろと想像してみると、胸が高まる。美味しいものを食べて、気持ちよい風呂に入れれば、極楽ですな。期待大!
 旅行の打ち合わせ終了後、この間徹夜して書いたゼミ用の原稿「リバタリアニズムは環境問題の解決に無力である」に赤を入れる。10時半に研究室を出て、12時頃、帰宅。それから、自分のサイトの更新などに時間を費やし、また6時に就寝。

1月16日(水)

 12時過ぎに起きたが、家を出たのは3時頃。郵便局でお金を振り込み、研究室へ。4時半頃、大学に着くと、借りている本のうち、まだ詠んでいないものをコピーして返却。その後、日曜日からの旅行の計画を立てるために、「るるぶ」などで調べる。
 今回の旅行の1つの目的は、コロンビアからの留学生・カルロスと親睦を図ることである。カルロスは、「絵心が試されるボードゲームでピクショナリというゲームがある。これがとても面白いのでみんなでやりましょう。あいにく、手許にはないけれど、近日中に入手します」と言っていたらしい。そこで、今日、カルロスに、「ピクショナリ、買った?」と尋ねてみたら、「東急ハンズ渋谷店には無かった。新宿店を探そうと思う」と応えるので、「ハンズにはいくつかの支店があるので、電話して在庫を調べてみるよ」と言って、ピクショナリ探しが始まった。調べた結果、どうやらピクショナリを扱っている業者が倒産したとかで、取り扱いできない状態にあるらしい。その後、丸ちゃんや重マッチも、このピクショナリ捜索に参加し、ネットと電話を駆使して探した。しかし結局、分かったことは、ピクショナリはすでに廃盤になっていて、扱っている問屋もない、ということだった。つまり、どこかの販売店の片隅にでも、在庫がない限り、ピクショナリは買えないのだ。カルロスはそのことを知ってから、Amazonを通じてピクショナリを購入しようとしたが、なぜか日本には輸入できないらしいことが分かって、ギブ・アップ。でも、幻のボードゲームであることが分かると、ますます遊んでみたくなるものだ。だれか、ピクショナリにかんして、有益な情報をお持ちではないでしょうか。
 9時前に研究室を出て、大井町線と田園都市線を利用して、藤が丘駅へ。駅から近い「養老の滝」で開かれている恩田の谷戸ファンクラブの定例会に出るためだ。僕は、この会では会計を務めている。27日に総会があるので、その時までに決算報告と予算書を作らなければいけない。今日は、2001年会計年度を締めるにあたって、代表の高橋さん・藤田さん、会費徴収をしている稲垣さんと打ち合わる必要があって、ミーティングに参加した。久しぶりの参加であったが、今日はメンバーが少なかった。ほかに、久保さん、福富さん、斎藤さんを入れて、合計7名。議題となるような案件も少なく、10時半頃には打ち合わせが終わり、高橋さんの車で自宅まで送ってもらう。
 11時半頃、帰宅。ピクショナリのことが気になっていたので、帰宅後直ぐにアット・ニフティのゲーム・フォーラムで、ピクショナリをどこで買えるかを質問。ほどなく、1通の返事があったが、応えは「絶版で手に入らないなら、お近くのゲームサークルに参加されれば遊べると思います」というものだった。別に、、ゲームサークルに入ろうという気持ちはないんだけど・・・。
 夜、若林正丈『台湾』(ちくま新書)を読み終える。台湾史を通観するには良いテキストだと思う。僕としては、台湾の原発問題や、先住民居住地での環境問題などに関心があるので、部分的に参考になった。就寝は6時過ぎ。すっかり、この時間に寝ることが、ルーティン化してきた。

1月17日(木)

 11時過ぎに起床。12時半に家を出て、東横線の綱島駅まで行く。ここで下りて、雑貨とカレーのお店「まあじょらむ」へ行く。
 今日から5日間、「まあじょらむ」でペレットストーブを置いてもらうことになっている。これは、神奈川森林エネルギー工房とJCCCA(地球温暖化防止活動推進センター)との共同事業「地球の学校」によるものだ。事業目的は、飲食店にペレットストーブを置いて燃焼させ、それをいろいろな人に見てもらい、普及啓発を図ることにある。また今日は、この事業に合わせて今晩6時半から「バイオマスサロン」として、小川町自然エネルギー学校の阿部さんに、小川町の話とオーストリアの最新木質バイオマス事情をしてもらうことになっている。僕が、サロンが始まるずっと前に「まあじょらむ」へ立ち寄ったのは、このサロンに必要な受付名簿と配付資料を届けなければいけなかったからだ。具合の悪いことに、今日は3時過ぎから6時頃まで土場研のゼミがあり、僕が発表することになっている。ゼミが終了してから急いで「まあじょらむ」に来ようとしても、サロンが始まってしまう。このため、ゼミの前に、必要書類を届けに来たのだった。
 「まあじょらむ」に着き、まずペレットストーブを見る。とても良い感じだ。お店のウッディな雰囲気とよく調和している。こんな洒落たお店が家の近くにあったら嬉しいと思った。
 すでに、店には十文字さんと佐々木さんがいた。ちょうど、ストーブの説明係が、佐々木さんから十文字さんへと交替するところだったのだ。僕も、次の土曜日には、この説明係をやることになっている。また、TRネット(鶴見川流域ネットワーキング)の平山さんもいらっしゃった。TRネットの事務所は、「まあじょらむ」の入っているビルの隣のビルに入っており、近いので遊びに来ていたようだった。
 ところで、僕が「まあじょらむ」に足を踏み入れたのは、今回が2度目である。1回目は、約1年前の2000年12月であった。「もっかな探検隊」の忘年会を、ここで開いたときに来たのだった。そのことを、お店のスタッフに告げると、その忘年会の様子をよく覚えていらっしゃった。特に、金ちゃんがレゲエ髪を振り乱して、ボブ・マーレーを唄いながら踊ったので、記憶が鮮明に残っていたらしい。また、今度の3月3日に「もっかな探検隊」が主催するコンサートの話をしたら、とても乗り気になってもらえたので、チケットを10枚とチラシを置かせてもらうことにした。
 2時半過ぎに「まあじょらむ」を出て、3時前に研究室へ。急いでレジュメをコピーして、3時過ぎからのゼミに出る。今日のゼミのテーマは、「リバタリアニズムと環境倫理」。僕が1時間弱の時間を使って発表し、イコマロと土肥研の松島くんからコメントがあり、それに僕がリプライするという形でゼミは進められた。イコマロのコメントが的確だったので、僕としては実りあるディスカッションができた。何かが解決されたわけではないが、確実に問いが深まったように思う。しかし、ゼミに出ていつも気になるのは、東工大生一般に見られる元気のなさ。こういう連中が、卒業後にまともな所に勤められることを考えると、「まともな所」が「まともではない」と分かる気がする。東工大の学生を見ている限り、この大学は本当にヤバイ。何も新しいものが生まれてくる気配が感じられない。
 6時頃、ゼミは終了。すぐに、研究室を出て、「まあじょらむ」に向かう。6時45分頃、「まあじょらむ」到着。すでに、バイオマスサロンは始まっていたので、慌ててノートパソコンを開いて、議事録を採り始める。参加者は20名。お店がぴったり満員になるくらいの人数だった。今日は、通常のサロンと違って、参加費が1,500円と500円高くなっている。それは、軽食としてカレーが出るからだ。議事録を採っていると、スタッフの方がそのカレーを持ってきてくれた。しばし手を休めて食べると、これが美味い。阿部さんの話も面白かったし、非常に充実したサロンだった。一応、8時まで阿部さんに講演していただき、それから約1時間は、今後、ペレットストーブをどのようにして普及させていくかを、参加者同士で話し合った。相変わらずの十文字さんの巧みな司会振りが光っていた。そのせいか、参加者からの適切なコメント・質問が後を絶たず、有意義なワークショップになったと思う。これと、大学でのゼミを比較すると、いかにゼミがダメかと痛感する。
 9時にサロン&ワークショップは終了。その後、参加者とスタッフが10名残り、居酒屋で親睦を深める。11時半まで飲み、帰る方角が同じ小寺さん・小島さんらとと一緒に南武線に乗る。小島さんの彼女が、携帯電話に「ちゅらさん」のストラップを付けているのを発見し、親しみを覚える。登戸で小島さんらと別れ、小寺さんと小田急線の百合ヶ丘までご一緒して、1時前に帰宅。4時頃、就寝。

1月18日(金)

 12時半に起床。神奈川森林エネルギー工房発行の『解体木材からエネルギーを!? 11の提案』に対して、注文が相次いでいるので、これをまとめて発送する。昼飯を食べようと思うが、食べ物がないので、近くのスーパーに行って、買い物をする。
 最近は、けっこう家で料理を作っている。もっぱら、イタリアンである。といってもワンパターンで、トマトの缶詰を駆使しているだけだ。チキンのトマト煮、アマトリチャーナがお気に入りだ。客観的に美味しい料理ができているのかは分からない。誰にも食べさせたことはないので。でも、十分自己満足できる味に仕上がる。もう1つ凝っているのは、スパゲティである。スパゲティは、あまり時間をかけずにできるから良い。一番簡単で良く作るのは、納豆スパ。次がツナスパ。アマトリチャーナも良く作る。今日の献立は、昼にツナスパ、夜はアマトリチャーナだった。
 6時過ぎ、町田に行く。日中、僕はコンタクトレンズをはめているが、夜は眼鏡を掛けている。この眼鏡が、何度か寝ているうちに押しつぶしたりして、どうあがいても元通りにならないくらい滅茶苦茶に曲がっている。最近ずっと眼鏡を直さねばと思いつつ、眼鏡屋に行く用事を忘れていたので、時間のあるときに行くことにしたのだ。西友に入っている眼鏡屋で事情を説明すると、預けて15分待てば直せますという返事だった。そこで、リブロで立ち読みして時間を潰し、30分後に取りに行くと、まるで買った当時のように元通りに戻っていた。ネジを4本付け替えてくれたというのに、料金はタダだった。2,000円払っても良いと思ったよ。
 眼鏡を預けている間に、いわゆる『100人の地球村』を読む。これは、昨年、まだ朝日新聞を購読しているとき、天声人語で紹介されて知った話だ。事実として、知っておいた方が良い数字も多い。グローバルスタンダードを創っているアングロサクソン系はマイノリティであること、ホモセクシャルが10人に1人くらいいることなど。また、地球の人口を100人としたとき、大学教育を受けるのは1人であるという事実を、僕も含めて学生はどのように読めばよいだろうか。
 帰宅して、100人の地球村にかんしてネットで検索してみた。すると、思いがけず森岡正博「生命学ホームページ」(ホーム>対米テロ>)にたどり着いた。森岡さんは次のように結論する。「日本語版『100人の地球村』は、オリジナル1000人の村にあったメドウズ婦人[注:『成長の限界』などで著名なローマクラブのメドウズ氏の配偶者]の『南の国の人々への視線』が、次々と薄められ、いまここにいる私とその小さな周辺の自己肯定へと、どんどん矮小化されていった結果できた文章である」と。
 『100人の地球』は事実の記述にとどまらず、先進国で生きる「わたしたちの生き方」にまで言及している。最終的には「生きていることは素晴らしい」という、アホなことが書かれている。こういう本を買うくらいならば、『駅へ』を買う方が1,000倍もましだ。
 悪態を付いてしまいました。反省。夜は、恩田の谷戸ファンクラブの会計の仕事。5時には就寝。

1月19日(土)

 10時半、いったん目を覚ます。次に起きると12時半。急いでシャワーを浴び、着替えて外出。2時前、綱島にある「まあじょらむ」に到着。店内に入ると、十文字さんが居て、その側に見知らぬ女性がいた。彼女は、イラストレーターの中川さん。1度、メイルを交換したことはあったものの、実際にあったのは初めてだった。
 神奈川森林エネルギー工房は、イオングループ環境財団より助成金を得て、木質バイオマスエネルギーの普及啓発用に絵本を作ることになっているが、その絵本を描いてもらっているのが中川さんだ。早速、名刺を交換すると、もらった名刺には彼女の繊細なイラストが。さらに、「買い物袋を持とう」なんて、エコな主張が書かれてもいる。十文字さんは、2時半頃、用事があるからと店を出たので、その後は中川さんと約30分間、NPOをテーマにして語った。僕よりは10歳くらい若いはずだが、堂々と自分の主張ができるところが彼女の良いところだと思った。3時頃、彼女の友達が店にやって来て、一緒に出て行った。
 3時から7時までは、ペレットストーブの案内係として「まあじょらむ」で待機する。ただし、今日はなぜか暇な日で、お客さんがほとんど来ない。ただ椅子に座って、ストーブの火に当たっていても時間は過ぎるばかりなので、横浜市内の環境NPOに来月開催するシンポジウムのチラシを郵送するため、宛名書きをして時間を潰す。
 7時、ペレットストーブの消火を済ませ、「まあじょらむ」を出る。8時前、新宿駅に到着。歌舞伎町内にある「ととや」(総本店)に着いたのが、ちょうど8時頃。ここで、かつて所属していた劇団・どどど企画のメンバーによる新年会に加わる。すでに、刀根さん、板野さん、マギー、ゲル、宏樹、早苗ちゃんが集まっていた。30分後には、マーもやって来た。刀根さんは、相変わらずフルにボケている。10年以上前に初めて会ったときから、「ボケなんだか、呆けているんだか」と評されていたそのボケぶりは、一向に衰える気配を見せていない。このボケぶりを見られただけでも、新年会に参加した意味はあったと思える。
 それはそうと、来月、ゲルと早苗ちゃんは結婚式を挙げる。あいにく、当日は参加できないので、ここに祝意を表したい。結婚、オメデトウ!
 11時頃、新年会は終了。駅へと向かう間、マギーからフロリダ土産をもらう。新宿駅で他のメンバーと別れ、小田急線に乗る。12時過ぎ、帰宅。

1月20日(日)

 今日から明日にかけて、研究室のメンバーと1泊2日の伊豆旅行に行った。その顛末は以下のとおり。
 7時半、起床。シャワーを浴び、8時45分頃、家を出る。9時前に自由が丘駅着。ベティ、イコマロ、カルロスが待っていた。すぐにカケコさんもやって来て、4人でトヨタレンタカーまで5分ほど歩く。ここで、7人乗りのイプサムを借りる。ベティの運転で、まずニロさんの家へ。すぐに、彼女の家に着き、ニロさんをピックアップ。ついでに、日本酒も3本ピックアップする。
 僕ら6人を乗せた車は、用賀ICから東名に乗る。海老名SAでいったん休憩を取り、ここでドライバーがイコマロに変わる。休憩後、さらに西へ、南へ向かう。厚木ICから小田原厚木道路に入り、小田原からは海沿いに南下。12時半過ぎ、伊豆高原の大室山麓で、先発隊の丸ちゃん、池ポン、タバティと合流。ここからは、僕がイプサムを運転することになった。
 すぐに、「ガーリックハウス」というイタリア料理店に入る。少し待たされた後、席に着く。僕の前に留学生のカルロスが座ったので、和風パスタを試食してもらおうと、明太子ソースのパスタを注文。しばらくして、注文したパスタが来たので、カルロスの分を取り皿に分ける。カルロスはスペイン語でデリシオーソと言ってくれたが、本当に口にあったのだろうか。
 伊豆高原には、いくつもの博物館・美術館がある。そのうちの1つ、からくり時計博物館(600円)に入る。全国唯一の専門館であるそうだが、インパクトのある面白い時計は少なかった。他のメンバーも同様の感想をもったらしく、館外に出ると、もう博物館巡りはいいよ、という顔をしていた。そこで、別名「伊豆の瞳」と呼ばれている一碧湖に行くことを提案したら、これに乗ってくれて、車で一碧湖へ行く。湖畔の駐車場に車を止め、湖を歩いていると、ボート乗り場にたどり着いた。せっかくだから、3人乗りの足漕ぎボート3艘でレースをしようということになり、亀の形をしたボートを3艘借りた(1艘30分1700円)。
 グー・チョキ・パーで、9人のメンバーを3組に分け、レースの準備は整った。レースは、ボート乗り場から対岸に見える赤い鳥居までの直線コースを走り、どの組が一番早いかを競うというもの。次に行く温泉代を賭けて、いざレース開始。スタート直後は、先頭を争っていたものの、すぐに遅れ始め、その後は一向に追いつく気配が無くレース終了。優勝は、ニロさん、池ポン、タバティの組だった。スピード系のレースでは、負けないと思っていたのに・・・。
 レースを終え、ボート乗り場に引き返し、車に乗る。そこから、今日のメイン・スポットである北川(ほっかわ)温泉黒根岩風呂に向かう。が、ここは混浴露天風呂なので、その手前の大川温泉で女性2人(ニロさん、カケコさん)を降ろすことにする。磯の湯という海沿いの露天風呂はワイルド過ぎるという理由で敬遠され、結局、女性陣は伊豆大川温泉ホテルで日帰り入浴することになった。
 女性2人と大川温泉で別れ、僕ら男性陣は目的地・北川温泉黒根岩風呂(600円)へ。ここは、男性の更衣室も無いようなところであるが、海がすぐ近くにあって眺望が良いのが売りだ。すぐに着替え、待ちに待った風呂に入る。広い海と間近に大島を見ながら入る露天風呂は、最高に気持ちよい。お湯の温度が多少ぬるめで、長時間入っていられるのも良い。北川温泉は、かなりポイントの高いよ。
 4時から5時まで風呂に入った後、大川温泉に入っていた女性2人をピックアップして、今日の宿泊地・稲取に向かう。稲取には、矢野研助手・佐藤さんの別荘があり、ここに泊まることになっているのだ。稲取温泉に着く少し手前を右折して、バイオパークに向かって登って行き、多少道に迷いながらも、6時半に佐藤さんの別荘に到着。取りあえず、荷物だけ部屋に置き、夕食を食べに出掛ける。7時過ぎ、予約を入れてあった「網元料理・徳造丸」に到着。全員、店員さんが勧める「為朝コース」(3,500円)をオーダー。
 さて、この料理の内容だが、とにかく盛りだくさん。稲取名物の金目鯛の煮付けのほか、金目鯛の刺身が入った舟盛り、カニ入りの大きな味噌汁、天ぷらなど、豪勢な魚づくしだった。ご飯も少し変わっていて、クチナシの実で黄色く色づけた「きめしご飯」というもの。ご飯がお代わり自由というのも良い。これで、3,500円は安いと言えよう。東京だったら、10,000円払わないと食べられないくらいの料理である。
 腹一杯になって店を出る。コンビニで明日の朝食用の食材を買い込み、9時頃、宿泊場所に戻る。室内が寒いので、こたつに9人入って、話し始める。タバティがトランプを持ってきていたので、これで何かやろうという話になる。カルロスに、どういうトランプゲームを知っているかと尋ねると、「ビッグ・ハンド」というアクション系のゲームを紹介してくれた。ここにルールまで書いていると長くなるので省略するが、このトランプゲームで大いに盛り上がった。もちろん、カードゲームには賭けがつきもの。負けたタバティは、明日の朝食の片づけをすることになった。 「ビッグ・ハンド」の次には、またもカルロスが提案したジェスチャーゲームをやることに。これも大いに盛り上がった。カルロス、有り難う。
 1時頃だったか、寝る準備をし始める。敷き布団が少ないので、ソファーのクッションや座布団を使って、約5畳分のスペースに7人の男が寝られるようレイアウトする。2時頃、僕は就寝。

1月21日(月)

 7時半、起床。あいにく、今日は雨が降っている。ニロさんや丸ちゃんなどが積極的に動いて、朝食を用意する。カルロスとベティは、9時過ぎの電車で東京方面に帰らないといけないので、まず彼らが朝食を取る。8時半過ぎ、カルロス&ベティは先に帰った。
 さすがに昨日の疲れがあってか、今朝のメンバーの動き出しは鈍い。朝食後は、こたつに入りながらごろんと横になっている。それでも、10時には動き出して、布団を押入に戻したり、部屋の片づけをしたりなど、帰る準備を済ませ、10時半に別荘を出る。
 まずは稲取の中心地に行き、昨日から始まった「雛のつるし飾りまつり」を見るために、「雛の館(富岡邸)」に入る(200円)。に入る。雛のつるし飾りとは、雛祭りの時に雛壇の両脇に人形を飾るもので、全国でも珍しい風習だとされる。娘の良縁や健康を願うため、一針ずつ心をこめて作られた桃、唐辛子、這い子人形、巾着、ほうずきなどの飾りをつるすのだ。そうした飾りが、広くない「雛の館」の中に、ぎっしりとつるされていた。これを見終えると、次は稲取灯台にほど近い「どんつく神社」に行く。この小さな神社にわざわざ足を運んだのは、ここの御神体が男性の性器をかたどったものだから。この2つを見て、稲取観光はおしまい。車を南下させて河津へと向かう。風呂に入りたかったので、河津にある「踊り子温泉会館」へ。しかし残念ながら、本日は休館。さらに南下して下田まで行くことにする。
 下田に到着したときは、すでに12時を大きく回っていた。伊豆急下田駅の土産物屋で、研究室用の土産などを購入後、昼食を取るために「亀遊」という店に入る。ここは、釜飯が有名なところなので、店主が勧める「地金目鯛の釜めし」(1,500円)を頼む。注文後から炊き始めるため、30分以上経って、やっと金目鯛の釜飯が出てくる。一口食べ、期待に違わぬ旨さに感動。池ポンは、お腹減っていないから蕎麦でもいいですよ、と言っていたが、釜飯を食べて正解だったと思う。
 昼食を食べ終わり、店を出たのは1時半頃。当初の計画では、下田での昼食後に韮山でイチゴ狩りを楽しむ予定だったが、イチゴ園の開園時間が4時までで、それまでに間に合うかどうか怪しくなってきたのでキャンセルする。その代わりに、下田付近の温泉に入ろうという話になり、「亀遊」の店員さんに勧められて、下賀茂温泉に行くことにする。車で約20分かけて、下賀茂温泉の「銀の湯会館」(900円)に到着。ここで約1時間、温泉に入る。4時頃に出て、一路、東京方面に向かう。帰りは、行きと異なって天城峠を抜ける山越えルートを取り、沼津ICから東名に乗る。横浜町田IC付近で交通事故があり、事故地点から17kmほど渋滞していたため、秦野中井ICから高速を下りることも検討しながら上り車線を走る。足柄SAで休憩しているとき、事故処理が終わったという知らせがあり、そのまま高速道路を東進することに。僕とタバティは家が郊外にあるため、他のメンバー5名と異なり、都心まで行く必要がない。僕はタバティ・カーに乗せてもらい、厚木ICで下りて、本厚木の駅前で降ろしてもらった。本厚木からは小田急線で最寄り駅まで行き、近くのスーパーで買い物をしてから帰宅。8時半頃だった。
 1泊2日の伊豆旅行は終了。全体を振り返ると、非常に面白かった。そこでお礼を。まず、別荘を快くご提供いただいた矢野研助手・佐藤さんに感謝。佐藤さんには、北川温泉や「徳造丸」など、この旅行上の重要なポイントをお勧めいただいたりもしていた。もし、身近に佐藤さんがいらっしゃならかったら、今回の旅行はこれほど楽しいものにならなかったはずである。次に、カルロスに感謝。初日の晩に提案してくれたトランプゲームやジェスチャーゲームが魅力的だったので、いつの間にか引き込まれ、真剣になって遊べた。池ポン、幹事を引き受けて呉れてありがとう。会計処理もスムーズで良かったです。お疲れさま。タバティ、まだ免許を取ってから間もないのに、2日間ずっと運転するのはしんどかったと思います。お疲れさま。ベティ、修論を書かなければいけない忙しい時期、それも2日目は朝早くに帰らなければいけないのに、時間を割いて泊まりるという性格が、僕は良いなあと思う。イコマロ、今回、温泉と食事が良かったのは佐藤さんの適切な助言だけでなく、イコマロのセンスの良さがあったからだと思います。丸ちゃん、いつも研究室を盛り上げようというパワーを、僕は高く買っています。今回も、丸ちゃんのパワーがあったからこそ、旅行が成立したのでしょう。カケコさん、笑顔と素直なところが良いですね。その場の楽しさが倍になります。また、ジェスチャーゲームでの奮闘ぶりは、目に焼き付いています。二ロさん、日本酒とケーキ、ごちそうさま。ニロさんの潔さ、ノリの良さは、僕にとってはとても快く感じられ、ストレスを感じずに旅行ができました。以上、お休みなさい。

1月22日(火)

 9時半、起床。週末に溜まったメイルに対し、何通もの返事を書く。意味もなく、珍しくスーツを着用して、12時に外出。徒歩で30分近くかけて、東日本銀行奈良北支店に行き、恩田の谷戸ファンクラブの通帳に記帳。1時頃、玉川学園駅に着き、研究室へ向かう。2時、矢野・土場研のゼミに参加。ベティの発表を聞く。
 ゼミ終了後。久しぶりにキノピーに会ったので、彼女にいつ送別会を開くか相談する。「今日なら空いてますよ」というので、送別会・序を今晩行なうことにする。あまりに唐突すぎたために、参加者が少ないと予想されたが、メイルで研究室のメンバーに声を掛けると、7名の参加者が集まった。キノピーが、ワインと鶏とご飯が食べられるところが良いというので、ネットで条件を満たす店を探し、自由が丘に適当な店を見つける。そこに7時に予約を入れて、時間が来るのを待つ。その間、土場先生に呼び出され、来週木曜日(1/31)に土場研ゼミの打ち上げの幹事を務めるよう頼まれる。6時45分、キノピー、丸ちゃん、イコマロ、タバティ、カケコさんと共に研究室を出て、大井町線で自由が丘へ。自由が丘で重マッチと合流して、予約してあった「鮮鮮(いきいき)」に入る。それから11時頃まで約4時間、飲食とトーク。キノピーが楽しそうだったので、今日やって良かったと思う。12時半、帰宅。酒を飲んで帰ると、家で仕事をする気になれない。すぐに就寝。

1月23日(水)

 9時半、起床。今晩は、恩田の谷戸ファンクラブの会計検査があるので、それまでに昨年の決算報告書を作らないといけない。このため、10時から会計の仕事に取りかかる。が、仕事がなかなか進まない。まだ、恩田の谷戸ファンクラブの会計を始めて2年目なので、仕事が身に付いていないのだ。昨年やったことを思い出しながら、仕事を進める。
 2時過ぎ、やっとこさ決算報告書を書き上げる。すると、腹が減っていることに気付き、「まあじょらむ」で購入した特製スパイスを利用し、キーマカレーを作る。スパイスが良いために、むっちゃ美味いカレーが完成。そして、3人前を一気に食べる。幸せと共に、妙な寂しさを感じる瞬間である。
 食後、アリスセンターのメイルマガジン「らびっとにゅうず」を編集・発行。さらに、このサイトの日記を書く。7時半、玉川学園前まで行き、ここで高橋さんにピックアップしていただき、子どもの国近くのモスバーガーに向かう。モスバーガーの店内で、会計検査を行なうのだ。モスバーガーに着くと、ちょうど監査の須藤さんも到着したところだったので、3人で店に入る。30分ほどして藤田さんもいらっしゃる。その後、11時まで検査兼打ち合わせ。帰りも高橋さんに送っていただき、11時半頃、帰宅する。今日は、一日中、NPOの仕事に携わっていた。ボランティア、ボランティア、ただ働き、ただ働き・・・。

1月24日(木)

 今日はトッコの誕生日。天に召されてから、6回目の。
 11時半に起床。12時半に家を出て、2時頃、研究室に到着。3時のゼミまで時間が少しあったので、「奥野かるた店」に電話をかける。先週買いそびれたピクショナリの在庫がこの店にあるという有力情報を得たので、確認するために電話してみたのだ。すると、意外にあっけなく、「はい、ありますよ」の声が。1,500円のポケッタブル版と7,800円の英語版があるという。もともと、ピクショナリはカルロスが勧めてくれたボードゲームなので、カルロスとプレイすることを念頭に英語版を買うことに決定。しかし、どんなゲームか分からないのに約8,000円を1人で出すのには勇気がいる。そこで、研究室のメンバーに「ピクショナリ基金」を募り、少額を出し合って買うことを企画。すぐに、そのことを研究室メイリングリストで流す。すると、あっという間に基金へ拠出するメンバーが集まり、すぐにでも買える体制が整った。この時点でちょうど3時になったので、土場ゼミに出席。今日は、東大の盛山和夫先生による特別講義だ。盛山先生と言えば、単著では『制度論の構図』(創文社)や最近の『権力』(東京大学出版社)、共著では『秩序問題と社会的ジレンマ』が有名だ。共に読んだことがあるのに、単著の内容はあまり覚えていない。そういうわけで、ほとんど予備知識無く聴いたのだが、今日の講義はきわめて分かり易かった。ロールズのリベラリズムを取り上げて、これがリベラリズム・ドクトリンと矛盾を引き起こしてしまうことが説得的に指摘された。ここまでは、非常にクリアに議論されたように思う。しかし、その後、どのように落とし前をつけるのにか、腐心されているような印象だった。でも、講義を聴いたことにより、自分の頭の中がだいぶ整理されて良かった。
 5時頃には特別講義が終了。「奥野かるた店」の閉店時間が6時半なので、今から行けば今日中にピクショナリを買うことができる。そう思うと、是が非でも買いに行きたくなり、5時半頃、研究室を出て、そのお店のある神保町に向かう。大井町線・目黒線・都営三田線を利用すると、40分ほどして神保町駅に着く。地上に出て、水道橋方面に向かって3分ほど歩くと、左手に「奥野かるた店」があった。店に入り、すぐさまピクショナリ・英語版(7,800円)を購入。朝から何も食べていなかったので、神保町の駅の近くで夕飯を食べる。そして、Uターンして緑が丘へ。
 7時半頃、研究室に戻ってみると、イコマロ・池ポン・タバティ・重マッチがいたので、さっそくピクショナリを開封し、プレイしてみる。要は、ジェスチャーゲームのイラスト版に双六をミックスさせたようなゲームなのだが、かなり盛り上がる。英語版が幸い(災い?)してか、日本人には馴染みの薄い単語が出題カードに記載されていたりするところが、また面白い。たとえば、SQUARE DANCE とか BAY OF PIGS とか。8時頃から始めた1回戦は9時過ぎに終わり、タバティと重マッチが抜け、丸ちゃんが入った2回戦は11時近くまでやった。12時頃、研究室を出て、1時半に帰宅。今日は、ピクショナリな1日だった。

1月25日(金)

 起床が12時半。1時に家を出て、京王線・南大沢駅に向かう。小田急多摩線と京王線を使い、1時40分に南大沢到着。すでに駅前の喫茶店に来ていた原口さんに電話を掛けて、駅に着いたことを知らせると、彼女はすぐに現れた。今日は、原口さんとアカデミックなトークでもしようと、初めて都立大までやって来たのだ。
 原口さんと最初に口を利いたのは、昨年、京都で行なわれた環境社会学会のセミナーだったように記憶している。その後、日本社会学会の大会でも会った。環境社会学会の会員の中に、ほとんど知り合いを持っていない僕にとって、原口さんは数少ない学会関係の知人である。また、ただ知人というだけでなく、環境的正義の専門家として尊敬しており、今後、いろいろとご教示願いたいと思っている人である。
 その原口さんから、先日、研究報告書が2冊送られてきた。大変嬉しかったので、そのお返しにと、僕も自分が関わっているプロジェクトの報告書を差し上げることにした。最初は郵送することを考えたけれど、原口さんが所属している都立大は自宅から近いので、報告書を渡しに行くとともに話をする時間を作って貰うことにしたのだ。
 都立大は南大沢の駅のすぐ近くにある。キャンパスが完成してから10年ほどらしいので、かなりきれいな大学だ。人文学部棟に入り、3Fには江原由美子さんや宮台眞司さんなどの研究室がある。4Fに上がると、社会学科の学生の談話室があって、ここに通される。それから、原口さんと2時間半くらいトークした。久しぶりに、強い刺激を受けた。感化されたと言ってもよい。環境的正義は、これからの環境社会学において、研究の主軸となるべきだと思った。
 5時からゼミが始まるというので、その前に別れて、都立大を後にする。帰り道の途中、近くのスーパーで買い物をして、7時半頃に帰宅。「まあじょらむ」のスパイスを生かして、キーマカレーを作る。またしても、美味いカレーができた。眠いので、12時には就寝。

1月26日(土)

 11時半に起床。昨日作ったカレーの残りを食べ、12時半に家を出る。今日は、環境社会学会の研究例会があるので、市ヶ谷の法政大学へ行く。僕の祖父は法政でドイツ語を教えていた。そんなこともあって、一度は法政のキャンパスに入りたいと思っていたので、今日やっとその願いを叶えることになったのだ。
 2時、69年館1階会議室にて研究例会が始まる。参加者数は50人程度か。かなり多い。今日は、法政大・院の茅野さんによる「日本の環境社会学の主要研究領域」というテーマ報告と、FoEの佐野さんによる「市民的専門性を地域の社会運動にどう培うか」という自由報告があった。前半のテーマ報告では、コメンテーターを法政大の堀川さんが務めた。その堀川さんのコメントに面白い点があった。堀川さんは、構築主義による言説分析を身体性の欠落という観点から批判するとともに、環境の持つ怪しい力に惹かれて歴史的環境を題材に研究するようになったと述べた。これは、松井さんが言っている「自然の本源的な優越性」という命題と極めて近しい関係にあると思われる。しかし、この堀川さんが言う怪しい力を論証することは困難だ。ならば、どのように記述すればよいのだろうか。ここは、掘り下げて考えるべきポイントであるはずだ。
 ノッているとき、僕はお喋りだ。今日の研究例会では、3回発言した。かなり控えめに話したつもりなんだけど、最多発言回数となってしまった。だいたい、何十人も参加者がいると、議論が今ひとつまとまらくて不満が残る。きちんと議論を詰めるならば、問題関心の近い人が3、4人いればOKだと思う。議論するときは、とことん議論したくなるのが僕の性分だ。これは、昔から変わらない。
 研究例会には、何人か知った顔があった。矢野研・橋爪研出身の品田さん、原科研の井関くん、昨日会った都立大の原口さんなど。でも、圧倒的に知らない人の方が多い。今後、環境社会学会を中心にして学会活動を行なってゆくつもりなので、今のうちに顔を売っておいた方が良さそうだ。そんなことを計算して、5時の研究例会終了後、有志の集まりにも参加した。市ヶ谷駅近くのプロントに入り、隣や向かいに座った人と喋る。こんな感じで、地道に自分を売っていくしかあるまい。
 7時過ぎにプロントを出て、帰宅したのは8時半頃。最近のお気に入りであるアマトリチャーナを作って食べる。深夜は、明日の総会に向けて、恩田の谷戸ファンクラブの決算報告書・予算案を作成。就寝は6時。

1月27日(日)

 9時に起床。雨が降っているので、今日の午前中に予定されていた恩田の谷戸ファンクラブ(OYFC)の作業は中止。再び寝て、11時半に起きる。すぐに外出し、11時50分、玉川学園駅前で高橋さんにピックアップしていただき、こどもの国の近くにある「うどんカフェ」へ。1時半から始まるOYFC総会の前に決算報告の最終チェックを行なうため、会計の僕と会計監査の須藤さんと代表の高橋さん・藤田さんで集まることになっていたのだ。水曜日に一度監査を受けているので、今日は修正点だけを確認しただけなので、ほとんど時間を要さなかった。「うどんカフェ」のうどんは美味しかった。
 1時に店を出て、高橋さんの車で、総会会場となっている徳恩時に行く。1時半、総会開始。今日の参加者は12名。例年よりも少な目か。事業報告、および僕が担当する決算報告と予算案は、特に問題もなく了承された。しかし、今年度の事業計画がなかなか定まらず、結局、議論が煮詰まる前に5時になったので総会は終了した。
 現在のOYFCは、やるべき事、やりたい事がたくさんあるにもかかわらず、マンパワーが不足しているため、十全にこなすことができない状況にある。たとえば、設立してから10年経過したので、これまでの活動を振り返るために10周年記念誌を作ろうという話がある。会員の多くは、この事業を必要と認識しているが、従事するには荷が重いため、事業がスタートしていない。僕も、沖縄に長期で調査に出掛けたりするため、なかなか責任ある仕事に就けないのが現状である。他力本願であるが、谷戸の保全のために、より多くの人々の力が結集されることを願う。
 ところで、この総会の最中、僕はずっと軽く咳き込んでいた。どうやら、昨晩、雨に濡れて帰ったために、風邪を引いてしまったようだ。11月に引いた風邪も、最初はこんな感じで軽い咳のみの症状だったが、なめていたので長引いてしまった。今回は、それを反省して、酷くならないうちに治すようにしたい。
 7時頃、就寝。12時に起床。明日は、8時に東京駅へ行かねばならない。朝に弱い僕としては、深夜から寝ないで朝を迎えることにする。

1月28日(月)

 今週木曜日に、学習院大学の数土直紀先生がゲストとして土場ゼミにやって来る。そのとき、数土さんの『理解できない他者と理解されない自己』に対してコメントすることになっている。そこで、明け方は、どうやってコメントしようか考え、整理していた。
 6時20分、外出して東京駅へ。7時半過ぎ、東京駅着。緑化推進環境改善協会(SDG)の竹垣さんと合流後、8時発の「のぞみ」に乗る。竹垣さんが買っておいてくれたサンドイッチをつまみつつ、今日の行程を確認。1時間程度話すと眠くなったので寝る。9時半過ぎ、名古屋駅到着。ここで下りて、地下鉄東山線に乗り換え藤が丘方面へ。終点の1つ手前の本郷駅で降りる。しばらく待っていると、今日会う約束をしていたタカハシキカンの高橋会長が車に乗って僕らを迎えにいらっしゃった。
 最初に、車で10分ほどのところにある会社の工場を案内される。ここで、売り出し中のバイオトイレについて、長い説明を受ける。また、サイクロンを取り入れたペレットストーブについても説明があった。11時頃から約1時間、話をしていただいた後、車で20分ほどのところにある本社の方へ場所を移す。昼飯時だったので、本社近くの「素材屋」というお店に入って昼食を取る。僕は、名古屋名物「味噌煮込みうどん」を高橋さんにおごってもらった。昼食後、本社でタカハシキカンが作っているペレットストーブや、導入しているペレット生産プラントなどについてご説明いただく。3時半頃、また車に乗って、熱田神宮近くの名古屋港木材倉庫に行く。ここには、名古屋市内の街路樹の剪定枝や大量の解体木材が運ばれている。これをペレット化したいらしいが、僕らが行ったときには、ペレタイザーは止まっていた。5時、金山駅まで送っていただく。中央線で名古屋まで行き、5時半頃「ひかり」に乗る。新横浜駅に到着したのは7時頃。町田の「大戸屋」で食事してから帰ったので、帰宅したのは9時頃。かなり眠いので、11時には就寝。

1月29日(火)

 8時、起床。シャワーを浴びて、9時頃に外出。小田急線と横浜市営地下鉄を使い、1時間以上掛けて蒔田駅へ。神奈川森林エネルギー工房の事務局が置かれているNORAに行くためだ。今日は、10時からNORAでペレットクラブ準備会の事務局会議があるので、それに出席したのだ。会議の参加者は全部で4名。十文字さんと僕のほか、木質バイオマス利用研究会の小島さん、森のエネルギー研究所の大場さんである。議案が多く、たとえば、2月に予定されていたワークショップをどうするかとか、入会規定を設けるかとか、いろいろあった。このため、結局、事務局会議は2時までかかってしまう。
 会議終了後、僕はほかの3人と別れて大学に向かう。3時過ぎ、大学に到着。遅ればせながら、矢野土場研合同ゼミに出席。ちょうど、カルロスのプレゼンが始まるところだった。カルロスは、母国コロンビアの貧困のうち、既存の指標では捉えることの難しい側面について調査研究してきたので、その内容について説明して呉れた。研究内容に興味を惹かれたと同時に、彼のプレゼンの巧みさにも感服した。
 ゼミ終了後は、研究室内でカルロス主催のタコス・パーティーがあった。研究室のメンバーも協力して、およそ2時間くらいかけて、本場のタコスを作る。僕は準備作業にノータッチだったけれど、タコスに入れる豆は昨日から水につけてあったようだし、食前酒にはフローズンマルガリータが合うというので、重マッチが家から氷を砕くためにフードプロセッサーを持ってきたり、各種食材はカルロスが成城石井かどこかで買ってきていた。このため、料理工程にはほぼ滞りなく、順調にタコスをつくることができた。
 ちょっと、ここでタコスの中身についての解説。今日のタコスに入れたものは次のとおり。サワークリーム、アボガドのワカモレ、豆とトマトと挽肉を炒めたもの、鶏肉とパプリカを炒めたもの、タコスソース、チーズ、生のレタスおよびトマト。こんなにたくさんのものをタコスの皮に入れて食べるのだから、1口噛むたびに、中身が出てきて食べにくい。だけど、美味~い!美味すぎる!カルロスとその仲間たち、ごちそうさまでした。
 タコスを食べ終わると、次はピクショナリの出番である。先週、基金を創設してまで購入したボードゲーム=ピクショナリで遊ぶ時間だ。14人も集まっていたので研究室では手狭だから、2階の視聴覚室に移動して遊ぶことにした。4~5人のチームを3組作り、ゲームを始める。単純なゲームなのに、かなり盛り上がる最下位のチームは罰ゲームとして、各自にジェスチャーを演じてもらった。普段、変わったアクションを起こさないような学生も、奇妙奇天烈に動くものだから、面白~い!
 ピクショナリが終わると、もう11時頃だった。イベントづいている僕らは、今日のパーティーの勢いのまま、節分に当たる次の日曜日にも豆まきをやり、丸かぶり寿司を食べる企画を立てた。よその研究室は、卒論・修論の提出間近でぴりぴりとした緊張感が漂っているというのに、いったいこの研究室はどうしてしまったんだろうか。いや、こういう問いの立て方はおかしい。ほかの研究室では、提出日が近いからといって、何を慌てているのだろうか。よく学び、よく遊べ。
 12時近くなったので研究室を出る。1時半頃、自宅に戻る。3時、就寝。

1月30日(水)

 12時過ぎに起床。最近、体調が悪い。ちょっと熱っぽいし、ドライアイだし、鼻がつまるし、鼻水も出る。花粉症である。ネットで検索すると、自宅から近い東京都八王子市では、1月22日にスギ花粉が初観測されている。だから、症状が出てきてもおかしくないはずだ。
 僕の場合、花粉症という言葉が人口に膾炙する前から、毎年、この時期になるとこうした症状があった。毎年、薬を飲み、目薬・点鼻薬を差すなどしてきたが、効果を実感できたことはない。昨年は、この時期にサモアに行っていたし、3月から4月にかけては八重山に行っていたので、花粉症に悩まずに済んだ。しかし、今年は南に逃げる予定もないので、花粉の弾丸によって蜂の巣にされてしまいそうだ。外出は控えることにしよう。というわけで、今日は自宅に閉じこもる。
 花粉症対策として昨日から始めたことは、甜茶を飲むこと。以前何気なく見ていたテレビで知ったことだが、甜茶を飲むにも大事なポイントがあるらしい。1つは、ティーバッグを数分煮出すこと。煮出さないと、花粉症対策に必要な成分が抽出されないらしい。もう1つは、何回かに分けて飲み、1日に1リットル以上飲むこと。つまり、1日1回飲んでそれっきりではいけないらしい。3年前にも甜茶に挑戦したが、まったく効き目がなかった。でも、そのときは、この甜茶を飲む際の注意事項を知らずに飲んでいた。今年、この注意事項を守って甜茶を飲んだ場合、この療法が自分に適当かどうかが判定される。
 さて、明日は土場ゼミに数土先生がいらっしゃる。そのコメントを事前にまとめて、土場先生のところに送らないといけない。これができあがっていなかったので、月曜日に書いた分に少し追加して完成させる。
 今日はもう1つやらないといけないことがある。2/9に沖縄で公開シンポジウム『アジア太平洋の環境・開発・文化-アジアのなかの沖縄・沖縄からみるアジア-』があり、僕はここで西表島のエコツーリズムのことについて報告することになっている。この報告用レジュメを明日までに、沖縄大学の家中先生に送らないといけない。報告する内容は、日本社会学会で報告したものとほとんど変わらないので、そのときに用意した資料をもとに新たな資料を作成した。
 深夜、小熊英二『単一民族神話の起源』を読む。あまりに面白すぎる。なぜ、こんなに面白い本を、これまで読まなかったのだろうかと反省した。まだ読み終えていないけれど、同じ著者の『〈日本人〉の境界』も読まねば。

1月31日(木)

 12時前に起床。12時半に家を出て、途中、自由が丘で昼食を取り、2時過ぎに研究室へ。このサイトのBBSに書き込みがあったとおり、キノピーが山口の外郎を持ってきていた。「豆子郎(とうしろう)」という外郎だ。1つ試食してみると、美味しい。山口の外郎というと湯田温泉の外郎しか知らなかったけれど、「豆子郎」も美味です。キノプー、ありがとう。
 3時。土場ゼミの最終回が始まる。ゲストは、『理解できない他者と理解されない自己』の著者で、学習院大学の数土直紀先生である。今日のゼミは、書評ゼミという名目で行なわれた。まず、土場先生から本の要約が説明され、次に数土先生から執筆にかかわる四方山話が披露された。さらに、土場先生と僕が著書に対してコメントを発し、それに数土先生がリプライされた。およそ3時間ぶっ続けでやったので、議論もまあまあ盛んだったし、それなりに論点も出てきた。まあ、良かったんじゃないの。
 ゼミが終わるやいなや、慌ただしく今学期のゼミ終了を祝う打ち上げのために自由が丘に移動する。6時45分、「味一献 土風炉(とふろ)」で打ち上げ開始。この打ち上げには、ゲストでいらっしゃった数土先生のほか、土場先生、橋本助手、丸ちゃん、イコマロ、タバティ、池ポン、重マッチ、そして僕と9人が集まった。丸ちゃんが数土先生に対して強烈に自己アピールするので、気を悪くされないか心配したが、数土先生が懐の深い方だったので、終始、宴会は和やかな雰囲気で進んだ。タバティは酔っぱらって寝ていたが。また、非常に狭い8人部屋に9人も腰掛けたので、かなり狭苦しかったのがマイナスポイントであったが。
 9時に打ち上げは終了。僕ら学生は職業研究者3人と別れ、2次会をどうするか考える。土場先生から軍資金をいただいたので、とりあえず「無邪気」で角煮ラーメンを食べて、今ひとつ「土風炉」で満たされなかった胃袋を脹らませる。外で飲むとお金がかかるので、研究室に戻ると、そこには修論を書いているジローラモとベッティがいた。彼ら2人と打ち上げ組6人を合わせた9人で、先日の伊豆旅行で盛り上がったトランプゲーム=「ビッグ・ハンド」をすることになる。結局、12時まで大騒ぎしながらトランプに興じる。最終電車に乗って自宅に戻ったのは、1時半頃。

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