日記帳|2003年5月

5月1日(木)

 いつもどおり10時にNORAへ。ではなく、10時に横浜市緑政課へ打合せに出掛ける。先方は、中村さんと田並さん、こちらはNORAスタッフ4人。主として5/31に開催するシンポジウム「そばに里山がある、ということ」について議論する。田並さんが進行役になると、議事がスムーズに進むのでよい。話す順序があべこべになる会議は、苦痛で仕方がないからねぇ。
 12時過ぎ、打合せ終了。近くのインドカレー屋で昼食をとり、1時過ぎにNORAに行く。午後は、「よこはまの森ニュースレター」の掲載情報をまとめて、イラスト・編集をお願いする勝野さんに送るなどの仕事を済ませる。ほかに、電話対応したり、ほかのスタッフとお喋りしたり、事務所にいると、何をするともなく時間は過ぎてゆく。
 7時過ぎ、NORAを出て、町田で買い物をして、9時に帰宅。

5月2日(金)

 きちんと頭を整理して考えたいときには、事務所で作業すると効率が悪い。電話応対をはじめ雑務があるからだ。しかし、ほかのスタッフと同じ場を共有していることによって得られるプラスアルファも多いので、事務所にいることの意味は大きい。そこで、普段は事務所で仕事をして、ときに冷静になる必要があるときに限り、自宅で作業することにしたい。今日は、すっきりとした書類を作りたいと考えたので、午前中は自宅で仕事することにした。新治における1年間の業務工程表を作り直すことにしたのだ。9時からはじめ、途中、炊事・洗濯などをしながら、12時過ぎにケリをつけて、自宅を出る。
 1時半、NORAに到着。工程表に修正を加え、旧奥津邸におけるニーズ調査の質問紙概要を作る。6時過ぎ、NORAを出て、横浜でぶらぶらしてから帰宅。仕事して帰ってくると、ほとんど余力を残していないので、何もやる気が起きない。ネットサーフィンしたり、ぼけーっとテレビを見たり。もっと余力を残して置かないと、仕事人間になってしまう。

5月3日(土)

 8時半過ぎ、自宅を出て、9時半、新治の旧奥津邸へ。当初予定では、今日から旧奥津邸のモデル利用が始まることになっていたが、1ヶ月ほど遅れる見通しである。しかし、スタッフ全員この日を空けておいたので、せっかくだから新治で打合せをしようということになり、休日に集まることになったのだ。
 9時半過ぎ、新治の仕事に関わっているNORAと横浜市のスタッフが集合する。打合せ前に、旧奥津邸を利用するにあたり、奥津さんのお墓参りをする。これは、浅羽さんの発案であった。僕は祖父母の墓参さえ滞っているような性格なので、こうしたことが必要ということに考えが至らなかった。これが、年の功というものだろう。
 10時からは、スタッフ20名近くで打合せ。旧奥津邸の利用を検討する会議の進め方や、旧奥津邸のモデル利用の細かい規程など、3時間近く協議した。一昨日の打合せと比べると、議事の進め方が見えにくく、だいぶ疲労した。
 1時、打合せ終了。昼食を挟み、今度はNORAのスタッフと田並さんとで里山ボランティア講座について協議し、さらにNORAのスタッフだけで、NORAのパンフレットの内容について協議した。
 3時半、トータルで5時間近くに及んだ打合せも終了。さっさと帰ろうと思ったら、どこかの扉が開いているとセコムの警報が鳴る。それから、7人がかりで、どこの扉が開いているのかと探し始めたが、なかなか見つけることができない。30分ほどかかってやっと全部の扉を閉めることができ、セコムの警報が止んだので、安心して外に出ることができた。セコムって大変だね。
 十日市場駅から横浜線に乗り、1駅分北上。長津田駅で降り、歩いて20分ほどかけて恩田の谷戸に行く。今日と明日は、恩田の谷戸ファンクラブが年に1度おこなう伏せ焼きの日なので、遊びに行ったのである。
 谷戸に辿り着くと、意外にも久保さんと前田さんの2人しかいなかった。聞けば、ほかの人たちは、もう帰ってしまったか、夕食時なのでいったん家に帰ったのだと言う。到着したときは、ちょうど窯の口を小さくするときだったので、久保さんの指示に従い、炭焼きでもっとも大事な作業の1つに参加する。スコップを手に取り、窯の近くの土を掘って、それでもって口を小さくしていく。このあたりの作業は、窯の口を完全に閉じるときと同様に、タイミングを計るのが難しい。すべてベテランの久保さんの判断に任せて、肉体労働に勤しむ。
 空気が辛うじて通れるだけの小さい口を残して窯を閉じると、しばらくやるべき作業はなくなる。7時過ぎ、久保さんの奥さんがお見えになって、酒盛りが始まる。須藤さん、高橋さんも合流し、差し入れしていただいたツマミを頬ばりつつ、主としてビールを飲む。11時、谷戸を離れ、1時間ほど歩いて帰宅。速攻、爆睡。 

5月4日(日)

 9時、起床するが、軽い頭痛を覚える。朝食後、リラックスする必要性を感じ、1時間ほど朝風呂に入る。最近、朝風呂を楽しむ余裕がなくなっていたので、久しぶりに入ると、贅沢な時の流れを感じる。10時半、自宅を出て、自転車で恩田の谷戸に向かう。
 11時、谷戸に到着。伏せ焼きの窯を作ったところへ行くと、谷戸で泊まった久保さんは、少しお疲れ気味だった。福島さん、高橋さん、須藤さん、岩波さんらが、斜面に生えている下草を刈っているところだったので、作業グループ加勢する。12時過ぎ、刈った草を燃やしてできた置き火を使って、バーベキューを始める。ニジマス、サケのハラミを網焼きし、ジャガイモはアルミホイルにくるんでほくほくになるまで温める。ほかに、昨年、谷戸の米から作った餅や、赤飯、谷戸の畑で作った小松菜の辛子和え、セリの胡麻和えなど、高橋さん、福島さんの手作り料理が並び、豪勢な昼食となった。
 昼食後、2時半に窯を開ける。例年よりも容積が小さい窯であったが、比較的歩留まり良く炭を作ることができた。炭を取り分けてから、火事にならないように、火を使ったところにはたっぷりと水をまく。使った工具・農具類を片付け、ゴミを集めると4時。これにて、恒例の伏せ焼きは終了。みなさん、お疲れさまでした。
 4時半頃、いったん帰宅し、シャワーを浴びて、着替えてから家を出る。7時、友だちの家に到着。夕食後、10時からBSで『武蔵』を見て、深夜、ブンデスリーガ「レバークーゼン×ビーレフェルト」を途中まで見る。昨年のCLでは、超攻撃的サッカーで準優勝となったレバークーゼンであるが、今年のブンデスリーガでは、降格ゾーンにいる。昨年から応援しているレバークーゼンには、ぜひとも残留してもらいたいと、眠い目をこすりながら見ていたのだが、前半にPKを与えて0-1となり、緊張の糸が切れて、眠りに就く。

5月5日(月)

 9時、起床。朝食後、シュタイナー教育のことや、甲虫図鑑のことなどをネットで調べていたら、昼過ぎになってしまった。
 友だちを誘って2時から横浜へ買い物に出掛ける。ヨドバシカメラでATOK16を購入し、新しくなったダイヤモンド地下街の有隣堂に寄り、タワーレコードで音楽を試聴し、シャルの地下で食料を買い込む。5時に家に戻り、Jリーグ「鹿島×横浜M」を見るが、久保のハットトリックで鹿島は撃沈される。サッカー観戦後、1時間半ほど夕寝して、7時半から夕食。食後、昨夜、途中まで見ていたレバークーゼンの試合の続きを見る。結果は、ケガから復帰したルシオの活躍などがあり、3-1の逆転勝ち。3つのゴールとも美しいゴールで、満足感が得られる試合だった。

5月6日(火)

 10時、NORA。まずは、昨日、購入したATOK16をインストールして、ストレス無くキーボード入力できるようにする。ほぼ1ヶ月かけて進めてきた仕事場の環境改善も、これで一段落。あとは、電話回線を2本に増やすことと、ネット接続スピードがブロードバンドに変われば、だいぶ仕事がしやすくなるだろう。
 今日は、里山ボランティア講座の記録と、5/3打合せの議事録をまとめたほか、5/31シンポジウムへの申込者名簿を作った(こうやって書くと、1日にやっている仕事量は少ないような気がする)。
 7時過ぎに事務所を出て、横浜ルミネ上の有隣堂で立ち読み。岩波書店の刊行物フェアをやっていたので、いくつか本を買おうと思ったが、財布とにらめっこして思いとどまる。町田に移動し、西友上のリブロでまた立ち読み。ここはいつも空いていてよい。何も買うことなく、西友で買い物してから帰宅。夜11時まで営業している西友は、隣の駅であるけれど、帰りがけに寄れるので助かっている。自宅近くのスーパー三和は、9時までの営業なので、帰りに寄れないことが多い。昨年、一時だけ、延長時間を11時45分まで延長したのに。まあ、あまり遅くまでやっていると、エネルギー的にも、コスト的にも、引き合わないだろうが。そういえば、玉川学園前駅のオダキューOXは、10時45分までに営業時間を延長した。

5月7日(水)

 最近、歯が痛い。親不知がひどい虫歯になっていて、おそらく抜かないといけないような状況なのだ。会社員時代に親不知を2本抜いてもらった歯医者で、とても気に入っているところが東北沢にあるのだけれど、そこへ通うのにわざわざ出掛けなければならず、億劫だ。今の日々の移動パターンに合うようなところに、良い歯医者はないものだろうか。
 午前中は、自宅で活動。12時半に家を出て、小田急線、都営新宿線、都営浅草線と乗り換えて、人形町駅で下車。よこはま里山研究所の事務局スタッフとして、日本グラウンドワーク協会に赴く。
 農水省は、都市と農山漁村とのあるべき関係に対して、これまで使用してきた「交流」から一歩進めて、「共生・対流」という概念を与えたいと考えているらしい。すでに、「都市と農山漁村の共生・対流 関連団体連絡会」なるものも設立され、ウェブサイトも開設されている。日本グラウンドワーク協会は、農水省の委託業務を受け、この新しい概念を豊かなものとするための調査研究をおこなっている。その中で、関係する事業をおこなっているNPO事務局スタッフを集めて、グループインタビューをおこなうことにしたようで、その場に呼ばれたのが僕のような人たちだったのである。ほかに集まったのは、青少年活動ネットワーク、全国山村留学協会、森づくりフォーラムのスタッフであった。協会の調査の進め方がぎこちなかったものの、2時間のグループインタビューは比較的スムーズに終了。調査者にとって成功だったかどうかは不明だが、個人的には、質問に答えることで頭を整理することができたて有益だった。人と自然とのかかわりが普通に見られる場所が少なくなっていることから、農山漁村の眠っている価値を掘り起こしたり、新しい角度から光を当てることは、これからますます重要になってくるだろう。だから、グリーン・ツーリズムのような事業は、今以上に注目されていくように思われる。そうした事業をすすめるのはよいが、現在、この手の事業に関わっている人の中には、地域社会・文化のことがわかる人が少ないように思う。もっともっと、そういう人に関わってもらう必要があるし、そのことを訴えていく必要もあるだろう。
 4時過ぎ、人形町駅から都営浅草・京急を結ぶ電車一本で横浜駅まで到着。5時半、NORAへ。吉武さんから、横浜駅西口に良い歯医者があると教えられ、近く通うことに決める。1時間ほど、夜の打合せ作りに時間をかけて、7時前に事務所を出る。7時過ぎ、かながわ県民活動サポートセンター11Fのフリースペースへ。ここで、神奈川森林エネルギー工房の定例バイオマスサロンを開く。今日は、佐々木さん、斎藤さん、辻本さんのほか、飛び入りで浦戸さんもいらっしゃった。辻本さんの上手な勧誘の結果、浦戸さんが入会することになったので、これまでよりも少し気持ちを強くして活動に取り組めると思う。
 9時、バイオマスサロンは終了。近くの居酒屋で交流を深めてから、12時頃に帰宅。

5月8日(木)

 いつもどおり、10時にNORAへ。「よこはまの森NL」の原稿の最終確認を終え、10時半過ぎから、スタッフミーティング開始。今日は、5/31シンポジウムまでに新しく作りかえるパンフレットの内容について協議した。毎度のことながら、いまひとつ議論が収集しないまま、そのうちに土屋さんと吉武さんは出掛けてしまったので、タイムオーバー。パンフレットの編集をお願いする美奈さんにも議論の輪に参加していただいたのに、時間がもったいなかったかなとも思う。1時頃から、美奈さん特製の青菜入り味噌ラーメンを食べ、昼食後はパンフレットの全体の雰囲気について、この仕事の責任者である前田くんと3人で話し合う。
 4時半、事務所を出て大学へ。5時半、研究室に到着すると、大塚プロジェクトの最終報告書が届いていた。あまりに分厚いので、中身をつぶさに読まなかったが、一仕事終わったという感じで、なんとなく気分が良かった。
 ところで、土場先生と打ち合わせる予定になっていたと思うが、先生は不在。すっぽかされたのか、思い違いだったのか。まあ、それはよい。借用していた図書を返却するなど、ほかの用事をこなす。また、隣の席に座っている中国人の研修生・セツさんが、今夏、大学院を受けるので、その入試対策に助言する。
 8時過ぎ、研究室を出て、9時半、帰宅。最近、電車の中では眠ってばかりなので、ちっとも本を読まなくなった。最近、読んだ中では、田中紀夫『エネルギー環境史2・3』が読みやすくてよかった。原子力の平和的利用をすすめているのは、玉に瑕だが。

5月9日(金)

 8時、起床。10時、NORA。5/31シンポの受付作業は、まったくの単純労働なのに、けっこう手間取る。また、シンポジウムの学生ボランティアを募集するために、横浜市市民活動支援センターと、明学およびフェリスのボランティアセンターに情報を提供する。ほかに、新治を中心とした北の森を構想する検討会議の進め方についてイメージを膨らませるために、ほかの類似事例を調べる。
 5時過ぎ、事務所を出て、山田さんが勤める桜木町の支援センターへ。すでに、島村さんなど「よこはま川を考える会」のメンバー数人と、田並さんは作業に取りかかっていた。すぐに、その輪に混じって、通信の発送作業を手伝いながら、田並さんとともに、5/31シンポのチラシを折り込む。800部近く発送するので、単純ではあるが、大きな仕事量が要求される。今日は、集まった人数が多かったので、8時に発送作業が終わったものの、普段は9時を回ることも珍しくないという。これを毎月おこなっているのだから、会のメンバーには頭が下がる。
 作業終了後、島村さんから飲みに誘われたが断った。虫歯のためだと思うが、昨日あたりから頭痛に悩まされているのだ。早く歯医者に行かねば。
 9時半、帰宅。空腹のまま帰ってきたので、帰宅するとすぐに餃子を焼き始めるが、注意力散漫だったために丸焦げにしてしまう。相当、自分に腹を立てる。時間にゆとりがなかったり、腹を空かせたりすると、気が立っていけない。さらさらっと行きたいものだ。

5月10日(土)

 9時に起床。ほぼ2週間も、ここの日記を書かずに放って置いたので、とりあえず約1週間分を書いていたら、午前中は潰れてしまった。12時半に家を出て、1時に十日市場駅へ。ここで、前田さんと合流して、新治市民の森に行く。
 前田さんは、友人の大熊さんとともに、新治の植物について、モニタリング調査をした経験がおありだ。1990年、1995年、2000年と、5年ごとに、同じ手法で植物調査を実施している。こうした経験と、そこで得られたデータは貴重なので、僕が提案している「市民による里山学」の中にうまく反映させたいと考えている。そこで今日は、前田さんにご足労いただき、新治の植物を教わるとともに、調査のやり方を見せていただいた。植物音痴な僕は、前田さんの説明に1つひとつ感心しながら、先日購入したデジカメの使い勝手を確かめながら、ゆっくりと新治市民の森の外縁を歩く。ふだんは気にも留めない雑草でも、よく見ると小さな花をきれいに咲かせているものがある。前田さんに一緒に歩いていただいたお陰で、これまで見ていた新治の森が、少し違って見えるようになった気がする。
 4時に十日市場駅に戻り、前田さんと別れる。町田駅で降り、東急ハンズと西友で買い物し、市立図書館で本を借りる。玉川学園では、オーオカヤマで野菜を買い、三和でも買い物をする。7時、買い物袋を抱えて帰宅。夕食には、昨日のリベンジを果たすために餃子を作る。食後、丁寧なお手紙をいただいていたかしの木山公園愛護会の服部さんに久しぶりに電話連絡して、多忙でイベント等にあまり協力できないことをお詫びする。9時、丸ちゃんから電話。今、池ポン、イコマロ、リンさんと自由が丘で飲んでいるので、一緒に飲みませんかというお誘いだった。せっかくではあったが、行くまでに1時間ほどかかるので面倒なことと、頭痛がすることから、遠慮することにした。最近、飲み会がかなり億劫になってきた。家で、マイブームとなっている料理やデザートを、好きなときに好きなだけ食べる方が、気を使わないから良かったりする。誰かさんに、社会学を専攻しているのに社会性がないと言われそうだ。

5月11日(日)

 9時に起床。昨日の続きで、午前中に約1週間分の日記をまとめて書く。別に誰からも強要されているわけでもないのに、ここに日記を書き続けないと気持ち悪く感じるようになっている。やめたいときにはやめるというのが健康的だと思うのだが、これだけはそのようにできないから不思議だ。
 午後、農文協の『江戸時代にみる日本型環境保全の源流』を読む。執筆陣は豪華だけれど、1つひとつの論文の内容が浅くて、歯ごたえが足らない。
 6時半頃、自宅を出て、7時半、友だちを訪ねる。夕食後、「ハンブルガー×レバークーゼン」の録画した試合を見る。高原は、移籍して以来、はじめて出場しなかったし、応援しているレバークーゼンは1-4で大敗。昨年のCLリーグ準優勝チーム・レバークーゼンは、いよいよ追い詰められた。果たして、残り2試合で降格ラインから脱出できるか。
 10時から『武蔵』を見る。この番組が、面白いかどうかと問われるとそうでもないのだが、芝居がかった演技は、けっこう笑える。また、当時の庶民の生活を知る上では、政治史を扱う大河ドラマよりも都合がよいと思う。

5月12日(月)

 8時に起きて、10時にNORA。午前中は、5/31シンポに申し込んできた人びとの情報を整理し、データベースに入力するだけでおしまい。昼食後、2時から、アリスセンターの川嶋さんらと打合せ。
 今年度、アリスセンターは、環境事業団の地球環境基金から、「インターネットを利用して、神奈川県内における環境保全団体の情報収集・発信の充実と、ボランティア受け入れや講師派遣できる団体の紹介」という事業内容で280万円の助成金を得ることになった。しかし、僕は前田くんとともに、県の環境計画課から任ぜられた環境情報コーディネーターとして、メールマガジン【KEI】の配信とウェブサイト「KEI-net」の更新を、今年の3月からおこなっている。この仕事とアリスが今回申請した事業には、内容的にダブるところがあるので、一度整理した上で、無駄のないように進めるべきとの判断から、打ち合わせすることになったのだ。
 川嶋さんとともにいらっしゃったのは、この事業プロジェクトを中心的に進めていく横浜未来街づくりラボの杉浦さん、横浜アートプロジェクトの堀内さん、神奈川県ITコーディネータ連合会の彦田さんの3人。普段は全然交流する機会のない分野の人びとだったので刺激的だった。僕は、かねてから、現在の環境情報コーディネーターの仕事を、県から独立し自律的にやっていく必要性を感じていた。だから、このアリスの動きには同調していくつもりだ。しかし、神奈川県内の環境情報を整理しようとすると、自律を目指すにしても、情報を握っている行政とどこかでタッグを組む必要はあるので、県との協働事業を提案できればと思う。
 3時半頃、打合せは終了。6時半から、ストップ温暖化ネットワークの打合せがあったけれど、神奈川森林エネルギー工房は、来月のイベントに参加しないので、そのための打合せにも出席しないことにした。8時過ぎまで仕事をして、9時半頃、帰宅。

5月13日(火)

 いつも通りに起床して、10時、横浜駅に到着。西口から歩いて約2分のところにある村田歯科へ。いよいよ、悪化した虫歯の治療にやって来たのだ。
 吉武さんに勧められた歯医者だったので、根拠もなくハートフルなところをイメージしていたのだけれど、その予想は見事に覆された。待合室には、簡素な椅子が並んでいるだけで、雑誌は置かれていないし、ポスターもほとんど貼られていない。簡素な病院の待合室のような感じなのだ。初診だったので、問診シートに必要事項を記入。しばらく待っていると、受付のスタッフから、「松村さん、13番へどうぞ」と案内される。13番とは何のこっちゃと思いつつ、部屋に入ると、そこには16台の飾り気のない診察台が整然と並んでいた。設備は、最新鋭のものではなく年期の入ったもので、歯科助手も、若い女性ではなく仕事慣れした感じの人。これらから自然と発せられる実利的な雰囲気に、一瞬にして飲み込まれる。これまで通っていた歯医者と言えば、子どもが嫌がるのを想定してなのか、全体的にソフトな雰囲気のところだっただけに、大がかりな外科手術を受けるようなプレッシャーを感じる。とは言え、今日は、虫歯の様子を見ただけ。次回、麻酔を打って、神経を取ると言う。どうなることやら、不安である。
 11時頃、診療終了。11時半過ぎ、NORAへ。2時過ぎ、事務所に大川印刷の大川さんが来所。印刷業を通じて、環境や福祉の分野で社会貢献したいという視点を持っている印刷屋さんだ。今日は、お互いの業務内容について説明し、今後の事業発展の可能性について模索するという感じだった。最近、バリアフリーからユニバーサルデザインへという流れがあるけれど、大川印刷はこの動きに対応し、いただいた名刺は、点字付きで色盲対応であった。個人的には、分野横断的なポジションにいる印刷業の可能性について興味をそそられたが、NORAあるいは神奈川森林エネルギー工房としてお付き合いするとなると、良いアイデアが浮かばなかったので、せっかくお越しいただいたのに、あまり生産的な話し合いにならなかった。。
 7時過ぎまで仕事をして、NORAを出る。町田駅で途中下車し、西友に行く。西友町田店は、毎週火曜日に恒例の徳の市を開いている。1個100円の商品が豊富に揃っているので、不要なものも含めて大量に買い物する。
 9時頃、帰宅。今晩も、最近のマイブームである餃子を食べる。2時過ぎ、就寝。

5月14日(水)

 10時、横浜市役所を訪ね、運営改善課の関口さん、松岡さん、北條さんと打合せする。新治の仕事に生かすために、本郷ふじやま公園と都築中央公園で、運営の担い手作りをやった経験についてヒアリングする。松岡さんが担当した都築中央公園の事例は面白く、これからの新治でも十分に参考となるだろう。
 11時半、運営改善課との打合せは終了。すぐ隣の建設課に行き、横浜市が計画しているチップの堆肥化計画について、担当の上原さん、荻原さんから伺う。市側の説明によれば、横浜動物の森公園(ズーラシアがあるところ)の一角に公設民営型のウッドリサイクルセンターを建設する。ここでは、市内2,400の公園と街路樹から出てくる剪定枝、伐採木をチップ化し、さらに堆肥化するのだという。年間4,000tの処理を予定しており、平成17年度から稼働の予定。ただし、都市公園の施設として建設するので、たとえ民営であっても、外部から大量の木質廃棄物を集めるわけにはいかないだろうと説明があった。
 20分程度の簡単なヒアリングを終え、緑政課に田並さんを訪ね、少しだけ打ち合わせ。横浜でランチを食べ、1時から、かながわ県民活動サポートセンター11階の情報・相談コーナーへ。今日は、もっぱらメルマガ「KEI」の編集作業に時間を費やす。まだまだ、県内の環境情報が自動的に集まるようになっていないので、こちらから探し出さないといけないのが一苦労である。2週間に1号ずつメルマガを発行すると提案したのは僕であるが、仕事をするようになった現在では、けっこうこの作業が億劫になっている。
 6時にアルバイトはおしまい。すぐに、横浜線を北上し、十日市場駅で下車。7時、旧奥津邸へ行き、新治市民の森愛護会のメンバーを対象にした里山のマネジメント講座にスタッフとして参加する。コーディネーター役は土屋さん。大学で非常勤講師をやっているので、ボランティア/NPOについてワークショップ形式で大切なポイントを伝えるのは手慣れたもの。参加者も、よく知ったメンバーばかりなので、和やかなうちに終わった。
 9時過ぎ、講座は終了。10時に帰宅。夕食後、いただいたメールへ返事を書くと1時過ぎ。午前中のヒアリングを踏まえて、明日の打合せ資料を作り、4時に就寝。

5月15日(木)

 8時、起床。9時に家を出て、10時、村田歯科へ。今日は、虫歯になっていたところの神経を抜いた。途中、軽い貧血を覚えたので、治療をいったん中断してもらった。朝食を抜いたので空腹だったこと、寝不足だったこと、歯医者が嫌いなことが重なって、血の気が失せてしまったようだ。そんなハプニングがありながらも、11時過ぎには歯医者を出て、11時半にNORAへ。
 昨晩、というか早朝に作った打合せ資料をプリントアウトしてから、昼食におにぎり2個を頬ばる。1時半、横浜市役所がある関内中央ビル10階の会議室で、新治の仕事に関わるワーキング・グループによる打合せ。主として、今後のスケジュール、旧奥津邸の暫定利用の方法などについて確認した。午前中、歯の治療をしたためか、会議中ずっと頭痛がひどくて参った。
 4時頃、打合せ終了。今夜、市民フォーラムに出席する吉武さんに頭痛薬をいただいてから別れ、僕はNORAに戻る。2時間ほど仕事して、7時過ぎに事務所を出る。帰り道、町田駅で途中下車し、リブロで本を5冊まとめて購入。9時に帰宅してから、夕食をとる。明日から2泊3日の阿蘇旅行に出掛けるので、冷蔵庫内にあった消費期限間近のものをすべて食べる。明日は早いので、12時半には就寝。

5月16日(金)

 4時半、起床。朝食をとり、荷造りをして、6時前に家を出る。6時過ぎ、新百合ヶ丘駅に到着。ここで親父で合流し、6時20分発のバスに乗って羽田空港へ向かう。
 7時半、空港に到着。搭乗手続き後、ゲート内に進入しようとすると、なぜか警報が鳴る。係員から、リュックサック内にカッターがあることを指摘され、開けてみると、たしかにあった。どういうわけで持ち物の中に紛れ込んでいたのか、まったく思い出せないカッターだった。機内には持ち込めないので、乗務員に預ける手続きをとる。これのために、旅行の出鼻をくじかれた。
 8時30分、JAS303便にて羽田空港を出発。途中、爆睡して、10時半頃、熊本空港に到着。すでに伊丹空港からの便で到着していた弟と合流し、レンタカーを借りて、国道57号線を東進する。阿蘇内輪山の北側から仙酔峡を目指すが、乗用車通行止めとなっている。ちょうど、高山性ツツジのミヤマキリシマが見頃なので、仙酔峡に至る道路を交通規制して、麓の駐車場からバスでピストン輸送する仕組みになっていたのだ。仕方ないので、係員に案内された駐車場に車を置く。近くのあぜり庵という直売所兼レストランで、阿蘇名物のだご汁と高菜ちゃーはんを食べてから、500円支払ってバスに乗り込み、1時過ぎ、仙酔峡に到着。
 バスを降りるとそこは、緑の草原にピンクのミヤマキリシマが鮮やかなところだった。平日だというのに、多くの観光客が訪れていた。しかし僕らは、そうした観光客が歩く散策ルートとは異なり、通称でバカ尾根と呼ばれている尾根を、阿蘇最高峰の高岳に向かって登り始めた。比高約700mを、途中、何度か休憩を取りながら2時間ほど登り続け、3時半に高岳登頂。それから、噴煙を上げている中岳を踏み、砂千里を眺めてから、仙酔峡に戻ると4時半過ぎだった。仙酔峡インフォメーションセンターに入り、押しの強い解説員のおばさんに圧倒されてから、5時過ぎ、麓の駐車場に到着。そこから、やまなみハイウェイに入り、大牧場の中を抜けて、5時半、地獄温泉・清風荘にチェックイン。
 この宿は、明日泊まる山口旅館とともに、会社員時代、阿蘇へ調査に来るときの常宿としていた。雰囲気はまったく異なっているが、どちらとも温泉が良くて、お気に入りの宿であった。久しぶりに阿蘇に来られたことを嬉しく思う。
 落ち着く間もなく、男性用の露天風呂に入ってから夕食。名物の野鳥いろり焼きコースきを楽しむ。ヤマメ、手作りこんにゃく、豆腐、野菜類、イノシシのほか、カモ、ウズラ、スズメという野鳥3種を味わえる。約6年ぶりに食べてみたが、相変わらず野趣豊かな美味しい料理だった。
 夕食後、部屋でコーヒーとデザートを食べ、いよいよ、ここの温泉の中心・すずめの湯(混浴)に入る。やはり、地獄温泉と言えば、泥湯のすずめの湯である。いかにも効能がありそうで、江戸の昔から湯治場として親しまれてきたことがよくわかる。大阪のオヤジの講釈に辟易しながらも、長く浸かっていたのは、この泥湯の魅力ゆえである。
 お湯から上がると、疲れがどっと出てきたので、そのまま熟睡。

5月17日(土)

 6時半、起床。もちろん、朝からすずめの湯につかる。7時半から朝食。ここのバイキング形式の朝食は、すばらしい。これらを含めて、1泊7,000円からという料金設定は安すぎる。毎年、訪れたい温泉の1つだ。
 9時前にチェックアウト。すぐ近くの垂玉温泉・山口旅館へ車を移動する。チェックインはできないので、駐車場に車を置き、いざ烏帽子岳に向かって登り始めようとするが、のっけからつまずく。登山口が見つからないのだ。しばし迷った挙げ句、旅館のスタッフに案内していただき、9時半から登り始める。昨日に比べれば、傾斜・比高とも楽なはずであったが、親父は昨日の疲労が残っていて、とてもしんどいようだった。それでも、途中、多めに休憩を入れて、11時半に烏帽子岳山頂に立った。当初プランでは、さらに杵島岳に登る予定だったけれど、天気が崩れるかもしれなかったので断念し、草千里をぐるりと回って下山することにした。下りならば、親父も普通の速度で歩けるので、かなりスムーズに移動し、2時半に山口旅館に到着した。
 意外に早く戻ることができたので、車でドライブすることに。宿から車を15分ほど走らすと、環境省が日本の名水百選の1つに選んだ白川水源へ。環境整備のために協力金100円を払い、毎分約60tの湧水量を誇る水源に辿り着く。透明な池の中に水が湧き出る様子は美しく、また神秘的ですらあった。水源までの細長い参道のわきには、水を汲むための空のペットボトルが売られていたが、僕は500mlのペットボトルと水筒を持っていたので、それを持参して水を汲んだ。それから、近くの茶屋でぜんざいを食べ、4時半に宿に戻る。
 チェックインしてすぐに、3人で混浴露天風呂の滝の湯へ。さらに、サウナ付きの展望大浴場・天の湯に入る。6時半から、ちょっと小粋な夕食をとると、ビールで好い加減に酔っぱらって爆睡。12時過ぎにいったん起きるが、さらに爆睡。

5月18日(日)

 6時半、起床。茅葺きの半露天風呂のかじかの湯につかる。7時半から朝食。8時半にチェックアウトし、9時半に熊本空港へ。土産物を買おうと物色するが、気に入るものが見当たらなかった。11時、JAS304便にて、弟よりも一足先に、親父とともに飛び立つ。12時半過ぎ、羽田空港到着。ここで親父と別れ、京急、JR南武線、小田急と乗り継ぎ、買い物をしてから、3時に帰宅。荷を解き、少しの間ほっとしてから、4時半に家を出る。
 5時半、友だちを訪ねる。ノートPCを持ち込んだので、ネットに接続させてもらってメールをチェック。夕食をとり、『武蔵』を見て、たまっていたメールに返事を書く。今週は、サッカー番組に面白いものがないので、12時には就寝。来週末は、ヨーロッパのリーグ戦が最終節を迎えるので楽しみだ。

5月19日(月)

 10時、NORA。この週末の間に、5/31シンポへの申込者が増えたので、午前中はデータベースへの入力でおしまい。NORAの仕事は、事務的な仕事が多い。午後2時間ほど仕事をして、3時過ぎに横浜の村田歯科へ。非常に混んでいるときだったため、1時間ほど待ってやっと治療してもらえることに。神経を抜いたところを消毒して、そこに土台を作ってから、その上に歯を作るという工程があるらしいのだが、まだ消毒の段階だ。あと何回、歯医者に通えばよいのだろうか。これまで4回以上通ったことがないので、次回からは未知の領域となる。
 5時、今日の治療は終了。急いで大学へ向かい、5時半に研究室に到着。土場先生から呼び出されていたので、小1時間ほど話し合いをした。おもに3つのことを話したが、そのうちもっとも大事なことだったのは、東北大の海野先生が代表となっている科研プロジェクトへの参加意志の確認だった。このプロジェクトは、「廃棄物をめぐる人間行動と制度-環境問題解決の数理・計量社会学」というタイトルで、これまで海野先生らのグループが継続的におこなってきたゴミにかかわる計量社会学的研究の総決算という性格の研究らしい。僕は、これまで、まったく数量データを扱った社会学的研究をおこなっていないので不適格だと思ったが、大塚プロジェクトの経験から、自分と異なる方法論をとる研究者との出会いは刺激的なものとなるはずと思い、参加させてもらうことにした。市民活動や行政からの委託業務だけではなく、学術的な研究の途も続けていきたいからね。
 打合せを終え、丸ちゃんとは与太話を、カモちゃんとは修論のことについてトークし、8時に研究室を出る。9時半、帰宅。
 10時過ぎ、親父からメールが入った。登山はきつかっただろうが、旅行には満足していただけたようだ。メールの中に、弟を意識してだろう、短歌らしき5・7・5・7・7の言葉が書かれてあった。将来、大歌人になるやもしれないので、親父が初めて作ったと思われる歌を、ここに記しておこう。
   阿蘇素敵 宿、風呂、料理 文句なし 天気も味方に 地獄温泉
   初夏五月 阿蘇訪ねし 山登り 垂玉温泉 山口旅館
   プランよし 山、宿、温泉 全てよし 阿蘇を旅して 連れに感謝す
 親は面白い。きっと親から見れば、子どもも面白いのだろう。

5月20日(火)

 9時半前に家を出て、10時に新治の旧奥津邸へ。今日は、NORAスタッフを総動員して、旧奥津邸を掃除するのだ。しかしその前に、横浜市緑政課と5/31シンポについて打合せ。これで午前中いっぱい潰れたので、掃除は午後からとなる。
 昼食後、まずは主屋を掃除する。僕は、美奈さんと一緒に2階の掃除担当。トイレ、シャワー室のほか、4つある部屋を掃除していく。ガラス拭きや床の雑巾掛けなど、普段やらないことをやるのは、意外に楽しい。しかし、これを毎日やろうと思ったら、げんなりするだろう。
 主屋の掃除が一通り済んだ3時に休憩を入れる。休憩後は、長屋門と厨房塔を片付ける。長屋門には本が置いてあったので、これを主屋の2階に持っていくなどする。5時過ぎ、今日の掃除は終了。一同、駅まで一緒に歩くことになる。その十日市場駅までの帰り道、十日市場ヒルタウンの中を抜けるとき、夕食の焼き肉の匂いがした。僕ら若い者たちは、「焼き肉食べたい」などと言い始め、町田で焼き肉を食べることになる。
 十日市場駅で、浅羽さん、土屋さんと別れ、横浜線を北上して町田駅で降りる。ここにも「牛角」のような焼き肉屋はあるけれど、せっかく町田来たのだから町田らしいお店に案内しようと、この辺りでは有名なホルモン焼きの店「いくどん」に行く。この店は、七輪を使った炭火焼が売りの店で、ガード下のホルモン焼き屋というような雰囲気がお気に入りなのだ。さいわい、吉武さん、前田くん、美奈さんも気に入っていただいたようで良かった。
 1時間ほど焼き肉を食べ、お腹がふくれたが、僕らはほとんど飲まないので、1人1,800円という安い値段でおさまった。店を出ると、まだ7時半頃だったので、デザートを食べに行こうということになり、静かな喫茶店を案内した。ここのお代は吉武さんにおごっていただき(ありがとうございました)、9時に解散。

5月21日(水)

 10時、NORA。先週末、阿蘇に行っている間に里山ボランティア講座<春夏コース>は終了した。そのときに受講生へのアンケート調査を実施したので、それをまとめないといけない。今日は、その調査結果を報告するためのデータ整理をおこなった。
 4月から僕は、データベースをファイルメーカーで作ることにしている。最近は、アクセスに慣れてしまったが、もともとファイルメーカー派なので、ソフトを購入したのをきっかけに、再びチャレンジしてみようとしているのだ。しかし、ブランクが長かったので、だいぶ忘れていることもある。また、現在のヴァージョンは6であるが、前に使用していた頃はヴァージョン3だったので、だいぶ使い方も変わったのかもしれない。いずれにせよ、もっと勉強しないと。と思っていたところ、会社員時代に知り合った人が、ファイルメーカーPro6のマニュアルを書いているということを知った。そのマニュアルを読んでみようかしら。
 4時、NORAを出て、村田歯科に行く。今日は、神経を抜いたところに土台を作ることをやっていたらしい。自分では見えないところなので、いったい何がおこなわれているんだか。それはそうと、歯石の除去も含めて、およそ1時間という治療時間は長いように思う。もう、くたくた。
 6時半にNORAへ戻り、1時間ほど残務をこなし、7時半過ぎに事務所を出る。8時、横浜駅で友だちと待ち合わせして、そのまま家を訪ねる。一緒に夕食をとり、録画した「日本U22×ニュージーランドU22」を観戦すると12時。メルマガ「らびっとにゅうず」の編集作業を少しやってから寝る。

5月22日(木)

 朝、少し用事があったので、11時過ぎにNORAへ。メルマガ「らびっとにゅうず」を編集し、シンポジウムの申込者名簿を整え、神奈川森林エネルギー工房から横浜市環境保全局に提出する書類を作成する。
 3時半頃、神奈川県自然環境保全センターの中川さんが来所。これからNEDOに申請する木質バイオマスエネルギーの研究に関わらないかという良い話を持ってきていただいた。神奈川森林エネルギー工房の代表としては、ぜひ参加したいし、関わるべきプロジェクトだと思うが、問題は時間。NORAの仕事は、思っていたよりも忙しいし、科研のプロジェクトや来週から始まる自主的な研究会もある。しかし、迷うことなく、参加を表明。まあ、なるようになるでしょう(こういう性格だから、破滅型だと言われてしまうのだが・・・)。
 夕方、先週5/15打合せの議事録をまとめ、8時半頃、NORAを出る。横浜のリブロ内にある有隣堂に寄り道しようとするが、入り口がわからずに断念。いったいどこから入ればよかったんだろう。帰宅途中、町田駅で下車し、西友で買い物してから帰宅。

5月23日(金)

 10時にNORAへ。里山ボランティア講座〈春夏コース〉受講生へのアンケート調査をまとめ、旧奥津邸暫定利用にあたってのアンケート用紙をつくる。また、5/31シンポジウムへの申込みは今日が締切なので、申込者の名簿を揃えて、4時に横浜市緑政課へ持っていく。さらに、その足で5時前に村田歯科に行く。
 今日は30分ほど待った上に、治療時間がおよそ1時間半という長丁場で、極度に疲労した。へとへとである。しかも、仮に入れた歯に違和感があり、その歯を使うと痛い。先週、初めて来たときには、知覚過敏ではあったけれど、痛みはなかったのに、治療が進むにつれて痛みを覚えるような気がする。本当に直るのだろうか、とても心配である。
 9時前に帰宅。歯を治療したためだろう、こめかみの辺りが痛い。いやな頭痛だ。夕食をとるが、噛むたびに歯が痛むので、あまり美味しく感じられない。しかし不平不満を言っていても仕方ないので、神奈川森林エネルギー工房のメールマガジンに、最近自分のところに届いたニュースを流すなどして、多少は生産的な活動をして気を紛らす。
 12時過ぎ、友だちから電話があった。つい、歯医者に通うのが嫌で仕方がないと不平をこぼす。せっかく電話してくれたのに、申し訳なかった。その後、なんとなく起きていて、「朝まで生テレビ」を4時頃まで見てから寝る。

5月24日(土)

 9時に起床。午前中に東京ガスの人がガス報知器の設置にやって来るので、少し部屋を整理する。11時頃、その人はやって来て、仕事を済ませるて、11時半には帰った。
 朝昼兼用の食事をとるが、相変わらず歯が痛いので、食べることが楽しくない。午後は新治市民の森を散策しようと計画していたが、歯痛のためにテンションが最低な状態にあるので、中止することに。その代わり自宅にこもって、たまりにたまっていた日記を書くことにする。たまには家にこもって、キーボードをカタカタ叩くのも悪くない。結局、約3時間もかけて、10日分の日記を書いた。
 4時半、家を出て、町田へ行く。不要な古本30冊を「ブック・オフ」へ持っていったら、580円になった。少しでも高く本を売って、生活資金を得たいという気持ちがあるのなら、「ブック・オフ」は不適だろうが、査定0円の本も引き取ってくれるのはありがたい。数冊購入したい古本があったが、ぐっと我慢して店を出て図書館へ。借用していた図書を返却し、6時過ぎに帰宅。
 6時半前、友だちが遊びに来た。近くに住んでいる友だちのところへ遊びに行ったついでに、ウチへ寄ってくれたのだ。突然の来訪だったので、お客をもてなす用意ができておらず、夕食の材料を買いに、オーオカヤマとオダキューOXへ行く。夕食後、なにか遊ぶものをないかと物色したら、立体四目ならべ、水道管ゲームなどがあったので(なぜ、あったのかは不明)、こうした団体旅行用のゲームで遊ぶ。地味だなあ。

5月25日(日)

 今日は、きちんと部屋の掃除をすることにした。アヒル(朝昼兼用の食事をこう呼ぶらしい)後、ドラッグストアとダイソーで掃除グッズを買い、家に戻っていざスタート。久しぶりに掃除機を稼働させたほか、トイレと風呂を重点的に掃除する。今済んでいるところに引っ越してきて5年になるが、はじめてトイレを真剣に掃除したかもしれない。
 多少の疲労感を覚える程度の労働を終え、まったりしていると、日が傾いていく。静かな午後の休日だ。そういうときを2時間ほど拝借して、昨日、発見した水道管ゲームに興じる。果てしなくゲームが続きそうだったので、4時半という時間で区切り、家を出る。夕食の材料を買って、6時頃、友だちの部屋を訪ねる。
 夕食後、『武蔵』と昨晩の「ハンブルガー×ロストック」を見る。今晩1時から、ブンデスリーガの中でもっとも好きなレバークーゼンの試合がある。1部残留をかけた熾烈な試合が予想されるが、明日からの1週間の生活に支障が出るので、おとなしく眠ることにする。2部に落ちないよう祈りながら。

5月26日(月)

 10時、関内中央ビル10F会議室で、横浜市運営改善課、緑政課、西部公園緑地事務所と打合せ。今日は、5/31から旧奥津邸暫定利用を開始するので、そのために必要な作業を確認したほか、5/31シンポジウムのことや8月から始まる新治活用検討会議(仮称)の立ち上げ方などについて意見を交わした。
 12時前に打合せは終了。市役所に原稿を届きに来た勝野さんと、打合せで一緒だった吉武さんと3人で、「アリババ」という店に行き、トルコ料理を食べる。世界三大料理の1つに数えられるトルコ料理であるが、これまで食べたものがいけなかったのか、実はこれまで、あまり印象が良くなかった。それが、このお店に来て一変。やはりトルコ料理は美味しい。こんなお店が、いつも寄れるところにあると良いのだが。
 1時半頃、NORAに戻る。一応5/23にシンポジウムの申込みは締め切ったのだが、この週末にも多くの申込みがあったので、その対応に時間が掛かる。明後日までに作らなければいけないメルマガの準備を少ししてから、5時過ぎに事務所を出て村田歯科へ。今日は、待ち時間が45分、治療時間も45分で、約1時間半ほどで終了。7時頃歯医者を出る。
 買い物をしてから、8時半頃、帰宅。それから夕食に回鍋肉を作ってみるが、似てもにつかない味になる。それでも、けっしてまずいものではなかったので、豚肉とキャベツを炒めた中華料理らしきものを食べる。夕食後、ぼけーっと1時間ほどテレビを見て、疲れをとったりしていると11時過ぎ。もらったメールに返事を書いたり、ネットサーフィンしたり、友だちと電話したりすると1時過ぎ。だから、いつも寝る時間が2時になってしまう。

5月27日(火)

 7時半、起床。朝食後12時過ぎまでは自宅作業。自然環境保全センターの中川さんに活動・研究一覧を送り、新治の仕事の関係者には昨日の打合せ議事録を送り、県環境計画課の深川さんには神奈川森林エネルギー工房の活動記録を送り、メルマガ【KEI】の原稿を少し作る。
 シャワーを浴びて、1時に自宅を出て都立大へ向かう。玉川学園前駅から、新百合ヶ丘、小田急永山を経由して南大沢へ。2時、都立大の人文棟3F集計作業室へ。
 今日、都立大に行ったのは、新たに始まる研究会の打合せをするためである。飯島先生亡き後、都立大で環境系の社会学をやっている学生の集まる場がないことを憂いて、都立大OGで環境的正義論に詳しい原口さんが主宰となり、都留文科大学の寺田先生をコメンテーターに迎えて、研究会を始めることにしたのだ。メンバーは、原口さん、寺田先生、僕のほかに、都立大の大学院生4名で、ちょうどよい人数だ。今日は初回だったので、自分の研究内容をそれぞれ紹介した後に、研究会の進め方について議論した。その結果、月に1回(第3火曜日)のペースで開催すること、研究会の名前を、飯島先生の遺志を継いで地域環境主義研究会とすることなどを決めた。議論の中で、寺田先生から紹介があったオーストラリアの環境運動と、国内の有害化学物質削減ネットワークの動きに興味をそそられた。
 5時に初回の議論は終了。その後、夜間の講義がある寺田先生を除いたメンバーで近くの喫茶店に行き、1時間半ほど話をした。水谷さんという院生が、アリスセンターに強く関心を抱いていたので、多少知っていることを説明するなどして談笑した。大学が独立行政法人化されると、都立大は大江戸大と改称すると噂されているという話が面白かった。
 8時過ぎに家に戻り、夕食をとる。食後、明日発行するメルマガに掲載する情報を集め、1/3くらい誌面を作ってから寝る。

5月28日(水)

 昨夜作った途中段階のメルマガをインターネット上のサーバに置いてから、9時前に家を出る。10時、NORAに到着。少し仕事をして、5/31シンポジウムへの申込者名簿をプリントアウトして、12時半前にNORAを出る。蒔田駅から横浜市営地下鉄に乗り、関内駅で下車。横浜市緑政課へ打ち出したばかりの名簿を届ける。それが終わるとすぐにJRに乗って横浜駅へ。1時、環境情報コーディネーターの仕事のために、かながわ県民活動サポートセンターへ。
 1時から6時までの5時間、今日は相談の訪れた人はいなかった。しかし、今年の2月から、環境情報コーディネーターの仕事の中心は相談業務ではなく、メルマガの編集・発行作業となっている。今日中に、メルマガ【KEI】の第5号(案)を作らないといけないので、そのための作業に忙殺される。朝のうちにサーバに送っておいたファイルをダウンロードして、昨夜の作業の続きを埋めていく。インターネットへの接続環境があまりよくないので、作業効率が悪く、作業量の割には時間を取られてしまうのだが、5時頃には原稿案を作成させ、県環境計画課の山田さんに宛ててメールで送信。今号もスケジュールどおりに原稿を仕上げることができ、ほっと一息つく。
 6時、県サポを出て、ルミネの上にある有隣堂へ。ここで1時間ほどぶらつき、近くのスーパーで買い物をして、8時半に帰宅。夕食後、1時間ほど寝て、友だちと電話をして、1時過ぎから、明日の昼までにやらないといけない仕事に取りかかる。これは、新治で開催した里山ボランティア講座〈春夏コース〉のレポートをA4サイズで4枚にまとめるという仕事である。メモリをあまり積んでいないマシンなので、イラストレーターがすぐにフリーズしてしまうという状況で悪戦苦闘しながら、とりあえず全体の半分に当たる2枚分を完成させて、途中のファイルをNORAのアドレス宛てにメールで送信(したはずだったのだが、送信されていなかった)。すると3時半になっており、ちょうどCLリーグ決勝「ミラン×インテル」がキックオフする時間だったので、試合を見始める。しかし、睡魔には勝てず、前半の40分あたりまで見たところで、意識が遠のく。テレビを点けっぱなしにしたまま、0-0で延長に入ったことを夢うつつの状態で感じつつ、グーグー。

5月29日(木)

 10時過ぎからスタッフミーティングを開くと聞いていたので、それまでに昨夜やっていた仕事を片付けてしまおうと、7時過ぎに家を出て、8時半にNORAへ。ところが、昨夜送ったはずのメールが届いておらず、とてもへこむ。今さら家に戻るわけにもいかず、昨夜やった作業をやり直す。
 10時、ほかのスタッフ3名が出社。事情を述べて、午前中にやる予定だったミーティングを午後にしてもらう。事務所の近くにできたオリジン弁当を食べながら作業を続け、昼過ぎにやっと完了。できた原稿をFAXで田並さんに送る。
 2時からスタッフミーティング。事務所が汚いので掃除した方がよいということになり、3時から1時間ほどかけて掃除する。思うに、スモール・オフィスでは、働く人同士の人間関係がとても重要である。1週間に1度くらいの割合で、情報を共有したり、ワークを協働することは、狭い室内で楽しく仕事をするための土台作りとして必要なのかもしれない。
 夕方、田並さんから何度か修正が入ったので、そのたびごとに直しを入れて、8時頃に事務所を出る。10時近くに帰宅。アリスセンターが神奈川県内の環境情報ネットワークを作るというプロジェクトを始めたので、そのメーリングリストのメンバーに加わる手続きをとるなどしてから、2時頃、床に就く。

5月30日(金)

 午前中は、排水溝掃除のために業者がやって来ると聞いていたので、自宅で待機することにする。家にいて、少し仕事をしていると、11時頃、その業者がやって来て、一通り掃除してくれた。
 12時頃、家を出て町田へ。ブックオフで古本を2冊購入してから、JR横浜線を南下し十日市場駅で下車。1時過ぎ、新治の旧奥津邸に到着。すぐに、先に来ていた横浜市緑政課の方々と、明日のシンポジウムの進行について打合せ。それが終わると、NORAの常勤/非常勤スタッフと、明日から始まる旧奥津邸の暫定利用の方法を確認し、さらに主屋の中を整理整頓したり、長屋門の中を掃除するなど、暫定利用開始に向けて準備する。
 7時頃、掃除をするなどの準備を終えて、旧奥津邸を出る。十日市場駅前の居酒屋で、前田くん、勝野さん、美奈さんと4人で食事をしてから、9時半に帰宅。

5月31日(土)

 今日は、これまで周到に準備をしてきたシンポジウム「そばに里山があるという事~持続可能な都市・横浜を目指して」を開催する日である。しかし、朝起きると、案の定、雨が降っていた。8頃前、家を出たときは小降りだったので、大して雨は降らないのかもと思ったけれど、シンポジウム会場である新治小学校に到着した頃には、大雨になっていた。台風が来ているのだから、小雨で済むと思ったら大間違いだった。午前中の時間を利用し、オプションメニューとして10時から森歩きを予定していたのだが、これは雨天中止となった。
 9時、このイベントに関わるスタッフが集合する。横浜市の職員、NORAのスタッフ、学生ボランティアなど30名ほどが集まる。その後、会場の設営が始まり、僕は受付の責任者として、受付の準備を進めた。森歩きが中止となったので、時間に余裕を持って準備することができた。暇すぎて、眠気を覚えたくらいだった。
 12時前、昼食をとるとすぐに、受付を開始する。大雨にも関わらず、出足は悪くない。申込者の半分くらいしか来ないのではないかと予想していたが、当日に参加を決めた人も少なくなく、市の職員や新治市民の森愛護会の会員を含めて、160名くらいの参加があった。大盛況である。
 1時、いよいよ、シンポジウムがスタートする。僕は、受付係から照明を操作する係に変わる。ステージの袖で袖で、神奈川県自然環境保全センターの中川重年さん、地球デザインスクールの桜井俊彦さん、アサザ基金の飯島博さんの話を聞くが、マイクが反響しすぎて、何を話していたのかさっぱりわからなかった。
 3時過ぎに事例報告は終了。次のパネルディスカッションとの間の休憩中に、神奈川森林エネルギー工房の出版物を販売したら、予想に反してよく売れた。シンポジウムの参加費が無料だったので、財布の紐が緩んでいたのかも。
 3時半からパネルディスカッションが始まる。桜井さんと中川さんが、焼畑の話題で盛り上がったのが印象的だった。水田中心史観への批判という大きな学問的流れを踏まえれば、こうした議論が出てくるのも肯ける。
 4時半、馬場さんと、美奈さんとともに、パネルディスカッションを抜け出して、5時半からの交流会の会場となる旧奥津邸へ移動。数人のスタッフが、先に交流会の会場を設営していたが、ケータリングが予定よりも遅く届いたために、僕らが旧奥津邸に着いたときは、まだ準備が慌ただしくおこなわれていた。その作業に加わり、なんとか会場の準備が整った頃、シンポジウムを終えて交流会へと参加者がやってきたので、あわてて受付を開始した。受付に関しては、馬場さんがいたので安心できた。受付を任せられた身からすると、お金の扱いに慣れた人がいると非常に助かる。
 5時半からの交流会は、幹事役の浅羽さん、吉武さんの奮闘の甲斐あって、盛況のうちに終わった。浅羽さんの提案でおこなった新治女声合唱団も好評だった。7時に、交流会は締めたけれど、その後も話し込んだ人が少なくなかったので、結局、旧奥津邸を出たのは8時頃だった。
 十日市場駅前で甘い物を食べていこうという吉武さんの誘いを断り、9時前に帰宅。少し休んでから家を出て、10時半に友だちの家に遊びに行く。着くとすぐに、録画しておいたサッカー日韓戦を見る。0-1の敗戦。テンション下がるなぁ。

TOP(日々の表現)雑記日記(2001/2/8-2003/8/25)

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